第1話 悪魔クリティエ
「──……。ねぇ…。助けてよ……。」
それは諦めた命乞いだった。
どうせ何を言おうと結果は変わらない、自暴自棄になった悪魔の最後の言葉は、自分でも笑ってしまうほど情けないものだった。
たった一人の勇者に、同胞は悉く打ち倒され、魔王より任された砦を守る者は、もはや自分独りしか残っていなかった。その自分も勇者の剣の前に成す術もなく、かすり傷を負わせる事すらできずに地べたに這う。そんな悪魔の今際の際の言葉など、勇者が耳を貸すわけもなかった。
しかし、その言葉の後に勇者は剣を納めた。
そして身を翻し、命乞いをする悪魔の前から立ち去ろうと歩みを進める。
だが、悪魔の眼には、その勇者の後ろ姿は耐え難い侮辱に映った。そのありえない勇者の反応は、自分を取るに足らない矮小な存在として見下していることを、ありありと感じさせた。それは、全てを諦めた悪魔の、最後に残ったプライドを一瞬で灼き切った。
悪魔は、残っていない力を振り絞り、適うはずのない勇者に、声にならない声を叫びながら、理不尽に全てをぶつけた。
勇者はその悪魔の一撃を、防ぐでもなく、躱すでもなく、真正面から受け止めた。
そして、胸に突き立てた悪魔の爪は、勇者の鎧を穿ち、ついにその身に傷を負わせた。
しかし、それと引き換えに、力を使い果たした悪魔はそのまま意識を失った──
◆◇◆◇◆◇
──……悪魔が意識を取り戻したとき、目覚めた場所は、砦を見下ろす小高い山の大木の根元だった。
自分が、”何故ここにいるか”は分からなかった。だが、”誰が運んだか”だけは疑いようもなかった。悪魔の爪先にかすかに滲む赤色が、何も語らず、ただ事実のみを突きつける。しかし、それは同時に、勇者に与えた傷の浅さを皮肉なまでに思い知らせた。
砦にはすでに多くの人間兵がなだれ込み、生き残りを探すどころか、戻ることは、拾った命を無為に捨てるに等しかった。一匹の悪魔にできることなど、もはや何もなく、ただ、敗走という屈辱を甘んじて受け入れるほかなかった。
◆◇◆◇◆◇
逃げ帰った悪魔は、この一帯を支配する魔族の城塞に辿り着いた。
その城は、巨大な黒い石で築かれた城壁に囲まれ、暗雲に覆われた空を飲み込まんばかりの威圧感を放っている。そして、城内の分厚い鉄扉に閉ざされた奥、その暗い玉座に、上級悪魔は悠然と座していた。その存在は圧倒的で、ただただ不気味な静寂のみで、この城を支配していた。
悪魔は跪き、頭を低く下げる。それに対し、上級悪魔は視線を一切外さず、冷徹に言葉を発した。
「…─あい、分かった。たった一人で、貴様に任せた砦の戦力を滅ぼす勇者の力、侮り難し。
我々は、その勇者に対して余程の準備をして迎え撃たねばなるまい。」
その声に感情は一切なく、部下の失態をなじるようなこともなかった。脅威に対する冷静な分析のみが、重く響く。
「だが──、一つ、分からぬことがある。」
その言葉は、自ら紡いだ重く冷たい言葉を揺らし、次に続く言葉の不吉さを暗示する。
「なぜ、貴様は生き残った?」
頭を垂れる悪魔に対して向けられる冷徹な視線は、ただそれだけで、悪魔の命を一瞬で凍てつかせた。圧倒的な上位存在の問いに、答えねばらならぬ義務と、言葉を遮る恐怖が同時に襲い来る。たとえ、言葉を発することが叶ったとして、正直に、”命乞いをしたおかげ”と答えたとしても、嘘で誤魔化したとしても、その先に待つものは同じだった。
「──……。助けて…、ください……。」
悪魔に残された選択肢は、再びの命乞いだった。
上級悪魔は、その情けない姿を見下ろす。その瞳の奥には、何の感情の揺らぎも見せない。まるで、ただの無機物を眺めるだけの、無慈悲な冷徹さが宿っていた。
「──勇者の前でも、その様に命を乞うたと……」
「ならば、我も、貴様の命を拾おう。何所へなりとも行くがよい。」
その慈悲深い宣告に、悪魔は震えた。悪魔にとって、それは何よりも無慈悲なことだった。
”Nomen divide, umbram eripe.(その名を裂き、影を奪え)”
上級悪魔の唱えた呪文は、悪魔の魂に亀裂を入れる。その亀裂は、肉体を超えて影に走る。そして、悪魔から引き剥がされた影は、血煙のように上級悪魔の掌に吸い込まれ、消えた。
魂を割られた悪魔の記憶は、境界が交差し歪んでいく。思考は断ち切られ、どろどろに溶けて混ざり合う。やがて、自己という存在の重みすら崩壊を始めた。痛みなどでは生温い、その魂の断末魔は、拾った命に対して、あまりにも釣り合わない贖罪だった。
魔王を頂点とする支配階層からの追放は、つまり、悪魔としての存在の抹消を意味する。まさにそれは、命乞いをしてまで拾った命が、無価値と断ぜられたに等しかった。
──この日より、悪魔はクリティエという名を失い、”影なし”のただの魔物に成り下がった。
◆◇◆◇◆◇
魔族と人間、そのどちらの支配にも属さぬ呪われた森があった。
その森は両陣営の境界に広がり、人も魔も見境なく踏み入った者を喰らい、誰一人生きて帰さなかった。長きにわたる数多の犠牲を経て、どちらもがこの地を封印し禁足地と定めた。
そして今、棄民となったクリティエだった魔物は、他にどこに行くことも許されず、この呪われた森を彷徨っていた。
魔物は、今や自分が誰なのかもあやふやで、自分の命の危険を考える思考すらできていなかった。
森は、久方ぶりの餌を歓喜して迎え入れているように騒ぐ。まるで、その肉を存分に味わおうとするかのように、森は道を開き、魔物を深淵へといざなう。この森は、この世を呪いながら死んでいった者たちの怨念を喰らい、育ち、さらに餌を求めて呪いを撒き散らしている。いわば、この森そのものが巨大な呪術の循環装置だった。
喰われ、腐り、呪いとなって、また喰らう。底なしの絶望に身を投じながら、この最後こそ相応しいと、魔物は嗤った。
”Eldrsól(閃光)”
その瞬間、闇に沈んだ呪いの森の深淵に、希望に満ちた美しい声が響いた。
その声は、暗黒の中にほんの小さな炎を生んだ。その炎は、まるで小さな太陽のように、白く輝いていた。その輝きは、温かかった。春の陽だまりのように、柔らかく、生ある者には、静かな安らぎを与えた。
しかし、怨嗟に満ちた無形の影たちには、その光は耐えがたい毒となる。声なき影たちは、苦しみにねじれ、のたうった。
そして影はその中から、影を持たない魔物を一匹、吐き出した。
やがて、影は霧散し、光の中に消え失せる。すると、光は剣の姿を結び、その剣を掲げたひとりの姿を照らし出した。
地べたに這う魔物の眼に映ったその光景は、勇者に命乞いをしたあの時とまるで同じだった。
しかし、あの時とは違い、何を見させられているのか、何も分からなかった。自らの曖昧さは、現実の輪郭を砕き、既に呪いの一部となり果て、夢の中を彷徨い続けているのだろうとさえ思わせた。現実だろうと、夢であろうと、もはやどうでもよくなって、ただ、ただ、あまりに滑稽だった。
その最後にこぼれた、たったひと粒の涙を、魔物は嗤った。
そして、その涙の前に勇者は剣を納めた。
◆◇◆◇◆◇
──……魔物の耳に、乾いた薪が割れる音が入ってくる。ぱちぱちと音を立てる焚き火の暖かさが、顔を照らす。
その光に照らされて、魔物は目覚めた。
「──……なぜ?」
魔物は、横になったまま、焚き火の向こう側に座る人物に、消え去りそうな声で問いかけた。
夜の静寂の中でなければ聞き取ることも出来ない、その弱々しい声を拾い上げ、澄んだ水のような声が返ってくる。
「─…魔族の城塞を落とすには、この森を抜け、回り込むのが有利だから。」
勇者はなぜ呪いの森に入り、影を払ったのかを淀みなく答えた。
しかし、その答えは魔物の望むものではなかった。その答えは、魔物にとって全ての元凶である存在が、全く自分を見てすらいないことを示していた。それは、すべてを失った魔物の、燃え尽きたはずのプライドを燻ぶる。もはや灰となったはずの心の奥底に、まだ赤く残る熾火があったのだと、思い知らせた。
微かに燻ぶるだけだったその炎は、存在を隠すように息を潜めながら、じわり、じわりと、時間をかけてゆっくりと、心の内へと広がっていった。
敵であるはずの者に対して抱く、あまりに理不尽な感情が膨らんでいく。それを抑えることすら理屈に合わぬことなのに、歪んだ心のありさまを、縛る鎖がじゃらじゃらと音を立てて締め付ける。
長い沈黙と、同じ長さの静寂に、焚き火の薪が幾度も爆ぜる。その何度目かの、何でもない瞬間に、抑えつけていた感情が、縛る鎖を一気に灼き切った。
「──違うっ!! なぜっ! なぜ、生かしたっ!!!」
魔物は体を跳ね起し、子供の様に喚き散らした。
それは、勇者を驚かせた。しかし、すぐに落ち着いて子供をなだめる様に、優しく答えた。
「─…。それは、あなたが、死のうとしなかっただけ。」
火の粉が夜空へ舞い上がっては消えるたび、その瞬きが、魔物に命の実感を映し出す。それは、人魔の境を越えた決して覆せない真理だった。
そしてそれは、月光が静かに揺れる夜に、再びの長い沈黙を連れてきた。
勇者の言葉の真意を魔物は考える。勇者の思考を解きほぐす。勇者の気持ちを推し量る。
そして、その果てに辿りついた答えを、影なしの魔物は口にした。
「──……。ねぇ…。私と契約を交わさない?──……」
その誘惑は、焚き火に揺らぎ、月夜に溶けた──
◆◇◆◇◆◇
まだ夜が明けきらぬ中、二人は旅立つ。
二人が向かった先は、魔族の城塞近くの地下洞窟だった。その洞窟は、入り口こそ天然の岩肌に囲まれていたが、内部には地下の回廊が広がっていた。
地面は、ところどころだけ不自然に均され、通りやすく整えられていた。岩の継ぎ目には、古い泥の塊や、かつて何か重いものを引きずったような浅い轍が残っている。そして、削り取られた岩壁には天井を支える柱が打ち込まれ、崩落を防ぐように補強されていた。
深い闇へと続くこの地下回廊は、城塞からの抜け道だった。
その道を、勇者は魔物の手引きで逆行する。そして、難なく城塞内部に侵入を果たした。
魔物の背を追って、勇者は驚くほど静まり返った城内を駆け上がった。そして、玉座を守る分厚い鉄扉の前でその足が止まる。魔物を残し、扉の前へと一歩進み出ると、勇者は剣を抜いた。
その剣の前に、鉄扉はいとも簡単に切り刻まれ、鈍い音を響かせながら斜めに崩れ落ちた。
”もはやこの扉が二度と閉じられることはない”
勇者はその決意を切っ先に込め、その先の玉座に座るものに向けて構えた。
その姿を捉える上級悪魔は、しかしそれでも、悠然と玉座に座り立ち上がろうともしなかった。ただ静かに、左手の人差し指を一本かざすと、何も言わず、振り下ろした。
その合図に、玉座に潜む十二の悪魔が、一斉に襲いかかった。その悪魔たちは、かつてクリティエがそうだった、上級悪魔の高位眷属。死を呼ぶ十二の影は、避けることのできない絶望を連れ立って、勇者に迫った。
”Sólnafn(紅炎)”
勇者を囲む死の影に、黄金が滲み、白に燃える。
勇者の剣より放たれた、闇を切り裂く斬光が、螺旋となって迸る。その光冠に焼かれた悪魔の咆哮が、渦巻くうねりに飲み込まれた。
その一瞬で、三体の悪魔が灼かれ塵となった。
だが、残る悪魔たちが怯むことはない。灰となった仲間の影から、ただ執拗に勇者を狙う。
その姿を捉えた勇者は、一切の躊躇なく、再びその剣を振るう。
そして、全く同じ技の二撃目が、繰り返すように、さらなる三体の悪魔を灼いた。
光に飲まれ、塵に消えゆく命を前に、上級悪魔は、呪文を唱えた。
”Flammae regis, terram purga.(火炎の王よ、大地を均せ)”
その呪文は、六体の悪魔の命を盃に、血の盟約を発動する。
儀式の生贄となった六体の悪魔の断末魔が、玉座に響き渡る中、勇者の前に古き王が召喚された。
その巨躯の炎は、世界を朱に染め上げる。玉座はまさに地獄と化し、紅蓮の奔流に包まれた。
火炎の王は、あらゆる生を燃やすため、内なる灼熱を放たんと、両手を掲げ魔力を込める。
しかし、勇者はその煉獄の直中にありながら、微塵もその身を焦がしていない。
”Ljómahǫgg(神撃)”
地獄の蓋に光が落ちる。
天へと掲げた勇者の剣が、光を受けて虹に輝く。
今まさに火炎の王が、勇者を焼き尽くさんとする刹那、対する勇者は、ただゆるやかに剣を振り下ろした。
その瞬間を、火炎の王の眼は確かに捉えた。しかしその身は、勇者の剣に続く虹の残像が鮮明に映るほどの、ゆったりとした無音の流れの中に、囚われた。内なる灼熱が、剥がれ落ちて、遠ざかる。そして、次に呼吸が止まる。一切の体の動きが縛られて、指先一つ動かなかった。
勇者の剣がそのまま地に振り下ろされて、火炎の王はようやく気づく。
時が裂かれるその瞬間が、ただ、永遠に続いていたことに。
そして、この戦いの終焉に──
天地を繋ぐ勇者の剣は、地獄にかかる虹の橋を完成し、火炎の王は天に裁かれる。
よって地獄の全ては反転し、地を砕き、罪咎を奪い、紅蓮の奔流を七色の雷光で塗り替えた。
その極光は、火炎の王ごと、地獄をすでに割っていた。
轟音と共に玉座の間を引き裂いた勇者の破天の一撃は、上級悪魔を高ぶらせた。
「――面白いッ!!」
その瞬間、空気が軋み、魔の圧が場を満たす。
玉座から立ち上がり、感情の赴くままに歓喜という名の殺意に従い、上級悪魔は持てる呪文を一挙に解き放つ。
”Sagittae umbrae, dirige mortem.(影の矢よ、死へ導け)”
無限の死矢が、勇者を襲う。
”Ljóssegl(流星)”
勇者は、無限に対し無限をぶつけた──
◆◇◆◇◆◇
この戦いを、玉座の間の外から影なしの魔物は見届けていた。
魔物は知っていた。上級悪魔が勇者に備え、直属配下を呼び寄せていたことを。それを知っていながら、魔物は勇者を玉座へ招き入れた。
魔物には、勝つのはどちらでもよかった。今更どちらが勝ったとしても、もう何も元には戻らない。
だが、これだけの戦いを目の当たりにして、影なしの魔物は確信する。
”勇者は、未だ底を見せていない”
無数の攻防を繰り返しながら、徐々に互いの間合いを詰める二人を遠目に、魔物はその心情を吐露した。
”あなたも、もう気づいているはず……この勇者の本当に恐るべき力に……”
”それは、圧倒的な常識外れの生命力”
”どれほどの悠久を生きる高位の魔族であろうと、永遠に戦い続けられる者など、この世には存在しない”
”本当の永遠が存在するなんて、魔王ですら信じはしない──”
そんな馬鹿げた存在が、この勇者なのだと、魔物は予感していた。
それに呼応するように、上級悪魔も予感する。
どれだけの攻撃を繰り出しても、一切怯むことなく、衰えを知らぬ反撃を返してくる勇者に対して、あとどれ程の攻撃を繰り返せば倒せるのか、その想定が一切立てられない。
それどころか、恐らくは、自分の魔力の方が早く尽きる。その予感は、じわじわと恐怖となって上級悪魔を浸食する。
”─…そう。だけど…、あなたは私のように命乞いなどできない……”
上級悪魔は、それを振り払うように呪文を吠える。残るすべてを、ただ一撃に注ぎ込む。
”Ultima manus, ruinam affer!(わが身と引き換えに、破滅をもたらせ!)”
上級悪魔の放つ究極の破壊魔法は、終局をもたらす最後の攻撃となった。
すべてを喰らい尽くさんとする黒き波動は、玉座を砕き、城を引き裂き、自らすら崩壊させる。ただ一片の怨嗟を残し、その崩壊の中心には、もはや術者の姿は消え失せた。放たれた破壊の波動は、上級悪魔の命を喰らい暴走を始めていた。
だが、勇者は一歩も退かない。
その剣を、黒き波動に向け正中に構える。そして自らも、その波動の中へと身を投じた。
破壊の力に身を晒し、黒き怨念が勇者を襲い、絶望の余波に呑み込まれる。その一切を帯びたまま、勇者は怯まず突き進み、その深淵に辿り着いた。
”Brandr sólar(太陽剣)”
混沌渦巻く嵐の中で、清浄なるその声は、天地開闢の知らせを伝える。
光と化した勇者の剣は、黒き波動を内部から白く輝かせる。光と闇が交錯し、白と黒がぴたりと重なり合う。その一瞬、嵐は止まり、静寂が世界を満たした。
次の刹那、光が闇を破壊する。眩いばかりの光爆が、魔族の城を埋め尽くす。
その爆心で、黒き波動の魔法の核を、光の白刃が両断した。
◆◇◆◇◆◇
この戦いにより、魔族は広範な支配圏を喪失した。しかし、人間側にもその全域を統治する余力はなく、いくつかの空白地帯が生まれることとなった。
魔族でありながら、魔王の支配に不満を持つ者。人でありながら、平和な世界を望まぬ者。あるいは、人魔の争いから逃れ生き延びた流民たち。そこには、そういった様々な勢力が入り乱れ、無法地帯に歪な掟が築かれた。
◆◇◆◇◆◇
上級悪魔が討たれその魂が消えたとき、呪縛の枷が外された魂に、焼きつく魔力が流れ込み、悪魔の証を蘇らせる。それは、影なしの魔物に再びクリティエの真名を戻した。
しかし、悪魔クリティエに、影が戻ることはなかった。
それは、決して拭えぬ裏切り者の烙印として与えられた罰だった。
悪魔でありながら、もはや居場所を失ったクリティエには、道はもうただ一つしか残されていない。
──それは、魔王の座を奪い取り、新たな支配者として、自らが魔族の頂点に君臨すること。
それはあまりに大それた、叶うはずのない夢だった。しかし、クリティエは予感する。
この勇者の力をもってすれば、それも叶う、と。
以降、悪魔クリティエは、影なきその身を巧妙に隠しつつ、勇者と行動を共にする。
かたや勇者は、悪魔との間で交わした契約に基づき、その義務を遂行する。
だが、悪魔の内には悪魔が棲む。
それは、契約にすら縛られぬ、消えることなき復讐の殺意を強請る。
”勇者ヘリオス──あなたは、絶対に、わたしが殺す──”