二話
「よぉ良平。どこ行ってたんだよ?」
テスト中の呼び出しから数時間。無事に事件を処理し終えた良平が長いみすみ坂を登っている途中で、向こうから歩いてきた集団の一人に呼び止められた。
集団の先頭を歩いて良平に声をかけたのは、のはいかにも運動系部活をやってます、と言わんばかりの短髪としなやかに鍛えられた体付きを見せる高野康介だった。名前に負けないその高い身長で目立つ康介はクラスでもムードメーカー的存在で、男女関係無いどころか全部で10あるクラスの全てに友達がいるというのだから驚かされる。
「ちょっと……家に呼ばれてさ」
「マジかよ。何かあったのか?」
「大丈夫。父さんが倒れたって言ってたけど、母さんの勘違いだったから」
「そっか。いや~、お前がいきなり血相変えて教室飛び出すからよ。絶対何かあったって話してたんだぜ」
良平はもう慣れっこになった嘘の理由でこの場を誤魔化す。
ヒーローとして嘘を吐くのはどうなのかと思われるかもしれないが、創作の世界のヒーロー達も自分の正体を隠す為の嘘なら許されてるとの解釈から、NHKでも変身や変身解除のの現場を見られる場合の言い逃れできない状況を除いて正体を隠す目的のみの嘘は認められている。まあその境目の線引きは曖昧で、多分に本人の裁量に任されているのが実情だが。
「ごめん。テスト中なのに心配させて」
「いいっていいって。どうせ結果は赤点ギリギリだから」
真面目な生徒が聞けば噴飯ものの答えを平然と康介は言ってのける。しかしそれも、その体付きが示すように、康介にとって今は身体を動かす事の方が重要だとの考えからだろう。
事実康介の頭は悪くない。授業をサボりもしないし何より広い交友関係は、それこそ相応の会話のタネと相手を引き付ける話し方が出来なければ作り上げられない。ただの運動馬鹿には無理なのだ。
言ってしまえば典型的な『やれば出来る子』だし、康介本人もそれを自覚している節は見られるが、良平との話を聞く限り改善するつもりはないのだろう。
「それより良平。俺達これからカラオケ行くけど、お前はどうするよ?」
「悪いけど、これから受けてない分の期末やる事になっててさ、ちょっとカラオケは行けそうに無いかな」
「大変だな、お前も」
「そうも言ってられないだろ」
「じゃあカラオケはまた今度な。頑張れよ」
「ああ。ありがと」
すれ違うテスト明けの皆に笑顔で応えながらも、良平の胸にあるのは『何で俺だけが』という思い。ヒーローとして生活している良平にとって普通の男子高校生という、たとえ様もないぐらいありふれた周りのクラスメイト達が堪らなく羨ましかった。
普通なら本当に選ばれた一握りの存在たるヒーローを羨ましがるべきなのだろう。むしろヒーローに選ばれる前と、その通知が届いた直後の良平もまたそうした考えだった。それが大きく変わったのは、ヒーローとして過ごすようになって数ヶ月経った頃だっただろう。寝る時以外はプライベートな時間を持つ事は許されず、今日みたいに急な呼び出しがあればたとえテスト中だろうと飛び出していかなければいけないのだ。
無論それを名誉と感じ、誇りを持ってヒーローの役割を果たしている他県の高校生もいるのかもしれないが、ヒーローとして生きる意味を知ってしまった良平はそうは思えないというだけの話だ。
「遅くなりました」
「まだ大丈夫です」
学校に戻って教室のドアを開けると同時に、教壇で待っていた教員に頭を下げて良平は自分の席に着く。見た事も無い教員なのは時間が空いてる人間が彼しか居なかったからだろう。
「ただ今より期末考査を始めます。教科は現代文と数学。時間はそれぞれ五十分。教科間の休憩時間は十分。よろしいですね?」
「はい」
「では、三時より始めます」
必要以上にこの教員が事務的なのは根っからの性格か、さもなければ時間外に余計な仕事をさせられている事への苛立ちからかもしれない。良平としては前者である事を願うばかりだが、吐く息の強さや妙に落ち着かない様子から察するに後者の方らしい。
確かに臨時で期末の試験官をさせられてるこの教員には多少同情の余地があるかもしれないが、だからといって自分の苛立ちを生徒にあからさまに見せるのは立場的にいかがなものか。
そして教員のこうした態度を肌で感じなければいけない良平の心境は、益々こんな生活は辞めたいという方向に固まっていくのだった。




