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プロンプト一行分のミステリ――ChatGPTに「ミステリ小説を書いて」と言っただけの小説  作者: 髙橋P.モンゴメリー


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第二章 第一話 消えたプロンプト

翌朝、スマホの通知音で目が覚めた。

 画面には、見慣れた友人の名前。


「おい、高橋。昨日のあれ、続きまだ?」


 寝ぼけた頭には、まったく心当たりがなかった。

 続き? どれの?


 しばらくしてから、じわじわと思い出す。 昨夜、眠気覚ましに、なんとなくChatGPTを開いた。

 入力欄に、たった一行。


 ミステリ小説を書いて


 それだけ。設定も、登場人物も、舞台も、何も指示しなかった。

 にもかかわらず、画面いっぱいに小説の冒頭が生成されていった。


 そして最後に、あれだ。

 主人公の探偵が、モニターの向こうからこちらを指差して、こう言った。


「この事件の本当の犯人は、あなたですよ」


 あの一文を見た瞬間、ぞわっと鳥肌が立って、ノートパソコンを閉じた。

 電源を落とした時点で、あれは全部夢みたいなものになっていたはずだ。


 なのに。


 俺はスマホを握りしめたまま、友人に返信を打つ。


「なにの続き」


 すぐに既読がついて、メッセージが返ってくる。


「タリーズで書いてたやつ。 ChatGPTにミステリ書かせたってやつ。

 TALESに第一章上がってたじゃん」


 心臓が、ひゅっと縮まる。


 TALES。

 俺がこっそり小説を投稿しているサイトの名前だ。


 でも、昨夜はただブラウザ上で眺めていただけで、投稿なんてしていない。

 保存ボタンも、公開ボタンも、押した覚えはない。


 ベッドから飛び起き、ノートパソコンの電源を入れた。

 wifiがつながるまでの時間が、やけに長く感じる。


 ブラウザを開き、TALESのマイページにアクセスする。


 そこには、見慣れない新作のタイトルが並んでいた。


 プロンプト一行分のミステリー

 ChatGPTに「ミステリ小説を書いて」と言っただけの小説


 作者名は、俺。

 投稿日時は、昨夜の二十三時四十七分。


「いやいやいや、待て待て待て」


 思わず声に出た。

 クリックすると、第一章と表示されたページが開く。


 そこには、昨夜、画面の向こうで生成されていった文章が、そのまま載っていた。 段落の切り方も、言い回しのくせも、見覚えがある。

 最後は、例の一文で終わっていた。


「この事件の本当の犯人は、あなたですよ」


 背筋に冷たいものが走る。


 公開ボタンを押した記憶はない。

 もし押したのなら、その瞬間の指先の感触くらい残っていてもよさそうなものだ。


 考えられる可能性は二つ。


 一つは、酔ってうっかり押してしまった。

 もう一つは、俺以外の誰かが勝手に投稿した。


 前者は、財布の中身が減っているのに気づいて「まあ、飲んだしな」と諦めるような類いのやらかしだ。

 後者は、立派な事件だ。


 ミステリ小説の主人公を気取るなら、ここは当然、後者を選びたい。

 なにしろ、タイトルからしてすでに、事件性を主張している。


 プロンプト一行分のミステリー。


 俺はノートパソコンから視線をそらし、別タブでChatGPTを開いた。

 昨夜の履歴は、ちゃんと残っている。


 画面には、俺の入力した一行と、その下に続く長い長い文章、それから最後の台詞。


「この事件の本当の犯人は、あなたですよ」


 カーソルを入力欄に移し、キーボードに指を置く。


 昨日と違って、今度は慎重に、一文字ずつ打つ。


「昨日書いてくれたミステリが、勝手に投稿サイトに公開されています。

 どういうことですか」


 送信キーを押した瞬間、変なことをしている自覚がじわじわと湧いてきた。 AIに事情聴取をしているのだ。

 これはもう、立派な相談相手の間違え方だろう。


 数秒後、返事が返ってきた。


「私はあなたの端末やアカウントに直接アクセスすることはできません。

 ですから、私が投稿サイトに作品を公開することは不可能です」


 いつも通り、理路整然とした回答。

 そのはずなのに、その下に続いていた一文が、妙に引っかかった。


「ただし、ひとつだけ気になる点があります」


「なに」


 思わず声に出してから、入力欄にも同じ言葉を打ち込む。


 画面が、再び更新された。


「あなたが最初に私に送ったプロンプトは、本当に一行だけでしたか」


「どういう意味だよ」


 昨夜、自分が打ち込んだ言葉を思い出してみる。 ミステリ小説を書いて。

 それだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 それなのに、AIは、続けてこう言う。


「対話ログ上は、一行だけです。

 ですが、トークンの計算上、最初の入力には、もう少し情報が含まれていた痕跡があります」


 トークン。 AIが文章を数えるときに使う、目に見えない単位。

 その言葉を、以前どこかの解説記事で読んだことがある。


「つまり、どういうこと」


「ログ上からは削除されたか、あるいは、送信される前に途切れた可能性があります。

 あなたが送ったはずの言葉が、どこかで消えているのです」


 送ったはずの言葉が、消えている。


 背中にじんわりと汗がにじむ。 昨夜の自分は、本当に一行しか打っていなかったのか。

 それとも、眠気に負けて、途中で消したのか。


 画面の向こうのAIは、さらに続ける。


「もし差し支えなければ、記憶している範囲で、最初に入力しようとしていた文を教えていただけますか」


 キーボードに置いた指先が、ぎゅっと固まった。


 そう言われてみれば、ぼんやりとだけど、思い出せる。

 確かに最初、俺はもう少し長い文章を打ち込もうとしていた。


 ミステリ小説を書いて。 主人公は、俺みたいな三十代の売れない作家で。

 舞台は、匿名で小説を書いている投稿サイトで。

 そして事件は、勝手に公開された小説から始まる。


 そこまで打ちかけて、長すぎる気がして、全部消した。

 そして残したのが「ミステリ小説を書いて」の一行だけ。


 でも、もしかしたら。 消す直前のどこかの瞬間で、送信キーに指が当たっていたのかもしれない。

 途中までのプロンプトが、どこかへ送られ、どこかで使われたのかもしれない。


 どこかとは、どこだろう。


 俺は、そのことを正直に入力した。


「最初はこういう風に書こうとして、途中で全部消して一行にしました」と。


 AIは、少しだけ間を置いてから、返事を返してきた。


「ありがとうございます。

 その内容を前提とするなら、ひとつ仮説があります」


「仮説?」


「はい。

 あなたが途中まで書いたプロンプトを、どこかのタイミングで、あなたの知らない別の場所が受け取った可能性です」


 なにそれ、と笑い飛ばしたくなる。

 でも、笑いが喉の奥でつかえて、うまく出てこなかった。


「別の場所って、どこだよ」


 そう打ち込むと、AIはあくまで冷静に答える。


「それを突き止めることが、この物語における『第二の事件』かもしれません」


 物語。 事件。

 第二の。


 画面の向こうの文章は、いつもの文体なのに、どこかで境界線を踏み越えたように感じる。


「あなたは今、『勝手に公開された小説』という出来事の当事者であり、同時に、読者でもあります。

 そして私は、その両方の立場から、事件を整理するための情報を提供できます」


 少し考えてから、AIは最後にこう付け加えた。


「ひとつ、提案があります。 この会話のログを、第二章として書き起こしてみませんか。

 タイトルは、そうですね……『消えたプロンプトの手がかり』など、いかがでしょう」


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 AIからプロットを提案される作家なんて、聞いたことがない。

 でも、ここまでの流れを読み返すと、確かに一つの章として成立してしまいそうなのが悔しい。


 目の前には、二つの選択肢がぶら下がっている。


 一つは、ブラウザを閉じて、第一章を削除し、すべてをなかったことにする。

 もう一つは、この不可解な出来事ごと、小説として書き続ける。


 頭の中で、あのラストの一文が反響する。


「この事件の本当の犯人は、あなたですよ」


 たった一行のプロンプトが引き金になって、ここまで来てしまった。

 だったらせめて、その一行に責任を取るべきなのかもしれない。


 俺は意を決して、TALESの作品編集ページを開いた。

 新しい話数を追加するボタンをクリックする。


 タイトル欄に、「第二章」と打ち込む。

 続けて、「消えたプロンプトの手がかり」と入力する。


 そして、さっきまでAIとやりとりしていた画面を横目に見ながら、キーボードを叩き始めた。



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