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魔物

 ――翌朝。

「おはよう」

 夕見さんの声で目が覚めた。

 膝立ちで覗き込んでいる。

「おはよう、夕見さん」


 横になる僕の肩に手を置いて、体はまっすぐ僕に向けられている。

 なにやら洞くつの出入り口を見ながらそわそわしている。

 かすかに揺れる胸に目を奪われる。

 

「めぐみがいないみたいなの」

「ん? トイレとかじゃなくって?」

「私もそう思って、外に出たんだけど足跡がかなり遠くまで続いているみたいなのよ。

 だから一度戻って結原くんを起しに来たの」


 あれ? 松崎さんの姿がない?

 しかも足跡が遠くまで?

 トイレにしては遠すぎる。

 食べ物を探しに?

 いや、そうなら誰にも言わずに出かけることはない。

 誰かが起きるまで待って、それから行けばいいのだ。

 ということは……。

 

「まさか、どこかへ1人で行ったの!?

 探しに行かないと!」

「早く行きましょう」


 夜中に降っていた雨は、起きた時にはもう止んでいる。

 だれかの足跡が2つと戻ってくる足跡が1つ、くっきりと残っていた。

 おそらく松崎さんと夕見さんのものだろう。


 外に出ると少し寒かった。

 雨の影響だろうか。

 

 足跡の後を追うが追いつけない。

 ここは……初めに木の実を拾ったところだ。

 足跡はまだ、遠くへと続いている。

 く、どこまでいったんだ松崎さん。

 今まで、出歩いたことのある範囲を過ぎても足跡は続いている。


 足跡を辿っていくが、昼ごろになってもまだ続いている。

 そろそろ追いついてもいいんじゃないかと思って歩いていると、道が分かれた。


 足跡は右の道へと続いている。

 左の道は急カーブで崖にそって迂回している。

 崖の向こう、僕たちが通ってきた道と崖を挟んだところに山が見える。

 今度、現状を把握するためにのぼってみるのも、いいかもしれない。

 ひょっとしたら町や川があるかもしれない。

 だが今はそれどころではないので後回しだ。


 今まで通ったことのない道なので何が起こるか分からない。

 不安に思いながら慎重に足元に気をつけながら進んでいく。

 

 だが、足跡は少し進んだところで見えなくなってしまった。

 土の感触が柔らかい土から乾燥した硬い土になっていたみたいだ。


 この道をまっすぐに歩いていったのだと、勝手に判断して二人で歩いていく。


 再び土の感触が柔らかくなってきたころ、足跡を見つけた。

 良かった、道は正しかったようだ。

 辺りはもう日が沈みかけている。


「今日はこのあたりで夜を迎えよう」

「でも、この近くにいるかもしれないわ」

「夜道は危ない、さっきみたいな崖があって、気付かずに落ちてしまうかもしれない。 危険だよ。

 明日、夜が明けたらもう一度、探してみよう」

「わ、わかったわ」


 もう暗いので木の陰で寝ることにする。


 20分ほどかけて水魔法で手を洗う。

 抱き合い、僕の指を夕見さんの口の中へ入れて水をだす。

 夕見さんは、もっと欲しいとばかりに指に舌を絡ませてくる。

 それを受けて僕は小刻みに指を動かした。

 

 絡みつく舌が何ともいえない。

 口の中の温かさが伝わってくる。


 水分補給を済ませて、土で汚れてしまった足を入念に足の指に手を絡ませながら洗う。

 そのままヒートアップして、いろんなところを洗っていく。

 やや小ぶりの胸を丁寧に丁寧に洗っていくと、気持ちよく夜風が体を撫でる。

 解放感に身を任せ、あごを肩に置くようにして、二人は月夜に照らされた背中を互いに見つめて、目を閉じた。




 ――翌朝


「クィッキィー」

 なにかの泣き声で目を覚ました。

「いゃぁぁー」

 そして続く、聞いたことのある声。

「いまのって」

「えぇ、きっとめぐみだわ」

 松崎さんもこの近くで夜を明かしたのだろうか。

 真っ先に駆け出す夕見さん。

 足……はやいよ。

 遅れて僕も駆け出した。

 

 声のしたほうを探しに行くと、果物のような果実が実った木々を発見したが、今はそれどころではない。

 後で食べよう。

 音の鳴るお腹を必死にこらえて捜索する。


「このあたりね」

「ああ、そうだね」

 やっとの思いで追いついて警戒する。


 ある程度近付いたと思う場所で、葉っぱがガサガサと動いた。

 さっと身構えて何かが飛び出すのを見守る。


 何かが飛び出してきた。

 松崎さんだ。

 近付こうとして、夕見さんに腕を引かれて足を引っこめる。

 その動作で僕は夕見さんに後ろから抱きかかえられる格好になった。


 彼女が出てきた後でも葉っぱがガサガサと揺れている。

 ぴょっとウサギが飛び出てきた。

 なんだ、ウサギか。

 ってちょっと待てよ。

 でかい、でかい、でかい。

 まるで、人の丈ほどある二足歩行で走るウサギが現れた。


 僕は、松崎さんのプルンプルンと上下左右に跳ねる胸に目もくれず、後ろから現れたウサギに驚いている。

 ちょっと前に魔物でないなー、みたいなことを言ったからか?

 というかこのウサギは魔物なのか?

 動物ではないと思うが。

 でもこの世界の動物はこうなのかもしれないし。


 フリーズからとかれ、声をかける。

 夕見さんのほうがはやく立ち直れたらしい。

「めぐみ!」

「松崎さん!」


 こちらに気付いたようだが、抱き合う二人を見て顔を伏せて別方向へと走っていく。


 どうして避けるんだ。


 ウサギはこっちに目もくれず、松崎さんを追いかけて行ってしまった。 

 ウサギと松崎さんの後を追いかける。


 ウサギに襲われているものの、松崎さんを見つけることができたのは良かった。


 後を追っているとウサギは立ち止り、きょろきょろあたりを見回し始めた。

 よく見てみると木の陰に肌色が見えた。

「あそこか」

 木の陰に隠れた松崎さんにウサギに気付かれない様に近付いていく。

 夕見さんは、隠れながらゆっくり追ってきている。

 名前を呼び、そっと松崎さんの手を引く。

「松崎さん」

「わっ」

「こっちだ」

「放して、私、もぅ」

「急いで、ウサギに見つかってしまうから」

 うさぎのほうを向きピクンとはねると、いやいやながらも着いてきてくれた。


 すると、ウサギも僕たちに気がついたようで走って追ってくる。

 二足歩行で走るウサギは怖い。

 なんだか笑っているようにも見えるし、不気味だ。


 必死に逃げて、さっと木の陰に隠れる。

 松崎さんを木に押しつけて、ウサギが通り過ぎのをまつ間、汗が額からこぼれおちる。

 

 松崎さんの額からこぼれる雫は首をつたい、胸に到達した。

 その雫が急カーブを経て飛び出したところで、さっと抱きしめる。

 もちもちとした胸が僕の胸によって押しつぶされる。

 粘性のある土が柔らかいものに押されて、僕らの間でうごめいている。


 どうやら、ウサギは諦めてどこかへ行ってしまったようだ。


 ふぅ、何とかなったようだ。


 僕と松崎さんは、泥だらけだ。

 これは体を洗うチャンスかもしれない。

 だけど今はそれができる状況ではなかった。

 松崎さんは何もしゃべらないでうつむいている。

 何やら顔が赤い気もするが。


 しょうがないので語りかける。

「松崎さんはもう、ほら、僕たちの家族みたいなもんでしょ。

 急に居なくなったら心配、するよ」


「家族?」

 松崎さんが首をかしげてこちらを見つめている。

 もう誰も隠そうとしていない。

「そうだよ、家族だ」

「だめだよ結原くん、そういうことは遥ちゃんにいってあげないと」

「えっ……」

「結原くんは遥ちゃんを選んだんだから、私に……」

 松崎さんが何かを言おうとしたところで、遅れて夕見さんがやってきた。

「めぐみ!」

 夕見さんが松崎さんに抱きつく。

「心配したんだから」

 夕見さんが再び口を開く。


「……うん、ごめんね」

 そこで胸が輝いてステータスが――ということはなかった。


 松崎さんは、夕見さんの言葉に一言うなづいただけだった。

 


 ウサギが辺りに居ないことを確かめながら、僕たちは来るまでに見つけた果物があった場所へと向かっていった。


 そこには、先ほどのウサギがおいしそうに果物を食べていた。

 先ほどのあのウサギを推察すると、あまり策敵能力は高くないようだ。

 むしろ低いといっても差支えないだろう。

 ウサギをよけて大周りしながら果物を摘んでいく。

 1人4つづつ摘んだところで、ウサギから遠ざかるようにその場を後にした。

 大きさはそれなりあって5個持ったら落としそうだなって感じだった。


 歩いて座れる場所をさがす。

 先ほどの土が乾燥してが硬くなっている場所だ。

 だいたい離れたのでここらへんでご飯にしようか。


「いっただっきまーす」

「いただきます」

「……いただきます」

 ガブッ、サクッ、……パクっ。

 おいしい。

 すこし水気が足りないような気がするが、十分に美味である。

 木の実とは違うのだよ、木の実とは。

 

 昨日、何も食べることができなかったため、今日の食事のスピードは皆早かった。

 僕は松崎さんにひとつ貰って5つ食べた。

 松崎さんは1個しか食べていないみたいだけれど、小食なんだろうか。

 

 やっぱり食糧が豊富な場所だと、さっきのウサギみたいな魔物がいるんだな。

 洞くつの近くにはいないみたいだったけれど。

 木の実くらいしかないもんな、あこは。

 昨日は近くで夜を明けたけれど、魔物に襲われなくてよかった。


 食べ終わって、一服おく。

 帰り際に手で持っていけるだけ取って帰ろう。

 そうして果物に近付いたところ、ウサギに気が付かれてしまった。


 まだ果物を採取してもいないのに、ウサギが襲いかかってきた。

 いきなり飛びあがり、空中で一回転。

 うわぁぁぁ。

 やられる!

 後ずさり、尻もちをついた。

 先ほどまで僕がいた位置――僕の目の前――にウサギはしゅたっと綺麗な音を立てて着地した。

「えっ……」

 地面をえぐる爆発とかがあるとおもったのだが、そんなことはなかった。

 もしかしてこいつ、すごく弱い?

 初めに出会う魔物だ、強かったら全滅している、よな。


 ウサギが襲いかかってくる。

 のだが、さっきのを見た後だとどうにも緊張感にかける。

 一歩右に移動して軽くかわす。

 あれ? 簡単にかわせしまった。


 何度かかわした後、再びさっきの空中回転キックがきた。

 落ち着いて左に移動し、降りてきたところへ足払いをかける。

 驚くほど簡単に転んだ。

 

 そのまま足でお腹辺りを押さえつける。

 もがいているが、もう何もできまい。

 ウサギには、鋭い爪も牙もないのだ、逃げだせないだろう。

「夕見さん、なにか尖ったもの落ちてないかな?」

 松崎さんはちょっと元気がないみたいだった、一度襲われたウサギにまた会っちゃったからかな?

「探してみるわね」

 夕見さんはそういうとどこかに消えていった。

 数分がたち夕見さんは、漬物石のような石を運んできてくれた。

 夕見さん、エグい。

「これでいいかしら?」

「いいよ、ありがとう」

 渡された漬物石をウサギの脳天に叩きつけた。

 ガツン。

 ウサギは動かなくなった。


 僕はウサギの耳を持って運び、夕見さんと松崎さんに果物を持って貰って洞くつへ戻ることにする。

 夕見さんは両手いっぱいに果物を持って運んでいる。

 松崎さんは、両手で果物をひとつだけもってうつむいている。

 今日はそっとしておいてあげよう。


 洞くつにつくとすっかり暗くなってしまっていた。

 なんだか久しぶりって感じがするな。

 火が消えていたので火魔法で頑張ってつける。

 

 果物を隅へと置いて、今日はウサギの肉を食べよう。


 毛皮って服の材料になるものだよなぁ。

 服を着られたらまずい。

 全てが水の泡だ。

 どうしよう。 どうしよう。 どうしよう。

 まずいぞ。

 考えるんだ。

 

 いろいろと考えを巡らせながら、毛皮を手ではいでいる。

 

 ……ぼろぼろになってしまった。

 これでは使い物にならない。

 いやぁ、僕って不器用だからさ、てへっ。

 第一素手ではぐのって難しい、普通にやってもボロボロになるんではないだろうか。

 

 

 無理やり力任せに切断し、食べやすい大きさにしていく。

 といっても骨は折ることができないので、関節ごとに区切っているだけだ。

 ちょっと大きいがまぁ食べられるサイズになった。


 火で焼いていると香ばしい香りがウサギの肉からしてきた。

 焼けたので取り分ける。

 僕たちは、この世界にきて初めての肉を食べた。


 その晩、誰にも気づかれない様に松崎さんはひとり、声を漏らした。

「結原くん……。

 やっぱり、いけないよね、こんなの。

 結原君は遥ちゃんと付き合うって決めたんだから……」


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