鬼さんこちら、手のなる方へ
誰も知らない村の守り神。
明るい栗色の髪に、蝶々の飾りの付いた簪を付けて浅黄色に金魚の柄の浴衣を着た子どもが、古びて廃れた神社の境内で、屋台のりんご飴にかじりつきながら足をぷらぷらさせていた。
今年こそは、村祭りを一緒に回れると言っていたのに、急な夜勤で仕事に行った背中を思い出しながら丸い頬を膨らませている。
祭りで一緒にお願いをしたら、ママが元気になってくれると思ったのに。
ひとりで回る祭りはどこかもの悲しくて、誰も近寄らないこの廃れた神社に足を運ぶのは毎年恒例になっていた。
この神社には鬼が出る、と言う噂がある。
誰も手入れをしなくなった古びた神社だからか、今にも抜け落ちそうな本殿の床に座らない様にと言う大人達の戒めなのか、子ども達が勝手にそう言っているのかは、誰も知らない。
少なくとも、村の大人や子ども達はこの神社に近寄らない。
この神社に足を運ぶのは、母親の病気療養の為にこの村に越して来た自分くらいなものだ。
あまり遅くならないうちにそろそろ帰ろうか、と腰を上げて顔を上げると、祭りの屋台で売っている様な狐のお面を被っている子どもがいた。
歳は、自分と同じくらいか、少し上くらいかなあ、と子どもは思った。
「ここは、鬼が出るよ」
「だから、はやく帰りなさい」、と子どもは諭す様に言った。
それならアナタも帰った方が良いのではないか、と言うと、「私は大人だから、子どもを守らないといけない」と、淡々と、抑揚の無い声でそう言った。
少しだけ、背伸びをしたい年頃なのかもしれない。
元々、そろそろ家に帰るつもりだったし、子どもは狐面のその人に風鈴を渡す。親へのお土産のつもりだったけれど、「そうした方がいい」となんとなく思ったからだ。
お財布の中にお小遣いは後少しだけ残っているし、祭りでまた、残っているお小遣いの範囲でお土産を買えば良い。
子どもの姿を見送って、狐面は風鈴を鳴らす。
この風鈴はこの村に伝わる特別なもので、他所から移住して来た家族の子どもや、村八分に遭っている家の子どもにそっと持たせて、
―――風鈴の音を合図に鬼が現れ、その子どもを喰らう。
村祭りの舞台の大きな神社は鬼が祀られていて、その生贄の目印に風鈴が使われている。
そして、この古びた神社には年に一度村祭りの日に現れる者がいると言われていてその者が生贄の代わりに風鈴を鳴らすと鬼は夜中生贄を喰らうのでは無くこの神社に現れてボコボコにされる。
この神社に鬼が出る、と言われているのは結果的にそうなってしまっただけだ。
「―――鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
手、と言うか、風鈴を鳴らしながら狐面は口にする。
「さぁ、今年も遊びましょうか?」
今年は母親の快復を祈る子どもの為に狐面はニヤリと笑った。
鬼と狐面は毎年弾幕ごっこみたいなのをしています。