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17/22

①⑦

呆然としていたのだが、彼女の表情がガラリと変わる。

それはラディング侯爵に鞭を振っていた時と同じ表情だ。

止めなければいけないと思いつつ、どんどんと手足の感覚が鈍っていく。


『不束者ですが、よろしくお願いいたします』


彼女はアデラールのシャツを剥ぎ取ると扇状的に舌舐めずりをする。

挑発的な彼女とやっと会えた興奮から気分が高揚した。

今、思えば毒の痺れだったのかもしれないが、アデラールにとっては生まれて初めての感覚だった。


(ああ、やはり彼女が欲しい……)


そこからは彼女の手を振り払うことなどできなかった。

毒が全身に回ったのだろうか。体全体が痺れていく。

理性はあっという間に擦り切れてしまい、本能に身を任せてしまう。

次第に意識は遠くなっていった。


『……本当にごめんなさい』


彼女の謝罪の言葉を聞いた瞬間に意識が覚醒するが体がうまく動かない。

しかし彼女はもう部屋を出る寸前だった。

引き留める間もなく、走り去ってしまった。


アデラールは引きちぎられたシャツを羽織る。

ラディング侯爵が目を覚ましていないところを見るに、そこまで時間は経っていないのだろう。

本当は彼女を追いかけたい。そんな思いを押し込んで今は自分のやるべきことをしなければとベッドから足を下ろす。

ベッドの上には蝶が刺繍されたハンカチが落ちている。


(この蝶はマリアが持っているハンカチと同じ刺繍……やはり間違いない)


皺になっているハンカチを拾い上げてポケットに仕舞う。

そのままベッドから足を降ろして歩くと鞭に引っかかってしまう。

アデラールは鞭を持つと、楽しげに鞭を振るっていた彼女の姿を思い出す。

そんな姿までも美しいと思う自分はおかしいのだろうか。

そのタイミングでまたもや予想もしないことが起こった。



「アデラール殿下、ご無事です……か」


「外にいたゴロツキ共は片付けて運ん……」


「ああ、大丈夫だよ。それよりもイエローゴールドの髪とラベンダー色の瞳、水色のドレスを着た令嬢を見なかったかい?」


「「「「…………」」」」



数人の近衛騎士たちが目を見開いて動きを止めた。

アデラールは何が何だかわからずに首を傾げていると……。



「ア、アデラール殿下……そういう趣味があったんですね」


「しっ……! 俺たち見てはいけないものを見てしまったんだよっ」


「…………は?」



アデラールは何のことかわからずにいるが、騎士たちは明らかに動揺している。

皆、アデラールから視線を逸らして、顔が青ざめていくのがわかった。



「オ、オレ……アデラール殿下がそういう趣味でもついていきますから!」


「……何の話だい?」


「大丈夫です! 俺たちはアデラール殿下の味方ですからねっ」



皆の視線の先……片手に鞭と明らかに尻を鞭で叩かれた跡があるラディング侯爵。

アデラールのはだけたシャツを見て、そう思ったのだろう。



「僕は令嬢を助けようとしだけだ。それにこれは彼女が……っ」


「「「「…………」」」」



考えてみても巨漢のラディング侯爵を拘束して、鞭で叩くなど普通の令嬢がやるはずがない。

その令嬢も今は部屋にいないため、説明することができないし説得力もないだろう。

アデラールも彼女がどうやってやったのかまったくわからない。

なんとか説明するものの、向けられる疑惑の視線にどうすることもできなかった。


そんなタイミングでラディング伯爵が目を覚ます。



「あの小娘っ、シルヴィー・レンログめっ! あんな恐ろしい本性を隠していたとは信じられない! あんな横暴な娘を見たことはないぞっ」


「…………」



アデラールはラディング侯爵が怒りに震えて叫ぶ言葉を聞いてから、冷めた視線を近衛騎士たちに送る。

彼女の名前を知れたのは喜ばしいことだが、それをこの男の口から発せられることが不愉快だった。


(まさかレンログ伯爵家の令嬢だったとは……あまりいい噂を聞かない。たしか事業が失敗続きで親戚に借金ばかりしているという。娘はミリアム嬢ともう一人。資金難で娘を売ろうとしたのか?)


それにアデラールはミリアムは何度も顔を合わせたことがある。

随分と自信家で、自分が火属性を継いだことを話していたが魔法の力は強くないようだ。

しばらくすれば消えてしまいそうな蝋燭の火。そんなふうに思えた。


(たしか前妻は事故死したと報告を受けた。後妻との娘がミリアム嬢ということはシルヴィー嬢は前妻との間の娘か……)


アデラールはずっとシルヴィーを探していた。

恐らく糸や編みものの魔法だと聞いて回ったが、レンログ伯爵は『うちには火魔法を使う娘しかおりません』と言った。

もちろんアデラールもレンログ伯爵家の病弱な娘のことは知っていた。

最近、婚約者もできたそうで彼女ではないと除外していたのだ。


(あの時、もっとちゃんと話を聞いていたらこんなことには……!)


しかしそれは嘘で、恐らく彼女を虐げていることがバレたら罰を受けると知っていたのだろう。

それが今になって金が必要になり、侯爵に売ったのだとしたら辻褄が合う。


(レンログ伯爵め……己のしたことを後悔するがいい)


そんなことを考えていたアデラールだったが、騎士たちは焦りつつも口を開く。



「オレはアデラール殿下を信じてました!」


「俺もですっ! アデラール殿下はそんなことしないって思ってました」


「…………」



アデラールは彼らを睨みつけつつ、ため息を吐いた。

しかしこうした貴族たちを今から罰することができるのは心底嬉しい。

シルヴィーのような被害に遭う令嬢がいなくなるのだから。



「ラディング侯爵は暫くこのままでいい。最後に拘束する」


「よろしいのですか?」


「ああ、自分がやってきたことを反省しなければならない。そうだろう?」



ラディング侯爵は尻を出しながら半泣きになりながら叫び続けていたが、それが更に恥をかくことになるのだろう。

騎士の上着を借りて羽織る。それから騎士たちに指示を出していく。



「彼の妻たちを今すぐに連れてきてくれ。それから会場にいる者たちを一人も逃すな」


「かしこまりました」


「情報を洗いざらい吐かせる」



アデラールの声に騎士たちは表情を切り替えた。

次第に毒も薄れていき、体が自由に動くようになったようだ。


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