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それに義母は特にシルヴィーを外に出すことを嫌った。
お茶会やパーティーに出ることはもってのほかだ。
代わりにミリアムを社交界に積極的に参加させていた。
しかしミリアムはいつも不機嫌そうに帰ってくる。そんな姿を見て、うまくいってはいないのだと思った。
恐らくレンログ伯爵家の評判は地に落ちているに違いない。
それなのに危機感はないのだろう。
ミリアムは見目のいい令息に媚びを売るのに一生懸命だそう。そんな姿が父と被る。
(こんな場所にも地位にも執着する必要なんてないわ)
それはシルヴィーでなくてもわかること。
恐らく父の代で歴史あるレンログ伯爵家は終わりを迎える。
父は現実を受け入れられていない。逃げるようにして、父は女と酒に溺れていった。
母の病はすっかりよくなり、いつシルヴィーが来てもいいようにとガツガツと仕事をこなし待っていてくれている。
いつここから追い出されてもいい……そう思っていたのに、あっという間に八年経とうとしていた。
いつでも逃げ出せたはずなのに何故それができなかったのか。
それはシルヴィー執事や屋敷の人たち、シルヴィーによくしてくれる領民たちが困り果てているのを見ていて放ってはおけなかったからだ。
新しい侍女たちは義母とミリアムの横暴さに耐えられずに辞めていく。
彼女たちと結託してシルヴィーを虐げることもできただろうがそこまで頭は回らなかったのだろう。
自分たちのわがままを通す方が有先のようだ。
むしろ部屋にこもって反抗もしないシルヴィーを敵とも思わなくなったのかもしれない。
(逃げてしまうのは簡単だけど、残す人たちのことを考えると……)
幸いなのはレンログ伯爵家が評判が悪すぎて婚約者ができないこと。
ついには領地の管理までおざなりにし始めた父にため息しか出てこない。
今日も義母は『領民たちの税を上げさせろ』と、執事を怒鳴りつける。
(もう終わりだわ。お父様も役に立たない……わたしがなんとかしないと)
このままでは共倒れになってしまう。
執事と共に、ここまで働いてくれた侍女や庭師やシェフたちに次の仕事先が見つかるまではと耐えていた。
これさえ終われば母の元へ行ける……。
シルヴィーは手を止めて窓へと向かい、扉を開ける。
(今日も綺麗な青空……この国が平和なのも王族の方々のおかげなのよね)
この国の王族は、貴族たちが持つ魔法とは比べものにならないほどに特別で大きな力を持って生まれてくる。
シュマイディト王国の王族の血筋を持つ者のみに発現する力でかなり強大だということ。
代々、その力で王国の危機を救ってきたそうだ。
竜巻や嵐を押し返す風魔法。
戦争が起こりそうな時は国を囲むような火魔法を。
大規模な旱魃が起こった際には恵の雨を降らせる水魔法を。
地震を鎮める地魔法など、その時に合わせた力を与えられるといわれている。
シュマイディト王国の王太子、アデラールは完璧と名高い素晴らしい王太子だ。
ミリアムによれば文武両道、頭脳明晰で非の打ち所がない青年だそう。シルバーホワイトの髪にライトブルーの瞳、顔も彫刻のように美しく令嬢たちや隣国の王女たちを虜にしているらしい。
彼が王となれば国は安泰だといわれている。シュマイディト王国で大人気の王太子だ。
それから腰まで伸ばした癖のあるシルバーの髪とブルーの瞳を持つ王女のマリア。
〝シュマイディト王国の宝石〟と呼ばれるほどの美貌の持ち主で、国民たちからは女神と崇められていた。
王女は予知能力を持って生まれてくる。それで災害や国の危機を予知するのだ。
マリアの力は歴代の王女の中でもっとも強く、大きすぎる魔法を持つ故に病弱だそうで、ほとんど表に出ることはできない。
国王たちは彼女のために、ずっと解決策を探しているそうだ。
彼女は重度のブラコンでアデラールのことが大好き。
気に入らない令嬢たちは彼に近づけないように手を回すのだという。
ミリアムがパーティーやお茶会の後、義母にマリアの文句を吐き出していたことを思い出す。
義母はさらにいい生活をしまいとミリアムを王太子の婚約者に押し上げることに必死だ。
それに義母は夫人会の文句ばかり言っているが、そもそも夫人会に呼ばれていない。その理由は魔法を持たないことも大きいが彼女の横暴で人を見下す態度、元娼婦ということや気に入った男性に体を擦り寄せながら声をかけたらしく社交界では評判は最悪。
ミリアムも同じような理由で令嬢たちから嫌われているそうだ。
(……このやり方でアデラール殿下に好かれるとは思えないけれど)
アデラールには今、二十歳になるにもかかわらず婚約者がいない。
シュマイディト国王もそのことだけを気にかけて心配しているそうだ。
その理由はわからないが、彼と歳が近い令嬢たちはアデラールの婚約者の座を狙っている。もちろんそれはミリアムも同じ。
しかしミリアムがアデラールに見染められる前にレンログ伯爵家は没落するに違いない。
義母やミリアムは危機感がまるでなかった。
本来ならば長子であるシルヴィーがレンログ伯爵家を継ぐのだが、王太子の婚約者になることができなければ二人は当然のようにレンログ伯爵を継ごうとするだろう。
それでもいいとシルヴィーは思っていた。むしろそうしてくれないと困る。
そしてシルヴィーの思った通り、ミリアムが十八歳の誕生日を迎えてもアデラールの婚約者になれないことを理解したのか、義母はミリアムにレンログ伯爵家を継がせようと動き始めた。
それには内心ガッツポーズである。
一つ懸念点があるとするならば、義母と父はシルヴィーを金にするために動く可能性がある。
ミリアムが伯爵家が継ぐなら、間違いなく金持ちに売られるようにして嫁がされてしまうということだ。
(絶対にあなたたちの思い通りにはさせないわ……!)
利用されるのを待つなんて性に合わない。
どうせなら彼らに少しでも後悔させてやろうとシルヴィーは着々と準備を進めていたつもりだったが、予想もしなかったことが起こる。