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プロンプト一行分のミステリ――ChatGPTに「ミステリ小説を書いて」と言っただけの小説  作者: 髙橋P.モンゴメリー


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6/11

第6話 貸出ログの密室

市立図書館の建物が見えてくるころには、


空はすっかり群青色に沈み、


ガラス越しの館内だけが白く浮かび上がって見えた。




時刻は十九時ちょうど。


あの日の十九時四十二分まで、あと四十分。




「先輩、こっちです」




裏口のカードキーをかざす音と一緒に、


黒川由利が顔を出した。


昼間の司書モードから、


少しだけ“目の下のクマのある探偵モード”に切り替わっている。




「悪いな、仕事のあとまで」




「いえ。こういうの、一度くらいやってみたかったので」




「こういうのって?」




「本物の“現場検証”です」




由利は、少しだけ楽しそうに言った。




職員用事務室に入ると、


昼間よりもさらに静かだった。


天井の蛍光灯は半分ほどしか点いておらず、


パソコンだけが蛍光色の光を放っている。




「とりあえず、きょうの目的は三つです」




由利は、机の上にメモを置いた。




貸出ログの詳細(どの端末から処理されたか)




その時間帯の職員シフト




利用者カウンター周辺の防犯カメラ映像




「優等生だな」




「ミステリ研で習いましたから。


 “ログとアリバイと防犯カメラを押さえろ”って」




そんな教訓、言った覚えはないが、


言っていても不思議じゃない気がするのが悔しい。




まずは貸出ログからだ。




由利が、システム端末にログインする。


図書館ロゴのついた見慣れた画面が現れ、


そこから「管理者メニュー」を開く。




「これ、普通の司書は触れないんじゃないのか」




「普通の司書は、ですね」




由利は、さらりと言う。




「私は“システム担当補佐”も兼務してるんで。


 薄給の代わりに仕事が多いんです」




「ブラックだな、図書館」




「ブラックです。


 でもたぶん、先輩のコンビニ夜勤ほどではないです」




そんな話を挟みつつ、


彼女はログ閲覧画面を開いた。




画面には、時刻順に処理記録が並ぶ。


貸出、返却、予約、延長――


一つひとつに、日付と時間、利用者ID、資料ID、


そして「処理端末ID」と「担当者ID」が付いていた。




「問題の記録は……」


由利は検索欄に、日付と利用者名を入れる。


「2025年2月3日、利用者“如月遥”」




エンターキーを押すと、


画面にたった二行のログが浮かび上がった。




2025/02/03 19:42:08 貸出 利用者ID:KISARAGI-****


 資料ID:L-02345 『地方自治体の情報公開制度』


 処理端末:STAFF-03


 担当者ID:(空白)




2025/02/03 19:42:15 貸出 利用者ID:KISARAGI-****


 資料ID:L-07892 『市民活動と図書館』


 処理端末:STAFF-03


 担当者ID:(空白)




「やっぱり、担当者IDが抜けてますね」




由利が、画面を指さす。




「STAFF-03ってのは?」




「カウンターの端末番号です。


 通常はここに“STAFF-01〜03”のどれかが入って、


 担当者IDの欄には“KRKR”“AKMT”みたいな職員コードが入ります」




「でも、如月の分だけ、担当者が空白」




「はい。


 これがメーカーに問い合わせても“そんなはずはない”って言われたやつです」




僕は画面を見つめる。




STAFF-03。


カウンター三番端末。


その前に立っていた人間の姿は、防犯カメラに映っているはずだ。




「他にも“担当者ID空白”のログはあるか?」




「調べてみますね」




由利は、条件検索をかける。


担当者ID欄を空欄指定し、


過去一年分のログを抽出する。




画面が一瞬ちらつき、


すぐに結果が表示された。




2025/01/15 09:00:01 システム起動テスト……


2024/11/02 08:59:59 システム起動テスト……


2024/07/01 09:00:00 システム起動テスト……




「全部、“システム起動テスト”ですね」




由利がスクロールしながら言う。




「開館前に、一度だけ自動で走る処理です。


 このときは担当者IDが空欄でもOKって仕様なんですけど……」




一覧の一番下――


一行だけ、違う性質のものが紛れ込んでいた。




2025/02/03 19:42:08 貸出……


2025/02/03 19:42:15 貸出……




「テスト処理以外では、


 この二件だけが“担当者なし”」




「そういうことになりますね」




つまり、




“担当者ID空白”は通常、開館前の自動テストだけ。




如月遥の貸出だけ、閉館間際の時間帯に紛れ込んでいる。




「……気持ち悪いな」




思わず口をついて出た言葉に、


由利も「ですね」と小さく息を吐く。




「STAFF-03って、どの端末?」




気を取り直して尋ねると、


由利は少しだけ困った顔をした。




「それが、ちょっとややこしくて」




「ややこしい?」




「本当は“カウンター三番”なんですけど、


 一度入れ替えがあって、


 今は“職員事務室の真ん中の端末”がSTAFF-03なんです」




「……ってことは」




「貸出処理自体は、この部屋にある端末からもできちゃうんです。


 資料IDを直打ちすれば、カウンターを通さなくても」




由利は、自分がいま座っているPCの横にある、


もう一台のモニタを指さした。




「このマシンが、STAFF-03。


 たぶん、日付変更のタイミングで番号の紐づけが変わっちゃったんだと思いますけど……」




「じゃあ、如月の貸出は、


 この“職員室の中の端末”から処理された可能性もある?」




「はい。


 実際、ログ上は“どの端末がSTAFF-03か”までは記録してないので」




「防犯カメラは?」




僕は、時計にちらりと目をやる。


現在時刻は十九時十五分。


閉館まで残り四十五分。




「カウンターも事務室も、天井カメラがあります。


 ただ、あの日の映像が残ってるかどうかは……」




「保存期間?」




「はい。


 いちおう三ヶ月は残ってるんですけど、


 細かく遡るの、結構骨が折れるんですよね」




「骨は折ってくれ」




「ですよね」




由利は、諦めたように立ち上がった。




防犯カメラの録画端末は、


館長室の隣にある小さな部屋にまとめられていた。




「“監視センター”ってほど大げさなものじゃないですけど」




由利がドアを開けると、


そこには大型モニタが二台と、


白い箱型レコーダーが棚に積まれていた。




「館長から許可は?」




「“設備点検”ってことで取ってあります」




「便利だな、司書の権限」




「便利なのは“言い換え力”です」




そんなやり取りをしながら、


由利はレコーダーの操作パネルをいじる。




「えっと、2月3日、時間は……」




早送りと巻き戻しが行き交い、


画面の中の館内が、


昼と夜とを何度も行き来する。




「ここです。


 19時40分あたりから見てみましょう」




映像には、


利用者カウンターと、その向こうの出入口が映っていた。




画面右上に、


小さく日時のデジタル表示が出ている。




2025/02/03 19:40:12




カウンター内には、


この日も由利が立っていた。


手元の本をスキャンしながら、


何やら同僚と話している。




数人の利用者が本を抱えて並び、


貸出処理を待っている様子が映っていた。




「このへんは覚えてます」




由利が、画面を見つめながら言う。




「延長開館の日で、けっこうギリギリまで貸出が多くて。


 “閉館5分前に10冊持ってこないでくださいよー”って心の中で叫んでたの、覚えてます」




映像の中の由利は、


たしかに慌ただしく動いている。




時刻は19:40:12から19:41:50へと進み、


カウンター前の人影が徐々に減っていった。




「で、問題の、19:42」




僕と由利は、同時に画面に身を乗り出す。




19:42:03




カウンターの前には、誰も並んでいなかった。


由利はすでにレジ締めのような作業に入っていて、


資料を整理しながらメモを取っている。




誰かが出入口から入ってきた様子もない。


カメラには、


“如月遥”らしき人物は映っていない。




19:42:08




画面上は、まだ同じ光景が続いている。


由利が書類の束を片付け、


隣の職員に何かを渡す。




その間に、


システム上では「如月遥の1冊目の貸出処理」が走っている。




19:42:15




由利が一度、奥の事務室の方を振り向き、


何か声をかけている。


隣の職員が頷く。




この瞬間、


2冊目の貸出処理がログに記録されているはずだ。




「……何も、ないな」




僕は、画面を食い入るように見つめながら言う。




「そうですね」




由利も、眉間に皺を寄せる。




「少なくとも、カウンターのカメラには、


 誰も“如月遥のカードを差し出している”様子はありません」




「事務室側のカメラは?」




「見てみましょう」




映像を切り替えると、


今度は職員事務室の天井からの俯瞰映像が映った。




机が三列に並び、


それぞれにパソコンが置かれている。


そのうちの一台が、さきほど話に出たSTAFF-03端末だ。




時刻表示が19:41:50から19:42:30へと移る間、


映像の中で動いていたのは、


奥の棚のあたりをうろうろしている年配の男性職員だけだった。




「この人は?」




「非常勤の男性職員です。


 この時間帯、閉館後の新聞整理とかしてもらってたはずです」




彼は資料棚から新聞を取り出して、


コピー機に持っていく。


その動線上に、STAFF-03端末はある。


だが、彼はキーボードにもマウスにも触れていない。




「由利は?」




「このときはカウンターにいます。


 ほら」




映像の片隅に、




カウンター側へ通じるドアの窓が小さく映っている。


そこに、由利らしき背中がちらりと見えた。




つまり――




19:42の瞬間、


 カウンター内には由利がいて、


 貸出処理をしている様子はない。




事務室内には非常勤職員が一人いるが、


 STAFF-03端末には触れていない。




「これで“事務室から誰かがコソッと貸出処理した”って線は、


 かなり薄くなりましたね」




由利が言う。




「カメラの死角から、手だけ伸びて操作する――とかは?」




自分で言いながら、


苦しい言い訳だと思う。




「そういう動きなら、さすがに何か映ってると思います。


 少なくとも、“新聞しか触ってない人が如月遥の貸出処理をした犯人です”って言うのは、


 フェアじゃないですよね」




フェア――


その言い方に、如月のノートの一文が重なる。




これは、ちゃんとしたミステリなんだから。




「となると、“誰かが端末から操作した”説は、いったん保留か」




「そうですね。


 少なくとも“目に見える人間の動き”とは結びつかない」




事務室の映像を止めたまま、


僕たちは黙り込む。




画面上では何も起きていないのに、


 ログ上では“誰かが貸出処理したことになっている”時間。




それは、


言ってみれば「ログの密室」だった。




「システムログの方も、見てみましょうか」




沈黙を破ったのは、由利だった。




「貸出ログとは別に、


 “どの端末がいつサーバに接続したか”みたいな記録も残ってるんですよ。


 ただし、こっちは私もあまり触ったことないんですけど」




「わからないことは、“詳しい人”に聞けばいい」




「……館長を呼び出します?」




「ぜったい嫌がるだろ、それは」




由利は少し考え、


「じゃあ、もう一人」と言ってスマホを取り出した。




「誰に?」




「外部委託のシステム管理の人がいるんです。


 図書館システムとネットワーク周りを見てる会社さんで。


 担当者がたまたま、私たちと同い年なんですよ」




「そんな詳しい人に、


 “ミステリのネタ調べてます”って言えるか?」




「言いませんよ」


由利は、きっぱりと言う。


「“ログの見方を教えてほしい新米司書”で押し通します」




うまい言い換えだ。




電話の向こうで、


システム担当の「高梨さん」が快く応じたらしく、


数分後、図書館のVPN経由で


管理画面に入るための手順が送られてきた。




「えっと……


 “root権限でログインして、/var/log以下の――”」




「専門用語を声に出さないでくれ。


 何もかもが“怪しい呪文”に聞こえる」




「はいはい」




由利は慣れない手つきながら、


高梨からの指示どおりにコマンドを打ち込んでいく。




やがて、


黒い画面に白い文字の羅列が現れた。




2025-02-03T19:41:58Z client=STAFF-01 login user=KRKR


2025-02-03T19:42:05Z client=STAFF-02 logout user=AKMT


2025-02-03T19:42:08Z client=STAFF-03 process=loan user=SYSTEM


2025-02-03T19:42:20Z client=STAFF-01 logout user=KRKR




「……出ましたね」




由利が、ある一行を指先でなぞる。




client=STAFF-03 process=loan user=SYSTEM




「user=SYSTEM?」




「高梨さんの話だと、


 “テスト処理とか、自動処理のときだけ使われるアカウント”だそうです。


 通常の貸出では使わないって」




「でも、さっきの貸出ログは“テスト”じゃない」




「はい。


 なのに、内部ログでは“SYSTEMユーザーによる貸出処理”になっている」




僕は、貸出ログとシステムログを頭の中で重ねる。




貸出ログ:


 STAFF-03、担当者ID空白の貸出が二件。




システムログ:


 STAFF-03から、user=SYSTEMで貸出処理が一件(おそらく連続した操作)。




「人間がログインしてやったんじゃなくて、


 “システム自体が貸出処理をしたことになってる”ってことか」




「そういう解釈になります」




由利が、静かに言う。




「じゃあ、“中の人”がやったんじゃなくて、


 “中のシステム”が勝手に……?」




口にした瞬間、自分でもぞっとする言い方だと思った。




「AIが真犯人でした、ってオチはナシですよ」




如月のノートの最後の一文が、


頭の中でまたツッコミを入れる。




――これは、ちゃんとしたミステリなんだから。




「システムが勝手に、って言い方が悪かった。


 “SYSTEMユーザーを使って操作した人間がいる”って方が正確か」




「はい。


 高梨さんいわく、“SYSTEMユーザー”は通常の画面からは使えないそうです。


 ある特定のメンテナンス画面から、


 パスワードを知っている人だけが使えるアカウントだって」




「パスワードを知っているのは?」




「メーカー側のエンジニアと、


 うちの館長と、前任のシステム担当……のはずだったんですけど」




由利は、そこで言葉を切る。




「“だった”?」




「高梨さんが言うには、


 “去年の夏にパスワードを変更したとき、


 図書館側のパスワード管理がちょっと雑だったっぽい”そうです」




「雑?」




「館長室のホワイトボードに、


 “SYS PW:○○○○”って書いてあった期間があるらしくて」




「最悪だな」




思わず、ため息が漏れる。




「つまり、“SYSTEMユーザー”のパスワードは、


 一時期“館長室に入れた人間なら誰でも見えた”可能性があるってことか」




「はい。


 実際、そのことがバレて、去年の秋にパスワード再変更と注意喚起が一斉にあったらしいです。


 私が異動してきたのはその後なので、現場は見てないんですけど」




――去年の夏から秋にかけて。




その頃には、


すでに僕と由利は社会人になっていて、


高校時代の失踪事件もほとんど話題にしなくなっていた。




でも、その図書館のホワイトボードには、


しばらくのあいだ


「SYSTEMユーザー」のパスワードが晒されていた。




「その期間に、誰かがメモしたか、覚えたか、写真撮ったか」




「そして、今年の2月3日の19時42分に、


 SYSTEMユーザーを使って如月遥の貸出処理をした――」




由利の声は、


自分の中で組み立てている仮説を、


慎重に言葉に載せていくときのそれだった。




「じゃあ、“中の人”の条件を、


 少し絞り込めるな」




僕は、さっきAIと整理した箇条書きを思い出しながら言う。




市立図書館の貸出システムにアクセスできる




十年前の失踪事件と如月遥の存在を知っている




利用者ID(カード情報)にアクセスできる




「十年後に貸出記録を残す」というアイデアを知っている




2025/02/03の19:42に、


 STAFF-03端末にSYSTEMユーザーでログインできる立場にいた




去年の夏〜秋頃、館長室のホワイトボードを目にする機会があった




「1と5と6は“図書館関係者”でほぼ確定ですね」




由利が言う。




「2と4は、“如月遥を知ってる誰か”」




「3は、利用者データベースにアクセスできればOK」




つまり――


“図書館関係者であり、如月遥を知る人間”


が、容疑者候補になる。




「心当たりは?」




自分で振っておきながら、


あまり聞きたくない質問だった。




由利は、ほんの一瞬だけ視線を泳がせ、


すぐに現実的な候補を列挙し始めた。




「館長は、十年前から図書館にいる人です。


 あの事件のことも知ってるはず。


 ただ、如月先輩と直接の接点があったかどうかは不明です」




「前任のシステム担当は?」




「市役所の情報政策課に異動してます。


 でも、前はここにいて、


 しかも筑星高校のOBだって聞いたことあります」




「高校のOB……」




つまり、


如月遥の事件を“リアルタイムで知っていた可能性が高い”ということだ。




「あと、去年の夏に館内改装をやったとき、


 筑星高校の図書室と資料のやりとりが少しあったらしくて。


 その調整で、前任のシステム担当と桐生先生が顔を合わせる機会が何度かあったそうです」




「……その情報、説明の順番としては重いな」




「すみません、私もいま思い出したんで」




つまり、




システム担当のOBは、


 図書館システムと高校図書室の両方と接点があり、


 如月の失踪とノートの存在を知りうる立場にあった。




館長室のホワイトボード問題の時期にも、


 当然館内にいた。




それは、


ミステリとしてはあまりにも分かりやすい“容疑者像”だった。




「ただ――」


由利が、少しだけ声を低くする。


「現実としては、“動機”が弱い気がします」




「わざわざ十年越しに、


 こんな凝ったことをする理由がない?」




「はい。


 単に“悪戯”にしては手間がかかりすぎるし、


 自己顕示にしては、誰も気づかない可能性が高すぎる」




実際、


如月遥の貸出記録に最初に気づいたのは由利だった。


それも、たまたま夜遅くまでOPACをいじっていたからだ。




「この“ラストショット”に気づく可能性がそこそこ高いのって、


 正直、私か、先生(桐生)か、先輩くらいですよ」




由利は、自分で挙げた三候補を見比べるような顔をする。




「だから、ただの“悪戯犯”じゃなくて、


 **“特定の誰かに見つけてほしい人”**がやったんじゃないかって気がしてるんです」




「“読者”を限定したメッセージ……か」




ミステリ研にいたころ、


よくやった遊びだ。


特定の友人にしか解けない暗号を作ったり、


わざとマイナーな本の引用を紛れ込ませたり。




如月遥も、


そういう遊びを好むタイプだった。




十年前のノートの隅に書かれたメッセージ。




『このノートを読んでいる誰かへ。


  あなたが“続きを書く番”です。』




図書館の貸出記録に残った一行の名前。




利用者名:如月 遥




そこに込められた「読者指定」の矢印が、


少しずつ輪郭を持ち始める。




「とりあえず、


 “図書館の中の誰かがSYSTEMユーザーを使って貸出処理をした”


 ってところまでは、仮説として固めていいか?」




僕が確認すると、


由利は「はい」と頷いた。




「防犯カメラに映らないようにやったか、


 映像の残ってない場所・時間を選んだか、


 そこはまだ分かりませんけど」




「じゃあ次は、“誰に見せたかったのか”だな」




「はい。


 “誰に向けたラストショットなのか”」




由利が、図書館カードのコピーを机の上に置く。




利用者名:如月 遥


登録番号:********




十年前、高校の図書室で消えた名前。


十年後、市立図書館のログに一瞬だけ浮かび上がった名前。




そして今、その名前を見ているのは――


図書館のシステムの前に座る、


司書と、売れないミステリ志望の二人だけだ。




「犯人探しも大事ですけど」


由利が、ふと視線を上げる。


「そろそろ、“如月先輩本人の話”も、ちゃんと聞きませんか?」




「本人の話?」




「はい。


 ミステリの真相って、


 “このトリックを誰がどうやったか”だけじゃなくて、


 “その人が何を考えてたか”の方が大事なときもあるじゃないですか」




その言葉は、


やけに素直に胸に落ちた。




「如月が、十年前に何を考えてたか。


 あのノート以外に、何か残ってないか」




「はい。


 ブログのキャッシュでも、


 先生宛てのメールでも、


 図書室のアンケートの欄でもいい」




由利は、自分のノートに新しい項目を書き込む。




・如月遥本人の「声」の記録を集める




「犯人を雑に決めないためにも、


 まずは被害者――もとい“書き手”のことをちゃんと知らなきゃダメだと思うんです」




「それは、ミステリ研の教えじゃなくて?」




「司書の教えです」




彼女の目は真面目だった。




第五章が「十九時四十二分の影」だとしたら、


この第六章は、


その影を投げかけた「内側の明かり」を探す章になるのかもしれない。




ログの密室は、


少しだけ形を見せ始めた。




SYSTEMユーザー。


館長室のホワイトボード。


前任のシステム担当。




だがその向こうにいるはずの“書き手”――


如月遥本人の輪郭は、


まだ半分以上が影の中だった。




「じゃあ次は、如月の“声”を探しに行くか」




僕がそう言うと、


由利は少しだけ笑った。




「図書館と高校と……あと、インターネットの奥底ですね」




「AIの中も、かもな」




「え?」




「いや、なんでもない」




チャットAIの画面をちらりと想像して、


僕は首を振る。




次の章では、


十年前のブログの残骸を追いかけて、


ネットのアーカイブの奥や、


桐生先生の古いメールボックスを漁ることになるだろう。




そしてきっと、


そのどこかに、


「このミステリの続きを書いてほしい」と願った


一人の高校生の声が残っている。




その声をちゃんと聞いてからでなければ、


犯人を決めることも、


ラストシーンを選ぶことも、


許されない気がした。




図書館の閉館チャイムが、


静かに鳴り始める。




僕らは、十九時四十二分のログ画面を最後にもう一度だけ見て、


モニタの電源を落とした。




2025/02/03 19:42:08 client=STAFF-03 process=loan user=SYSTEM




その一行だけが、


暗くなった画面の中でも


しつこく残像を引いている気がした。



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