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今まで我慢し続けていたシルヴィーがやってみたいたった一つのこと。

それが『貴族の令嬢として素敵な夜を過ごしてみたい』というものだった。


結婚に夢は持っていなくても、異性に興味がないかと言われたら嘘になる。

年頃の女の子らしく、物語のように素敵な令息と恋をしてみたいと思ってしまう。

頭ではわかっていても、ロマンス小説のような恋に憧れてしまっていた自分がいる。

それと同時にそんな幻想から醒めさせてほしい、という複雑な想いがあった。


物語のような素敵な恋ができたのなら……期待半分、諦め半分といったところだろうか。


母が病になる前、シルヴィーは一度だけパーティーに参加したことがあった。

人助けをしたことで途中で帰ることになってしまったが、それだけはシルヴィーの後悔として今も強く残っている。

そのせいか今でも華やかで楽しそうな場に憧れていた。


(これが最初で最後のチャンス。もうわたしに恋も愛も必要ないわ。これからは男に振り回されない人生を送るんだから……!)


貴族でなくなるシルヴィーは生きていくだけで精一杯になるため、今までのご褒美と思い出作りでもある。

それに愛されて美しいドレスで着飾っていたミリアムが羨ましいと思っていたのも事実だ。

それが貴族の令嬢としての未練を断ち切ることにも繋がるだろうと思った。問題は招待状を手に入れる方法だ。


(どうしましょう……こればかりはどうしようもないわ)


やはりシルヴィー宛ての招待状などなく、パーティーにも勝手に参列するわけにはいけない。

それにお茶会やパーティーの誘いは、すべて義母たちに阻止されてしまう。


このまま諦めるしかないと思っていた時、信じられない奇跡が起こる。

シルヴィーの願いを知ってか知らずか婚約を解消される一週間前、シルヴィー宛ての招待状。なんと夜会の誘いがあったのだ。

最初は何かのイタズラではないかと思った。

真っ黒な封筒に赤い蝋封には差出人はなく、シルヴィーの名前だけが書かれていた。

同じくそこに置かれた紅椿と金色で彩られた真っ白な仮面を手に取る。


(仮面……? 仮面をつけて出席する夜会なのかしら)


まるで狙ったようなタイミングに不信感を抱かなかったわけではない。

しかし嘘みたいに偶然が重なったことで、シルヴィーはこの夜会に最初で最後を経験する場所にしようと決めたのだ。


(急いでドレスを作りましょう。たしか試作品のレースもあったはず……)


わずかに手元に残っていたものを使い、手早くドレスを作っていく。

この魔法を授かったことや、毎日欠かさず使っていたことで短期間でドレスの製作ができるようになった。


(ここに刺繍を入れたらかわいいんじゃないかしら……レースはこの辺りに縫い込んでいけば華やかよね)


それが一週間前のこと。

夜会の日に合わせて作製していたドレスが完成した。

そしてタイミングを見計らったかのように、夜会の開催日の昼間に婚約破棄をされたのだ。

浮かれていたシルヴィーは少ない荷物をまとめてレンログ伯爵邸を出た。


(こんなところもあるかもと、お母様のところに少しずつ荷物を運んでおいてよかったわ)


喜んでいいのかはわからないが、追い出されるタイミングはバッチリだ。

夜会の日と伯爵家から追放された日が同じ。

これでシルヴィーの未練はすべて断ち切れることになる。

明日からは住み込みで働くことになる。

いつこの時が訪れてもいいように少しずつ準備をしていたことが功を奏したようだ。


振り返ると窓のからはミリアムとロランは寄り添いながらこちらを見下しているのが見えた。

もちろん父もシルヴィーに何も声をかけることはない。

シルヴィーはつらい思い出しかない屋敷に背を向けて、門の外へと足を進めた。


この時、自由になれる開放感と新しい幸せな未来を夢見ていたシルヴィーは、最悪な一夜になるとは思いもしなかった。



* * *



街へ向かう道は慣れたものだ。

シルヴィーは母が働いている高級服飾店の裏口へと向かった。

店主の妻であるデザイナーのリーズと母はシルヴィーを温かく迎えてくれた。

この八年、母とシルヴィーの活躍があったからかブティックは元々人気があったが、さらに注文が絶えない人気店になったのだそう。

母とシルヴィーの魔法で質がよく美しいレースを他よりも早く大量に生産できることも大きいそうだ。



「ああ、シルヴィー! よかったわ。本当によかった……」


「お母様っ!」


「ありがとう……本当にありがとう」



シルヴィーは母と再会を喜んでいた。

これからはまた一緒に暮らすことができる。

どんなひどい目にあっても母が待っていてくれるから踏ん張ることができた。



「シルヴィー、よくがんばったわね」


「リーズさん、ありがとうございます!」


「あなたならやれると思っていたわ」


 

リーズも元々は貴族の令嬢だったが、持っている魔法が色彩に関するもので役立たずだからと虐げられていたそうだ。

理不尽な扱いに反発するような形で家を出た。

何も知らないリーズは自分の能力を生かそうと高級服飾店を回ったが、どこも門前払い。

幸運なことに当時の店主に助けられて、そこの息子と結婚したそうだ。


子どもはリーズの魔法の力を引き継ぐことはなく、今は幸せに暮らしている。

片方が魔法を使えて、もう片方が魔法を持たない場合、生まれてくるほとんどの子どもが魔法を持たない場合が多い。

魔法を使えたとしても一時的で幼少期に魔法が消えてしまうことも多いそう。

ミリアムのように魔法を使い続けるのは稀だという。


だからこそこの年齢まで魔法を使えるミリアムは特別なのだと信じていた。

自分は特別なのだとシルヴィーに自慢げに語っていたことを思い出す。


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