チェンジ
Xに投稿されていた筋書きをショートショートに落とし込みました。
もちろん無許可です。
震える指がピンクのボタンを押してから、すでに幾許か。それは緊張のせいか、はたまた抑えがたい興奮のせいか。触れたピンク色のボタンに、毒が塗られていたのかもしれない。
俺は人生で初めて、デリヘルを呼んだのだ。注文を確定してから、かれこれ二十分ほど。椅子に座っているのもままならず、ずっとたちっぱなしでリビングをうろうろとしていた。
しかし立派な大人たるもの、動揺なんてものを見せては男も廃る。息子も実に張り切っている。
インターホンが鳴る瞬間を、何度も頭の中で繰り返す。古ぼけたアパートにはエントランスホーンなんてものはなく、与えられる時間はわずか数瞬だけだ。
人づてに聞いた話では、ドアを開けてタイプの女性であれば無言で肩を抱く。惜しくもそれが好みでなければ、潔く『チェンジ』と言い放つのだそう。それが一流の証なのだとか。というのも、画面の中に映るそれと、実際に訪ねて来る者は、時折恐ろしいほどの乖離があるそうだ。
今回の注文で選んだのは、亜麻色の髪が三十代、人妻(という設定)のおねぇさん。来るその時に備えて、何度も一流の証を反芻した。準備はばっちり。いつで――。
『ブ――』
鳴った。
俺は勇み足で廊下を踏みしめ、あっという間に玄関にたどり着いた。覗き穴のない鉄の扉一枚を挟んだ先に期待を膨らませて、いざドアノブを捻らん!
外開きのドアを押し開く。だが、何かを思う前に、息子は怯えて俺の陰に身を潜めた。
「はじめまし――」
「ちぇ、ちぇんじぃー!」
時間が溶け出したかのようだった。わずか数秒のことが、あまりに長く感じられた。
目の前に居たばぁさん。それも嫌がらせかと思うほどの齢を経たもの。淡い黄色のセーターがうざったいほどに、目の奥に焼き付いている。その奥までも、手に取るように見えたほどだ。
いまだ震える手。これが興奮のせいではないことは確かだった。
***
結論から言えば、その数分後には早くもお望みの子をお迎えできた。
画面上で見た姿と寸分違わぬその妖艶な姿には、先ほどのことも一瞬にして記憶から抜き取られてしまった。
そうこうして他にも色々なものが抜き取られた後、俺はすがすがしい気持ちで玄関扉を開け放った。
どこまでも広がる青空。どこまでも伸びる細い細い飛行機雲。その先頭で必死に空をかき分けている飛行機の中には、一体何人の乗客が乗っているのだろうか。
その時俺は不意に、ガラクタの詰まった段ボールが勢いよく置かれるような音を聞いて、その音のした方へと視線を走らせた。
そこには腰に手を当てて、こちらを見上げた……。
「あ、改めまして。こちらに引っ越してきた――」
『チェンジがいた』
こんにちは
中編の純文学作品を等閑にして、いやお座なりにして手じまいしてしまいました。
筆致の研究のつもりだったので作品の質には毛頭期待はしていなかったんですが、頑張れば頑張るほど精神も蝕まれて結構つらかった。
次のアイデアはあるにはあるのだけれど、なかなか煮詰まらないのでありんす
それよりも狼と香辛料を今更ながらに読んでいるのですが、支倉先生は神かなんかですか?
あの皮肉の応酬を即興で書いているなんて、わっちゃ目が眩みんす。
個人的にはああいう作品が読んでてゾクゾクするので、書けたらいいなって思ってます。
少し前に完成させた自信作がエージェントさんの目に留まって、自分は大忙しで校正作業をしている様子を想像しながら、今日は床に就きます。




