第2話 ルームメイト
ハスフェル王国の名門魔法学園に入学することに決めた理由は特になかった。強いて言えば、もっと学びたいし、楽しいことがしたいから、どっちも叶えられそうな名門魔法学園に入学することにした。
名門魔法学園は貴族の子息子女が多く通っているみたいだが、私みたいな平民出身の子でも数は少ないが通っているらしい。この国は身分制度があり、平民は貴族と結婚することはできないが、平民でも学園に通ったり、王城で働いたりすることはできるそうだ。
いい職業につくには魔法の実力が必要であり、そのために平民も学園に入学するみたいだ。私は何となくで入学するが、学園にいる間に何かやりたいことを見つけたいと思う。
「行ってきます」
10年過ごした自分の部屋とお別れをする。必要な荷物はすでに学園に送ってあり、部屋はがらんとしている。ちなみに学園は全寮制で、長期休暇を除き、卒業するまで帰れないそうだ。
まあ、私はその気になったらいつでも帰れちゃうけど。《月界》の民たちにもそう言ったしね。
「セレナはまだ使い魔がいないから、この馬車に乗って行って。学園まで送ってくれるから」
「ありがとう、お母さん」
馬車と言うが、この馬車は空を飛ぶのだ。それを見たときは人間界はやっぱり面白いものがあるとワクワクした。
「お父さんは仕事?」
「そう。セレナを見送りたかったみたいだけど、タイミングが合わなかったみたいなの。だからお母さんがお父さんの分もセレナを見送るわ」
お母さんは私を抱きしめて、頬にキスをした。これは私たち家族の挨拶でもある。だから私もお母さんの頬にキスをした。
「そういえば、お母さんはお父さんと違って、私の髪色を見てすぐに《月の姫》だってわかったよね。なんでなのか、お父さんはお母さんに聞いてみてって言ってて。今まですっかり忘れてたけど」
私はせっかく思い出したのだからと、出発する前に聞いてみることにした。するとお母さんは目を少しだけ見開いたあと、内緒話をするみたいに小さく教えてくれた。
「お母さんはね、実はとってもとっても遠い、海の国からやってきたの。そこでお母さんは《月界》のことも《月の姫》のこともたくさん知ったのよ」
「海の国……? 海に面している国ってこと?」
「んー、そこまではまだ教えられないわ。でも、私にとって、あそこはセレナの言う《月界》みたいな場所だったの」
それはつまり、とてもつまらない場所だということだろうか。よく分からず、私は首を傾げながらも言った。
「そうなんだ。でも、今のお母さんはお父さんと一緒で毎日楽しそうだから関係ないね」
「! ええ、お父さんのおかげで私は毎日が楽しいの。もちろん、セレナもいるから。セレナ、楽しんできなさい。きっと楽しい出会いが沢山あるはずだから」
そう言うと、お母さんはもう一度私を抱きしめた。それに私も抱きしめ返す。
「うん、いっぱい楽しんでくるね」
行ってきます! と大きく声を上げて、私はお母さんに手を振った。その瞬間、馬車は宙に浮かび、青空へと駆け出した。
* * *
澄んだ青空が広がる中、私は王国の街並みを見ながら名門魔法学園がある王の島《アルク=レグナ》に向かう。なんとこの王の島、空に浮いているのだ。
だから私は空飛ぶ馬車に乗り、王の島を目指している。
「おお! あれが王の島! 近くで見ると、とっても大きい!」
馬車は問題なく空を駆け続け、やがて王の島の領域に入った。そして学園のある場所へと静かに降り立つ。私が馬車から降りると、馬車はそのまま家のある方向へと帰っていった。
元から荷物は持っていない。全てここに送られているはずだ。だから私は迷う足取りなく、寮のある方へと歩いていく。
道中、学園内を軽く見て回るが、《月界》にはない自然豊かな場所もあり、とても心躍る。噴水もあって、好奇心から手を入れてみると水が冷たくて気持ちよかった。
寮に着くと、寮母さんから部屋を教えてもらい、部屋へ向かう。どうやら私の他に二人ルームメイトがいるみたいで、二人とも平民の子みたいだ。どんな子なのか楽しみに私は部屋の扉をノックした。
中から「はーい」と声が聞こえたため、私は扉を開けた。入ってみると、すでに2人のルームメイトは来てきたようで、私に声をかけてきた。
「あなたが最後のひとり?」
「そうみたい」
「私はミラ・フェルディ。仲良くしましょ」
私とは違う濃いめの茶髪に溌剌とした感じが似合う赤眼が特徴の子だった。
「私はエリナ・クロウ。よろしくね。名前を聞いてもいい?」
「うん。私はセレナ・エルシア。よろしくね、ミラ、エリナ」
エリナは綺麗な真っ直ぐとした金髪で緑の瞳が特徴の子だった。
「私たち三人とも平民だけど、これから頑張りましょ!」
「うん。ところで、先に荷解きしてもいい?」
ミラは明るく私たちに言った。それに頷き、私は宛てがわれている自分用の部屋で荷解きをしたいと申し出る。
2人は終わっているみたいだが、私は今来たばかりだ。2人と話をするにも、荷解きが終わらなければ学園に通う準備もできない。
「そうだったわね。私とエリナは先に終わってたけど、セレナは今来たから」
「ここは3人の共有スペースみたいなところなの。ここでミラと待っているから、終わったらお話しない?」
「私も話したい! 急いで片付けてくるね」
自分の部屋へと入り、送られていた自分の荷物を見つける。そこまで量は多くないが、少し時間はかかりそうだ。せっかくミラとエリナが待ってくれているのだし、私はお手伝いをお願いすることにした。
パンッと手を叩くと、可愛らしい白い兎がたくさん現れた。この子たちは私が《月界》から呼んだお手伝いさんたちだ。《月界》にいたときも、物を運んだり、一緒に遊んだりとしてくれた子たちだ。
『姫しゃまー、姫しゃまー』
「久しぶり、みんな。元気にしてた?」
近くにいた子を抱きしめると、ふわふわの毛が私の首筋に当たる。頬擦りをしてしまうほど、この子たちの毛はふわふわなのだ。
『われら、とっても元気でしゃー。姫しゃまー、なにを手伝いますかなー』
「この荷物を荷解きしたいの。協力してくれる?」
『もちろんでしゃー』
ポヨンポヨンと跳ねながら、みんないい返事をくれた。ありがとう、と告げると、私もさっそく荷解きに取り掛かる。
持ってきた服はクローゼットに、本は本棚に、お気に入りの毛布はベッドに。次々と荷物が片付いていく中、私は手を動かしながら白い兎たちを見つめる。
この子たちは一見、白い兎でポヨンポヨンと可愛らしい見た目をしているが、その見た目からは想像できないほど、片付けが上手なのだ。兎同士で協力しながら物を運び、棚へとしまう。鮮やかな連携技だ。
この子達の協力もあって、私はあっという間に荷解きを済ますことができた。
「お手伝いしてくれて、みんなありがとう」
『姫しゃまー、また呼んでくだしゃれー』
「お手伝いじゃなくても、みんなに会いたいからまた呼ぶね」
全員の毛をもふもふさせてもらい、撫で終わると、私は白い兎たちを《月界》へと返した。
荷解きが終わった私はミラとエリナの待つ共有スペースに戻る。そこでは楽しそうに談笑している2人の姿があった。
「お待たせ。荷解き終わったよ」
「えっ! もう終わったの!? とても早いのね」
「荷物がそんなにも多くなかったからかな。混ざってもいい?」
「もちろん!」
エリナに手招きされて、私はミラとエリナの間に座る。
「2人は何を話していたの?」
「私たちは学園に何を学びに来たのかを話していたの。ミラは討魔士になるためだって。私は商家の生まれなんだけど、宮廷魔法使いになりたくてここに来たの」
「討魔士になるのもそうだけど、好きな人を見つけるためでもあるわ! 貴族も多いけど、平民もいるし。私は恋もしたいのよ!」
熱烈に語るミラはとても意気込んでいるように見える。その様子にエリナは少し苦笑いをしていたが、ミラの意志の強さには純粋に尊敬しているみたいだ。
「セレナは? なにか目標があって、学園に来たんでしょう?」
エリナにそう問われ、私はうーんと首を傾げてしまった。なんというか、2人のような明確な目標がある訳ではないからだ。
「私は、学ぶことが好きなんだ。あと、楽しいことがしたい。だから学園に来たの。なんか2人みたいに目標がある訳でもないんだよね」
「別にいいんじゃない? 私たちまだ10歳だし。それに学ぶことが好きなんて凄いじゃない。学園にいる間に目標なんて見つければいいのよ」
「ミラの言う通りね。何も今すぐに決めることでもないし」
明確な目標を持って入学した二人に邪とは言わないが、ふわんとした理由で入学を決めた私は少し後ろめたさを感じていたけど、どうやら杞憂だったみたいだ。二人はなんでもないように私に言ってくれた。
「そっか、なら学園にいる間にしっかりと探してみるね」
私は少し嬉しくなり、はにかむようにして笑った。それを見たミラとエリナはなぜか顔を見合せ、頷き合っていた。
「なんというか、セレナって妹みたいね」
「わかるわ! なんかこう、守ってあげたくなるというか、この無垢な感じが刺激させるというか」
エリナの思わぬ妹みたいという発言に今度は私一人が目を丸くした。《月界》ではそんなこと一度も言われたことなどなかった。《月の姫》として大事されても、妹なんて言われたこともなかったし。
「妹みたい?」
「年は同じなんだけど、なんて言うのかしら。ミラが言ったように、守ってあげたくなる感じがあるのよね」
そうなのだろうか。そんなこと言われたこともないから分からない。
「うーん、私たちもよく分からないのよね。でも、なにか困ったことがあったら言ってね。できる限り、何とかするから」
「私も! 困りごとがあったら協力するわ!」
エリナとミラがそれぞれそう言うので、それならばと私も言った。
「じゃあ、二人も困ったことがあったら相談してね。何とかするから!」
なんと言っても《月の姫》ですから!
私は内心そう思いつつ、ルームメイトとの顔見合せは上手くいったのであった。
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