縫合少年と家庭科教師
「おーい、裕翔!今日一緒に帰ろうぜー!」
「悪ぃ、今日は無理。神楽先生のとこ行く。」
「神楽先生?」
"神楽 明那"先生。
家庭科担当の教師だ。
俺がこの人のところに行く理由。
それは...。
「実は俺の家の人形の腕が前に取れて...親が縫ってくれたんすけど、また取れそうなんす。だから縫い方を教えてください、神楽先生!」
「なるほど...。良いわよ。教えてあげる。それにしても、貴方から人形なんて言葉が出るなんて...ちょっと意外。どんな人形なの?」
「人型のやつです。」
「女の子のだったり...?」
「男っす。」
神楽先生はつまらないといった顔をしていた。
「とりあえず、教えて欲しいんすけど。」
「分かったわ。」
そうして俺はやり方を教えてもらった。
「...才能、あるわね。」
「親がそういうの得意なんすよ。」
「もしかしてその人形も親が作ってるのかしら?」
「いや、そうではないですね...。」
「あっ、そうなのね...ってよそ見しない!!刺さってるわよ!!」
「うわっ...。」
よそ見していたせいで、指に針が刺さっていた。
けど、別に痛くなかった。
そして、針が刺さっていたところから、白い何かが出てくる。
「...これ、綿?」
「神楽先生には言っていいか...。俺、奇病者なんすよ。縫合病って言って、身体が人形になるんす。だから痛みもないっす。」
「そうだったのね。自分で身体が縫えるようにするために、教えて欲しかった、であってるかしら?」
「そうっす。」
神楽先生が少し何かを考える。
「...しっかり教えてあげるわ。あと、上手くなるまでは私の元にくるのよ。良い?」
「良いんすか?」
「良いのよ。」
神楽先生は笑顔でそう言った。
「ありがとうございますっす!」
俺はその笑顔に甘えることにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「神楽先生ー!腕取れたんすけど、助けてもらって良いっすか?」
「良いわよ。」
「先生ー!目取れたんすけど...。」
「目!?ちょっ、早く縫うわよ!!」
あれから俺が縫うのが上手くなるまで、とことん付き合ってくれた。
「なぁ、裕翔。」
「なんだよ、蓮兎。」
「お前、神楽先生の事好きなの?」
「はぁ!?」
こいつは何を言ってるんだと思い、胸ぐらを軽く掴む。
「だって、お前最近神楽先生のとこにずっと行ってるじゃん!」
「それは、縫い方を教えてもらってるだけだ!」
「え〜、本当か〜?」
ニヤニヤとしている顔がムカつき、一発殴りたいと思ったが、やめた。
「ほら、早く教室に帰るぞ。」
「そうだな。いつまでも食堂にいちゃダメだしな。」
俺等は食堂から出て、教室に向かう。
そして、教室の扉を開いた時だった。
「う"ぐっ!?」
「おっ、裕翔に当たったか!!」
上から水が降ってきたのだった。
「ぁ...あ...。」
「どうしたんだよ...は?」
水は人形にとっては天敵。
ボロボロの人形に水が当たると、取れやすくなってしまうのだ。
「もう...ダメだ...戻らない...。」
腕が、足が、どんどん取れていく。
痛みはない。
だが、ここまで行くと、死に向かって行くのが分かる。
「ちょっと、何の騒ぎ...え?」
「ぁ、神楽...先生...。」
そこに偶然来た神楽先生は、すぐに針と紐を出し、縫い始めた。
「もう、無理っすよ。死ぬ気しかしないっす。」
「まだ間に合うから...!」
「大丈夫なんす。」
俺は縫う手をどうにか動く左手で掴み、無理矢理止めさせる。
「もう、生きられないんす。どっちにしろ、奇病者は死なないといけないんす。だから...今まで付き合ってくれて、ありがとうございます。」
俺はしっかりとお礼を言えたのを境に、目を瞑る。
この世からさよならする合図だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目の前でバラバラになった人形を見る。
「...私の、せいで。」
もう戻らないって分かっている。
だから、私は後悔する。
もし早く来ていれば助けられたか。
どうしたら...。
ボロボロになった彼の綿は、初めて見た時のようににふわふわとしていない。
そのぐちょぐちょになった綿と身体を抱き、涙を流すしか出来なかった。
ここで私の恋は終わった。