主人公、悪役令嬢、モブ、兄弟姉妹な転生者が乙女ゲーの世界に存在したら
最近、妹の様子がおかしい。
部屋の中で奇声を上げたり、数日前までお兄ちゃんウザいとか言ってた癖に俺の傍に寄ってきてニヤニヤしてる。
妹と言っても血は繋がってない義理の妹だし、俺は特技を生かして俳優なんて大層な物をやっているので家にいることもない。
恐らく、多感な時期に一人で過ごさせたせいに違いない!すまない、妹よ!
しばらくして、妹から話があると呼び出された。
実はエロゲが好きだとかいうカミングアウトだろうか、妹系が好きだったりするのか?
まぁ、変に期待せずに呼び出しに応じて部屋に行くと正座した妹が待っていた。
「それで、話って?」
「お兄ちゃん、これから私は荒唐無稽で信じられない話をするけど信じて欲しいのよ。じゃないと、私が巻き込まれて死ぬかもしれない」
「俺の芸能関係か?」
最近ストーカーとかあるらしいからね。
SNSのせいでプライベートが赤裸々な時代だもんな。
「違う。でも、聞いて……実は、この世界は乙女ゲームの世界だったのよ!」
「そうか」
「信じてないのも分かるよ。でも、お兄ちゃんは攻略キャラ!スランプに悩む俳優っていうキャラなの!」
「そうか」
そうだったのか、納得。
だって、自分で言うのも何だけどイケメンだし、イケボだし、台本とか覚えるの一回で出来るし、キャラを作ると絶賛される演技が出来るし、俳優が天職ってくらいハマってたもんな。
それで、普段通りやってるのに最近評価がイマイチな所をスランプというならスランプだ。
「それで、私は噛ませ犬なキャラなの!こないだベッドから落ちた時に前世の記憶を思い出したの!このままじゃ、巻き込まれて死んじゃうの!」
「妹よ、実は俺も言っておかないといけないことがある」
「な、なに?」
「俺も前世の記憶があるんだ」
「ナ、ナンダッテー!」
まさかのカミングアウトに妹がオーバーなリアクションを取って、それから真剣な顔でマジでと聞いてきた。
そうだよ、お兄ちゃん前世を生かして子役から俳優になったんだよ。
大人みたいな演技力で有名だったんだよ。
「えっ、お兄ちゃん転生者なの!声優さんの声だし、キャラ通りなのに中身は違うの!詐欺なの!」
「そもそも妹よ、寝てる間に転生していたんだ。こっちも不本意なんだ」
「そっか、でも逆にチャンスなの!お兄ちゃんと協力しやすくなるの!一緒に、これから生き残るの!」
「そうだな」
こうして、俺と妹による生き残りを賭けた乙女ゲー攻略が始まったのだった。
そして、妹が一生懸命思い出して作成した、胸キュンメモリアル女性版攻略ノートを参考に作戦を練った。
胸メモ、女性版なんて出てたんだと思ったのはここだけの話だ。
「それでは確認なの!ゲームが始まるのは高校二年生、お兄ちゃんは先輩として出て来るので来年からなの!来年、ヒロインが転校して来るの!」
「そうか、ではそのヒロインを注意すればいいんだな」
「そうなの!お兄ちゃんが攻略されると、私が虐めて怒った他の攻略対象によって家族纏めて死んじゃうルートがあるの!」
「虐めるのか?」
「虐めたりしないの!でも最近だと、自作自演で巻き込んでくるタイプもいるの!私命名、勘違い系主人公なの!」
勘違い系主人公、それは主人公に転生した人物がゲームだと勘違いしたまま行動し、イベント通りに行かないからと自分でイベントを起こすタイプらしい。
乙女ゲーって色々なタイプがあるんだね。
「これが、王道系主人公なら問題ないの!ゲームの世界だけど、ちゃんと人生を謳歌するぞっていう普通の王道なら安全なエンドを目指してくれるの!ダメでも手助け出来るの!でもその場合敵が出て来るの!」
妹はデデーンと言いながら、ノートに描かれた可愛らしいイラストが強調する。
其処には、王道悪役令嬢と名付けられた女の子が描いてあった。
「王道系主人公の宿敵、ゲーム通りの悪役令嬢なの!まぁ、勝手に破滅してくれるから問題ないの!ただ、最悪なパターンがあるの!それがこれなの!」
「天然系悪役令嬢……だと……」
「何故か、転生したから悪役令嬢として役割を果たそうと努力して魔改造した状態で主人公と悪役として戦おうとするタイプなの!ちなみに、私命名なの!」
「嘘……だろ……」
ちょっと、良く分からないです。
何、主人公とかライバルキャラって派生するの。
なにそのスライムみたいな感じ、はぐれ主人公とかいるの?
いや、それただのボッチか。
「悪役令嬢は他にも、自分磨きばかりする完璧系、影から見守るサポート系、バッドエンドを逃れようとする回避系、主人公に成り替わろうとする下剋上系とかあるの!」
「そんなにいるのか、じゃあ悪役令嬢というライバルキャラも注意しよう」
ヒロインとライバルだけ注意すればいいよね、と言った感じで話を終わらせようとしたら妹はまだ終わりじゃないぜと言って説明を続けた。
妹のターンはまだ終わりじゃないみたいだ。
「お兄ちゃんは分かってないの!世の中にはモブまでいるの!」
「モブ……ギャルゲーの背景で昼休みに机で寝ているアレか!」
「無自覚に攻略する無自覚系モブ、傍観者気取りで関わってくる傍観者モブ、実は裏でおもしろくしようと画策する黒幕系モブ!主人公や悪役令嬢だけじゃないの!」
「そんなにいるのか」
「それだけじゃないの!主人公や悪役令嬢やモブで厄介なのは、覇道系なの!」
覇道系、何だか世紀末覇者的で凄そうだな。
覇道、ってことは我が道を行くと言う事だろうか。
「お兄ちゃんも分かったように、我が道を行くタイプなの!乙女ゲーなのに暴力を持って攻略を始める奴らなの!ジャンルが違うタイプなの」
「暴力で攻略?」
「そう、力を持って肉体的にも精神的にも攻略するタイプなの!お兄ちゃんが襲われるの!」
乙女ゲーってのには色々なタイプがいるという事に慄く俺に、妹は更なる追い討ちを掛ける。
「他にも幽霊になってるタイプや幼馴染にお願いして干渉するタイプ、悪い事をしようとしてアホなことするタイプ、攻略キャラになって逆ハーを作るタイプまであるの!」
「妹よ、俺達の敵は壮大だな」
「そうなの、しかもモブに続いて兄弟姉妹ってパターンもあるの!」
もう訳が分からないよ、と言った状態だった。
あらゆる系統の主人公、悪役令嬢、モブ、攻略キャラ、兄弟姉妹、それを俺は相手にしないといけないのだ。
「因みにお兄ちゃんの場合は、兄系攻略キャラ、私の場合は回避系悪役令嬢なの!」
「そうか、ところで妹よ。俺はどうしたらいいんだ?」
「そこで、ピックアップしてきたの!」
ノートに書かれていたのは、悪役令嬢リスト、攻略対象リスト、有名な学生リスト、兄弟姉妹がいる人物リストと言う物だった。
「ここにいるのは原作の悪役や攻略対象はもちろん、いつも図書室にいる美少女とかいつも学年一位の成績とかで有名なモブ候補の人、それとモブで兄弟姉妹とかの可能性も考慮して兄弟姉妹がいる人だよ」
「これを全部調べたのか?」
「情報通な友達がいるの!ゲームで言うお助けキャラなの!」
そうか、その子はスゴイな。
きっと将来は探偵になれるよ。
「じゃあ、これ全部覚えて」
「これ全部って、ざっと見て人名が三桁越えてるよ。しかも、特徴まで細かく記載されてるし」
「大丈夫、お兄ちゃんは一度も挫折したことがない完璧超人ってキャラ設定だから。因みに、設定に引き摺られてるのは検証済みだから」
そうなの?でも、結構覚えるの大変なんだよ。
確かに、前世と比べたらハイスペックだけどキツイんだよ。
結局、命が掛かってるとか家族が大事じゃないのかとか、洗脳するかのように長々と文句を言われた結果、何とか覚えた。
そして、高校二年生という貴重な時間を周囲の人間観察によって消費し、この世界がゲームを元にした世界だと思ってそうな人間の炙り出しを行って、俺は三年生に進級した。
「遂に来たか、春」
「決戦の春なの!既に対策は完璧なの!」
高校三年生の春、それは二年生に転校してヒロインが俺達の学校にやってくる事を意味する。
学校を舞台にこれから鎬を削る相手、奴が来てから学校の情報は全て把握しないといけない。
三年生ならば俺の方で情報を把握し、一年生ならば妹の方で把握、二年生は妹の友達で主人公のサポートキャラで探偵の才能がある子が把握する。
これにより、全ての学年の情報を把握した俺達は無敵、さぁ来るなら来い。
そして、俺達の戦いが始まった。
初日、主人公がやって来た日。
「もしもし俺だ」
「校門イベントを阻止、ヒロインは迷子、その後目的地に着かなかった事から王道系主人公の可能性大だよ、お兄ちゃん!」
「いや待て、イベントが発生するまで待ってたのかもしれない。引き続き対象を追うんだ」
俺達は主人公を観察し、疑い続けた。
別の日、今度は悪役令嬢の監視だ。
「お兄ちゃん、監視対象の一人が動き出した。パターン青、転生者です!」
「よし、そのまま監視だ。バッドエンドになるようなら邪魔しろ!」
「どうやら、攻略対象から逃げてるみたいなの!逃げてるせいで逆に興味引いてるの、回避系悪役令嬢なの!」
「そうか、本人が嫌がってたら助けてやれよ」
更に別の日、今度は図書室でいつも過ごすモブ候補の監視。
「大変お兄ちゃん、クール担当の攻略キャラがモブ候補の微笑にノックアウトだよ!無表情な美少女が笑ったからギャップでクラクラだよ!」
「大丈夫だ、そいつらがくっついても俺達を巻き込むバッドエンドにはならない」
「それはそれでムカつくの!」
時に妹の不満を聞き、時に悪事を見つける日々。
「大変お兄ちゃん、攻略キャラの妹がヒロインを虐めてるみたいなの!このままだと学校爆破ルートに入るかもしれないの!」
「待て、妹はダミー情報だ!黒幕はソイツの親友である黒幕系モブだ!ルートに入る前に俺の集めた情報を使って糾弾し、攻略キャラのヘイト値を下げるんだ」
「分かったの!異議あり、犯人はお前なの!証拠ならここにあるの!」
時には俺達の為に、じれったい奴等をくっつけたりもした。
「大変お兄ちゃん、まだ一人だけ攻略されてないよ。しかもヤンデレ担当だよ!このままだと、私達を巻き込んだ爆破自殺しちゃうよ!」
「爆破好きだな!このゲームの作者はそんなに爆発させたいのか!大丈夫だ、一人好意を寄せてる女子がいる。ソイツとその子をくっつけよう」
「二人ともスイーツが好きだから、ケーキバイキングに連れ出そう。お兄ちゃんは攻略キャラをよろしく!私はもう一人の方を誘ってくる」
そして、怒涛の毎日を過ごし俺達は無事卒業式を迎えた。
「長く苦しい戦いだった」
「攻略キャラと善良な方の転生者をくっつける、たぶんこれが一番早いと思います」
「問題を起こす転生者が大量に発生して大変だった」
こうして、俺の長い戦いは幕を――
「残念ですが、お兄ちゃん。実は続編があるの!」
「なん……だと……」
「今度はアフターストーリー、まだまだ終わりじゃないの!」
――降ろす事は出来なかった。
そう、俺達の戦いはこれからだ。