第34話『千弦はあいつも怖い』
そうめんを食べ終わり、千弦から、
「作ってくれたお礼に後片付けしたいな」
という申し出を受けたので一緒に後片付けをした。千弦と一緒なので楽しく片付けができた。千弦も楽しそうにしていた。
片付けが終わった後、俺の部屋に行って、先週末に放送されたアニメを3作観る。俺が淹れたアイスコーヒーを飲みながら。
最初に観たアニメは、昨日から始まった原作のないオリジナルの青春系の作品。アニメで初めて触れる作品なのもあり、千弦との会話は控えめでじっくりと観た。
2つ目に観たアニメはラノベ原作の女性主人公の異世界ファンタジー作品。千弦が原作を読んでおり、俺はタイトルと、ホームページで見たストーリーと主要キャラを知っている程度。なので、千弦に作品について解説してもらいながら観た。
3つ目に観たアニメは漫画原作のラブコメ作品。こちらは2人とも原作漫画を読んでいるので、キャラやストーリーのことを中心に千弦とたくさん話しながら観た。
どれも面白かったので、2作観終わるまであっという間だった。
「このアニメも面白かったなぁ」
「面白かったね! あぁ、平日のお昼過ぎからアニメを観られて幸せ」
「俺もだ。半日期間のいいところだよな。今もまだ3時半前だから、いつもならまだ授業中だし……贅沢な時間を味わった感じがする」
「そうだね。あと……洋平君と一緒にアニメを観られるのも幸せだよ」
千弦はニコッと笑いかけながらそう言ってくれた。今の言葉に嬉しくなると同時にキュンとなる。頬が緩んでいくのが分かる。
「嬉しいな。ありがとう。……俺も幸せだよ。千弦と一緒にアニメを観られて」
千弦のことを見つめながらそう言って、千弦の頭を優しく撫でる。
千弦は嬉しさや柔らかさを感じられる笑顔になり、
「嬉しいです」
と言い、「えへへっ」と声に出して笑った。
アイスコーヒーを飲もうとマグカップに手に取る。すると、マグカップにはもう一口分くらいしか残っていなかった。コーヒーを飲みながらアニメを観ていたからかな。そんなことを考えながら、俺はマグカップに残っているアイスコーヒーを全て飲んだ。
「アイスコーヒー飲み終わった。だから、飲み物を持ってこようかな。千弦はどう? 千弦さえ良ければ持ってくるよ」
「うん、お願いするよ。残りを飲んじゃうね」
そう言い、千弦は自分のマグカップを手に取り、マグカップに残っていたアイスコーヒーを全て飲んだ。
「ごちそうさま。コーヒー美味しかった」
「良かった。次もアイスコーヒーにする? それとも、アイスティーとか麦茶とか別の飲み物にする?」
「アイスティーを飲みたいな」
「アイスティーだな。了解。俺もアイスティーにしよう。じゃあ、作りに行ってくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
俺はマグカップを乗せたトレーを持って自分の部屋を出る。
1階のキッチンに行き、シンクでマグカップを洗う。水道水がちょっと冷たいので、洗い物をするのが楽しい。
マグカップを洗い終わり、俺は千弦の分と自分の分のアイスティーを淹れる。
お昼ご飯を食べてから少し時間も経っているので、アイスティーに合うお菓子も用意するか。そう考えて、リビングの棚を観に行くと……プレーンのクッキーがあった。ラタン製のボウルにクッキーを出して、マグカップと一緒にトレーに乗せた。
アイスティーもお菓子も用意できたから部屋に戻ろうと考えたとき、
「きゃああっ!」
2階から千弦の悲鳴が聞こえた。何があったんだ!
「千弦、どうした!」
俺はトレーを持たずに、急いで2階にある自分の部屋に戻る。
部屋に入ると、ベッドの側で千弦が怯えた様子になっている。
「何があったんだ、千弦」
「……あ、あそこにクモが……」
震えた声でそう言い、千弦はある方向を指さす。
千弦の指さす方向に視線を向けると……勉強机の近くの壁にクモがいる。足を含めて7,8cmくらいだろうか。なかなか大きなクモだ。
「あのクモに驚いたのか。なかなか大きいもんな」
「……うん。私、クモが結構苦手で。ゴキブリと同じくらいに苦手」
「そうなのか。そういえば、千弦の部屋でゴキブリが出たときも怖がってたもんな」
あれは付き合う前にお家デートをしたときだったな。あのときも、千弦の顔色が今のように悪くなっていたのを覚えている。
「千弦。俺があのクモを退治するから安心して」
「分かった。お願いします」
「任せろ」
早くクモを退治して、千弦を安心させよう。
特別に大きいわけじゃないから……ティッシュ越しに掴んで外に出すか。
ローテーブルにある箱のティッシュから3枚取り出して、右手に乗せる。
クモが逃げてしまわないように、今も勉強机の近くの壁にいるクモにゆっくりと近づいていく。
慎重に近づいたのもあり、手が届きそうな距離まで近づいても、クモは一切動かない。
「よし、捕まえるぞ。……それっ」
クモに向けて素早く右手を伸ばす。
俺が右手を伸ばしたことで空気が流れ、それを感じたのだろうか。クモは動き始める。その瞬間、背後から千弦が「ひぃっ」という声が聞こえた。
クモが動き始めたけど、俺の右手の方が動きが速く、ティッシュ越しに蜘蛛を捕まえることができた。
「よし、捕まえた」
あとは外に逃がすだけだな。
隣の家の方にある窓を開けて、クモを逃がす。うちと隣の家の間にクモが落ちていくのを確認した。これで大丈夫だと思い、窓を閉めた。
「千弦。クモを外に逃がしたから大丈夫だよ」
千弦の方に振り返ってそう言った。それもあってか、千弦はほっと胸を撫で下ろした。
「良かった。クモ退治してくれてありがとう」
「いえいえ。無事に退治できて良かったよ。うちではクモやゴキブリとかが出ないように、防虫スプレーを定期的に撒いているんだけど……その効果が切れてきていたのかも」
「そうだったんだね。……ところで、洋平君ってクモも平気なの? ゴキブリのときみたいに落ち着いていたから」
「ああ、平気だぞ。それに、うちでクモが出たときは俺や父さんが退治する役目だから、クモ退治は慣れてる」
「そうなんだね。落ち着いて退治する洋平君かっこよかったよ!」
千弦はニッコリとした笑顔でそう言ってくれる。かっこよかったって言ってくれるのはもちろんだけど、それ以上に千弦に笑顔が戻ったのが嬉しい。
「それに、ゴキブリ退治をしたとき、『俺が一緒にいるときはすぐに退治するから』って言っていたじゃない。今回はクモだったけど、すぐに退治したのもかっこよかったなって」
千弦は笑顔にほんのりと赤みを帯びさせながら言った。
「確かに、ゴキブリ退治をしたときにそんなことを言ったな。家の中で出る虫はもちろん、大抵の虫は平気だから、ゴキブリやクモだけじゃなくて、俺が一緒にいるときに千弦の嫌いな虫が出たらすぐに退治するよ」
千弦のことを見つめながらそう言った。
「うん、ありがとう!」
千弦は嬉しそうな笑顔でお礼を言うと、クッションから立ち上がって俺の目の前までやってくる。その流れで、千弦は俺にキスをした。
千弦にキスされた瞬間に、千弦の甘い匂いと一緒にアイスコーヒーの香りも感じられた。さっきまでアイスコーヒーを飲んでいたからだろう。
数秒ほどして、千弦の方から唇を離す。目の前には頬を中心に赤く染めた千弦の可愛い笑顔があった。
「クモを退治してくれたお礼と、虫をすぐに退治するって言ってくれたことの嬉しさのキスです」
千弦は甘い声でそう言ってくれた。キスした直後だし、笑顔が可愛いのもあって凄くドキッとする。
「そうだったんだな」
俺は千弦の頭を左手でポンポンと優しく叩く。それが気持ちいいのか、千弦の笑顔は柔らかいものに変わった。
「アイスティーを作ったから持ってくるよ。クッキーも用意したからそれと一緒に」
「うんっ」
その後、俺がキッチンからアイスティーとクッキーを持ってきて、千弦も俺も好きなアニメを一緒に観ることに。
千弦はアイスティーもクッキーも美味しそうにいただいていて。その姿を見ていると嬉しい気持ちになる。
俺もアニメを観ながらアイスティーやクッキーを飲む。どちらもこれまでに口にしたことがあるけど、今までで一番美味しい。そう思えるのは、千弦と一緒にいただいているのはもちろんのこと、千弦が怖がっていたクモ退治をした後だからかもしれない。
午後6時過ぎに千弦が帰るまでの間、アニメを観たり、談笑したり、たまにキスしたりするなどしてお家デートを楽しんだ。




