クラスメイト
かごめかごめ かごの中の鳥は
いついつ出やる 夜明けの晩に
鶴と亀がすべった 後ろの正面 誰?
高二の夏休み、素肌を小麦色に染めて開放的な気分を満喫した若者たちは、休暇の終わりと共に定期試験一色に染まる。それは、ぎらつく太陽からのがれて木陰に飛び込んだ者が、陽光の残像に目を射られて立ちつくすときの戸惑いに似ている。そんな夏休み明けの初日、新しい学級名簿が配られた。
「誰か、抜けた?」
隣の席の男子生徒の言葉に、桃井カズマは配られた名簿をつまらなそうに眺めた。ざっと目を通し終え、次いでクラスを見渡しながらつぶやく。
「……変わってねーじゃん」
授業はまだ始まってもいないというのに、三十八人の疲れきった顔が同じように物憂げな色を湛えて並ぶ。秋には修学旅行が控えているし、部活だってまだ引退の時期ではないのに、まるで、この先の高校生活はもうなんの楽しみもない、と言いたげに。
ポケットで携帯がメールを受信した。バイブにしていなかったため、EXILEの着うたが教室中に響いてしまった。カズマは、迷惑そうな担任と呆れたようなクラスメイトたちの視線を受けてわざと「ははは」とバカみたいな笑いでごまかしながらフリップを開く。
《名前、変わったんだって》
――誰が? 親の離婚か?
片手で素早く返信すると、親友のリクから速攻でまた情報が寄せられた。
《結婚だってさ》
――再婚だろ? 正しい日本語使え
カズマは廊下側の一番後ろの自席から、ちょうど対角線に目を向けた。窓際の一番前に、リクの坊主頭がゆれている。剃りたてほやほやの青坊主は、典型的な野球部を物語っている。夏休み中に頑張って少しは伸びたと喜んで茶髪に染めたのがいけなかったのだろう。先輩からダメ出しを喰らって、スキンヘッドにされてしまったのだ。
再び携帯が受信したメールを見て、カズマの眉根が寄せられた。
《親じゃなくて、本人が結婚したんだよ。お前の斜め前のヤツ。――三井マヒロ》
カズマは険しい顔のまま、斜め前の女子生徒に視線を向けた。シャギーにした柔らかそうな髪の隙間から白いうなじが覗いている。
カズマは同じクラスになって、今初めてその女子生徒、三井マヒロに目を向けていた。小柄で大人しいその女子生徒は、今の今まで完全にカズマの視界に入っていながらドロップアウトしていた存在だった。集合写真に写っていても半年もすると名前を忘れてしまうような、そんな影の薄い女子生徒。それが三井マヒロだ。
もう一度配られた名簿に目を落とす。
――北斗マヒロ。
それが彼女の新しい名前だった。細い首のラインを目で追って、心の中で名前をつぶやいた時、ふいに彼女が振り返った。
バッチリ目が合ってしまい、カズマは携帯を取り落としていた。初めてマトモに見たマヒロの顔から目が離せなくなっていることに気付き、戸惑いを覚える。
マヒロは小首をかしげた。カズマの片手で覆うことが出来そうな小顔は、陶磁器人形ようになめらかで白い。彼の目線は桜の花びらのような唇に向けられ、ついで小さな鼻へ。全体的に何もかもがちっちゃいのに、黒目がちの双眸だけが大きくて、小動物のように潤んでいる。同じクラスになってすでに半年、一度も席替えせずこれほど近くに居ながら、どうしてこんな可愛らしい子をスルーしていたのかと、自分自身が情けなくなる。
マヒロはカズマの顔へ、次に落ちた携帯に目を向け、ゆっくりとした仕草で拾い上げた。細い指先が黒い携帯を握り、すっと差し出す。その薬指に、銀の指輪が光っている。
カズマの心臓が大きく打った。この小柄な少女は人妻なのだ。
――人妻。その響き自体に興奮する。
なかなか受け取ろうとしないので、マヒロは無言でカズマの机に携帯をのせるとすぐに前を向いた。
前方のドアを開けて担任が出て行った。いつの間にかホームルームが終わったようだった。ようやく動悸がおさまり、カズマは斜め前のマヒロに向かって小声で礼を言った。
「サ、サンキュー」
マヒロは肩越しにカズマを振り返ると、花のように微笑んだ。灰色一色かと思われた教室内に、突然淡い光が灯ったような気がした。
その日を境に、カズマは斜め前の小柄な少女の行動を目で追うようになっていた。
昼休み、机をくっつけあって弁当を食べる女子の集団の端っこで、ときおりはにかむように笑うマヒロに、視線が吸い寄せられる。
アイツは人妻なんだ……
まるで別の生き物のような気がする。でも、それはエイリアン的な意味あいではなく、山間に立ちこめる白い霧のようで、もっと神秘的な、つかみどころのないモノ。そんな目で見るせいか、マヒロは他の女子と違ってどこか儚げだ。
「新妻が気になるの? 男ってヤラシー」
振り向くと、購買で買ったパンを抱えたユキノがニヤニヤ笑っている。ユキノはカズマと同じ陸上部に所属している。
「べつに、気にしてねぇよ」
言ったそばから箸を取り落としてしまった。ユキノはクスクス笑って、そっとカズマに耳打ちする。
「マヒロ、玉の輿らしいね」
「はあ?」
「だからァ、ダンナが金持ちってこと」
カズマは、視線を真横のユキノから正面に見えるマヒロに移した。一七歳の女子高生と結婚するなんて、ただのロリコンおやじに違いない。カズマの脳裏にでっぷり肥って脂汗をにじませる中年オヤジの姿が浮かぶ。その隣にマヒロの可憐な姿を置いてみる……
げふっ! 急にげっぷが出た。さっき食べた弁当のおかずの卵焼きがこみあげてくる。
「んもう、汚いなあ」
ユキノは細く描いた眉をひそめて、さっと二歩下がった。そのまま立ち去ろうとするので、カズマはユキノの手首をつかまえた。
「ダンナって、どんなヤツ? 中年なのか?」
するとユキノは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らして言った。
「なんで私に聞くの?」
「え、だってクラスメイトだろ?」
「クラスメイトったって、親しくないし」
ユキノのちょっと尖ったもの言いを聞きながら、カズマはマヒロがそっと席を立つのを見つめる。他の女子はまだ弁当を食べながら雑談の真っ最中だが、マヒロは椅子を持って自席に戻りこちらに背中を向けて座ると、本を取り出して読み始めた。隣を向くとユキノもマヒロを目で追っている。
「もしかして、アイツ、いじめられてんの?」
なんとなく気になって問いかけると、ユキノはマヒロの背中にしらけたような目を向けて言った。
「いじめなんて、無いよ。だって、あの子ゼンゼン無害だし。……てゆうか、存在感ゼロだしね。……結婚したっていうのだって、マリカのお母さんがあの子の母親から聞いてきたんだよ。未だに結婚式の写真すら見せてくれないし。だいたいが、結婚式にクラスの子を誰も呼ばないなんて、なんかやな感じだよ」
ユキノは不愉快そうな表情を隠しもしない。まあ、確かに式を挙げたのなら、写真くらい見せてくれてもいいだろう。ユキノが膨れるのももっともだと思う。でも、本人のいないところであんまり悪く言うのはフェアじゃない気がして、カズマはそれとなくマヒロを庇うように言った。
「じゃあ、クラスでお祝いでもしてやる?」
カズマの言葉に、ユキノは目を丸くした。
「冗談でしょう! 本人から報告もないのに、なんでそんなことするわけ?」
「え、そういうモノなの?」
「そういうモノよ。それに、あたしたちが何度マヒロに新婚生活のことたずねても、あの子まったく話そうとしないんだから。それどころか、まるで苦行僧みたいな顔するのよ。普通、新婚さんって言ったら幸せのオーラ、出てるもんでしょう? なんであんな顔するかな~」
ユキノの言葉には、ますます棘が増えてゆく。
照れてるだけじゃねーの? と言おうとしたがやめた。代わりに「ふーん」といかにも気の無い素振りを装ってみると、ユキノはふっと口元に笑みを浮かべて、女子特有の含みのある言い方をした。
「だけどさ、新婚生活って実際どうなのかしらね。マヒロって大人しそうな顔してるわりにはすすんでるっていうか……ねっ。そう思わない?」
カズマは急に不愉快な気持ちになった。確かにユキノは「マヒロとは親しくない」とハッキリ言ったが、嫌っているわけでもないのに中傷めいた事をさらっと言えてしまうのが、何だかとても恐ろしい気がする。女という生き物に対する怖れ。何を考えているのかわからないモノへの畏怖の念とでもいうのか。
問いかけを無視されたせいだろうか、ユキノは声のトーンを落とした。
「そんなにマヒロのことが知りたければ、放課後あとをつけたらいいじゃない」
吐き捨てるように言って立ち去るユキノの背中で、長い茶髪が揺れていた。
――あとをつけたらいいじゃない
その日の放課後、部活に遅れるのを覚悟でカズマはマヒロのあとをつけた。革靴に履き替えて昇降口を出ると、マヒロはいきなり走り出した。カズマは慌てて上履きのまま彼女の後を追った。
校門の前に停まっている黒塗りの車が目に入り、カズマは速度を落とした。マヒロは息を切らして自動で開いた後部シートに滑り込んだ。ドアが閉まり、ゆっくりと動き出した車の後部ガラスからマヒロの小さな横顔がチラリと見えた。
お迎えつき……?
去ってゆく車を見つめながら、カズマは校門の手前で呆然と立ち尽くした。
遅れて参加した部活では部長の虫の居所が悪かったため、カズマだけに居残り練習が課せられた。
ふて腐れながらたった一人で夕焼けのグラウンドをだらだらとランニングしていると、練習を終えた野球部の連中が合流してきた。
「カズマく~ん、一人で居残りかよ。淋しいねぇ」
リクが走るカズマの背中にジャンプでしがみついた。カズマはリクを支えきれず、べしゃっと惨めに転んだ。
「やめろよ! このボケえ!」
すりむいた膝頭を押さえながら、リクの青い坊主頭を思いっきりグウで殴りつける。リクはカズマの耳元で囁いた。
「ウワサになってるよ、カズマ。あのヒトにちょっかい出してるってホントかよ」
リクの目線の先、体育倉庫のかげにすらりとした女子生徒がいる。陸上部のアイドルでマネージャーの大橋キヨコ嬢だ。カズマより一学年上の三年生で、陸上部の部長・水村と付き合っていることは、学校中の公認だった。
「だから部長はオレにこんな仕打ちを……」
「他人のものを欲しがるクセ、そろそろ直したほうがいいよ。じゃないと、地獄に堕ちるぜっ!」
リクは右手の中指を一本立て、「ファック!」を連呼しながらげらげらと下品に笑った。こんなことが楽しくってしょうがないといわんばかりの笑い声に、カズマもつられて笑う。
他の野球部メンバーと共に引き揚げて行くリクの背中を見送り、一人になったカズマは、ランニングのピッチを上げた。「練習するからには、マジメにやろう」という気持ちが遠目からでも良くわかるような、気合の入った動きでトラックを一気に四周すると、カズマはわざとらしく倒れこむようにゴール付近に転がった。
大きく胸を喘がせて真っ赤な空をみつめながら横になっていると、期待通りに大橋キヨコの長い影が差した。
「誰も見てないのに。けっこうマジメにやってるんだね」
スラリと細い足がシルエットになっている。
「キョッコ先輩、パンツ見えそーですよ」
ニヤニヤしながら言うと、パサリと顔の上にタオルが降ってきてカズマの目をふさいだ。
タオルから染み出る甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで、わざと大儀そうに身を起こす。
「いいんですか? オレとしゃべってるの、部長に見つかったら困るんじゃないの?」
「心配ないわ。すでにケンカ中なんだから、この上さらに怒らせたって、同じ事よ」
「当たられるオレの身にもなってくれよ」
やれやれと言いたげな表情でタオルを投げ返したカズマの手を取って、キヨコはカズマを引き起こした。
秋色のオレンジに染まったキヨコの顔は、妙に艶めいて見える。形の良い口元が、魅惑的な言葉をささやいた。
「水村クンとは、最近意見が合わないのよね。それに彼、嫉妬深いし……。私、カズマのほうが、好みかも」
綺麗だけど、軽い女。
心の中のつぶやきは露ほども見せず、カズマは驚いたフリをして見せた。男なら誰でも自分の言葉に一喜一憂すると思い込んでいる、高慢な、それでいて少し媚を含んだやり方で、キヨコは完璧に微笑む。誘うように薄く開いた唇を見て見ぬフリをしながら、カズマは心の中でほんの一瞬だけ逡巡する。
――他人のものを欲しがるクセ、そろそろ直したほうがいいよ。
リクの言葉が頭をかすめたが、それは水に投げたコインみたいに、ごく小さなさざ波を残してあっさりと意識の奥に沈んだ。
べつにオレが欲しがったわけじゃない。それに、他の事情だってある。
カズマは彼女につかまれたままの手をそっと引き抜いた。
「オレのバイトの事、水村さんや顧問には内緒にしてくれてますよね?」
進学校であるカズマの高校では、基本的にバイトは禁止なのだが、コンビニやファミレスなどでかくれてバイトしている連中がずいぶんいて、教師もある程度は黙認状態だった。でも、カズマの場合はバイト先にかなりの問題がある。なんせカズマはキャバクラで裏方の手伝いをしているのだから。特に陸上部は顧問の先生が風紀に厳しく、バレればカズマ本人の退部だけでは済まない。県代表選手に選ばれている部長の水村にも迷惑がかかるだろう。
ケンカ中の恋人の名前が出たことで、キヨコはあからさまに嫌な顔をした。学校で一番人気の自分の誘いに乗ってこないカズマの態度も少々面白くないのかもしれない。
「バイトね……。今のところは何も訊かれてないから大丈夫よ」
ムスッとしてつっけんどんに受け答えをするキヨコを、一瞬しらけたような目で見たが、カズマは思い直して言った。
「もしも水村さんにきかれたら、しゃべっちゃう?」
カズマはキヨコの肩を強い力でグイと抱き寄せた。彼女の目が大きく見開かれ、次いで喉を鳴らす猫のように満足げに細められる。キヨコは薄くルージュをひいた唇をちろりと舐めた。
「カズマの態度しだい、かな」
……ったく、しょーがねぇな。
内心はため息混じりでも、カズマは自分が一番魅力的に見えるやり方でキヨコの顔を覗き込む。口角を上げ、わずかに目を細めるのがポイントだ。女王さまの機嫌を損ねないように、セリフにも気をつけなくてはならない。
「もしかしって、オレって、キョッコさんの下僕ってワケですか?」
「そうね、そういうのも楽しそう」
冗談のつもりが、女王さまは嫣然と微笑む。急速にキヨコへの興味が失せてゆくのを感じながら、柔らかい唇に唇を重ねた。うっとりとした表情で目を閉じ、キヨコはカズマの汗ばんだ背中に細い腕を回した。
水村とうまくいっていないというのは本当の事だろう。キヨコはかなり積極的だった。
盛り上がってるところ悪いんだけど、部長と揉めたくないし。
カズマはピタリと体を密着させて、貪るようにキスをしてくるキヨコをやんわりと引き剥がすと、照れたように微笑んだ。
「キョッコ先輩、これ以上は、マジ、ヤバいっすよ。オレ、部長に殺されちまう。んじゃ、また明日」
――口止め、完了。
物足りなさそうな顔のキヨコにひらひらと手を振ると、カズマは部室へ向かってダッシュした。
すっかり暗くなった大通りを渡り、カズマはネオンが目立ち始めた繁華街に向かって歩調を速めた。バイトの時間ギリギリだ。
「まあ、多少の遅れは大丈夫だよな」
言い訳のようにつぶやく。もともとやりたくて始めたバイトではない。十歳年上の従兄・ツヨシが店長を勤めるキャバクラで、厨房の手が足りないから、ほんの少しの間だけでもと頭をさげられたのだ。風俗店に出入りするなどとんでもないと、母親は大反対だったが、身内の頼みを断るわけにもいかないという父親の説得で、渋々承知したのだった。
ピンクの看板を掲げた雑居ビルが見えてきた。最近は学校のPTAの見回りなどもあり、制服姿ではこの界隈に近付くのも一苦労だった。カズマは紺色のネクタイを外すと、ズボンのポケットに突っ込んだ。夏休み明けの季節、Yシャツに紺色のズボンだけならどこの学校かなど夜目にはわからない。それでも念のため、カズマはいつものように慎重に周囲に目を走らせた。
「あれ……?」
さっき渡った大通りの遥か向こうに同じ学校の制服が見えた。白いYシャツに紺色のプリーツスカートをはいた小柄な少女が誰なのか、カズマは五十メートル以上離れているにもかかわらず、わかってしまった。
三井……いや、北斗マヒロ。
カズマは繁華街に背を向けると、吸い寄せられるように大通りのほうへと戻り始めた。
ガードレールを乗り越えて、行き交う車の流れをやり過ごしながら一気に大通りを横切ると、足音を忍ばせてマヒロの佇む横路を目差して歩いて行った。
彼女は街路灯の下に立って、目の前の大きな看板を見上げていた。
《三井デンタルクリニック》
看板を見たカズマは、少々拍子抜けした気持ちになった。きっと歯医者に行こうかどうしようか悩んでいるのだろう。カズマだって、歯医者は苦手だ。あのキーンという音を聞いただけで鳥肌が立つ。
クラスメイトなのだから、このまま黙って帰るのも何だなと思い、手を挙げて声をかけてみた。
「こんなとこで何してんの?」
振り向いたマヒロの顔を見て、カズマはドキリとしてその場で固まった。
マヒロの小さな顔は涙でぐしょぐしょだった。彼女は喉の奥で「あ!」と叫ぶと、怯えた小動物のような目でカズマを見て慌てて涙を拭った。
「あ、ゴ、ゴメン……」
何と言ってよいかわからず、バッドタイミングを呪いながら長い前髪をかき上げる。しかし、マヒロの目はカズマをスルーして、その背後に釘付けになっていた。彼女の黒い瞳が大きく見開かれる。マヒロの視線を辿るように振り返ると、黒塗りの乗用車が大通りに停車するのが見えた。乗用車はハザードを点灯させてそのまま留まっている。
「おまえんちの車……?」
カズマが訊ねると、マヒロは小さく頷いた。瞳が悲しげに曇る。
「あのさ、オレ……」
何を言おうとしたのか自分でもよくわからないが、とっさにカズマはマヒロの行く手をふさいでいた。マヒロがおびえたように一歩あとずさる。カズマの後方でクラクションが一回鳴った。
「どいて!」
マヒロは予想以上に強い力でカズマに体当たりしてきた。よろけたカズマの横を風のようにすり抜けて、マヒロは黒塗りの車の方へと走って行ってしまった。
「カズくん、何ぼんやりしてるの?」
声をかけられて、店のカウンターに入っているカズマは、グラスを磨く手を休めてにこっと笑った。
「こんばんは、アユミさん。今日もキレイっすね」
キャバクラ「スマイル」の一番人気・アユミは現役の女子大生で、法学部に所属している。白いタートルネックのノースリーブに、ツイードのプリーツスカートがいかにも女子大生っぽい。ただ、商売だからスカート丈は絶妙な長さのミニ丈だ。
アユミは容姿もさることながら、その頭の回転の良さで一流企業のエリートたちから絶大なる支持を得ていた。学費の為に働いていると言いながら、彼女はこの仕事が気に入っているらしい。
「カズくんこそ、バーテンダーのコスチュームが板についてきたわよ。キミ、期間限定バイトって言わなかったっけ?」
まだ店はオープン前なので、アユミはリラックスした表情でカウンターのスツールに腰掛けた。数人のキャバ嬢たちが黒と白の大きなチェッカーフラッグみたいなカーペットの敷かれたフロアを行き来するのを目で追いながら、カズマは冷蔵庫から冷えたカットパインを取り出して小さな皿に載せた。
「ツヨシ兄さんには、内緒ね。あと他の子たちにもね」
アユミが驚いたように目を大きく見開く。
「やだ! カズくんたら、チョー優しいじゃない。気が利く男って、私大好き」
アユミはカウンターに身を乗り出すと、カズマの滑らかな頬にチュッとキスをした。
「カズくんに乗り換えちゃおうかな~。若いし、スタミナありそう」
「マジで? 彼氏、泣くよ」
「うっそだよ~。あたし、お子ちゃまじゃ、満足できないもん」
「満足って、なにが?」
「うふふ、なにが、じゃないの。ナニよ、ナニ。きゃあ、カズマ赤くなってるし」
「なってねーし」
パインを頬張りながらあっけらかんと笑うアユミと、ちょっと卑猥な下ネタで盛り上がったりするのは結構楽しい。期間が終わっても店をやめられない理由は単純なのだ。アユミ同様、カズマもこのバイトがえらく気に入っている。最初は裏方で皿洗いやつまみ作りをしていたのだが、いつしかバーテンダーのまね事をさせてもらえるようになった。たぶん、店長のツヨシも最初からそのつもりだったのかもしれないと最近になって思う。カウンターに入るようになると、カズマは店の女の子たちだけでなく、一部の男性客からも可愛がられるようになった。
「キミかわいいね。ジャニーズの……ほら、何ていったっけ、携帯のCMの子に似てるな」
よく客から言われる。傲慢なようだが、カズマは自分の容姿をかなり気に入っており、心の中では話題のCMタレントより上だと思っている。
「おいカズマ、アユミちゃんに手を出すなよ。 今日は彼女の上客が来る予定なんだからな」
カウンターの背後にあるドアから、店長のツヨシが現れた。光沢のある紺色のスーツが良く似合う。肩にかかるさらさらの長髪を、首の後ろで無造作に束ねているが、けっして不潔には見えない。その理由は、ツヨシがこんな店を経営しているより、本人がホストクラブに行ったほうがよほど稼げるんじゃないかと思うほどのいい男だからだ。やわらかな物腰と少し下がり気味の目が魅力的だと店の女の子たちが口々に言う。店長に惚れて店に留まっている女の子も少なくない。自分たちはイケメンの血筋なのだろうが、自称いい男のカズマも、ツヨシには叶わないと認めている。
「お前のバイト代から引いとくからな」
カットパインの皿に目を落とし、カズマの頭を軽く叩いてツヨシはアユミに向き直った。
「わかってるわよ、店長」
アユミは面倒くさそうに言って、ペロリと舌を出した。
「アイツは上客だし、オレの友人なんだ。出来るだけ希望に添ってやってくれないか?」
「いいわよ、あの人店長に負けず劣らずカッコイイし。今夜はしっとりと楽しめそうだな~、なんてね。……おっと、私って、もっと知的なキャラが売りだったわよね」
ツヨシは眉根を寄せると「アイツのこと、頼むよ」と意味ありげにアユミの肩に手を置いた。その手をつかまえて、アユミがツヨシを無言で見上げる。ピンクに塗られたネイルに、カズマの視線が吸い寄せられる。
見つめ合う二人を気まずい思いでチラ見していると、ツヨシはやんわりとアユミの手をほどいて背後の事務室に消えた。
事務室のドアを見つめて、アユミはグチともつかぬことを言う。
「店長の友人さんさあ、結婚したてなのにこんな所に来てていいわけぇ?」
「新婚さんは、酒飲みに来ちゃいけないんですか?」
カズマが思わず問い返すと、アユミはピンクの唇を歪めて言った。
「だって、今日は私とアフターを希望なのよ? 二人きりで飲みたいんだってさ。どう考えたって、おかしいじゃない。……だって、ホテルのラウンジだよ? ホ・テ・ル」
一語ずつ区切って、再び事務所のドアに目を向けたアユミは、ぷうっと頬を膨らませる。
「アフターって、ようするにお持ち帰りってことっすか? そ、そんなことまで店長があっせんするの? やばくね?」
想像をたくましくしつつたずねると、アユミは頬にためていた空気をぷっとふき出した。
「やだ、セックスするかってこと? 冗談じゃないわ。店長がそんなのあっせんしたら売春じゃない。バカねえ、二人で飲むだけよ」
「でも、ホテルって……」
「まあね、店長に言わせると、飲んだその先は自分の責任だからね、だって。……ホント、冷たいな」
アユミの切なげな微笑みを見て、ふいにカズマはマヒロのことを思い出した。
ぜんぜん似てないのに、何でだろう?
十一時をまわり、ようやくバイトが終了した。週に三日間だけだったが、夏休みと違って寝坊できない分さすがにつらい。居残りのバイト男性に「お疲れ様」と挨拶し、カズマは雑居ビルの裏口から表に出た。ふと目を上げると、ピンクのストールを羽織ったアユミが背広姿の男性に寄り添っているのが見えた。茶色のブーツを履いた長い足は、遠目に見ても少々おぼつかない。気持ちよく酔っているようだ。
「あれがウワサの上客か」
カズマは独り言をつぶやき、男性の横顔に目を凝らした。アユミの言ったとおり、ツヨシに負けず劣らずいい男だ。縁の無いメガネが少々硬い印象を与えるが、そのぶん知的でクールと言えなくもない。エリートサラリーマン風で、清潔そうに切りそろえられた髪をごく自然に後ろへ流している。背が高く肩幅もそれなりにあって、背広が似合うモデル体型だった。
新婚のクセにキャバクラ嬢を買う男。変わったヤツもいるんだな、とカズマは興味を失くして二人に背を向けると、深夜の繁華街を後にした。
「カズマ! 昨日、やったか?」
リクは地声がでかい。
「んなわけねえだろ」
ぼそりとつぶやいた声は、リクには聞こえなかったらしい。
「いいよな、モテ男くんはよ~」
朝っぱらから教室に声を響かせるリクを無視してカズマは席を立った。教室の後ろのドアへ歩いて行くと、登校してきたマヒロとぶつかりそうになった。
「あ……」
小柄なマヒロは、カズマの胸の高さから驚いたように見上げている。やわらかそうな白い頬がバラ色に上気している。カズマはごくりと唾を飲み込んでからささやくように小声で言った。
「あの、昨日は妙なとこで会った、ね」
マヒロは口元に手をやり、次いでさっと目をそらした。
無視された?
昨日、何か気に障ることでもしたのだろうかと思い返していると、すぐ後ろでリクの声がした。
「便所いくのか? 友よ、オレも行くぜ!」
リクは足音高く走ってくると、いきなりカズマの背中に飛び乗った。
「ちょ、それやめろって!」
受け止め損ねてよろけたカズマは、リクにのしかかられたまま倒れこんだ。
ゴツン!
ん?
何かが床にぶつかる嫌な音と、腹の下の柔らかい感触に慌てて立ち上がる。
「うわ! ゴメン、大丈夫か?」
カズマの下敷きになって、マヒロは体を横向きによじったが、起きられないようだった。そのまま後頭部を押さえてうめく。
「やべえ、どうしよう!」
リクがマヒロのそばにしゃがみこんで、後頭部を押さえている彼女の手を退かした。
「おい、頭、血がでてるぞ」
頭から外した手のひらにも、わずかに血が付いていた。
「だ、大丈夫ですから」
頭を押さえているマヒロを抱き起こすと、リクが大きな声を出した。
「カズマが悪い。早く保健室に連れて行け! はやくっ!」
「お、おう」
彼の声にあっとうされ、カズマは言われるままにガクガク頷く。マヒロはリクに上半身を支えられて座り込んでいる。彼女の肩と膝の下に手を入れると、カズマはひょいと抱え上げた。
軽っ……!
小柄なマヒロは想像以上に軽い。
「いいです! 自分で行けますから」
暴れるマヒロを横抱きでギュッと胸に抱えて、カズマはよろよろと廊下を走り出した。
朝の廊下は登校してくる生徒でごったがえしている。すれちがうたびに、何人かの生徒は目を丸くし、大多数の生徒は大笑いしながらカズマを指さした。階段を降り、渡り廊下に出たところで、カズマはようやくリクの罠にはまった事に気付いた。悪いのは、どう考えてもリクだ。
落ち着きを取り戻すと、乳酸の溜まってきた腕の中、マヒロがリアルな重みを伴って存在感を増す。カズマはチラリと目を落とした。マヒロはカズマの胸に顔を埋めて震えている。恥ずかしかったに違いない。耳が真っ赤だ。カズマは急に胸がドキドキしてきた。
「ごめんな、頭、痛いか?」
立ち止まって囁くと、マヒロは相変らずカズマの胸に縋りついたままいやいやをした。
とにかく保健室へ急ごうと歩き出すと、マヒロはくぐもった声で言った。
「桃井くん、あの事、黙っていてほしいの」
「え?」
マヒロはカズマの胸に頬を寄せたまま泣きそうな顔で言った。
「あの時あそこで泣いていた事……、誰にも言わないでね」
カズマは大きくうなずく。その口止めにどんな意味があるのかなんて、全くわからなかったが……。
負傷箇所が頭だった事で、大事をとって学校からマヒロの家族に連絡がいった。一時間目が始まってしまったが、ケガをさせてしまった事を謝ろうと、カズマはそのまま保健室の外でマヒロの家族を待つことにした。
ひょっとしたら、マヒロの旦那に会えるかもしれない。だけど、……会ってどうする?
どんなヤツか、見るだけさ。……マヒロの男がどんなヤツなのか、見るだけだ。
見るだけで気が済むのか?
自分自身の心の声にドキリとしたとき、担任の男性教師がやってきた。
「なんだ、カズマがケガさせたのか? しょうもないやつだ」
担任の言葉に肩をすくめると、カズマはムスッとして言った。
「アイツの家族に謝ろうと思って、待ってんだけど」
担任は意外そうな顔をすると、ニコッと笑ってカズマの肩をポンと叩いた。
「マヒロの家族は来ないんだよ。迎えの車が来てるから、このまま帰るそうだ。ご家族にはボクからよく事情を説明しておくから」
後頭部にガーゼを当てたマヒロが養護教諭に連れられて保健室から出てきた。
「大丈夫か?」
カズマの姿を見つけると、マヒロはニコッと笑って小声で言った。
「心配かけて、ごめんね。ありがとう」
声が、涼やかな風のように耳に触れて流れ込む。カズマの心臓がトクンと跳ねた。
カズマは担任と並んで、マヒロをのせた車を見送った。
黒塗りの車で送り迎えなんて、マヒロの嫁ぎ先はどんだけ金持ちなのだろうか? 少なくとも庶民レベルでない事は確かだ。
カズマはため息をついた。さっきまで自分の腕の中で身を震わせていた仔猫のような少女は、すでに誰かのものなのだという事実に、どうしようもない悔しさと、切ない思いが込み上げる。こんな事は初めてだった。
――他人のものを欲しがるクセ、そろそろ直したほうがいいよ。
リクの言葉が頭の中を回る。
誰かのものを欲しがるなんて、まるでガキじゃん。オレは、そんなんじゃない!
ふと昨日の場面が鮮やかに甦って来た。
《三井デンタルクリニック》――三井マヒロ。
偶然ではないだろう。あの歯科医院はマヒロの実家に違いない。自分の実家を見上げてポロポロと涙を流していたマヒロ。そのことを黙っていて欲しいと言う。なぜだろう。愛する夫との希望に満ちた新婚生活に、何か不満があるのだろうか。それともただのホームシック?
帰り際、カズマは同じクラスで陸上部のユキノを捕まえた。
「なによ、またマヒロのこと?」
ユキノはあからさまに嫌な顔をした。
「ほら、オレ今朝アイツにケガさせちゃったから。頭だったし、気になって」
ユキノは疑わしげにカズマを見ていたが、やがて情報を流してくれた。
「そうよ、三井デンタルクリニックはあの子の実家。それで今住んでるのはY市の高級住宅街ですって」
「サンキュー、ユキノ! ついでにそれも部長に渡しといてくれ!」
カズマはお礼の代わりにユキノに本日分の休部届けを手渡すと、カバンを抱えて教室を飛び出した。
電車とバスを乗り継いでようやくたどり着いたのは、デートスポットとしても有名な、『丘の上近代美術館』近くの高級住宅街だった。
「ほえ~、すげぇ家ばっかし」
カズマはため息をついた。レンガ造りの瀟洒な洋館が建ち並んでいるかと思えば、一本通りを隔てたところは重厚な瓦屋根が目を惹いた。総ヒノキ造りのちょっとした料亭みたいな屋敷が何軒も並ぶ。そのうち一軒に近づき、緑の垣根から中をのぞく。見事な日本庭園の中央に、ひょうたん型の池が配置されており、そのなかに赤や黄色の錦鯉がうじゃうじゃ泳いでいる。
カズマはアディダスのバッグを斜め掛けにして、観光客気分で金持ち住宅街を散策した。どこの家にも必ずセコムのシールが貼ってあるなあ、などとくだらない事をチェックしているうちに、マヒロの家は見つかった。
《HOKUTO》
金のプレートにローマ字のネームが良く似合う建物は、ヨーロッパのお金持ちが住んでいそうな洋風の屋敷だった。茶色いレンガの壁に、青い尖塔付きの屋根。大きな玄関ドアを挟んで左右対称の建築様式は、世界史の教科書にちょこっと出てきたように記憶しているが、はて、何という名称だっけ?
曲線を描く背の高い鉄の門扉を見上げてカズマは暫く佇んでいた。門扉の間から見える屋敷は、日が翳ってくるとなんだかうら淋しく、ゴーストが出そうな気がしてきた。
ディズニーランドのホーンテッドマンションに、ちょっと似てるかも。
そんなことを思いつつ、うろうろと屋敷の前を行ったり来たりしていると、ふいにインターフォンからしわがれた男性の声が流れ出した。
『何か御用でしょうか?』
カズマは心臓が口から飛び出るかと思うほどに驚いた。何も悪い事をしていないのに、思わず逃げ出してしまいそうになったところに、玄関ドアが開いて声の主と思われる小柄な老人が姿を見せた。玄関ドアから門扉までおよそ三十メートルはあろうかという私道を、老人はよちよち歩いてくる。時間をかけてたどりついた老人は、黒い鉄の門扉を挟んでカズマの前に立った。両腕を後ろで組んで、上目づかいでじっとカズマを見ているが、門を開けてくれるつもりは全く無いようだった。
「あの、オレは……その……」
暑くもないのにダラダラと汗を流しながら、カズマはせわしなく体を揺すった。
「マヒロさまの学校の方ですか?」
表情の無いしわくちゃな顔で、白髪白髭の老人が尋ねた。カズマはガクガクと何度もしつこく頷いた。
「ご用件は、私が承ります」
「へ?」
カズマは老人の言葉を頭の中で反芻した。――ご用件は、私が承ります
……ってことは、会わせてもらえない?
カズマは門扉の鉄棒越しに、しわだらけの怪しい老人を見下ろした。きちんと背広を着込んだ老人を見て、頭の中に一つの単語が浮かぶ。――『執事』
カズマは老人の頭上をスルーして、夕闇に染まる大きな屋敷を見つめる。電車とバスを乗り継いでせっかくこんな所までやってきたのに、これじゃあまるで門前払いというやつだ。カズマは少々ムスッとして言った。
「マヒロさんのケガが心配でお見舞いに来たんだけど、会わせてもらえますか?」
老人は胡散臭そうにカズマを上から下までしげしげと眺めると言った。
「マヒロさまは医師の診断の結果、とくに異常は認められませんでした。ただ、明日は大事をとってお休みなさる事を、担任の先生にすでにお伝えしてあります。ご安心なさって、本日はお引き取りください」
有無を言わせぬ老人の言い方に、何だかカズマは無性に腹が立ってきた。右手の拳を握り締め、「この石頭!」と、怒鳴りたい衝動を懸命に押さえつける。
「彼女がお元気かどうか、この目でご確認させていただきたいのですが、ご承知いただけないでしょうか?」
わざとバカ丁寧な言葉で言ったとたん、老人のシワの中に埋もれた目がキラリと光ったような気がした。ギクリとして身を硬くすると、老人は相変らずの無表情でピシャリと言った。
「マヒロさまはどなたともお会いになりません。お引取りください」
とうとうカズマの堪忍袋の緒がぶちっと切れた。
「何勝手な事言ってんだよ! 取り次いでくれたっていいじゃねえか!」
カズマは門扉の鉄棒を掴むとガチャガチャと揺すった。老人は全く動じる様子もなく、変わらぬ口調で言った。
「お引取りいただけないなら、警察を呼ばなくてはなりません」
「け、けいさつ?」
「さよう。警察を呼ぶ前に、お引き取りください」
カズマはグッと唇を噛みしめると、北斗の屋敷に背を向けた。
ちくしょー!
立ち尽くすカズマの背後で老人が引き返してゆく軽い足音がした。
カズマはやり場の無い怒りに震えていた。別に、マヒロに会って何をどうするなどという事はまったく考えていなかったが、こんな所までのこのこやって来たのに本人にも会えず、そのうえちっさいジジイに追い払われてスゴスゴと帰らねばならない自分に腹が立った。
どのくらいそこに立っていたのだろう。住宅街の歩道が明るくなったので、カズマはハッとして顔を上げた。ヨーロッパのガス燈を模した街路灯に柔らかなオレンジ色が点灯した。見上げたカズマは、ふと電柱が一本も見当たらないことに気付いた。
「場違いなんだよな……」
つぶやいて、背後の屋敷に目を向けると、三階の一番左端、尖塔型の屋根飾りの真下に明かりが灯った。サッとよぎった影はマヒロだろうか。
「だから、何だっていうんだ!」
カズマはひと気の無い高級住宅街をダッシュで駆け抜けた。