②⓪
二歳になったホレスはとにかく顔がいい。クリッとした目、形のいい唇。
ホワイトゴールドの髪やブルーの瞳がまさしく天使なのだ。
わかるのは左目の泣きぼくろと、この幼さで魔法の力を使うこと。
わかってはいたが、あの時の記憶が蘇る。
妊娠中はもしかしたらラディング侯爵の子かもしれないと頭によぎったが、元ラディング侯爵はレッドブラウンの髪に赤い瞳だ。
となれば、あそこにいてシルヴィーと助けてくれたのはアデラールということになる。
彼にも泣きぼくろがあったのは記憶を失う前にはっきりと覚えている。
それにこの髪色と目の色には王族に……と、いうよりはアデラールに近い配色ではないだろうか。
一夜の過ち、だけどこんなことになるなんて思いもしなかった。
それにやり逃げしたシルヴィーに対して、アデラールは怒っているに違いない。
あの時は意識が朦朧としていたとはいえ、許されることはないはずだ。
(彼に見つかったらどうなるのか、考えたくもないわ)
シルヴィーはあまり外に出ないように心掛けていた。
ホレスにも申し訳ないが、見つかればシルヴィーは極刑でホレスを二度と抱きしめることは叶わないだろう。
それにホレスに関して気がかりなことが一つある。
彼の感情の昂りに合わせて、ふわりと物が浮くことがあるということ。
魔法は早くても五歳くらいから使えるようになるといわれている。
なのに三歳にもなっていないホレスが魔法を使えるというのは早すぎるのではないか。
つまりホレスはかなり大きな力を持っていることがわかる。
王族は国の危機に合わせて必要な魔法が与えられるのだそう。
このことからホレスは王族の血を引いているということが裏付けになったのだ。
それに周囲にこの年から魔法が使えるとバレたら大変だ。
(ホレスや王国のためにも申告した方がいいのはわかっているけれど……)
シルヴィーに悩みは尽きないが、今だけは三人で平和に幸せに暮らしたい。
せめてシルヴィーの心の準備ができるまではと思ってしまうのはわがままだろうか。
「ホレス、いい子にしているのよ」
「あい!」
「あと、力は絶対に使っちゃダメだからね!」
シルヴィーはホレスの額や頬にキスをしてから仕事場へと向かう。
高級洋装店の裏方で母と共にレース職人としてレースを編んでいる。
すべて手作業なレースは高級品。
それに子どもの頃から毎日、刺繍や編みもの、レースを編み続けていたため随分と魔法の腕を上げていた。
母もシルヴィーに負けないようにと働いていたため、リーズの店は上質なレースが早く手に入ると評判となった。
富と権力の象徴として宝石よりも重宝されることもある。
貴族や資産家などから依頼がくることがほとんどだが、裏方の仕事なため顔を合わせることもなく問題はない。
今日も一緒に働いている仲間たちがシルヴィーの元にやってくる。
「シルヴィー、またご指名よ?」
「はい、わかりました!」
定期的にシルヴィーの作ったものが欲しいと指名が入ることがある。
貴族からの注文で、残った魔力からシルヴィーのことを特定しているそうだ。
「いいなぁ……シルヴィアたちには敵わないのよねぇ」
「シルヴィアのレースは綺麗だし早いし羨ましいわ。アタシも魔法使えたらいいのに」
「ふふっ、ありがとうございます。がんばります」
本来なら専用の道具を使わなければならないレース。
本来ならばボビンと呼ばれる糸巻きを複数使い、糸同士を交差させながらピンで留めて固定して模様を描いていく。
糸の宝石とも呼ばれるほどだ。
時間はかかるがその分、繊細で美しい模様が出来上がる。
最近の流行りはレースなため、リーズがいち早く取り入れたのだ。
半年から一年以上かかる難しいものだが、シルヴィーたちの魔法を使えば倍以上の速さでするすると編めてしまう。
母とシルヴィーの魔法のおかげで高品質ないいドレスが、短期間でたくさんできていた。
(ホレスを育てるためだもの……! がんばらないとね)
ホレスの天使のようなかわいらしい寝顔を見るだけで、いくらでもパワーをもらえるような気がした。
あの屋敷を出て母と一緒に暮らすようになって常に笑顔があふれている。
こんな幸せがいつまでも続けばいいのにと思っていた時だった。
するといつもよりも興奮した様子のリーズがシルヴィーを見て目を輝かせた。
「シルヴィア、みんなも聞いてちょうだい! なんとマリア王女殿下からドレスの発注があったの!」
「──ッ!?」
「王家に献上できるなんて夢みたいだわ!」
リーズの言葉にシルヴィーは耳を疑った。しかし必死に表情を取り繕う。
(王家といえばアデラール殿下が……)
彼女はホレスがアデラールの子だとは思ってもいない。今回のは偶然だろう。
今回は王女からの注目とあってリーズも気合い十分だ。
そうなれば国中の貴族たちから注文が殺到するのではないだろうか。
この大チャンスを逃したくはないそうだ。
シルヴィーは三世代に渡り、この店にお世話になっているため恩返しをしたいと思っていた。
(今回、うまくいけばホレスが欲しがっていたおもちゃを買ってあげられるわね)
平民として暮らすには十分すぎるほどに給金をもらっているため、生活には困っていない。
シルヴィーは気持ちを切り替えて仕事に取り組んでいた。
魔力があと少しで切れるというところで夕方になり、疲労感に息を吐き出しつつ固くなった肩を回す。
何十年もこうして魔法が枯れる寸前まで使い続けていることで、シルヴィーの魔法はさらに強くなっているような気がしていた。
どんどんと編める量が増えていく。
今日の午前中はホルスを見ていて、午後はホルスを預かってくれていたリサのところへ迎えにいく。
リサには七歳と五歳のエマとジェームズという子どもがいて、シルヴィーがここで暮らし始めて一カ月後くらいに入ってきた女性だ。
年も近いこともあり、意気投合していて子育ても助け合っている。
「ママ……!」
「……ホレス!」
どんなに疲れていても、ホレスがいるから頑張れるのだ。
ふわふわの癖毛を撫でていた。ここはシルヴィーに似たのだろう。
彼の髪を優しく撫でながらぷにぷになほっぺを触っていると……。




