山の頂上
――深夜。
「……ァ……ス」
「ギャァ……ス」
「ギャァァァス」
泣き叫ぶような魔物の声がする。
夜中か早朝か分からないが、僕達はハーピィの泣き声で目が覚めた。
何処かへ出かけていたハーピィが帰ってきたのだろうか。
「ギャァァァス」
夕見さんと松崎さんも起きたようだ。
僕達が起きて声のするほう――桃の木のほうへ向かうと、ハーピィがいた。
桃の木に止まってまるで、何かを探すように泣き叫んでいる。
ハーピィは、一匹だけのようだ。
僕達がハーピィに気付くと、さっそく僕達に気がついたようだ。
翼を広げて飛翔し、足で掴もうとこちらに迫ってくる。
そしてそのまま、僕に向かってきた。
「とぅ」
身体能力強化のおかげか、体が軽く、ハーピィの攻撃をやすやすと回避できた。
何度かかわし、諦めたのか夕見さんにターゲットを変えた。
「夕見さん!」
僕は夕見さんにそっちに行ったことをつたえる。
「ええ」
ターゲットを外された僕は、木の枝を口にくわえて、襲いかかろうとしたハーピィの後ろから飛びついた。
肌はすべすべで、程よい肉つきもある。
僕の足でハーピィのお腹を固定し、手は翼を固定している。
これでは満足に飛べないだろう。
翼をうまく動かせず、足をばたばたと動かしているのだが、ハーピィの後ろに、おんぶされるように抱きつく僕には、攻撃は届かなかった。
ハーピィは何度も足で攻撃しようと、足を振り上げているうちに、前のめりに転んでしまった。
そのまま僕は翼を押さえつけ、動けない様にした。
木の枝を手に持って、ハーピィを倒そうと強く握りしめる。
しかし、人と同じ容姿のそれを、かわいい女の子を刺すことはできなかった。
「ギャァァァス」
ハーピィはやられる! とばかりに悲鳴を上げた。
しかし、来るであろう痛みは来なかった。
叫ぶのをやめたハーピィがゆっくりと、首を横に向けた。
僕を見ようとしたけれど、首が回らなかったのだろう。
真横よりちょっと下で、首がふるふる振動している。
僕は一言つぶやいた。
「……来るか?」
ハーピィはうなづいて、力尽きたように倒れた。
≪ ハーピィが従属しました ≫
倒れたハーピィから下りて、木の枝を近くの岩に立てかける。
もう、安全だろう。
他にもハーピィがいるかもしれないが、あれだけ叫んで現れなかったんだ、近くにはいないはずだ。
まだ暗いので、僕達はもうひと眠りすることにした。
――朝。
毛皮と肌の、暖かな感触で目が覚めた。
いつものように夕見さんを奪われ、手をぱたぱたとしていたらしい僕は、無意識のうちに何かを求めていた。
求めるものは夕見さんだったのだが、松崎さんに占領されてしまっている。
夕見さんを奪われた僕は、1人寂しく眠っている。
そこにハーピィが転がり込んできたと言うわけだ。
皆起きたので、朝食にする。
「ギャッ、スゥゥゥ」
声の出し始めが、半音高い。
山頂の桃は、ハーピィの主食らしく大変よろこんでくれた。
食べ終わると、ハーピィは成体になったばかりなのか、僕に甘えてくる。
頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めてくれる。
かわいいぞ。
僕は、夕見さんをすっかり取られてしまった物恋しさから、ハーピィを愛した。
夕見さんは、付き合ううんぬん言ってたようだが、最近松崎さんにかまってばかりでつれないのだ。
そうだな、名前をつけてあげるか。
「よし、今日からおまえはハッピィだ」
そういうとさらに嬉しそうにして、僕に飛びついてきた。
ああ、よしよしよし。
今日は山を下りようか。
桃を出来るだけ持って、山を下りていく。
ハッピィが離れてくれず、歩きにくい。
山の下り道を降りていると、岩の陰からオオカミが現れた。
3匹いるな。
昨日サルにコテンパンにやられたあのオオカミと、おそらく同じだろう。
サルよりは強くないから、強くなった僕達なら倒せるかもしれない。
抱きつくハッピィをどかし、オオカミを見据える。
桃を地面において、木の枝をぐっと構えて集中する。
ハッピィは僕に離れられたのが、大変ご立腹のようでオオカミをギロリと睨みつける。
そのままハッピィは、飛び上がってオオカミの真上に移動した。
頭をぴくぴくと振るわせるオオカミ達。
どうやら真上なので攻撃できずに困っている、といった感じだろう。
オオカミの一匹が、その場で円を書くように移動し、ハッピィに飛びかかった。
ハッピィは空中でさらりとかわし、オオカミを背中からさっと掴んだ。
掴んだハッピィは、そのまま飛び上がっていく。
オオカミは頭や体をぶんぶん震わせて、逃れようとしているが、横腹に爪が食い込んで抜けないようだ。
他の2匹はどうしていいのか分からず、戸惑っている。
そのままハッピィ達が点になったころ、なにかが降ってきた。
オオカミだ。
オオカミは空中で手足をばたばたと動かし、悲しげな声をあげて他のオオカミ達のもとへと降っていく。
下に居たオオカミは、降ってきたオオカミを素早くかわして、こちらを見る。
降ってきたオオカミは、地面に叩きつけられて動かなくなった。
ハッピィ……強い。
空中のハッピィが視認できる距離にまで降りてくると、2匹のオオカミは逃げて行った。
そりゃあんなの見せられたら逃げるよね。
僕も一歩間違えたら、ああなっていたのかと思うと、背筋が震えた。
少し遅れてハッピィ戻ってきたようだ。
オオカミがいなくなったことを確認したのか、再び抱きついてくる。
恐る恐る頭に手をやって、褒めてあげた。
下り道を降り、オオカミに襲われるたび、ハーピィが倒し、逃げていくオオカミを眺めながら、僕達はふもとに到着した。
ハッピィのおかげで僕達のLVは2も上がっている。
僕達は桃を手に持っていたので、オオカミはハッピィが運んでいる。
とはいっても、一匹丸々と少ししか運べなかったので、一匹と頭だけになったオオカミを持ってきてもらった。
頭というのは、牙を抜いて武器にするためだ。
2匹分の牙があれば、短剣にするのに十分な量が確保できる。
ちょうどいい頃合いなのでお昼にするとしよう。
葉っぱを拾って火魔法で火をつけている間に、小枝などの、燃えやすそうなものを探してもらった。
まずは皮をはがないとな。
オオカミの毛皮を適当にぶち破いて、粉々にする。
肉は、食べやすいようにちぎって火の側に、木の棒を介して吊るした。
焼けたっぽいので、僕達はオオカミの肉を食べる。
オオカミの肉だけでは足りなかったので、桃も少し食べた。
食事の後、オオカミの牙を持ちやすいように小石と砂、水で削って短剣っぽく扱えるようにする。
4本使えそうなのがあったので、僕と夕見さんで作成した。
今日はこれを作ったらおしまいだな。
ハッピィは僕の後ろで、手が使えないことを悔しそうに眺めていた。
オオカミを倒したことで得たスキルポイントは20だ。
あと5あれば、僕と夕見さんはスキルを覚えられる。
松崎さんは、後15だな。
案の定松崎さんに、夕見さんを取られて、僕はハッピィと一緒に横になった。