カレーライス戦記(始まらない)
僕はカレーライスが好きだ。
スパイスから作る本格的なやつも悪くない。
インドカレー屋さんにはナンを食べに行く。時々無性に食べたくなるんだ。インドの人たちはこんなおいしいものをいつも食べているの? と、時々うらやましくなるくらいだ。(実はナンをいつも食べている訳じゃないって知った時は、かなり衝撃的だったけど。)
でも僕はそんな本格的なやつよりも、茶色のあのルーの塊から作るカレーが一番好きだ。
日本のカレールーを作っている企業の皆様ありがとうございます。あなたたちは天才だ。おいしいカレーが野菜と肉とあのルーだけで、カンタンに出来てしまう。甘口から辛口まで辛さが自由で、味の奥行が無限大。ルーの組み合わせによって気分転換まで出来てしまうから飽きることもない。
カレーライス。なんて素晴らしい食べ物なんだ。ごはんがスイスイとなくなってしまう。
おっと、僕はカレーを飲むタイプの人間ではない。そこだけは間違えないでほしい。それはまた違うんだ。
ああ、いけない。そうではない。
僕はカレーライスが好きだ。だからこそ、この状況に絶望していた。
「あの、もう一度言いますね。異世界転生の特典は、どうか世界中のカレーライス食べ放題にしてください」
「だからそんなもの無い」
「なんでだよ!!」
ばーん! と、悔しすぎで大げさなくらいに床に頭を打ち付けてしまった。音の割には痛みが一切ない。なんて都合のいい空間。僕は悔しさを最大限アピールするべく、「なんでだよおぉ!」 って、何度も何度も床に頭を打ち付けた。
カレーライスが無い世界とか、一体何の価値があるんだ。世界を救えって変な神様に言われたけど、もはや最初から救う価値がないじゃないか。
もうそのまま滅びてもらって、僕を地球に返してくれ。そしたら今度こそカレーライスを死ぬほど食べる。そんで死ぬ。
変な神様は僕を見て、非常に迷惑そうな顔をしていた。(迷惑に思っているのは僕の方だ。)
「そこまで言うなら、自分で作ればよかろう。転生先には地球と同じスパイスがある」
「企業努力の結晶はないだろおお!!!」
美術館にある石膏像みたいな恰好の(なんだっけ、美術苦手なんだ。)その人は、ナニソレ知らんって言いたそうに、眉間にシワを寄せていた。僕だって、あんたの都合なんて知らん。
「お前が望むカレーに使うスパイスは、魔王の七人の刺客が牛耳っている。彼らと魔王を君が倒してくれれば、自ずと世界が救われる」
「じゃあ転生特典として、神様の力でそれを奪ってきてください。話はそれからです」
「お前が世界を救うんだって! 私が奪っては意味がないだろ!!」
「意味なんて知らん!! じゃあ、他の人にお願いしたらいいでしょう!」
「それが出来たらお前に頼んでないって、なんで解らないんだ!」
「あなたの都合なんて知る訳がないでしょう! 僕のカレータイムを邪魔した罪は重い!」
そう、食べ物の恨みは怖いんだぞ。
一昨日作った、僕の二日目のカレー。このまま異世界に連れていかれたら、至高の二日目のカレーがこのままいくと腐敗した生ごみになってしまう。三日目、四日目くらいで帰れるならまだいい。ギリ許そう。(二日で魔王って倒せるの?)
しかもこのままいくと、鍋にこびりついたルーが落としにくくなってしまう。ついでに言うと、保温にしたままの炊飯器のご飯がカピカピになってしまう。自家製糒になってしまう。
そんなのはイヤだ!!
僕はカレーライスが好きだ。だけど、後片付けは面倒だから嫌いだ。出来るだけ楽をしたい。
つまりおいしく頂いて普通に片付けしたい。
なんでせめて食べ終わってからにしてくれなかった。非常に恨むぞ。
ああそうか。
「このまま無理にでも転生して世界を救えっていうなら、魔王と手を組んで貴方を殺す方法を探します。いっそ、僕の異世界転生特典で死んでください。そんで僕は地球に帰ります」
「お前を呼び寄せた意味とは?!」
そんなアホなことがあるかって、目の前の変な人が叫んでいる。アホはどっちだ。食べ物の恨みを思い知れ。
そうだ、祈ろう。
「ああ、どうか。カレーライスの神様、いや、カレーの神様とお米に宿る八十八人の神様、どうか僕を地球に戻して、この食べ物を平然と粗末にするとんでもないやつに鉄槌を下してください。お願いします」
そうだ。カレーライスにはカレーとお米の神様がいる。シンプルに数えても神様八人分だ。お米の神様は一粒あたりではちっちゃいかもしれないけど、やまもりごはんにしたら人数でカバーできそうだ。
もし今帰れたら、絶対、絶対近所の稲荷神社にお参り行きます。あとは……ええと、農家の人への感謝と、自分の家に神棚作って毎日お祈りします。なのでどうか僕を返してください。
そんな僕の思いが通じたのだろうか。ほわんと、どこからともなく、とてつもなく食欲をそそる香りが漂ってきた。
まさかそんな! こんな何もない空間のはずなのに!
相も変わらず目の前のやばい人は、僕をどうにか異世界に送りつけようとしているのか、何やら独り言を唱え続けている。いやまあ、僕を説得したいみたいだけど、もう、漂ういい香りに気を取られている僕の耳には何も入ってこない。
っていうか、こんなにいい匂いがしているのに、この匂いがわからないなんて、この人鼻でも詰まっているのか? そうとしか思えない。
多分きっと、僕とこの人は一生分かり合えることはないだろう。
僕はおもむろに立ち上がると、自称神様を無視して走り出した。目指すのは、このスパイスの最高な香り。そして炊き立てごはんの素晴らしい匂い。
ああ、自然と鼻が膨らんでしまう。すんすんと匂いを嗅ぎながら、僕は遮二無二走った。
真っ白な景色が変わらない。それでも匂いたどって走った。
息が切れて、肺が苦しい。自分でもこんなに走れるとは思ってもいなかった。でも今足を止めたらまたあの変人に連れ戻される気がして、止まるわけにはいかなかった。
カレーの匂いがする。コトコトと鍋を火にかける音までしてきた気がする。
そして、そして。
僕はついに、次元を超えた。
「ただいま!!!!!!」
オチなんてない(;^ω^)