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『小判』『ハワイ』『ネットアイドル』

作者: 桧月彩花

   『小判』『ハワイ』『ネットアイドル』


「みんなー!! いつも応援ありがとー!!」

 そうマイクで叫ぶと、どよめき、返し手で高唱してくれた。

 ステージの中央通路を通って、たくさんのライトスティックが踊る中、退場していく。

 その姿を消すまでの合間合間に、サービスアクションも適度に披露、出入り口扉前で、飾りだらけの衣装を翻し振り向き、「また来週も来てねー!!」と締め括った。

 これで、日曜日毎にやっているステージが終わりを迎えた。

 そう、私は、ファンからは女子大生アイドルとして親しまれている。ブログやツイッター他でも、連日話題が絶えない。

 しかし、それはこちらの世界の話ではない。

 過去、ネットワークが張り巡らされた時代から幾ばくか経った頃、ダイブネット技術とソフト〝Hermit World In〟、通称ハワイは開発され、私達の身近なところに現れた。

 掻い摘んで言えば、ネットに繋がったソフトの中に入って過ごせるという、擬似生活系の世界だ。先の通り、そこでは私も一住人で、アイドルを選んで活躍している。

 同じ様な活動をしている人を、男性女性を問わず、俗にはダイビングネットアイドル(DNA)と、いつの間にか総称する様になった。

 アイドルの綴りはIdolと書くが、ある掲示板で投稿された偉そうな一文に、Aidoruと載っており、それを面白おかしく引用し、揶揄の意も込めてDNAとなってしまった。

 前方の廊下曲がり角から、私に懐く制服姿の女子、見慣れた後輩が現れた。

「先輩、お疲れ様です!」

「お疲れ様です。また日曜に」

「はい!」

 私は、マネージャーもどきと挨拶を交わし、静かに楽屋へ入る。

 空間に手を翳し、所持衣装データバンクと接続、表示されたリスト群から、カジュアルな私服データを幾つか選び、具現し、瞬時に着替え終えた。裸になることもなく。

 つくづく、素晴らしい技術を開発したものだと思う。本当に……。

 ダイブの主体はアバターではなく、影響が現実に反映され兼ねないので、様々な注意が必要ではあるが、現世と違い、夜出歩いても襲われる可能性が皆無なのは頼もしい。

 中には奇特な人もいて、擬似世界でも農業をしていたり、街の掃除をしていたり。もちろんお金を稼ぐことも出来るが、共通の通貨はネット小判、略してネコバンだ。

 その名からのイメージ通り、子猫の模様が描かれたものを使用する。預ける銀行も想像そのままで、ネコバンクと言う。実在通貨や物品との変換は違法に当たる。

 ちなみに私の貯金は、約五三二七万ネコバン。ステージで稼いで、新しい衣装を買ったり、部屋の模様替えをしたりして遊んでいるが、主な投資はもう一つある。……。

 このダイブ技術の、開発者の男性を探しているのだ。

 ライブに来てくれたお客さんに聞いてみたり、あのマネージャーもどきに走ってもらったり、様々な手を尽くすが、未だに情報を一片たりとも掴めていない。

 また、ダイブをして探すのには理由がある。彼は、自らがダイブ技術の最初期被験者で、その接続実験中に深刻なエラーが発生し、魂ごと失踪した。

 現在彼は、病院の一室で秘密裏に、意識も戻らず植物状態となっている。医者の見立てでは、手の施し様がないらしい。あるとすれば、膨大なデータの中から彼の心を見つけ出し、復元、彼を接続したまま移植するしかない。

 技術的にも、確率的にも、まるで雲を掴む様な話だが、決して諦めるものか。

 そして今週も、手掛かりは何もなし。時間だけが過ぎていく。


 また日曜がやってきた。私は、リストバンドタイプの機器を手首に巻き、ハワイを起動する。仮に電源が落ちても、危険性はなく、ただただこちら側に戻されるのみ。

 トイレや悪戯等、現世で身体に異変を覚えたら、すぐリンクを中断することも出来る。

 操作主第一という経営者の方針も、爆発的に広がった人気の理由の一つだろう。

 本当に、どこまでも優しい男性だ。残した功績だけでも、表彰ものだろう。しかし、本人がいなければ、私にとっては意味はない。

 ライブ用の煌びやかな衣装データを呼び、実行、すぐ様衣装チェンジは完了した。

 段取り通り奈落に乗り、格好を付け、熱気溢れるステージに颯爽と登場して見せると、一斉に観客が波打ち、沸き立ち、声高に迎えられた。

 お客さんから多数投げ込まれる、金銀銅ネコバンのおひねりなんて、どうでもいい。

 私はただ、彼にもう一度逢いたい。話したい。

 だから、大切な恋人の魂を見付けるまで、未来永劫探し続けるだろう。

 たとえいかなる世界を隔ててでも――。



                                   了

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