表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/12

初配信『仮想配信』

四月。


桜が散り、大学の正門前では、まだ新品のスーツを着た新入生たちが記念写真を撮っていた。


その光景を、少し離れた場所から、ぼんやりと眺めている男が一人。


村上永和。


元・高校三年生。


そして――大学一年生、だった男。


 


「いやぁ……人生って、分かんないよなぁ……」


 


永和は自販機の横に立ち、腹をさすりながら、のんきにそう呟いた。


身長は高い。


高校まではバスケ部で、体格も良かった。


だが。


最近、明らかに腹が出ている。


というか、結構出ている。


 


「トゥフフフフ……食べ過ぎたかなぁ……」


 


笑いながら言うが、現実は笑えない。


なぜなら――。


 


彼は、太り過ぎて大学を退学になったのだ。


 


正確には、健康診断で引っかかり。


再検査。


生活改善指導。


それでも改善せず。


謎の勢いで体重が増え続け。


大学側から「通学および学業継続が困難」と判断され。


退学。


 


「いやぁ、数学は得意だったんだけどなぁ……」


 


数式だけは、頭にスッと入る。


微分積分も、行列も、割と好き。


でも、自己管理能力は皆無だった。


 


ちなみに今も、トイレを我慢している。


なぜかいつも我慢している。


 


「うーん……でもまぁ……仕方ないよなぁ……」


 


悪いアホではない。


良いバカだ。


自分の境遇を恨んだり、誰かのせいにしたりしない。


ただ、ちょっと、かなり、抜けているだけだ。


 


実家には、まだ退学のことをちゃんと話していない。


「大学、どう?」と聞かれるたびに。


「楽しいよー!」と答えていた。


 


そして、現実。


無職。


大学中退。


食費はかさむ。


 


「……働かなきゃだよなぁ……」


 


アルバイト。


だが、面接に行くと。


「えっ、体重……?」

「健康面がちょっと……」


と、やんわり断られる。


 


「トゥフフフフ……世知辛いねぇ……」


 


そんなある日。


永和は、スマホをいじりながら、ベッドに寝転がっていた。


腹の上に、ポテチの袋。


画面には、派手なイラストの女の子。


 


「Vtuber……かぁ……」


 


画面の中の配信者は、楽しそうに笑い、ゲームをし、雑談をしている。


スーパーチャットが飛び交い、コメントが流れる。


 


「家でできるし……顔出さなくていいし……」


 


永和の目が、少しだけ輝いた。


 


「これなら……食っていけるんじゃないかなぁ……?」


 


決断は、早かった。


彼は、突き抜けたアホだ。


だが、行動力だけはある。


 


次の日。


パソコンを開く。


検索。


「Vtuber なり方」


「配信 必要なもの」


 


「えっ……」


 


現実が、襲ってきた。


 


「パソコン……高っ……」

「マイク……いるの?」

「イラスト……外注……?」

「宣伝……SNS……?」


 


思っていたより、難しい。


というか、金がかかる。


 


「うわぁ……」


 


永和は、頭を抱えた。


 


「地味に……ひっそりやりたかっただけなんだけどなぁ……」


 


初期費用。


環境構築。


配信ソフト。


規約。


収益化条件。


 


「トゥフフフフ……無理かも……」


 


ベッドに倒れ込む。


天井を見る。


腹が重い。


トイレも限界が近い。


 


「やっぱり……普通に働くしか……」


 


その時だった。


 


ピロン。


 


スマホが、震えた。


 


「……ん?」


 


画面を見る。


見知らぬアドレス。


件名。


 


『【重要】Vtuber活動に関するご提案』


 


永和は、瞬きをした。


 


「……え?」


 


指が止まる。


心臓が、少しだけドクンと鳴る。


 


「……なんだこれ……?」


 


偶然。


それとも。


運命。


 


彼は、まだ知らない。


この一通のメールが。


彼の人生を、そして――配信界隈を。


とんでもない方向へ引きずり込むことを。


 


「……とりあえず……トイレ行ってから……読もう……」


 


そう呟きながら、永和はゆっくりと起き上がった。


トゥフフフフ、と笑いながら。


 


その未来に、同接百万人が待っていることも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ