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主従な関係  作者: 鰤金団
3/8

第三回 女子会議と強制決議

 時間は六月三日に戻って、朝のホームルーム八分前の靴箱。

 結局出来た会話は、怪我の具合とお母さんの行動への謝罪。一晩悩み続けた結果がこれなの

だから、私の落ち込みはかなりの物だった。

「あ、ミッツー、ここからならもう大丈夫だから先行って。ちょっと時間も厳しいし、遅刻し

ちゃったら悪いよ」

「いや、行く場所は一緒なんだから気にするなって。それに話せば先生だって分かってくれる

だろ」

「だーめ。ほら、急いで急いで」

 歩く速度がまだ極端に遅くなっている私は、半ば強引に自分の鞄を奪うと、彼の背中を押し

て先に行ってもらった。

 因みに別れた理由は、想像よりも学校に来るまでに時間がかかって、本当に二人で遅刻扱い

になるのを避けるため。それと彼が私の鞄を持ったまま、一緒に教室に入るのが何だか恥ずか

しかったから。

 ホームルーム一分前に何とか教室に到着すると

「おっすー。何、足どうしたの?」

 早々に隣りの席で友達の代高よたかさんが挨拶をしてくれた。彼女は入学式当日に、教

室に入って早々に声をかけてくれた物怖じしない凄い子だ。

「うん。昨日ちょっと脛ぶつけちゃって」

 私はミッツーに迷惑がかからないように気遣い、嘘を交えて話した。このクラスは男女の比

率が六:四で女子が多く、団結力でも女子の方が上。代高さんはこのクラスの女子の纏め役だ。

 影でネチネチとやるタイプでは無い上に、誰に対しても物怖じせず、男女問わず気軽に接し、

接されるため、自然とそういう立ち位置になっていた。

 そんな権力を持った彼女に昨日の事が知られれば、クラスの女子全員がミッツーを敵視して

しまうかもしれない。

 運の悪い事故だったという事もあるし、好きな人がそういう風に思われ、見られるのは避け

たい。だから私は即席の作り話を身振り手振りで彼女に話した。

「ふぅ~ん。そうなんだ。そういえばさっき、律が教室に入ってきたら旗本が律の方見てたよ。

あいつ、あんたに気でもあるんじゃない?」

 彼女は納得してくれたようで、安心した。

「違う違う。そう言うんじゃないの。ただミッツーは私の足を心配してくれてるだけだからね。

あっ……」

 クシシと笑い、弄る感じで言ってきた代高さんの言葉を訂正するまでは良かったのだけど、

その後が迂闊だった。まさかコントでありそうな嘘のばれ方をするなんて……。

「あっれれー、どうしてあいつがあんたの足の心配をするのかな~?」

 これは根掘り葉掘り聞かねばならぬと好奇心丸出しで聞いてくる代高さん。

「そんな嫌らしい態度を取る人には話しません。というか教えない」

 これ以上ボロが出てはいけないと、私は強気にツンッと彼女を突っぱねた。

「分かった分かった。悪かったって。まあ、正直な所ね、旗本があんたの鞄を持って歩いてる

のを私は廊下から見てたんだよ。だから何かあったのは分かってるんだよね。足を引きずるよ

うにしてる所から考えるに、ガキなあいつが昨日、律の脛に何かぶつけたんでしょ。それであ

いつは責任感じてあんたの家まで迎えにいったんでしょ」

「凄い! 九割方合ってる!!」

「やった。でも残りの一割は教えてくれないんでしょ?」

一番問題になりそうな“なぜ物が飛んできたのか”については絶対に言う事は出来ない。口が

裂けても言っちゃいけない。

 だから私は

「もちろんよ。当ったり前じゃない」

 と間髪入れずに言い切った。そこで丁度担任の先生が来たから、話はここで終わると思い、

乗り切れたと安堵していた。

 けれど、朝のホームルームが終わると

「女子会議ー。被告人旗本」

 代高さんは突然宣言し、女子達を呼び集めた。

「ちょっと、代高さん!!」

 焦りと戸惑いの渦が私を飲み込む。

 女子会議とは、困り事や厄介事の解決法をクラス全員の女子で見つけようという極めて民主

的な話し合い。だけど一つ欠点がある。

 情報や行動によってのみ解決するなら良いのだけど、もし被告人いようものなら、強制的に

連行され、私達に囲まれてしまう。弁解などは一切させてもらえず、それはそれは長く恐ろし

い追求が続くのだ。逃れる方法はただ一つ、罪を認め、心の底から謝罪していると皆に認めら

れなければならない。その恐ろしさは途轍もない。女子会議、それは現代の魔女裁判。

 そんな会議に招集された女子達は、今回はどんな話かとすぐに集まってきた。

「ミッツー連れてきたよー」

 そして女子四人に強制連行されてしまったミッツーが私達の中心に投げ込まれる。

「おい、お前ら助けろよ!!」

 ミッツーが男子達に救いを求めて叫んだけど、、女子会議の裏の面を知る彼らが動く事はなか

った。

「まあまあ、旗本。悪いようにはしないから安心しなさいな」

 代高さんは、自分の前に引っ張り出されたミッツーに楽にしてて良いからと言うけれど、男

子一人がクラス内の全女子に囲まれている状況で楽にするのは無理だと思った。

「俺に何をしようってんだ?」

 ミッツーは果敢にもこの状況で代高さんに物怖じせずに尋ねた。心配ではあるけど、そんな

彼はとてもカッコイイ。忘れないようにしっかりと頭と心と目に焼き付けさせてもらった。

「別に何もするつもりはないよ。たださ、律の足の怪我にあんたが関係してるっぽいから事情

を聞こうかと思ってね。朝一緒に登校してた所を見ると、反省してるみたいだけど、何があっ

たのさ」

「……それをここで言う必要は無いだろ」

 抗議の眼差しでミッツーは彼女を見た。このままじゃいけないと感じた私は、弁護しようと

間に入った。

「そうだよ、代高さん。クラスを巻き込む事なんて何も無いよ」

「悪く無いなら別に良いけど、その脛の色尋常じゃないよ。もしこいつがDVなんて事してる

んだったら、今の内にそんな性根を叩きなおしてやらなくちゃいけないでしょ。普段は優しい

けど二人っきりの時には、なんて話を昨日のゴールデンで見たばかりだし、私は律が心配なん

だよ」

 代高さんは何故かお昼の奥様番組とか、ドロドロした三角関係とかがやたらにお気に入りだ。

それまでの溜まりに溜まったフラストレーションが大爆発してすっきりする場面が、見ていて

気持ち良いらしい。

 なのでこういった難がありそうな話への興味は一際強かった。

「ミッツーはそんな事しないよ。それに私達、友達なだけだし」

 思いやりがあるというのは分かっているけど、彼女が目の前の美味しそうな話に涎を垂らし

ているのは確かだから、私はミッツーを擁護した。

「清澄さん、ありがとう。でもDV疑惑なんてかけられちゃこっちも堪んないよ。だから事情

を話したい。良いかな?」

 確かにDVなんて疑惑でもかけられたら堪ったもんじゃないと思う。だから頑なに口を塞ぐ

よりも真実を知らせ、誤解を説く事を選んだ。

「ミッツーがそう言うんだったら私は止めないよ」

「ありがとう、清澄さん」

 お互いの考えが纏まり、彼は代高さんの方を改めて見た。

「それじゃあ話を聞かせてもらおうか。旗本」

「話は物凄く単純だ。昨日、俺らは校庭でふざけあってた。そこに帰ろうとしていた清澄さん

が通りかかった。ふざけて俺が持っていた折り畳み傘を降りぬいたら、開く部分がすっぽ抜け

て彼女の脛に当たったんだよ。本当かどうか確かめたいならあいつらにも確認しろよ。それと

保健の先生な」

 言葉にして改めて聞いてみると、やっぱりくだらないし、しょうも無い話だと思う。

でも事の次第を聞いた代高さんは、この話がツボに入ったみたいで大笑いしていた。

「なーにその話。てか、チャンバラごっこでもしてたんでしょ。子どもだねぇ」

「うっせぇ。強引に聞き出しやがって」

 ゲラゲラお腹を抱えて笑う代高さんに、不快感を顕わにするミッツー。

「いやだって、気になるでしょ。一緒に登校ような間柄でも無い二人が朝、片方に鞄を渡して

登校してくるなんてさ。しかも教室には別々で来るし、片方は足痛めてるしさ。聞いてみたら

ひっどい理由だしさ」

「婆番組の見すぎで節介が過ぎてるぞ。ババ高生」

 “ババ高生”という言葉に過敏に反応する代高さん。

「よーし、ちょっとそこに座れ。取っちめてやる」

 なんか弁解からじゃれあいみたいなやり取りへと変わり、ついには別の争いが起ころうとし

ている。、他の女子達は拍子抜けした顔をしてるし、どうやって場を治めれば良いのやら。

 というか、ミッツーと代高さんとの雰囲気がなんかずっと前から知り合いみたいな感じの雰

囲気で驚いた。なんていうか気心知れた人同士の喧嘩みたいな雰囲気にもなってきたし、ちょ

っと嫉妬しちゃい始めた自分がいた。

「そ、それでだよ。ミッツーは私を気遣って、鞄持ちなんかしてくれてるし、別に何も無くて

良いでしょ」

 二人が良い感じの中になるのを見たくないと、私はさっきとは違う気持ちで割って入った。

「そうだった。登下校には付き添ってるみたいだけど――」

 すっかり本来の目的を忘れていた代高さん。沙汰の次第が気になるけれど、意味深に言葉を

切り、ニヤリと笑みを浮かべるものだから嫌な予感がして仕方が無い。

「その延長で学校でも律のサポートをしてあげれば良いんじゃないかなぁ。どうだろ、皆?」

 代高さんの提案に、その足なら確かに必要だし良いんじゃないと納得する女子達。

「ちょっと、それだとミッツーがいくら何でも大変じゃない」

「いやいや。何もトイレの世話から始まって、お昼の食事の世話をしろとまでは言わないから。

移動教室の時に荷物を持つとか、掃除を代わりにするくらいだって。あ、ひょっとしてそこま

で想像してた?」

「してる訳無いじゃない、バカッ!! あ、ごめん」

 なんだか今朝のお母さんとのやり取りを思い出し、つい言葉が強くなってしまった。私的に

は色々と彼がしてくれるという状況は一緒に居られるから嬉しいけど、ミッツー的にはどうな

んだろう?

「良いの良いの。ちょっとからかっただけだし。それで旗本、あんたの方はこれでどうさ? 私

達女子はか弱いから一人分の荷物を持つので手一杯なんだよねー」

 とても白々しい事を適当な感じで彼女は言った。

「けっ。代高が言うと酸っぱいもんが込み上げてくるわ。……まあ、今回の原因は俺にあるか

ら、清澄さんが嫌じゃなきゃやるけどよ。清澄さんはそれで良い?」

「あ、えーっと、その……」

 凄く返事に困り、私はオロオロしてしまった。

「よーし決まった。前半の言葉は不問にしたげるからしっかりご主人様に使えるんだぞ、従者

君」

「ちょ、代高さん! 私ご主人様じゃないよ!! っていうかまだ返事してないよ」

「沈黙は良しとみなしまーす。律、ご主人様としてしっかりこき使ってやるんだよ。この従者

君を」

「ちょっと、私に変な呼び方付けないで」

「そうだぞ。それと二回も人の事従者とか事言うなよな!!」

 二人で反論すると

「あーら、お二人さん。早速息がピッタリですこと」

完全に面白がって高笑いする代高さん。

 なんだか女子会議だっていうのに私に向けられる女子の視線が心配や感心から、羨望と僅か

に敵意に変わってる気がする。

 けど、事情はどうあれミッツーの傍に居られる時間が増えるのは嬉しい。これをきっかけに

友達からその先に、なんて事もついつい夢見ちゃうくらい。

「えーっと、それでは授業に入って良いかな?」

 突然の大人の声に驚く私達。教壇の前に立っていたその人の姿をみてもうとっくに一時間目

の開始時刻が過ぎているのに気づいた私達は、急いで自分達の席に戻った。



 一時間目が終わる頃には、朝の騒動から騒がしかった気持ちも落ち着きを取り戻し、私は次

の授業の準備をしようと鞄に手を入れた。

 そうしたら手に覚えの無い感触を感じ、何かと思って取り出してみて、昨日借りたアイシン

グパックを返し忘れないようにと入れておいた事を思い出した。

(これ多分早く返しに行った方が良いよね。でも、今の足だとお昼休みじゃないと難しいかな)

 お昼休みまで持っていても大丈夫かな? と考えていたら私の手元が急に暗くなったから、

何かと思って顔を上げた。

「清澄さん、それ昨日の奴だろ? 返しに行きたいのか?」

 影の主はミッツーだった。

「ミッツー!? あ、うん。そうなんだけどね。なるべく早くとは思ってるんだけど足がね」

 いきなり現れたからドギマギしていると

「なんだ。それなら背負って行くよ。間に合わないとか思ってたんだろ?」

 考えを当てられたのと背中を向けられた事に私は困惑していた。

「あの、せっかくだけどね、それならミッツーがこれを返してきてくれた方が早いと思うんだ」

「それはそうだけど、保健の先生に事情を話して、また冷せるようにしてもらったりした方が

良いと思うぞ」

「そう言われたらそうなんだけどね――」

 背負われてる所を生徒達に見られたら、確実に学校で噂になって恥ずかしいとは言えない雰

囲気。

 そんな時代高さんが

「姫、こやつ目は姫の草履でございます。温みで冷えような事はありませんぞ」

 と悪ふざけで今度は私を姫と呼び出した。

「誰が草履だ。誰が。それよりもほら、早く」

「じゃあ馬で。早くしろー。こうしている間にも時間は刻一刻と迫ってきているのだぞー」

 何故か二人に急かされ、クラスメイトはこの場で私がどういう選択をするのかとちらちら視

線を向けて様子を窺っている。助けてるれる存在は今居ない。

(うう、この空気も居たたまれないよぉ……)

 逃げ出したいけど、何をするにも足のせいで行動には移せない。

 もうこうなったら自棄だとばかりに

「ミッツー、顔隠してるから急いで」

 私は倒れるように彼の背中に身を預けた。

「よし、まかせとけ。しっかり掴まっとけよ」

 この一声の後、ミッツーはよろめく事無く立ち上がり、教室を飛び出した。この時の私は彼

の背中に顔を埋め、人一人を背負う彼に逞しさを感じていた。

 両頬に触れる風の強さに、代高さんの言葉がふと過ぎり、思った。きっと馬に乗って走った

らこんな感じなんだろうなぁって。

 そして背負られたまま保健室まで到着すると、扉を開けて入ってきた私達の状態を見て、保

健の先生が開口一番に

「二人騎馬?」

 とありえない光景を見てしまったような顔で言った。

 その後先生は私達の話を聞くと、ネットを使ってアイシングパックを脛に固定させながら

「青春というか、若さというか……」

 と凄く呆れた様子で呟いていた。

「ミッツー、ありがとうね。ここまで背負ってきてくれて。疲れたでしょ」

「大した距離じゃないから平気だって。まだまだ走れるぞ」

 体力はまだ十分にあると動いてみせるミッツー。

「こらこら、廊下を走るのは禁止。遅刻理由は書いてあげるからゆっくり戻りなさい」

 私達のやりとりを聞いていた先生は見かねて一筆書いてくれている間、私は彼の様子を気に

していた。口では大丈夫と言いながらも、保健室の前に来た時にはかなり息を荒くしていたの

を分かっていたから。

 風が強いと感じるくらいだから、彼はかなり一生懸命走ってくれたんだと思う。人を背負っ

て走るなんて大変な事なのに、私を気にかけてそんな素振りは見せないで。

 子どもっぽいけど、そんな優しさを持っているミッツーをやっぱり大好きなんだと私は改め

て思った。

「そういえばミッツー。どうして私が困ってるのが分かったの?」

 ふと疑問に思って尋ねてみると

「代高の言い方は納得してないけど、一応清澄さんのサポートをすると決めたから気にかけて

た」

「それって私をずっと見てたって事?」

「そんな四六時中じゃないからな。五分に一回とか十分に一回とかそんなペースだからな」

 授業中でも気にしてくれてたなんて、つい叫びだしたくなったけれど、先生が密かに抑える

ようにとジェスチャーをしていたのが目に入ったから、どうにか踏みとどまる事が出来た。

 それから教室に戻ると、席に着くなり代高さんが

「姫、乗り心地は如何でございました?」

 と聞いてきたから

「苦しゅうない。とても頼りになりましたよ」

 と対抗して自慢げに言ってみせると、何故かしたり顔で頷き、それ以上は聞いては来ないで

黒板の方に集中していたのが気になった。彼女なら絶対に詳しく聞きたがると思っていたのに。

 その頃ミッツーはというと、自分の机に戻ると顔を突っ伏していた。多分人を背負っての移

動で疲れていたんだと思う。これは後でちゃんとお礼をしなくちゃ。

 そんなこんなで移動教室も無く、お昼休みになったら、代高さんが教室を出ようとしていた

ミッツーを何故か呼び止めた。

「なんだよ、代高。俺、これから飲み物買いに行くんだけど」

「気が利かない男だね。私達だってこれからお昼なんだ。律だって飲み物が欲しいに決まって

るでしょ」

 代高さんの言葉に、ミッツーはハッとすると私を見た。

「ううん。代高さん。呼び止めてもらったのは嬉しいんだけど、私、飲み物は持って来てるか

ら」

 水筒を見せていらないと伝えると

「馬鹿だね。こういう時にあんたの好きなイチゴミルクを買ってきてもらえば良いんじゃない

か。タダで飲む飲み物食べ物は格別なんだから」

「いやいや、そんな弱みにつけこむような事しないよ。それと代高さん、なんか言い方がおじ

さんっぽい」

「だな。ババアじゃなくてオッサンだな」

 突っ込みのつもりで口にした言葉にミッツーが同意してくれて、私は嬉しくなった。

「くっ、まだ数時間の関係で何意思疎通しちゃってるのさ。でもまあ良いわ。代わりに私が頼

むから。麦茶でお願いね。これお金」

 躊躇う事なくミッツーの手に飲み物代を握らせる代高さん。

「は!? なんで俺がお前のを買わなくちゃいけないんだよ」

「払わせるって訳じゃないし良いじゃない。ついでよついで。悪いようにはしてないでしょ。

それに四、五本なら持って来れるでしょ。皆の分もついでにさ」

 ミッツーと代高さんの今日何度目かの戦いが始まっている中、今日だけでも彼には付き添っ

てもらったり、保健室まで背負ってもらったりと色々してもらってるなぁと思い返した私は、

ここがお礼をするにも良いタイミングかもと気づいた。

 特に特別な事は出来ないけど、代高さんの行動のおかげで良い案が浮かんだし、やってみよ

うとお財布を取り出した。

 その動きを彼は見落とさない。

「ん。清澄さんもやっぱり何か欲しいのか?」

「ううん、そうじゃなくて。ミッツー、昨日も今日も頑張ってくれてるから、ささやかだけど

これでお昼の飲み物買って飲んでよ。今出来るお礼」

 特別な物を渡すには時間の余裕が無いし、彼も遠慮すると思う。彼は今飲み物を買おうとし

ているし、これが一番気楽に受け取ってもらえるものだと思って、私は飲み物代を彼に渡した。

「そんな気を使わなくていいのに。でも貰っとく。ありがとな」

 お礼なんてもらえる立場じゃないという雰囲気を出しながらも、彼は照れくさそうに受け取

ってくれた。

「あらあら、姫様から褒美をもらえて良かったねぇ。馬」

 ニヤニヤしながら茶々を入れる代高さん。

「うっさいよ。……仕方ねぇ。ついでに買ってきてやるから、皆も飲みたいのを紙に書けよ。

それと金な」

「はいはい、すぐ書きますよーっと。いやあ、順調に主従関係が出来上がっててお姉さん、嬉

しいわー。はい、お願いね」

「誰が姉だよ。全く……」

 ミッツーはため息を吐きながら私が手渡したお金をズボンの左ポケットに、メモと代高さん

達の飲み物代を右ポケットに入れて売店へ出かけて行った。

「さてと、それじゃあご飯を食べましょうか」

「え、代高さん。飲み物が来るまで待たないの?」

 彼女の提案に驚き、尋ねるとまた酷い事を言い出した。

「待ちくたびれて食べちゃったおかげで喉がパッサパサよって言ってあいつを責め倒そうかと

思って」

「もう、代高さん、ミッツーを弄りすぎだよ。あんまり酷い事しちゃ駄目だって。度が過ぎる

のは見過ごせないよ」

 今朝からはなんか特に弄りが多い気がして、私はやんわりと注意した。その中には彼とフレ

ンドリーに接している彼女への羨ましさと嫉妬も指摘み程度にはあった。

「良いの良いの。私達はあれよ、ボケとツッコミ的な? そんな関係なのさ。でも、そう見え

たかぁ。気をつけよう」

 彼女の言い分を考慮してやり取りを思い返してみたら、確かにそんな感じに見えなくも無い。

何にせよ、彼女が少し気をつけてくれるならそれに越した事は無い。私の心の平穏のためにも。

 この後は穏やかな時間が過ごせると思ったのもつかの間、戻ってきたミッツーに、干乾びて

死んでしまうと大げさすぎる演技で飲み物を急かす彼女だった。全く何も反省していない。

「ミッツー、この後また保健室まで付き合ってもらって良いかな?」

 私は干物のフリをする代高さんを横目に彼に頼んだ。

「ああ、良いよ。また背負うか?」

「そ、それはもういいよ。今度は時間もちゃんとあるからさ」

 二度目だといくらか冷静になってる分、色々とおかしくなっちゃいそうだと思った私はやん

わりと遠慮した。

「下僕よ、姫はあんたに手を握られて保健室へ行きたいようじゃぞ」

 またとんでもない事を言い出す代高さん。

「そんな事一言も言ってないよ! もう、あんまりおせっかいしすぎると早く老けちゃうんだ

からね」

「え、それほんと!?」

「さあ、どうだろうねー」

 もちろん嘘だけれど、彼女の暴走を止めるには黙っておく方が効果的だと思う。だって彼女

はドロドロな話は好きだけど、歳以上の扱いをされる事を嫌がるから。

 こうして彼女の暴走を止めた私は、また彼に付き添ってもらい、保健室へ向かった。アイシ

ングパックの中身を変えてもらうために。

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