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勇者様は魔族と契約する  作者: 世葉
第1部 灰色領域解放編
7/9

第7話 盗賊頭フェレスと副官ファウ

 上級悪魔が討伐され、その支配から解放された広大な地域には、未だ人の統治が及ばぬ場所がある。そういった空白地域は、灰色領域(グラール)と呼ばれ、無法地帯となっていた。


 ここに、自らの意思で集まった者たちがいる。力こそが正義と信じ、規律や道徳を嘲笑い、欲望のままに犯罪に手を染めてきた者たち──彼らは、この無法の地を己の理想郷と定め、進んで足を踏み入れた。

 彼らは言った「この地こそ、束縛なき自由の楽園である」と。


 だが、そんな欲望まみれの希望は瞬く間に打ち砕かれる。秩序を持たぬ集団が、この不毛の大地で互いを信じ合えるはずもない。すぐに争いが始まり、力の強い者が弱き者を屈服させ、やがていくつかの勢力が形成された。それは、自由とは程遠い力の支配に他ならなかった。

 その中の一つの盗賊集団。荒くれどもを束ねるその一団の頭は、ダークエルフの女だと言われている。


◆◇◆◇◆◇


 月が雲を割り、砦の屋根にその姿を映す。夜の空気に混じるのは、鉄と油の匂い。

 薄汚れた装備に身を固めた盗賊たちが円卓を囲み、作戦会議に集う。その崩れかけた石造りの広間に、その女は松明に照らされて現れた。

 高く裂けたスリットから覗く黒檀のような脚、銀糸を編み込んだ鉄紺のマントが闇を引き連れて揺れる。その瞳は紅玉のように艶やかで、だが獣すら黙らせる覇気を宿していた。


 ダークエルフの女頭目──フェレス。


 彼女がその場に足を踏み入れただけで、ざわついていた男たちは次々と口を噤む。畏怖か、敬愛か、それともその両方か。そんな男たちを一瞥し、彼女は唇を歪めて笑った。

「さて、可愛い豚ども。お前らに次の餌をくれてやろう。」

 その色香のある声に、男たちは沸き立つ。サディスティックに放たれた物言いに、それこそが極上の餌であるかのように貪りつく。

 その光景を満足げに眺めながら、フェレスは後方に控えていた副官であり妹のファウに、ちらりと目配せした。

 彼女は姉とは違い、隙なく革鎧をきちりと着こなし、腰には手入れの行き届いた細身の剣(レイピア)を下げていた。その瞳は同じ紅でも印象はまるで違う。冷静にして鋭く、まるであらゆる危険を見通しているかのようだった。

 ファウが円卓の中央に歩み出ると、間もなく広げられた古びた地図が、机の上に置かれる。それは王都の交易路と灰色領域周辺を描いた地図だったが、なかでも誰の目にも留まったのは、その一角に朱で記された一点だった。


「──あそこは……、髑髏の森じゃねぇか。」 一人がぼそりと呟いた。

「魔族の森か…。勇者に追い詰められて魔物たちが、また増えたって話だぜ。」 すぐに、別の男も声を低くする。

 その地図に記された一点は、場に重苦しい沈黙を落とした。説明を待つまでもなく、それに関わる仕事が命の危険と隣り合わせであることは、誰の目にも明らかだった。


 だがフェレスは、その重い空気すら甘く味わうように目を細めると、椅子に腰を落とし、ゆっくりと脚を組んだ。そして、挑発するように口元を歪めて言い放つ。

「怖いっての? まあ、無理もない──でもねぇ…、ここには、極上の餌があるのよ。」

 地図の赤点。その上を、まったく同じ色をした紅い爪が、愛撫するようにそっとなぞる。その艶めいた仕草に、ひとりの男がにやりと口を開いた。

「俺ぁは、姐さんとだったら何処へでも、地獄の果てにも付いてきますぜ。」

 その声に呼応するように、次々と歓声が上がる。色めき立つ手下たちを前に、フェレスは一転し、真っすぐな瞳で全員に静かに命令した。

「決まりだね──それじゃ、出発するよ。準備しな。」


 フェレスの命令が下ると同時に、広間の空気ががらりと変わった。歓声は一瞬で静まり、手下たちは無言のまま散っていく。怒号も罵声もない。ただ靴音と、装備を手に取る微かな金属音だけが、夜の砦に響いていた。

 荷はすでに纏められていたかのように素早く運ばれ、声を交わすことなく互いに鎧を着け合い、矢筒や投薬袋の位置まで無言の仕草で確認していく。誰も無駄口を叩かない。確認のための連絡も必要ない。それが、この盗賊団の異質さであり、強さだった。


 闇に馴れた眼を細め、影が荒野へと溶けていく。夜半を過ぎたというのに、隊列は乱れず、速度も落ちない。極めて高い練度を持ちながら、それを誇る者はいない。ただ必要だからこそ身につけた技術であり、そのすべてに無駄がなかった。

 そう、この盗賊団には、無駄というものが存在しない。

 確固たる目的のもと、迅速に行動し、人間だろうと魔族だろうと関係なく必要とあらば奪い、不要なものには一切手を付けない。徹底した非情さこそが、この盗賊団を、ただの無法者集団ではなく機能する組織たらしめていた。

 それを作り上げたのは、艶やかで勝気な頭目、ダークエルフの姉フェレスと、冷静沈着な副官であり妹のファウ。異なる資質を持ちながら、強く結びついた姉妹の指揮によって、この集団は無頼と強さを両立させていた。


◆◇◆◇◆◇


 髑髏の森──そう呼ばれるこの地は、灰色領域の中でもひときわ魔の気配が濃く漂う、闇に満ちた森である。

 ここは、領地を奪われ逃げ延びた魔物たちが最後の拠り所とした砦であり、人間にとってはまさに敵地そのものだった。

 魔族がこの森に集まる理由は、単に身を隠すのに都合が良いからだけではない。森に充満する瘴気が魔を引き寄せ、彼らの力を引き上げるのだ。

 その加護を受けた魔物たちが息を潜め、愚かな獲物を待ち構えている。

 たとえ歴戦の兵であっても、この森に不用意に足を踏み入れれば、命はないだろう。生者に与えられるものは、己の髑髏──それが、髑髏の森である。


 ようやく大地を薄く光が照らしだした頃、彼女たちは森の瘴気が及ぶ手前に到着し、陣を構えた。 

「それでは、手筈通りに。」

 準備が整うと、副官のファウはそれだけ伝え、手下の多くを連れて森に向かう。フェレスは彼女を見送ると、残った部下を連れて別の方角から森へと入っていった。


 瘴気に包まれた森の中は、まるで音すら腐らせたかのような沈黙が支配していた。枝葉を抜ける風は異様に湿り、空気は霧となり重く粘ついて、肺の奥をじわじわと蝕んでくる。

 それでもファウの足取りは確かだった。陣形を崩さずに森の中を迅速に進んでいった。

 しかし、侵入者である彼女たちが見逃されるほど、この森は甘くない──


 ファウは何かの気配を感じ、ぴたりと足を止めると、一切振り向くことなく、ただ左手をそっと上げた。その手が小さくひと振りされる。その合図を受けて、盗賊たちは音もなく散開し、陣形を切り替えた。

 次の瞬間、霧を裂いて黒い影が飛び出した。それは、瘴気に濡れた毛並みと、爛れた紅い眼をぎらつかせた魔狼。唸り声とともに、よだれ混じりの瘴気を撒き散らしながら、一直線にファウへと突進する。

 だが、ファウは腰のレイピアに指をかけたまま、一歩も退かず魔狼を誘い込む。 

 間合いの限界まで引き寄せ、振り下ろされた爪が死線を越えたその刹那──稲妻のような一閃が走った。魔狼の爪を華麗に躱し、そのまま懐に踏み込む流れるような動きで、ファウの剣は正確無比に魔狼の喉元を貫いていた。


 瘴気と血が吹き出す中、魔狼は一息も鳴くことなく崩れ落ちる。──だが、まだ終わっていなかった。

 その直後、まだ剣を引き抜かぬうちに、左右からさらに二匹の魔狼が現れ、牙を剥いてファウに飛びかかる。しかし、ファウは眉ひとつ動かすことなく、その場から動こうとしなかった。すると──

“ダダダダダッ!”

 凄まじい連射音とともに、背後から一斉に放たれたクロスボウの矢。連続式の機構を備えた特殊な矢筒から吐き出されるそれは、雷鳴のごとく一直線に魔狼の体を貫く。

 矢はすべて、ファウの体を正確に避け、魔狼だけを射抜いていた。もし、ファウがほんの一歩でも動いていれば、その矢の餌食となったのは彼女自身だっただろう。それは、互いの信頼が無ければできない見事な連携だった。


 敵の死骸が地面に転がる音を聞きながら、ファウはようやく剣を引き抜き、血を払う。その動作に呼応するように、盗賊たちは再び陣形を組み直す。そして、何事もなかったように彼女たちは再び森の中を進んでいった。


◆◇◆◇◆◇


 幾度かの戦闘を経て、ファウ率いる一隊は髑髏の森の奥深くにまで踏み込んでいた。森の瘴気は、熱を持った粘液のように肌にまとわりつき、呼吸も躊躇うほど濃く淀む。それでも、彼女らの戦闘能力は衰えをみせず、迫り来る敵を迅速に対処してのけていた。


 だが──、その行為自体が既に敵の手中であった。


 自ら敵地の奥深くに踏み込んでの戦闘は、自らの所在を明かし、敵に対処の猶予を与えていた。魔獣たちは、より上位の存在によって統率され、次第に動きに秩序を持ち始める。それは、仲間の犠牲を払いながら、ファウたちを着実に包囲していく。

 たとえファウたちの力をもってしても、この森に巣食うすべての魔族を敵に回して生きては帰れない。明らかに無謀とも思える進軍を続ける中で、ついに、敵の完全な包囲を許してしまった。

 その頃合いを見計らい、異質な瘴気を纏う影が一つ、静かに姿を現した。


 腐葉土を焼くような重圧が空気を歪ませ、瘴気が渦を巻く。その皮膚は煤けた黒灰色、四肢はしなやかでいて異様に長く、背には蝙蝠を思わせる翼を持つ。それは、理性と力を備えた悪魔だった。

 しかし、意外にもその悪魔は、圧倒的優位を築いておきながら、即座に攻撃を仕掛けてこなかった。

「……貴様ら、何の目的でここまでやって来た?」

 低く響いたその声は、獣の唸り声ではない。それどころか、明らかな意思を持った問いだった。


 問われた瞬間、部下たちが一斉に構え直す。だが、ファウは違った──その質問の意味を理解していたからだ。

 魔族たちは、力無き者の言葉になど聞く耳を持たない。だがそれは逆に言えば、力を持つ者を無視できない性を持つ。

 すなわち、ここまで辿り着いた手練れに対し、悪魔がこの場で即座に殺す理由をまだ見出していない、という証だった。


 ファウは武器から手を放し、悪魔に怯むことなく顔を上げる。

「我々は敵ではない。」

 ファウたちはすでに包囲され、後方の退路も魔獣によって寸断されている。この絶望的な状況であっても、彼女は一歩も退かず、堂々とそう答えた。


 その短い声には、怯えも虚勢もなかった。事実を淡々と述べるだけの、静かな威厳さえ感じさせた。

 その姿を見て、悪魔の口元に、ごくわずかに皮肉にも似た笑みが浮かぶ。散々同胞を殺しておいてのその物言い。しかし、力の論理が絶対である悪魔にとって、彼女の返答には耳を貸すだけの価値があった。


「この森に籠ったところで、いずれ勇者が現れ、お前たちは滅ぼされる。」

 ファウは一切の前置きもなく、単刀直入にそう切り出した。その断定された予言に、悪魔の口元から薄笑いが静かに消える。

 しかし、ファウはその空気の変化をまったく意に介さず、さらに言葉を続けた。

「聞いた話では、勇者はあの呪喰の森すら聖剣の力で浄化したらしい。

あの森に比べれば、我々の侵入を許すこの森の守りなど、たかが知れている。」

 死地に身を置きながら、ファウは悪魔を挑発する言葉を並べる。

 悪魔の気分一つで、その牙がいつ自分たちに向けられてもおかしくない。それを理解しているはずなのに、あえてそれを引き出そうとするその言葉に、悪魔は興味を持った。

 だが、最後の一言は、その境界線を明らかに超えた。


「聖剣の錆となりたくなければ、我々に力を貸せ。」


 ──しばしの沈黙。

 悪魔の瞳が、鋭くファウを射抜く。そして、内なる怒りの炎を吐き出すように、口を開いた。

「……人間を従える貴様を、なぜ信じられる?」

 その問いにファウは一度だけ視線を外し、ほんの僅かの間を置いてから、再びまっすぐに相手を見据える。

「そう言って、私が今まで交渉してきた魔族は、誰も耳を貸さなかった。だから、配下に魔族はいない。」

 そして最後に、静かに付け加えた。「しかし──そいつらは皆、滅びたよ。」


 悪魔は再び沈黙する。──そして背を向けて、たった一言呟いた。「……付いて来い。」


◆◇◆◇◆◇


 黒い森の奥深く陽の光すら届かぬ常闇の神殿に、ファウたちは案内された。

 森の中心に開けた円形の空間。そこには、苔と骨に埋もれた悪魔の祭壇には、濃く沈んだ深緑の琥珀が掲げられている。『幽樹の琥珀(ゆうじゅのこはく)』──その腐木の怨念のような色からは、同じ色の瘴気が吐き出され、森の闇に溶けてゆく。

 そしてその闇の中から、何匹もの悪魔の目がファウたちに向けられていた。


 闇の奥から、低く唸るような声が響いた。 「──貴様らは、何を考えている?」

 その問いに、ファウは一切の迷いなく応じる。

「我々は、この灰色領域が、灰色のままであることを望んでいる。」

「だからこそ、あなたたちには滅んでもらっては困るのだ。」

 その答えに、別の悪魔が鼻で笑い、嘲るように問い返す。

「我らが貴様らと手を組めば、勇者に勝てるとでも? 笑わせるな……」

 だがファウは、その侮蔑に対しても揺らぐことなく、真っすぐに言葉を返した。

「勇者に勝つ必要など、最初からない。勇者を倒さずとも、我々の目的は達成できる。」


 そして、さらに一歩、言葉を踏み込んだ。

「なぜ、あなたたちは魔族の地に帰らない? ──いや、帰れないのだろう?」

「魔族の中にも、地位や権力を巡る醜い争いがある。人間同様に……。

支配領域を失った今のあなたたちには、もう帰る場所など無いのだ。」

 その言葉は、悪魔たちの胸を抉った。だが同時に、それはファウたち自身にも突き刺さる真実でもあった。彼女たちもまた、国を追われた流民の寄せ集めなのだ。

 皮肉なことに、その事実は、奇妙な共感を彼らの間に生み出していた。


 魔族と人間の共存は、不可能である。それは単なる外見の違いや、積み重ねられた歴史的な対立だけが理由ではない。もっと根源的な、生存原理の違いに基づくものだ。

 魔族は、最も優れた力を持つ者──すなわち魔王を頂点とする厳格な階級社会を築いている。その序列は絶対であり、逆らうことは死を意味する。

 一方、人間の社会はそれほど単純ではない。いくら強大な力を持つ勇者であっても、その力だけで王となるわけではない。民の支持、貴族や宗教の後ろ盾、あるいは不正な取引すらも必要とされる。


 ──力に基づく支配と、合意や制度に基づく秩序。

 この根本的な価値観の違いは、二つの社会の間に、決して埋まらない亀裂を生む。

 魔族は、勇者の力に屈服することはあれど、人間世界の王に頭を下げるなどありえないのだ。


 ファウが与えた共感は、人間相手であれば好手であったろう。だが、魔族には通じない。魔族はそんな物に価値を見出さない。ただ、信奉するのは力の正義のみ。

 魔族と人間は、根本から別の決して交わらない生き物なのだ。


「くだらん……、人間の感傷など、何の意味がある?」

 悪魔のひとりが、吐き捨てるように言い放った。

「我らの協力が欲しくば、まずは力を示せ!」

 怒気を含んだその言葉は、もはや単なる挑発ではなく、最後通告だった。ファウの返答次第で、この場は血に染まることとなるだろう。闇の中に潜むすべての悪魔たちの視線が今、ファウ一人に注がれていた。


 ──だが、この瞬間こそが、ファウの本当の『狙い』だった。


”ᛋᚲᚢᚷᚱ ᚠᛖᛚᛚᚱ ᛁᚢᛁᚱ ᛚᛃᛟᛋᛁᛞ ᛗᛃᚱᚲ ᚾᛟᛏᛏ ᛞᚱᛖᚲᚲ ᛋᛏᛖᛁᚾᛁᚾ ᛋᛖᛁᚦᚱ ᚺᛁᛚᚱ ᚨᛚᛏ

(影が光を覆い、夜が石を呑み、呪だけがすべてを語る)”


 悪魔の神殿に、古代呪文が響く。

 ファウが全ての注意を引き付けたことで生まれた、『狙い』に対しての隙。その働きがあったからこそ、誰も気づかぬところで、この大魔法は目を覚ます。

 その瞬間、空気が凍りつくように冷え込んだ。空間が軋む音が響き、闇が祭壇を這い昇る。それは漆黒の渦と化し、意思を持つかのようにうねりながら、祭壇に掲げられた『幽樹の琥珀』を飲み込んだ。

 すると、渦は蠢くように形を成し、やがて一つの影を結び──フェレスの姿を浮かび上がらせた。


 ──沈黙が場を支配する。影が実体を持ったと見間違うほどの異様な存在感に、悪魔たちですら言葉を失う。だが、誰よりも早く事態を察した血の気の多い悪魔が一匹、咆哮を上げ、フェレスに襲い掛かった。

 

”ᛒᛚᛟᚦ ᚱᛖᚾᚾ ᚢᛈᛈ ᛗᛟᛏ ᚺᛃᚨᚱᛏᚨ ᚠᛚᚨᛁᚦᚨ ᛁ ᚺᚱᛁᚾᚷᚢᛗ ᚺᛟᛚᛞ ᛋᛈᚱᛖᚾᚷ ᛗᛖᛞ ᛖᛚᛞᚷᚱᛁᛗᚱ

(血は心に逆流し、肉を巡り渦となり、火の仮面とともに爆ぜよ)”


 フェレスの呪文は、この森の瘴気の源であった宝珠によって、禍々しい魔力を纏う。

 放たれた魔法は、空間を歪ませるほどの波動を放ち、悪魔に伝播する。その波動に触れた先から、悪魔の血は逆流し、肉は弾け、その身体を内部から爆砕していった。そして最後には、骸さえも灼熱の炎によって焼き尽くされ塵となった。


 断末魔さえ発せぬまま、理不尽に散り散りとなって消えたその姿は、だがしかしそれこそがまさに、悪魔が求めた力の証明に他ならなかった。


「ならば、ここで黙って死を迎えるのか?」


 フェレスから悪魔たちに向け発せられた最初の言葉は、同時に最後の選択だった。勇者に殺されるか、今ここで自分に殺されるか。彼女は力の論理を語る者たちに、その結末を突きつけ、脅していた。


 フェレスが与えた脅迫は、人間相手であれば悪手であったろう。だが、魔族には──


◆◇◆◇◆◇


 かくして、ダークエルフの姉妹が率いる盗賊団は、灰色領域において人間にも魔族にも属さぬ、最大の独立勢力となった。

 彼女たちの集団は、ただ己の欲望を満たすだけのならず者とは一線を画していた。戦に敗れ、すべてを奪われた者。陰謀によって地位を追われた者。あるいは、ただこの世界に絶望し、すべてを捨て去ろうとした者たち──。

 様々な境遇を背負いながらも、彼女らの望みはただ一つに集約される。


 ──この地に、束縛なき自由の楽園を築くこと。


 それは夢物語ではなく、この不毛の荒野でそれを実現することを、彼女たちは本気で計画し、実行している。

 誰の支配も受けず、誰の命令にも従わず、生きたいように生きることのできる場所。その理想のためには、灰色領域を灰色のまま保たねばならなかった。


 彼女たちは組織的かつ計画的に、外部から干渉しようとする勢力への牽制と、内部にある勢力への撹乱と妨害を仕掛ける。だが、その混乱の一つ一つは、小規模な反乱として片付けられ、彼女たちの策謀が明るみになることはない。

 だが確かに、それらには彼女たちの意志が働いている。


 それが、ダークエルフを頭目とする盗賊団の、真の姿だった──


◆◇◆◇◆◇


「──……大丈夫?」

 盗賊の砦。たった二人の作戦室で、ファウは他の誰にも見せたことのない素顔をのぞかせ、フェレスを案じた。

「……ああ。この魔法はよくできているよ。取り込んだ幽樹の琥珀の瘴気を、効率よく魔力に変換してくれている。」

 その返答に、ファウは「そうじゃない」と言いたげに、眉をひそめる。その仕草にフェレスは、わずかに笑みを浮かべ、彼女の頭をそっと撫でた。


 ──幽樹の琥珀から漏れる腐毒の瘴気は、髑髏の森を覆い尽くしてしまうほど強大なものだ。魔族ですらその扱いには、注意を要していた。どれほど優れた魔法であろうと、その瘴気を完全に封じ込める術など存在しない。それが叶うのならば、とうに魔族がそれを成し得ていただろう。


 たとえ、ダークエルフであるフェレスに生来の優れた耐性があったとしても、それは徐々に、しかし確実に、彼女の身体を蝕んでいく。

 ファウは知っていた。彼女が口にしない真実を。誰にも見せない痛みを。

 けれど、フェレスは笑っていた。自らの身を削ってでも、楽園を作ると決めたその日から。

 だから、ファウも笑わなければならない──


”フェレス──お姉ちゃん、絶対に、命に代えても私は貴方を守るから──”

”ファウ──妹よ、わかっているよ。絶対に、この手を離したりしないから──”


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