初対面からはじまりました
出会いは高校の入学式。
彼が新入生代表として壇上に上がり立ったその瞬間、私は雷に当たったかのような心地でした。
分かり易く言うのならば、一目惚れだったのでしょう。
そんな非現実的なこと漫画やドラマの中だけの話だろうって思っていたのです。
その姿、声、雰囲気何がハマったのか自分でも分かりません。
けれど、彼を一目見た瞬間私は彼に釘付けになりました。
周りの景色も人も声も何かかも見えてなかったし、聞こえなかったのです。
壇上に立つ彼しか見えなかった。
その場には彼と私しかいない、そのように思えてしまったのです。
なんて短絡的で一方的なな思考でしょうか。
あの時のあの感情をどう表したらいいのか、どう言ったらいいのか私は知りません。
あの狂おしい程の感情を。
あの激しいまでの感情を。
いろんな感情がごちゃまぜになり荒波に揉まれながらも彼にぶつけたいと言うその一方的にも思えるその感情が自分の中にあったなんて知らなかったのです。私はまだ幼かったのでしょうか。
その感情へ、どう名前をつけたらよいのか知らなかったのです。
そして、そんな激しいまでの感情を私は15年生きてきて初めて知り、動揺していたのでしょう。
気づくと私は彼に告白をしていたのです。
時間は入学式の直後、場所は体育館裏。
動揺していたせいなのかどんなふうに彼に声をかけどのようにしてその場にたどり着いたのか、経緯を全く思い出せないのですが。初めての感情に押され、押されに押されて声をかけたのでしょうか。
あの、だのすいませんだのと言いつつ声をかけたのでしょうか。
・・・恥ずかしながら、あの壇上で見た彼の素敵な声も綺麗なお顔も全て焼き付けるように見ていましたのに、やはり私は動揺していたのでしょう。
話している内容どころか彼が誰なのかすら私は存じていなかったのです。
ですのに、告白。
はたと気づいたときには目の前にはキョトンした彼と、好きですと感情のままを伝えた私がいました。
彼からすれば見たことも話したこともない、初対面の人からの告白。
「・・・ごめんね」
だから、悲しげに謝って断る必要などまるでないのです。
もちろん悲しくなりましたが、今思えば断られるのは当たり前で、普通でしょう。
それなのに彼は話したことすらない相手にありがとうと言って笑ってくれるなんて、なんて優しい人だと勝手に感動したのを覚えています。私の彼の第一印象は優しい人です。
「そう言って貰えたのは嬉しかったよ。えっと・・・ごめん、名前」
「・・・あ、町田です。そう言って頂けてこちらこそ嬉しいです。」
「町田さん…うん覚えた。また会ったら声をかけてくれたら嬉しいな。・・・っていうのは失礼?」
少しおどけたふうにイタズラっぽく笑う彼は長身な体を少し屈ませて私を見ます。
彼を間近に見て私は、彼がとても身長が高い人で、透き通るような瞳を持つことを知りました。
初めて知りました。
そしてそんな彼を見るのが少し恥ずかしくなったのです、・・・何故だったのか。
心が早鐘を打つ様な、・・・少し月並みだったでしょうか。
この感情は先ほどの激しい感情とはまた違った感情のような気がしました。
見ていたいような、でも見るのが難しいような。表現がとても難しい気持ちです。
呼吸困難になりそうで私は話している最中だったのに俯きました。
「あの、い・・・いいえ。名前も知らずに声をかけてしまった挙句しかも今俯いて話す私の方が失礼です。しかも何故か呼吸困難に陥っています。」
「・・・え、大丈夫?」
「そ、それに失礼ではないです、貴方はその、・・・優しい人に見えます。」
「・・・え?」
「だ、壇上に立つ顔の素敵な優しい人です。今の私にはそう見えます。というかそれしか知らないのでそうなのです。」
「・・・」
「あの、なので、すいません名前を教えてください。」
「ーーー・・・堅城秀。」
少しの空白のあとポツンと呟くように言ってくれました。
それはまるで初めて貰ったプレゼントのようで、何だかすごく、すごく高揚したのです。
「・・・っく」
「・・・?」
顔を上げられずうつむく私に、聞こえたのはどこか可笑しそうに笑う彼の声。
笑っている彼の顔を想像し欲求がむくっと起き上ったのです。
その顔がどうしても見たくて私は顔を上げました。
ーーーその瞬間。
私きっと恋をしました。
堅城君。名前しか知らないあなたに恋をしたのです。
一目惚れが恋になったのです。
「・・・堅城、くん。今日はごめんなさい、ありがとうございました。」
笑ってそう言いたかったのですが、笑って言えたかどうかは定かではありません。
目の前の彼はどこか固まったように私を見ていましたし、私は更に赤くなってしまい正直笑うどころでは無かったのです。
早鐘のように打つ胸を抑えてその場を後にしようと背を向けた瞬間、どこか焦ったような彼の声に私は足を止めました。
「えっとー・・・あのごめん。名前を教えてくれる?」
「え、あ・・・町田です。」
「違う、そうじゃなくて下の名前は?」
「・・・し、下、みりえと言います。」
「・・・みりえ。まちだ、みりえ。」
自分の名前のはずなのに、何だか違って聞こえました。
響きも、音も、何もかもです。
私どんな顔をしていたのでしょう。きっと真っ赤だったに違いありません。顔に熱が集まったかのように、とにかくとても熱かったのです。
彼も真っ赤だねと笑っていましたから。
そして、その言葉にさらに真っ赤になったのは言うまでもないでしょう。
「・・・っく。いいよ、付き合おう。」
「・・・・・・・・・・・・え?」
聞き逃したわけでは無いのです。聞き間違いかと思ったのです。
そして彼はニッコリとまた混乱する私が真っ赤になるような笑を浮かべて言ったのです。
「俺と付き合って下さいな、まちだみりえさん。」
「は・・・い・・・?」
「うん。いい返事だね、よろしく。」
気もそぞろの返事です。
何が起きたのか分かってない証拠だったでしょう。
付き合う、だなんて。
お互いに初対面なのに、初対面のその日に恋に落ちた相手と初対面の日に付き合えることになるなんて。
お互いに名前しか知らないのです。
でも、それでも・・・とても嬉しかった。
笑う彼を間近で見れる場所に、横にいてもいいよと言われたのですから。
けれど反対に不安にもなりました。
始まれば終わりがあるものだと私は知っています。
何も知らないのならばこれから知っていこうと言われて嬉しかったのですが、どこか不安で恐怖していました。いったい彼は私のどこかに興味を抱いたのでしょうか。
その興味が失われたら終わりだと思い怖かったのです。
恐怖というより怯えと言うのでしょうか。
この関係はどこまで続いてくれるだろう。
私はいつまで彼の横にいられるのだろう。
嬉しいのに不安。初めてあった人に可笑しいです。
でも、こんな感情も初めてです。
ーーー2年前。
これが、私と彼の始まりです。
***
それから、季節が巡り、夏が来て秋が来て、冬が来る、そしてまた同じように春が来ました。彼の身長が伸びて、真新しい制服にどこか年季が出てきて、町田さんからみりえと優しく呼ぶようになった今もどこか不安なのです。
告白率ナンバーワン。
全校生徒から王子と呼ばれています。
学年一位を毎回難なく取り。
家はやんごとなきお家柄で、要するにお金持ちで何かに不自由をしたこともない。
体を動かすのも得意で、基本どのスポーツもそつなくこなす事ができる。
180という長身に、ふわりと浮かべる甘いマスク。
物腰は柔らかで交友関係も良好。
我が学園の生徒会長であり、我が高校一有名な人。
そんな彼についたアダ名は王子。
(すごいです、全てがパーフェクトってサイボーグみたいで素敵です。強そうです。)
最初に言っておくとこれは、褒め言葉です。
いつだったか一言一句違わずそのまま彼に伝えたら、いつの間にかに周りにいた女子にものすごい勢いで糾弾されたのです。彼は大爆笑していました。今でもあれは謎です。
そんな彼とお付き合いをしている私、町田みりえ。
テストでは赤点にならないギリギリを毎回取り。
母は保育士、父はサラリーマンという一般家庭。
スポーツはどちらかといえば好きだけどリレーの選手になれるような瞬足は持ってない。
160くらいの身長で、最近少したるんできたお腹と顎の下にぽつんと出来たニキビが気になります。
どちらかと言えば浅く深くの交友関係で部活は演劇部に所属。あ、ただの部員です。
アダ名はありません。
私は、秀でたところなど特にない普通の平凡な女子校生です。
お姫様なんて恥ずかしいので、言うなれば町娘Aと言ったところでしょう。
・・・2年間。
そんな町娘な私と王子と呼ばれる彼がいまだに付き合っているのが周りは不思議だと言います。
いつからか言われ始めたあの噂にどこかで納得し始める自分もいるのです。
証拠もまったく無い、根も葉もない噂ですが、いったい誰が言い出したのでしょう。
王子が町娘と付き合っているのは、彼女に弱みを握られてしまったからだーーーなんて。
いえ、弱みなんて知りません。そもそも付き合った当初互いに初対面。
弱みどころか名前すら互いに知らなかったのです。
分かっています、不安なのは彼から好きだと聞いたことはないし、それに何もなしに噂など立たないとも思うのです。
・・・もしそうであったのなら私は知らないうちに彼を苦しめているのでしょうか。
優しい人なので、彼は私に言えないのではないでしょうか。
何故いまだに隣にいてもいいと言ってくれるのでしょう。
…今こんなことを思うのはこの台本のせいでしょうか。
放課後の教室。
誰もいない教室の隅でポツンと一人彼を待つ間に読んでいたコレのせいです。
読んでいるの高校生活最後の舞台の台本。話は面白く最高なのです。最後ということで、いつにもまして書き手がものすごく気合いを入れていたのを知っていますし、本人も毎晩徹夜で案を練り書き上げた力作だと豪語していました。
・・・しかし、これは。
「王子と町娘。・・・ほほう、誰がモデルか一目瞭然ですな。」
「ひえっわ、和久井!?」
・・・いつの間にいたのでしょうか。
彼女はすぐ後ろの席から身を乗り出し台本をのぞき込んでいました。
からかいの色を含んだ笑い方をしてくる彼女の視線の先にある台本でぽこんと叩けば、いてっとさして痛くもなさそうな声が返ってきたのですが。
「・・・作者が白々しい。」
「なにを~?・・・会心の出来じゃないかい!面白かったでしょ?」
「いやでも、実体験が交じってるのが居た堪れない。」
「リアリティを追求したのよ。」
「ノンフィクションの間違いでしょ。」
「確かに半分は事実ね」
ふんぞり返るような様子で自信満々に言い切る和久井に呆れながらため息をつきました。
台本の『王子と町娘』という題名を見た時から嫌な予感はありましたが、嫌な当たり方です。
ラブストーリーなのですが完璧に私と彼の話が土台にあるようで、そんな舞台を自分が真剣に作るのはかなり恥ずかしいものがります。嫌です。かなり嫌です。
彼女に彼とのいきさつを語ったのは間違いだったのでしょうか。
「・・・町田先輩」
またも後ろから声をかけられました。
彼女と一緒になって振りむけば、女の子がひとり。
「えーと。何か・・・?」
「今少しよろしいですか?」
ソプラノ寄りの綺麗な声に、どうぞと答えます。
「町田先輩」
ーーーそう呼んだってことは年下ですね。
そう思って上履きを確認すればビンゴ。真新しいの上履きの淵には一学年の色である綺麗な赤色。・・・視線と雰囲気と今までの経験から、何となく要件は分かりますが、名前を呼ばれたので「はい、なんでしょう」と返しました。
「堅城会長と付き合っているとお聞きしましたが、何故ですか。」
…ビンゴです。
『何故、彼と付き合っているんですか。』
この質問、実に耳にタコ状態です。
「町田先輩、聞いてますか」
「あ、うん、ごめなさい。えーと、付き合ってる理由ですね。彼のことが好きだから、です。」
そう返せば、何でかキッと睨み返されました。
・・・何か癪に障ったのでしょうか。
「・・・好きだからって」
「・・・はい?」
「何してもいいっていうんですか!?」
「・・・えーと」
くわっと掴みかかってきそうな勢いで叫ぶ彼女に和久井がちょっと落ち着こうかと言えば今度は彼女を睨みました。にしてもよく見てみれば彼女美人さんです。吹き出物に縁のなさそうな綺麗で白い肌にきりっとした意志の強そうな目。そして黒く長い髪を見てアジアンビューティーなんて単語が頭に浮かびました。
「あんな優しい会長を脅して付き合っておいて!!」
・・・脅すって・・・もしかして噂をのことでしょうか。
「会長は私と・・・付き合う約束をしていたのに!!!」
「・・・へ、あ、そうなんですか?」
「そうですっ。卒業式に告白をした時には断られましたけど、嬉しいって言ってくれました。けれど、卒業したら遠距離になってしまうから君に負担をかけたくないからごめんって!…っだから私追いかけてきたのにっ!!」
「お、追いかけてきたんですね・・・」
「そうすれば問題ないって、今度こそって思ったのに。彼女がいるからって。・・・町田先輩!!」
「は、はい。」
「彼に何を言ったんですかっ!?」
「・・・はっきり言わなかったあの男の落ち度だね。」
やっぱり面倒な男だね、と和久井が呆れながら呟くのを耳にしながら、苦笑します。
告白した女の子が『断られた』って気づかないどころか『私のことを思って』と深読みし感動するのも問題だけれど、その深読をさせてしまう人も問題らしいのです。
彼女の話だと私とんでもない悪女です。
和久井、傍観せずに助けてください。何故少し楽しそうなのでしょう。
「えっと、そもそも脅してないです。」
「体育館裏に呼び出したって聞きました。そんな人気のなさそうな場で彼に何を言ったんですか。」
「ふ、普通に告白をしたんですが・・・」
「顔しか好きじゃないって言ったんですよね。ーーーよくもそんな酷いこと!」
「えっ!?初対面だったから、顔しか・・・見つからなかったっていうか知らなかったのでその時は顔が好きですって言ったんですけど・・・」
そんな酷い意味でもなく、むしろ褒めたんです。でも、人から聞けばそのように聞こえたのかも知れません。その証拠に、彼女すごい睨んでいてしかも顔が真っ赤です。
「そんな事をよく・・・」
「・・・あはははははは!!!」
聞きなれた大好きな声に心がピクリと反応しました。
声の方向に視線を向ければ思った通りの人物が、ドアに寄りかかって大笑いの最中です。
目の前の彼女はビクッと震えて大きな目をさらに開いて呆然としています。
「堅城会長!」
「あらら、王子様のお出ましだわね」
ものすごく呆れた目線の和久井へ、にっこり笑ったかと思えばこちらに近づいてきます。
「みりえ、遅れてごめんね。もう帰れるから。」
「・・・え?あ、は、はい。あの、」
「私らは無視かい」
「堅城会長・・・っ」
「そういう訳ではないけど、ただ可愛い彼女が目の前にいるからね。」
は、歯の浮くようなセリフです。おそらく私顔が真っ赤です。
だってその証拠に彼は少し意地悪そうに目を細めました。
「…うえっ砂糖吐きそう。退散するかな、ほらあんたも。」
「・・・っえ!?」
「諦めなね、あの男がみりえと別れることはないから。むしろ、その噂に嬉々として便乗したいとか考えてるくらいだから」
「・・・はあ!?ちょ、離し・・・」
「じゃあ、また明日ね。あ、その台本も是非案に入れといてねっ」
・・・何となく彼女の言ったセリフが気になりますが、ズルズルなんて効果音が出そうな位の無理やりさで彼女を引きずって行く和久井を呆然と見送りました。
「台本って?」
「あ。次の舞台の台本です。」
「ふうん、どんな内容なの?」
「・・・ラブストーリー物です。」
「・・・へぇ?」
彼の視線を感じながら台本をカバンの中にしまいます。和久井とは明日話しましょう。
行こう、と差し出された手を取れば彼は少し意地悪く目を細めて笑います。
こんな顔も最初は恥ずかしくありましたが、今では少し悔しさがあります。
「・・・なんでしょう」
「変わらず赤くなるのが可愛いなぁって。未だに敬語なのは嫌だけどね。」
「い、嫌なんですか・・・」
「和久井さんとは普通に話してただろうに。まあ・・・嫉妬かな。」
「と、友達なんですけど。」
「関係ないね」
あ、拗ねました。
横で歩く彼に視線を向ければその顔は楽しそうです。
あの日、私が恋に落ちた顔です。
「・・・楽しそうだね。僕の顔が好きだもんね、みりえ」
また意地悪く笑う彼にまた悔しさを感じ、今度は私もにっこりと笑いました。
顔が真っ赤なのは気のせいです。
「そうですね。顔も、大好きなのです・・・秀くん」
その瞬間、近くの教室にものすごい力で押し込まれたのはまた違う話なのです…。
一目惚れから始まった恋です。
春も夏も秋も冬も、出来るだけ長くあなたの隣に居られますように。
恋に落ちたその顔に今も私は恋をしています。
閲覧ありがとうございました。
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