終末のレムリアNOAH2 高坂龍之介の憂鬱NOAH
終末のレムリアNOAH2 高坂龍之介の憂鬱NOAH1
僕、高坂龍之介は引きこもりだ。
そして、アナログが大好きだ。
現代では「ガジェット」と呼ばれる携帯端末が、必需品となっていた。
それは、スマートフォンがハード・ソフトで革新を遂げた形で、鍵や財布、文房具の機能を備え、3Dの映像を見たりゲームをしたりすることもできるようになっているのだ。
ガジェットの普及率は世界の全人口の96%にも及ぶ。
しかし、一方でガジェットの普及で、バーチャルとリアルは混在するようになった。
だから、ヴァーチャル、つまりホログラム技術に抵抗のある僕はこうして引きこもっているというわけだ。
「終業式と始業式だけ出席しよう。それで僕は進級出来る」
僕は学校のシステムにハッキングし、出席簿を改ざんしてある。
普通の授業はもちろん、テストや文化祭にも出席していない。
僕はこの冷房の効いた部屋で一生を過ごすと決めているのだ。
「買い出し。そろそろ行かないとな」
一ヶ月分をまとめて幼馴染の空泣に買ってきてもらっているのだが、そろそろ貯蓄が尽きそうだ。
「ん? 転校生が来るのか?」
クリスマスのバカップルどもにウイルスを送ってやろうかとクラス名簿を見ていると、転校生が今日来たことが分かった。
「ちょっかいを出してみるか」
キーボードに指を走らせる。
転校生のガジェットに学校からのメールを装い、ガジェットをフリーズさせるウイルスを送りこんだ。
ちょっとしたイタズラだ。
「さて、ネトゲでもするか」
ネットゲームはそのほとんどがガジェット対応型だが、僕は自作のOSとソフトにより、ガジェット対応型のゲームもディスプレイとキーボード(ホログラムではない)で遊べるようにしてある。
「ソード・ワールドで遊ぼう」
ソード・ワールドとは僕が最近ハマっているガジェット対応型のゲームだ。
武器は剣のみが存在する世界で様々なスキルを使って100の階層に住む100体のボスモンスターを倒すのだ。
結晶型の回復アイテムや酒、肉など、様々なアイテムが存在するこの世界で、僕は12体のボスを倒した勇者の異名を持つ熟練者だ。
「エネ。毎日ログインしているが学校は大丈夫なのか?」
ゲーム内で声をかけられる。
エネとは僕のアバターの名前だ。
僕のアバターは青いツインテールの女の子だ。
僕そっくりに作られている。
ただし、僕の髪はツインテールでもなければ青くもないが。
名前は好きな小説の女の子の名前からとっている。
「学校は大丈夫。それより、あと28体のボスを倒さないと」
現在、僕らは71体のボスモンスターを倒している。
そして、ついさっき1体のボスモンスターが倒された。
「それなら心配いらない」
自信たっぷりなセリフに疑問を抱く。
「なぜ?」
「新たなオリジナルスキルが発見された。神聖剣というらしい。守りに特化したスキルらしい」
オリジナルスキルとはその名前の通り一つしかないオリジナルのスキルのことだ。
僕、エネもオリジナルスキルを持っているが、みんなには伏せている。
その理由は簡単だ。
オリジナルスキルを持つアバターを殺せば、殺したアバターにオリジナルスキルが移るのだ。
「龍之介。居るか、居るなら返事してくれ!」
玄関で空泣の声がする。
「悪い。用事が出来た。落ちる」
「おう。分かった」
ゲームを終了し、玄関に向かう。
「どうしたんだ? 僕は今ゲームで忙しいんだが」
「悪い。俺は親がいなくてクリスマスヒマだからさ。さくら荘でパーティーしたいなと思って」
さくら荘とは僕が引きこもっているこの古びた寮のことだ。
「断わる。君には友達なんていくらでもいるだろう。国枝とも仲がいいみたいだし」
国枝とはクラスのムードメーカー的存在のクラスメイトだ。
正直、僕から見れば国枝はうるさ過ぎるくらいなのだが。
「俺は龍之介とクリスマスを過ごしたいんだよ」
意味深なセリフについぶっきらぼうな口調になってしまう。
「だからなんでだよ」
空泣は当たり前のように言った。
「親友だからに決まっているだろう」
親友か。
空泣にとっては僕は親友らしい。
別にカップルみたく好きだと言われても困るが。
でも、もっとこう……。
「まあ、いいや。さくら荘は元々僕と空泣と幼馴染の暮らしていた所だからね。クリスマスパーティーをしたければするがいいさ」
しかし、
「ホログラムは使うなよ」
「うっ!?」
念をおしておく。
僕はホログラムにアレルギー並みの拒否反応がある。
未だにホロキーボードやホロディスプレイ(ホログラムのキーボードやディスプレイ)にも触れないほどなのだ。
「龍之介。クリスマスプレゼントは何がいい?」
空泣は話を変えるように聞いてきた。
「ドクターペッパー一年分」
僕が今一番欲しいものを言うと、空泣は無言でダメだというジェスチャーをした。
「龍之介。少し飲み過ぎだ。たまには控えろ」
他に今欲しい物はない。
「じゃあ、君が僕のクリスマスプレゼントを決めなよ」
「そうする」
空泣が帰った後、僕は僕のガジェット『アスタリカ』からメッセージが来ているのを見つけた。
アスタリカはスマートフォン型ガジェットで、ホロディスプレイやホロキーボードの機能はあるが、基本的に使わないでいいという前時代の画期的な発明だ。
「ウイルスは失敗したか……」
メッセージはウイルスが感染しなかったことを示すものと、
「出席簿が修復されている!?」
そして、改ざんした出席簿が綺麗に修復されていた。
改ざんを見つけるだけではなく、修復するなんて……。
「僕にケンカを売ったこと、後悔させてやる」
僕はキーボードに指を走らせた。
「前回は学校経由だったが、今度は直接そのガジェットを使えなくしてやる」
人工衛星のシステムにアクセスし、転校生のガジェットに僕のアスタリカから人工衛星経由で直接ウイルスを送る。
人工衛星経由にしたのは踏み台と言って僕の居場所がばれないようにするためだ。
今送ったウイルスは普通のセキュリティソフトなら紙くずなみのガードしか出来ない。
そういう凶悪なウイルスを送り込んだ。
「ふふ、ガジェットが無ければただの雑魚だよ」
僕は冷蔵庫からドクターペッパーを取り出すと、飲んだ。
そして、出席簿を改ざんする。
今度は修復されないように、前の出席簿のデータを完全に消去した。
「さあ、復元出来るならやってみろ」
復元出来るのは僕を含めて世界に六人くらいだろう。
まあ、後の五人はアメリカやロシアなどの刑務所の中だが。
「さて、ゲームの続きをするか」
ゲームにログインする。
「エネ。用事は終わったのか?」
「ああ」
僕はニヤッと笑った。
高坂龍之介の憂鬱2
翌日。
僕は驚愕していた。
「なぜだ!?」
クラスの出席簿は綺麗に修復されていた。
そして、ウイルス。
こっちは感染に成功したが、途中で完全に破壊されていた。
「まさか……」
僕は世界中の警察にハッキングする。
そして、僕並みのハッキング能力を持つ五人について検索していく。
「最近釈放されたヤツは……」
出た。
赤羽紅葉。
15歳。
CIAのシステムを一度完全に破壊した天才。
得意とするのはオフラインのシステムへのハッキング。
一週間前に条件付きで釈放されている。
釈放したのはガジェット開発者の三和博士。
赤羽紅葉の釈放は一週間前に死んだ三和博士の遺言だったらしい。
「赤羽紅葉……」
僕はキーボードを四つ取り出すと、両手両足でキーボードを打ち始めた。
「お前もハッカーならこの程度の攻撃。大丈夫だよな」
ハッキングして赤羽に攻撃した手段は三つ。
某国の軍事人工衛星による物理的攻撃。金属製の棒が音速を超えて降ってくるのだ。
二つ目は、ガジェットを狂わせる電波をハッキングしたクラスメイトのガジェットを通して発信したこと。
クラスメイトのガジェットも壊れるが、まあ仕方ない。
これは時間制限をつけておこう。
三つ目は、
僕の次世代型量子コンピューターによる直接的なハッキング。
前回もウイルスは一応感染した。
あれは僕のガジェットを通してからだが、今度は違う。
量子コンピューターからの直接的なハッキングだ。
「ふひひ。僕に逆らうとこうなるんだよ」
僕は出席簿を改ざんして眠りについた。
翌日。
「いやー、気分がいいなあ」
ウイルスからの信号で赤羽のガジェットは完全に破壊されたことが分かった。
そして、出席簿も改ざんされたままだ。
「ネトゲをしよう」
ソード・ワールドにログインする。
「エネ。今日はボスを倒すぞ!」
「うん」
「なんだ。今日は気分が良さそうだな」
「分かる? いや~、邪魔なヤツが消えてスッキリしたんだ」
「そうか。今日は神聖剣のスキル持ちと会う日だ。ボスモンスターの攻略にはオリジナルスキル持ちがいた方がいい」
「ああ、そうだね」
ボスモンスターの部屋の前。
「紹介する。神聖剣のスキル持ち。モミジだ」
「よろしく。エネ」
「よろしく。モミジ」
モミジからプライベートチャットの申請があった。
二人っきりで話したいことがあるらしい。
プライベートチャットの申請を受諾する。
「気分はどうだい? 高坂龍之介?」
「……」
なっ!?
名前がバレている!?
「なぜだ?」
モミジはしばらく沈黙する。
そして、
「オレの名前は赤羽紅葉。ハッカーだよ」
赤羽紅葉……。
「なぜゲームをしている? ガジェットは完全に破壊したはずだが?」
余裕たっぷりにモミジは書き込む。
「ガジェットはまた買い換えればいいだけの話だよ。OSのディスクさえあればいつでもシステムは復元できる」
認めよう。
モミジは僕並みの技術を持つ人物だと。
「名前はどうやって知った?」
「オレがハッキングしたんだよ」
な……。
慌ててコンピューターの自作の自己診断ソフトを起動する。
その結果、巧妙に隠されていたが、量子コンピューターにハッキングの形跡が見つかった。
慌ててモミジに確認する。
「軍事人工衛星からの攻撃はどうした?」
「ああ。あれ。大変だったんだよ。空からチョークサイズの合金が降ってきて。おかげで部屋に大穴が空いたよ」
「ガジェットを狂わせる電波は?」
「ガジェットの電源を切った」
「そんな……」
アナログな方法だが、逆に言えばそれ以外存在しないという方法だ。
「ガジェットなしの生活はキツいな。おかげで電源入れた瞬間にウイルスに感染したけど」
プライベートチャット中にチャットが入る。
「おーい! ボスモンスター攻略を始めるぞ」
「じゃあ、よろしくお願いします。先輩」
先輩とはゲームで、という意味だろう。
僕はハッキングされた屈辱を晴らすようにキーボードのキーを叩く。
「ボスモンスターはキツいよ。後輩」
高坂龍之介の憂鬱3
結果的に言えば、ゲームにおいて赤羽、いやモミジは弱かった。
ボスモンスターを退治した後、プライベートチャットでモミジと話す。
「赤羽。ボスモンスターに倒されて良かったな」
アバターのモミジが怒る。
「皮肉のつもりか?」
エネは無表情だ。
そう、僕と同じように。
「いや、もし他のアバターに倒されていたら、神聖剣のスキル、奪われていたぞ」
モミジが驚く。
「え!? マジで!?」
「だからオリジナルスキル持ちはオリジナルスキルを秘匿するんだ」
僕を含めて、だが。
「知らなかった。そうだ。龍之介、今から龍之介の家に行くんで手取り足取り教えてよ」
打ち込む。
「断わる」
「じゃ、そういうことで」
モミジがゲームをログアウトした。
「うわー、最悪だ」
とりあえずパジャマを脱ぐ。
いつもなら寝るまでパジャマ姿だが、仕方ない。
「ブラを外してっと」
赤羽紅葉。
きっと男だろう。
「嫌だな」
同じ男なら空泣のほうが数十倍マシだ。
「寝ぐせついてる」
風呂に入る。
寝ぐせをとるためと、昨日は風呂に入っていなかったためだ。
「ふ~、極楽~」
風呂からあがる。
「ジャージでいいか」
ジャージに着替える。
「香水でもつけておくか」
通販で買ったが未だに一度も使ったことのない香水をつける。
「そうだ!」
クラスの名簿から赤羽の電話番号を探し、電話をかける。
「……」
おかけになった電話は~、というアナウンスが聞こえたので僕はメールにすることにした。
「赤羽へ、と……」
メールの内容はホログラムの服、ホログラム・アバターというアプリを使わないこと。また、ホログラムを僕の前で使わないで、という内容だった。
「メールならいつか気付くだろう」
数時間後。
ピンポン。
玄関のチャイムが鳴る。
「赤羽か……」
玄関に出る。
「いきなりで悪いが帰って……」
来たのは赤羽ではなく空泣だった。
「ドミネーターの調子が悪いんだけど、見てくれる?」
ドミネーターとは空泣のガジェットで制作は10年前の中古品だ。
「空泣。そろそろハード的にヤバいと思うんだが」
空泣のドミネーターは僕の作ったドミネーター専用OSによってかろうじて動いているが、そろそろ寿命だ。
「一応、見てみるけど、ハード面は僕の専門外だぞ」
空泣は礼を言った。
「ありがとう」
空泣はドミネーターが治るまでここで待つつもりらしい。
まあ、当たり前か。
ガジェット無しでは人はなに一つ出来ない時代なのだから。
ドミネーターを僕のガジェット、アスタリカでスキャンする。
「OSでカバー出来る範囲を超えているな。空泣。いくつかアプリを消すぞ」
「ああ、だけど」
「分かっている。ノン・リーサルモードは消さないよ」
空泣は幼い頃、両親をコンピューターウイルスによるテロで失った。
そのためなのか、空泣は力に対して人並み以上の興味がある。
「ウイルスを弾丸として放つ、ドミネーター専用の機能……」
「ん?」
僕は空泣に言った。
「空泣。ガジェットを買い替えないか?」
空泣はなぜ? という顔をした。
「なぜ?」
僕は淡々としゃべることを意識して言った。
「このガジェットは寿命だ。それに……」
「ありがとう。でもいいや」
空泣はドミネーターを返してもらうとさくら荘から出て行った。
途端に自己嫌悪に陥る。
僕のバカ。
もっと別の言い方があっただろうに。
チャイムが再び鳴る。
今度は赤羽だろう。
夕日による逆光で相手が見えない。
「高坂龍之介だ。よろしく」
すると、相手は可愛らしい声で言った。
「女の子!?」
高坂龍之介の憂鬱4
赤羽紅葉が女の子とは思わなかった。
だが、相手も同じだったとは。
「メール見たからホログラム・アバターは使ってないよ」
「そう」
「にしても龍之介が女の子とは思わなかった。龍之介って普通男の名前だよね」
「文句は両親に言ってくれ」
赤羽紅葉。
明るいオレンジ色に染められたショートカットの髪に、Tシャツと左右で長さの違うジーパン。
この季節に寒くないのかと感じてしまうほど薄着だ。
そして、アイドルのような可愛らしい顔。
ゲーム内のモミジそっくりだ。
見た目からひと言言わせてもらうと、活動的な子だ。
「僕は……」
「ん?」
腰まで伸びた黒髪とぱっつんな前髪。
以前空泣に人形と言われたことがあるが、まったくその通りだと思う。
中学生だから仕方ないが、高校生になったら……。
「はぁ……」
「どうしたの?」
赤羽が聞いてくる。
「いや、なんでもない。で、本当は何しに来たの?」
赤羽が固まる。
「ゲームを教えてもらおうと……」
「建前はいい」
赤羽は目を輝かせて言った。
「オレのガジェットを破壊したコンピューターを見せてくれ」
「やはり、か」
興味があるのは幼馴染が作った次世代型量子コンピューターか。
だいたい予想はしていたが。
「見ても無駄だぞ」
「なぜ?」
「見れば分かる」
赤羽を自分の部屋に案内する。
「うわー」
赤羽は量子コンピューターに駆け寄ると、自分のガジェットを取り出した。
「まさかとは思うけど、この寮の中まであの変なバリア張ってないよね?」
変なバリアとはさくら荘付近に展開させてある電子機器を狂わせるバリアのことだろう。
「ああ、流石にな」
赤羽はガジェットのスキャン機能などを使い量子コンピューターの技術を盗もうとする。
だが、
「あれれ、全然分からないや」
「だから言っただろう。無駄だと」
製作者の幼馴染以外には分からない。
完全なブラックボックス。
僕ですら、分からないのだ。
「そうだ。ゲーム教えてよ」
ゲームに話題を変えた。
ということは。
「量子コンピューターについて諦めはついたか?」
「負けを認めるよ。だけど、出席簿は改ざんし直したから」
「なっ……」
何時の間に改ざんしたんだ?!
「龍之介が登校するまで何度でも改ざんするから」
「意地でも僕を登校させるつもりか」
僕は今分かった。
赤羽は苦手なタイプだ。
「うん。同じ女の子同士、仲良くしようね」
「くっ……」
赤羽が手を差し出す。
「分かったよ! 出席すればいいんだろ!」
僕たちは握手をした。
「で、ゲームのことなんだけど」
「分かってる。とりあえずキーボードとディスプレイ」
「ホログラムは使わないの?」
「ホログラムは体質的に受け付けないんだ」
「ふーん」
「じゃあ、始めるぞ」
僕らはソード・ワールドにログインした。
高坂龍之介の憂鬱5
赤羽は帰り、登校前日。
ドアがノックされる。
「龍之介。居るか? 居るよな。入るぞ」
女の子の声もする。
「あの、勝手に入っていいんですか?」
「あいつは引きこもりだからな」
イラっとくる説明をされている。
「ボロ寮のさくら荘だ。現在の住人は龍之介のみ」
「ボロ寮とは心外だな」
ドアの奥から僕は出て言った。
「僕が高坂龍之介だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
今の僕の姿はダブタブのシャツにジーパンだ。
寝癖は赤羽が来るといけないのでなおしている。
空泣が言う。
「龍之介、早速だが同居人が出来た」
「だが断わる!」
ビシッとポーズを決めて断わる。
だが、空泣は無視して話しを続ける。
「新しい同居人。えーっと名前は?」
名前すら知らない相手を紹介するなよ!
言いかけた言葉は欠片ほどの理性で押しとどめられた。
「黒羽。三和黒羽です」
「だそうだ。仲良くな」
仲良く出来るか!
僕は人見知りの引きこもりだぞ!
「断わる。僕は新しいプログラムの開発で忙しい」
実際はプログラムは開発していない。
だが、嘘も方便というやつだ。
「それとこいつにガジェットを渡してくれ」
「話を聞けよ! というか、ガジェットなら幼馴染に貰えばいいだろ。僕はソフト面では天才だが、ハード面はさっぱりなんだ!」
「幼馴染の名前忘れたのかよ。まあいいや。以前お前用にあいつが作ったやつがあっただろ?」
あれか。
奇跡的な幼馴染の失敗作。
僕ですら拒否した中古品だ。
「ガラケータイプか。あれはボロキーボードとボロディスプレイを廃した素晴らしい失敗作だな」
素晴らしいは皮肉だ。
地下からガラケータイプを持ってきた。
「使えるかい?」
黒羽に手渡す。
「はい。このタイプは私も触ったことありますから」
触ったことあるって?
「おいおい。冗談はよしてくれよ。ガラケータイプはガジェット開発者と幼馴染の二台しかないんだぜ」
「まさか……」
空泣がそうつぶやいた。
ガジェット開発者と幼馴染の分しかないガラケータイプのガジェットを知っている。
そんな人物ということは……
空泣が言った。
「ガジェット開発者の知り合い?」
黒羽は言った。
「娘です」
「娘!」
ガジェット開発者に娘が居たのか。
一週間前にガジェット開発者の三和博士が死んだことは知っていたが、娘がいるのは初耳だった。
僕は状況を理解していない空泣に言った。
「確かに、ガジェット開発者は三和博士だ。一週間前に他界したな。ニュースを見てないのか空泣?」
「いや、知らないって」
空泣は言った。
「で、話を戻すぞ。今日からさくら荘の同居人になる三和黒羽だ。仲良くしてやってくれ」
待てよ!?
三和博士の娘とどうやって知り合ったのか、教えてくれよ!
だが、空泣は昔からこういうやつだ。
重要なことは話さない。
だが、たぶん理由があるのだろう。
というか、あってほしい。
「話をそこまで戻すのか!? まあ、そこまで言うならいいさ。家事をしてくれるかい?」
三和さんは一瞬ビクッとして言った。
「はい。一応は出来ますけど」
何か隠している。
そんな顔をしている。
「じゃあ、俺も家具を運ぶから龍之介、この寮にかけてあるバリアを解いてくれ」
はあ!?
「まて! どういう意味だ?!」
「あれ、言わなかったか? その子は追われているんだよ。だから俺が24時間体制で守ろうかと思って」
ちょっと待て!
追われてる女の子を匿えということか。
「聞いてないぞ! 追われているなら警察に行け! あ、あと、男と女が一つ屋根の下はダメだ」
空泣は僕の言葉を聞き流し、さくら荘のバリアの外で宅配業者を呼んでいる。
「あー、家具を運んで欲しいんですけど。GPS座標は……」
宅配業者に頼み終わると空泣は、
「龍之介。黒羽は警察にも追われている。頼れる相手がお前しかいないんだよ」
「うっ……」
「な、お願いだ」
空泣が土下座する。
「どうしても、ここに住みたいのか?」
「ああ」
「空泣には聞いてない。三和さんに聞いているんだ」
「私は……」
三和さんはコクンと頷いた。
「ここに、住ませてください!」
「分かった」
空泣は今、空泣の家具などの荷物の受け取りをしている。
「三和さん」
「黒羽でいいです」
「黒羽。空泣の手伝いはしなくていいからね」
罰ゲームだ。
せいぜい頑張れ。
荷物の受け取りが済むと、僕はさくら荘でのルールを説明した。
「まずこの寮でのホログラム利用は最低限にすること。ホログラムを利用するくらいならパソコンやテレビやラジオを使え」
黒羽が質問する。
「龍之介はホログラム無しで生活できるの?」
「ああ、ついて来い」
僕の部屋に案内する。
ドアを開ける。
途端に冷気が流れこんできた。
そして、冷蔵庫と大量のディスプレイ、キーボードが黒羽の瞳に映った。
黒羽がコンピューターに近付く。
「幼馴染が作った次世代型量子コンピューターだ。おっと、冷蔵庫には触るなよ。ドクターペッパーを冷やしているんだ」
黒羽が言った。
「寒い……」
空泣が言う。
「龍之介。エアコン切ったらどうだ?」
その質問は何度もされた。
そして、僕は毎回同じ答えを返すのだ。
「僕は頭脳を使うからね。絶えず冷やす必要があるのさ」
無論、頭を冷やすという意味だ。
「そうかよ」
空泣は黒羽を連れて僕の部屋から出る。
僕は二本指を立てる。
「さくら荘でのルールその二だ。家事は分担すること。掃除が僕。料理が黒羽、空泣はその他雑用係だ」
「分かりました」
「了解」
三本、指を立てる。
「さくら荘でのルールその三。僕を必要以上に外に連れ出さないこと」
「それ、龍之介が出たくないだけじゃん」
空泣は続けて言う。
「龍之介。たまには学校に来いよ」
学校。
改ざんされた出席簿。
赤羽紅葉。
ふふふ。
あははは。
「僕はあと2日学校に出れば進級できるはずだったんだ。それが、明日から毎日登校だ! ほっといてくれ」
空泣が驚く。
「ハッキングで出席日数を水増ししたんじゃないのか?」
「邪魔が入ったんだ。うるさいな!」
一旦頭を冷やそう。
息を吸い、吐く。
スッキリした。
「で、買い物に行くんだろ?」
「ああ、黒羽の家具を買わないとな」
「バリアは解いておく。一ヶ月分の食糧を買ってきてくれ」
どうせ家具は今日中に配達されないだろうが、もしも今日、配達された時のため、バリアを解いておく。
僕からメモをもらい、空泣と黒羽は買い出しに行った。
「さて、僕もひと仕事するか」
そう言うと、キーボードに指を走らせた。
三和黒羽を学校に転校させる手続きをする。
まったく、疲れる。
高坂龍之介の憂鬱6
「龍之介。帰ったぞ。ドア開けてくれ。両手が塞がっているんだ」
「私が開けます!」
ドアが開く気配がする。
僕は用意していたものを取り出した。
ドアが開く。
パンパパパン!
紙吹雪とクラッカーが鳴った。
ちなみにホログラムではない。
僕は驚いている二人に言った。
「曲がりなりにもさくら荘の住人になったんだ。歓迎するよ」
「ありがとう。龍之介」
「龍之介さん」
さん付けで呼ばれたのは久しぶりだ。
少し、いやかなり恥ずかしい。
「さん付けはやめてくれ、恥ずかしい」
「龍之介が恥ずかしがっている!?」
空泣は続けて言った。
「龍之介。こっち向いて!」
「えっ!?」
カシャ。
ドミネーターで空泣が写真を撮ったのだ。
「ありがとうございました」
「空泣!」
その後、僕は紙吹雪などの片付けをした。
夕食は肉料理を期待していたが、結局その日は鍋だった。
「やっぱり冬は鍋料理かなって思って」
「白菜買いすぎたと思ってたしな。いいんじゃないか」
「僕は明日から学校なんだ。うぅ……」
肉料理じゃなかったし、明日から学校なので、僕は落ち込んでいたが、空泣は無視する。
「黒羽。この後、パソコンでゲームやろうぜ」
「パソコン。私、小さい頃にかまって以来ですよ?」
「丁度いいリハビリになるさ。さくら荘ではガジェットが使えないも同じなんだからな」
ガジェットは基本的にホロディスプレイとホロキーボードで操作する。
そのため、3Dゲームなどをする時もだが、ホログラムを展開する。
だが、さくら荘でのホログラム利用は厳禁だ。
「じゃあ、食事が終わったら談話室で」
「後片付けがあるので、私、遅くなりますよ?」
「いいよ。俺もパソコンに触るのは久しぶりなんだ」
夜。
黒羽の家具などの荷物はまだ配達されていないので、僕と二人で同じベッドで寝ることになった。
「黒羽」
「はい?」
「僕らに隠していることがあるよね」
黒羽が黙る。
そして、
「……はい」
認めた。
「聞かれたくない?」
「はい。……あまり聞かれたくは、ないです」
「そう。じゃあ聞かない」
「えっ!?」
あっさり聞かないことに決めたのが不思議なのか黒羽は驚く。
「いいんですか?」
「誰にも秘密はあるさ」
そう、僕も空泣に隠していることがある。
「じゃあ、お休み」
「はい。お休みなさい」
翌日。
「最悪だ。僕が学校に行くなんて……」
「龍之介。遅刻するぞ~」
「分かっているよ。ちくしょう」
文句をブツブツ言いながら僕は学校に登校した。
「あれ?」
「高坂が学校来てる!?」
「12月だし、雪が降るかも」
どいつもこいつも、僕が登校しただけなのに、まるでパンダを見ているような視線だ。
ホログラム・アバターの服を着ている生徒も多く、気分が悪くなる。
朝礼の際に黒羽が紹介された。
「今日からこの学校に転校する三和黒羽さんだ。みんな仲良くするように」
「よろしくお願いします」
この学校には制服はない。
また、校則で制服は自由であると明言されている。
空泣や黒羽、ホログラムに拒否反応のある僕はホログラムによる服を着ていないが、この学校の大半はホログラム対応衣服の上に思い思いの衣服を着るホログラム・アバターというアプリを使っている。
きっと赤羽もホログラム・アバターで、実際は競泳水着のようなものを着ているのだろう。
「学校に来てやったぞ! これでどうだ? 満足か!」
赤羽に向かって言う。
「やあ。龍之介。龍之介がホログラム嫌いみたいだから、ホログラム・アバターは使ってないよ」
「そう」
意外だった。
赤羽がそんなことをするなんて。
「そう言えば、オレの釈放の条件って知ってる?」
「さあ?」
「実は……」
担任の先生がパンパンと手を叩く。
「今日はもう一人転校生を紹介します」
「えっ!?」
いきなりのことに驚く。
確かに昨日まで、転校生は黒羽一人だった。
僕を出し抜くこの手際の良さは……。
「入りなさい」
教室のドアがガラガラと音を立てて開く。
「ハロー。龍之介。空泣」
そこにいたのはケンブリッジ大学で教師になっているはずの幼馴染だった。
「小鳥遊飛鳥です。よろしくっ!」
昼休み。
「空泣からドミネーターをゲットしたぜ!」
飛鳥はそう言った。
「奪ったんだろ」
そうツッコミを入れる。
「そうとも言う」
やっぱりかよ。
「で、10年前の中古品をどうするんだ」
「捨てるよ。あ、ICカードは流用するけどね」
サラッと空泣の大事なものを捨てるというあたりが飛鳥らしい。
「とりあえず、さ。新しいドミネーターのOSを作ってよ」
「まずはハードが出来てからだ」
ハードがなければソフトは作れない。
「相変わらずだね。龍之介」
グイッと顔を近付ける。
「ミーミルの泉はまだ解放してないわよね」
「ああ」
ミーミルの泉とは空泣の脳に埋め込まれているガジェットだ。
ある機能があり、僕が空泣に隠しているのがそれだ。
「あと、わたしもさくら荘に住むから」
「荷物なら空泣に運んでもらえよ」
「分かっているって」
「なあ、何で急に転校してきたんだよ?」
「わたしが答えると思う?」
「思わない」
「一つだけヒントをあげる。300人委員会」
「それがヒントか」
「エシュロンで探ってみたら」
エシュロンとは史上最強の盗聴機関といわれている軍事目的の通信傍受システムのことだ。
「そうするよ」
「空泣には内緒でね」
高坂龍之介の憂鬱7
帰宅後。エシュロンを使い、300人委員会について調べる。
「ガジェット反対派か……」
300人委員会とはガジェット反対派の過激なテロ組織といったところか。
「空泣に危機が迫っているのか?」
黒羽関係だと厄介だ。
まあ、杞憂だろうが。
「龍之介。居るかな?」
玄関から赤羽の声がする。
「なんだ。僕は学校へ行ってHPが限りなく0に近いんだが」
「付き合ってくれ!」
「はあ?」
商店街。
「クリスマスプレゼントの買い物に付き合うという意味なら最初からそう言えばいいのに」
「だから、付き合ってくれって言っただろ」
だからその言い方が誤解を招くんだよ!
「で、誰に贈るんだ?」
赤羽は途端にボソボソとしゃべる。
「なに? 聞こえない?」
「泣……空泣空だよ……」
びっくり、というか唖然とした。
「本気か?」
「うん。オレ、たぶん一目惚れしたかも」
空泣はまあ黙っていればルックスはいいし、いつも掛けている伊達メガネを取って服を着替えればホストに見えなくもない。
「だけど、空泣はあれだぞ」
「あれって?」
「いや……」
言葉が思いつかない。
ただ、空泣と赤羽が仲良くしているのを想像するとイラつく。
僕は話題を変えた。
「いつ、告白するんだ?」
「クリスマスイブ当日。プレゼントを渡して告白する」
「そうか……」
分かっている。
これは嫉妬じゃない。
幼馴染が他のヤツと仲良くしているから、ヤキモチを妬いているだけだ。
あれ? ヤキモチと嫉妬って、同じ意味じゃん。
「そうか、そうだったのか」
「龍之介?」
ごめん。赤羽。
「僕も空泣に告白する」
「は?」
今度は赤羽が唖然とする番だった。
「僕はやっと自分の気持ちに気付けた。ありがとう。僕も空泣が好きだ。だから赤羽の手伝いは出来ない」
礼を言う。
そして、宣戦布告した。
「龍之介。幼馴染だから、友達として好き、じゃないよな?」
「ああ、一人の男性として好きだ」
言い切る。
僕は実は男の友達がネット以外で空泣しかいない。
だから、この気持ちは、幼馴染として、友達として好きなんだと思っていた。
けれど、赤羽が告白すると聞いて胸の奥がズキンと痛んだ。
だからこの気持ちは恋だ。
「赤羽。僕たちはライバルだ」
「そうみたいだね」
「だから、僕は赤羽のプレゼント選びを手伝うことが出来ない」
「分かった」
これが、後に空泣の運命を左右することを僕はまだ知らない。
「じゃあ、また明日。学校で」
「うん」
赤羽と別れ、さくら荘に帰る。
そして、コミュニティサイトでクリスマスイブのプレゼントについて調べた。
「ケーキか」
クリスマスケーキが一位だった。
それも手作り。
「材料、買ってくるか……」
深夜。
みんなが寝静まったのを確認してさくら荘から出る。
「あれ? 龍之介?」
「空泣!?」
空泣に見つかるなんて最悪だった。
高坂龍之介の憂鬱8
空泣が徹夜で飛鳥と黒羽の荷物を運んでいたため、その日は外出出来なかった。
朝。
「おはようございます」
「おはよう。黒羽」
朝。黒羽に挨拶する。
「龍之介。目の下にクマが……」
やっぱりか。
徹夜で起きていたからな。
「あんまり聞かないで」
飛鳥がいつも通り元気に地下のラボから地上へやって来た。
「おはよう。黒羽。龍之介。空泣は?」
その質問に、僕が答える。
「仮眠中。学校に行くまで数十分でも眠りたいんだとさ」
飛鳥は笑った。
「あはは。ちょっと荷物が多すぎたかな?」
それから数十分後。
空泣を起こし、学校へ急ぐ。
遅刻しかけた理由は……。
飛鳥が、
「わたし、今日からしばらく休むわ」
と言い、数秒後に空泣に、
「違うわ!」
と言った。
「脳内の文にツッコミ入れるな! 昨日は荷物運んで一睡もしてないんだぞ。労われよ」
脳内の文って、一体なにを考えたんだ?
あと、空泣は仮眠しただろ。
「ありがとうございました。はい、じゃあわたしは新型ガジェットの開発で地下のラボにこもるから」
ドミネーターを捨てることを空泣に言ったら空泣はどんな反応をするんだろう?
きっと、僕には想像出来ないんだろうな。
「じゃあ、黒羽、龍之介。行くぞ」
「学校って楽しいよね。龍之介」
「僕に話しかけないでくれるか。気分が憂鬱なんだ……」
学校に行くことが、ではなく。
好きな人と一緒にいることが、だ。
僕なりに朝、化粧はしたつもりだし、綺麗になったつもりだが、空泣は気付かない。
異性と思われていないのか。
「……鈍感男」
「ん? 龍之介、何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
学校。
「おはよう。龍之介」
「おはよう。赤羽。元気そうだな」
赤羽はあくびをして言った。
「オレはこれでも疲れているんだぜ」
「そうか」
それから二週間ほど経った。
僕は深夜、ケーキの材料を買ってケーキを作っては失敗するということを繰り返し、なんとか食べられるものを作れるようになっていた。
「龍之介。最近指に怪我していることがあるけど、大丈夫か?」
空泣が心配してくれている。
それが純粋に嬉しい。
「大丈夫。ちょっと、ね」
「ちょっと、なんだ?」
片目をつぶり、ウインクする。
「秘密だよ。女の子には秘密があるのさ」
「ふーん」
日常は突然崩れ去る。
そう、今日のように。
三時限目が終わり、休憩時間。
突然。教室のドアが開かなくなった。
クラスメイトが言った。
「は、なんなのこれ?」
「龍之介!」
空泣が叫ぶ!
デジャヴだ。
学校。
開かないドア。
爆発する教室。
僕はハッと息を飲む。
「ウイルステロだ。10年前と同じ!」
「ウイルステロ?」
他の生徒が群がってきた。
空泣はみんなにまだ話していない、十年前の事件について話し始めた。
僕はアスタリカを取り出し、学校を再度ハッキングし始める。
しかし、アスタリカでの打ち込みは遅く、間に合わないかもしれない。
空泣は語り始めた。
「……三時限目。教室のドアが開かなくなった」
「テロリストによるコンピューターウイルスが原因だった」
「そして、教室の廊下に仕掛けられた爆弾が爆発した」
「両親は俺を庇って死んだ。犯人はまだ捕まっていない」
クラスメイトがざわつき始める。
「それじゃあ俺たちも……」
「ああ、爆発により死ぬな」
「落ち着いている場合じゃねーぞ!」
「分かっているよ」
僕は空泣に聞いた。
「10年前の爆弾はいつ爆破されたっけ?」
「12時だ」
「後一時間もない、か……」
僕のもとに赤羽がやって来た。
「龍之介。最悪の事態になっちまったな」
「ああ」
「ホロキーボード無しでこの事態を乗り越えるのは不可能だ」
「分かっている」
分かっているんだ。
「じゃあ……」
だけど、こんな状況なのに、
「だけど、触れないんだ。身体が動かないんだ」
「龍之介!」
赤羽が大声を出す。
「空泣にクリスマスプレゼントを贈るんだろ?」
そうだ。
「……ああ」
まだ、死ねない。
「じゃあ、こんなところで死んでいいのか」
嫌だ。
「……やだ」
「ん?」
嫌なんだ!
「嫌だ!」
赤羽がアスタリカのホロキーボードを出す。
「じゃあ、ホロキーボード、使えるな?」
もしかしたらダメなのかもしれない。
やっぱりホログラムは体質的に合わないかもしれない。
けれど、空泣に思いを伝えないまま死ぬのだけは嫌だ。
僕は頷いた。
「ウイルスは僕たち二人がクラッキングしてでも破壊する。空泣は
爆弾の解除をしてくれ」
空泣は驚く。
「爆弾の解除って。今の俺はただの凡人だぞ」
「お前は天才だよ。ただ爪を隠しているだけのな」
「龍之介。クラッキング開始するぞ」
「ああ」
アスタリカからホロキーボードとホロディスプレイを出現させる。
「龍之介がホログラムを使っている……」
それは誰の言葉だったのだろう。
湧き上がる吐き気を堪え、キーボードに指を走らせる。
一方、赤羽といえば、
「楽器?」
ピアノの鍵に似たキーボードでさながら曲を弾くようにキーを打っている。
「龍之介!」
赤羽が僕の名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「僕らのガジェットの処理能力だけじゃ、このコンピューターウイルスは駆除出来ない」
言いたいことは分かる。
だが、可能なのか?
いや、やれることをやるしかない。
「みんな、聞いてくれ。この学校のシステムを一旦僕の持っているコンピューターウイルスで完全に破壊する」
みんなは黙ったままだ。
「そうして、システムを再構築する」
「なら、さっさとしろよ!」
「そうよ!」
クラスメイトから非難を浴びる。
僕は息を吸い、吐いた。
大丈夫。
みんな理解してくれる。
「この作戦には僕の量子コンピューターが必要なんだ。そして、量子コンピューターとの通信の処理にはこのクラス全員のガジェットが必要だ」
ガジェットの処理能力は単体では微々たるものだが、集まれば強力になる。
まあ、自分の大事なガジェットをこんな不登校児に預けてくれるわけはないが。
クラスメイトが沈黙する。
失敗だ。
「赤羽。僕らだけで……」
全てを諦めかけた時、
「いいぜ。俺のガジェットを使ってくれ」
「わたしのガジェット、あなたに託しますわ」
続々とクラスメイトがガジェットを差し出してくる。
「みんな……」
涙が頬を伝う。
「やるぞ。赤羽!」
「ああ、龍之介!」
僕は椅子に座る。そして、両手両足を使い、四つのホロキーボードでキーを叩き始めた。
コンピューターウイルスを駆除し、学校のシステムを再構築したところで、みんなのガジェットは負荷に耐えられず壊れた。
大丈夫なのは使ってない空泣のガジェットだけだ。
空泣には爆弾を解除してもらうという役割がある。
爆弾を解除するために空泣のガジェットが必要なのだ。
「龍之介……」
僕は手を空泣のおでこに当てた。
ミーミルの泉が解除されました。
そう空泣の脳内の指向性音声でガイドされているはずだ。
「ミーミルの泉?」
僕は言う。
空泣の秘密を。
「空泣は知らないだろうが、空泣は天才ゆえに脳が情報の処理に耐え切れずパンクしてしまう危険性があったんだ。だから……」
「龍之介?」
「僕は飛鳥と協力して空泣の脳にリミッターをかけた」
僕は全てを話した。
空泣の脳には世界で唯一の生体駆動型ガジェットが直接埋め込まれていること。
脳に埋め込まれたタイミングは例のテロの時。作ったのは当然飛鳥と僕。
機能は空泣の天才性の封印と才能開放時の「記憶能力の向上」と「思考能力の高速化」と「右脳へのアシストによる五感・反射神経などの一時的向上」。
だが才能開放は時間制限がある。
時間制限を過ぎれば脳に負荷がかかり、廃人になる可能性がある。
僕は空泣に向かって叫ぶ!
「爆弾はたぶん前回と同じで全部で三つだ! 解除しろ!」
空泣は廊下を走り去っていった。
僕はクラスメイトに向かって頭を下げた。
「みんな、ガジェットを貸してくれてありがとう」
「オレからも礼を言わせてくれ。こんな事態は避けたかった。実際こんな事態になるなんて思わなかった。みんな。本当に、ガジェットを貸してくれてありがとう!」
「なんで謝るんだよ!」
赤羽と僕は国枝に頭を叩かれる。
「お前ら二人ともアホか! クラス、いや学校全体の危機を救っておいて謝られたら俺らがどんな顔をすればいいのか分からないだろ!」
「そうよ! あなたたちを信頼してガジェットを渡したのよ」
「まったく。クラスメイトとしての自覚がないな。このクラスは特別なクラス、だろ?」
そうだった。
このクラスは異常で最高なクラスだったんだ。
「赤羽」
「なんだよ?」
「ありがとう」
「礼はクリスマスイブが過ぎてからな」
「ふふ。そうだな」
爆弾は空泣が解除してくれるだろう。
なんの根拠もなく、僕らは信じていた。
だって、このクラスは……
高坂龍之介の憂鬱9
空泣となぜか黒羽もクラスに戻ってきた。
バン!
空泣が教壇を叩く。
「みんな、黒羽から重大な発表がある!」
みんなが黒羽の方を向く。
黒羽は大きく息を吸い、
「今まで隠したり、嘘をついたりしてすみませんでした!」
謝った。
「私、300人委員会という組織のジョン・スミスという人に追われてて、警察も、たぶん、さっきのテロの人もグルで……」
「黒羽……」
誰かがつぶやく。
300人委員会か。
やっぱり、飛鳥は何か知っていたんだな。
「私が持っていてスミスに奪われたのは、終末の日という世界中のガジェットを同時にクラッキングして破壊してしまう最悪のコンピューターウイルスで、私、父の形見だから捨てれなくて……ごめんなさい」
「そうか……」
国枝がつぶやく。
「皆さんの力を借りたいんです」
それは、最後の足掻きかもしれない。
いや、事実そうだ。
ここが、『普通』のクラスなら。
「大丈夫だよ」
僕は教壇に立つ。
「そうだろ! みんな!」
「「「ああ」」」
僕は声高に宣言する。
このクラスの異常性を。
「この元天才、天才、変態の問題児のみを合わせたクラス。通称『アブノーマル』に不可能はない!」
言いきった。
「みんな、世界の危機なんてとっとと救って、合コン行こうぜ!」
クラスのムードメーカーの国枝も賛成する。
その他のクラスメイトも、
「そうよ。私なんてガジェット工場の社長令嬢なんだから、ガジェットの部品ならいくらでも提供できるわ」
「俺はガジェット開発理論を読み、理解している。微力ながら力添えしよう」
「私は犯人のプロファイリングのプロで警察にも協力したことがあるわ。汚職した警官共々爆弾を設置した犯人を見つけてみせる」
「みんな……」
これは空泣のセリフだ。
「中二病展開キター! 私、この時のために世界中の怪しい場所の情報を集めているの。エリア51とかCERNとか」
「とりあえず、みんなのガジェットが壊れたままじゃ何も出来ない。どこかで新品を調達しなきゃな」
「それなら……」
空泣は手を上げた。
チラッと僕を見る。
僕は頷いた。
いいよ。みんなにさくら荘の地下の秘密を見せても。
「さくら荘に飛鳥の作った試作ガジェットが大量にあるんだけど……」
国枝が言った。
「行こうぜ! さくら荘に!」
さくら荘前。
「本当にここなのか?」
国枝はつぶやく。
「うん、まあ地下に行ってから話をしようか」
空泣がみんなをさくら荘の地下に案内する。
エレベーターで地下に向かう途中。
クラスメイトが驚く。
「うわー。もしかしてCIAより設備がいいかも?!」
地下のラボに着くと飛鳥がドミネーターによく似たガジェットを作っていた。
「え!? みんなどうしたの? 学校は?」
空泣が飛鳥に学校であったことを伝えた。
「ふーん」
「感想それだけかよ!」
空泣がツッコミを入れる。
「試作ガジェットはその箱の中よ。Dチャットにはわたしも参加するからみんな、このドミネーター、いやエリミネーターを開発するのを手伝って! 話が本当なら絶対にエリミネーターが必要になるから」
その自信はどこからくるのだろう。
しかし、
「飛鳥……今すぐ……」
「いや、今すぐ動かないと……」
空泣が僕が言いかけたことを言った。
「大丈夫です!」
凛とした声が響く。
一瞬、誰の声か分からなかった。
そして一瞬が過ぎ去る。
声の主は黒羽だった。
「父は終末の日にロックをかけています。多分一週間は持ちこたえるかと思います」
「よし、じゃあ作戦を考えよう!」
国枝を中心に円形に座る。
クラスメイトたちがささやく。
「俺たち、円卓の騎士みたいだな」
「みたいじゃなくて、実際に騎士なんだよ。世界を救う騎士」
国枝が言う。
「作戦を説明するぞ! まず班に分かれる。エリミネーター開発班。300人委員会の居場所を特定する班。爆弾魔を探す班。そして終末の日のワクチンソフトを作る班と様々な資材の調達班だ!」
解散!
その言葉と同時にクラスメイトは一斉に動き出した。
僕はクラスメイトを量子コンピューターの前に連れてきて言った。
「情報は全てこの量子コンピューターに入れてくれ。ネットで共有する」
この際、部屋の汚さには目を瞑ってもらおう。
地下の作戦会議から数日。
僕のコンピューターに次々と情報がダウンロードされていく。
「ワクチンソフト『ロンギヌス』開発率50パーセント」
「世界中のガジェット開発者とのDチャットを設けた! エリミネーター開発班はそいつらに協力を取り付けろ!」
「終末の日のガジェット感染経路が分かった。世界中でランダムにウイルスに感染した軍事人工衛星を通じて地上に感染するんだ」
「軍事人工衛星ってどうやって止めればいいんだ?」
「ワクチンソフトをインストールすればいいんじゃね?」
「どうやって? 直前までどの人工衛星かもわからないんだぞ? 一体いくつ人工衛星があると思っている」
「じゃあ、世界中でロンギヌスをインストールしたドミネーターで人工衛星を撃てば、ウイルスを破壊出来るんじゃないか?」
「ドミネーター?」
空泣がDチャットでドミネーターについて説明する。
「その場合の作戦成功率は98パーセントだ」
「話は聞きました。ドミネーター2の量産体制を整えますわ」
ドミネーター2。飛鳥がエリミネーターの開発過程で生み出したドミネーターの上位互換版のガジェットだ。
「新情報! CERNに300人委員会のリーダーがいるという情報を掴みました」
「爆弾魔のプロファイリング終了。各自にデータを送ります」
「みんな……」
「世界を救うぞ!」
「「「おう!」」」
「すごいな」
僕は驚いていた。
「世界中から、僕らに支援がきている」
どこからか情報が漏れたのか知らないが、嬉しい誤算だ。
「僕らはこの戦い。絶対に勝つぞ」
高坂龍之介の憂鬱10
一週間後。爆弾魔の居場所が分かった。
僕と爆弾魔解析班の七人は学校にコンピューターウイルスを送り、爆弾を設置した犯人の居場所に向かっていた。
手にはドミネーター2。パラライザーモードを搭載したガジェットを持っている。
「いよいよだな」
僕は爆弾魔のアジトへと突入した。
「出て来い! 爆弾魔!」
中年の男が出てきた。
「木室真司だ」
右手にはいかにもといったスイッチを握ったままで出てきた。
僕はパラライザーを撃とうとした六人を止め、木室真司に話しかける。
「爆弾のスイッチか?」
「ああ、そうだよ」
嫌な予感がする。
「どこに仕掛けた?」
木室真司は話を変えた。
「君たち。ガジェットを失っただけで人間が淘汰されると思うか?」
いや、淘汰はされない。
だって、
「人間はそこまで愚かじゃない」
確かに数十万人は死ぬだろう。
だが、それだけだ。
やがてはライフラインを獲得し、ガジェットの無い生活に順応していく。
「僕はねぇ。爆弾を世界中の原子力発電所に仕掛けたんだ」
「なっ!?」
「分かるだろう? もし、コンピューターウイルスが失敗しても僕が人類を選別するんだよ」
「その原子力発電所の起爆ボタンがそれか?」
「ああ」
「そうかよ!」
肉体労働は苦手だ。
僕はパラライザーモードのドミネーターで木室真司を撃った。
が、
「こちらの勝ち……だ……」
起爆ボタンは押された。
だから僕は肉体労働は嫌いなのだ。
「ドミネーター2を同時にデルタモードへ」
「「「分かりました」」」
デルタモードとはドミネーター2の機能で、さくら荘にある量子コンピューターに直接アクセスする機能だ。
つまり、量子コンピューターと同じ処理能力を今のドミネーター2は持つ。
ホロキーボードを出現させる。
不思議とホログラムに対する忌避感や吐き気は、ない。
「もし原子力発電所を吹き飛ばす量の爆弾なら、起爆するまで時間差があるはずだ。その間に爆弾を無効化する。出来るな?」
はい。
そう応えるクラスメイトたち。
頼りにしてるぜ。
数分後。
「一個を除いて爆弾の解除が終了しました」
「一個は?」
「この真下です」
「残り何秒?」
「21秒」
僕は赤羽にもしもの時のために渡されていた水筒を取り出す。
「龍之介?」
残り10秒。
「爆弾はどこだ」
「ここです」
「手を引っ込めろ!」
残り3秒。
僕は水筒の中身を爆弾にぶちまけた。
……。
「爆弾が、止まった?」
「いや、まだだ」
僕はペンチなどの道具で爆弾を解体し始めた。
「さっきの液体は一体?」
「液体窒素だよ。昔の時限爆弾は液体窒素で冷やされると電気が通りずらくなり、起爆しずらくなるんだ」
「でも、現代の最新型の爆弾ならダメだった?」
「ああ。賭けだったよ」
時限爆弾を解体し終わる。
「さあ、クリスマスパーティーの下準備をしにさくら荘へ戻ろうか」
クリスマスイブ当日。
国枝が世界中から帰ってきたクラスメイトと共に祝杯をあげかけていた。
「世界を救ったぞパーティーをここ、さくら荘で開始します」
「「イエーイ!」」
「さて、まずはこの作戦の要だった空泣空を歓迎したいと思い……空泣は?」
さくら荘の入り口のドアが開く。
「疲れた~、ガジェットなしで外国はキツかった~」
空泣が帰ってくる。
「じゃあ、主役が帰ってきたところで、パーティーを始めますか!」
「「「おー!」」」
盛り上がるクラスメイトを遠巻きに眺めていると、空泣の元に黒羽がやって来た。
「空泣。おかえり」
「ただいま。黒羽。クリスマスプレゼントだよ」
空泣は黒羽に終末の日のガジェットを渡した。
「空泣!」
「なんだ?」
僕はクリスマスケーキを差し出した。
「好きです。付き合ってください」