第30話『七夕祭り②-2人きりで・前編-』
焼きそばを食べ終わった後も、たこ焼きやわたあめといった屋台の定番の食べ物をみんなで食べていく。
これまでに何度も食べたことのあるものばかりだけど、今回が一番美味しく思える。それは恋人の千弦と一緒に食べたり、一口ずつ食べさせ合ったりしているからだろう。
また、廻っている間に高校の友達や中学まで一緒だった友達に会って。中には久しぶりに会った友達もいるので、こういうお祭りっていいなと思う。千弦という恋人ができたと伝えると「おめでとう!」と祝ってくれたのが嬉しかった。
千弦や結菜達の友達と会うこともあって。そのときはみんな嬉しそうにしていた。
数個ほど屋台を廻ったとき、
「それじゃ、このあたりで一旦、千弦と白石、早希と坂井はデートタイムにしましょうか」
神崎さんがそう言ってくれた。予定通り、みんなでいくつも屋台を楽しんだので、デートをする千弦&俺、吉岡さん&琢磨はもちろんのこと、星野さんと結菜と山本先生も一旦デートタイムにすることに賛成した。
「今は午後7時過ぎだから……午後8時に短冊コーナーの近くで待ち合わせするのはどうでしょう?」
と、神崎さんは提案してくれる。
1時間ほどデートタイムにしようと考えたのは、おそらく、みんなで七夕祭りに行くことを決めた際、「去年の七夕祭りで琢磨と吉岡さんが途中で1時間くらいデートした」と話したからだろう。
「私は賛成だよ。洋平君はどう?」
「俺も賛成だ」
「あたしも賛成!」
「俺もだ!」
デートをする千弦&俺、吉岡さん&琢磨は賛成する。
「千弦ちゃん達がOKなら私はかまわないよ」
「あたしもです!」
「私も賛成よ」
「了解です。じゃあ、午後8時に短冊コーナーの近くで。千弦と白石、早希と坂井はお祭りデート楽しんでね!」
「お祭りデート楽しんでね!」
「デート楽しんでくださいね!」
「デート楽しんでね」
神崎さん、星野さん、結菜、山本先生は笑顔でそう言ってくれる。それがとても嬉しくて。本当に優しい人達だ。
『ありがとうございます』
と、俺と千弦、琢磨、吉岡さんは声を揃えてお礼を言った。
午後8時に短冊コーナーの近くで待ち合わせることを約束して、俺と千弦は2人きりになる。いよいよ千弦との初めてのお祭りデートが始まった。
「デートを楽しもうね!」
「そうだな! 千弦はどこか行ってみたい屋台はあるか?」
「そうだね……ラムネを飲みたいな。お祭りでは飲むことが多いし。それに、これまで色々食べたから飲み物が欲しくなって」
「そうか。ラムネは夏祭りの定番だよな。俺も飲むことが多いよ。じゃあ、ラムネを売っている屋台に行くか」
「うんっ」
千弦はニッコリと笑って頷いた。そして、俺に腕を絡ませてきて。浴衣越しに千弦の体の柔らかさが伝わってきてドキドキしてくる。
「ち、千弦?」
「こうして腕を絡ませたら、よりデートらしくなるかなって。いいかな?」
千弦は上目遣いで俺を見ながらそう訊いてくる。物凄く可愛いな。
「もちろんさ」
「ありがとう!」
千弦は嬉しそうにお礼を言った。その姿もとても可愛かった。
俺達はラムネの屋台を探しながら、会場内を歩き始める。
午後7時を過ぎて、空もだいぶ暗くなってきた。それもあり、会場内は屋台や提灯の灯りで照らされるように。個人的にはこのぼんやりとした明るさがお祭りらしくて、風情を感じさせてくれる。
小さい頃から家族や友達と毎年来ている七夕祭りに、まさか恋人と一緒にデートをするときが来るとは。去年、琢磨と吉岡さんが途中で一旦デートしたけど、まさか次の年に自分もデートをすることになるとは想像もしていなかった。
「このお祭りで恋人と一緒にデートするときが来るなんて。想像しなかったな。これまで、家族や胡桃ちゃんとかお友達と一緒に来ていたから」
「俺も同じようなことを思ったよ。去年、お祭りに来たときは恋人とデートすることになるとは想像しなかったな。去年は琢磨と吉岡さんがデートしたけど」
「そっか」
ふふっ、と千弦は楽しそうに笑う。
その後も千弦と一緒に、屋台が並ぶエリアを歩いていく。こうして一緒に歩いているだけでも楽しいな。
「ドリンクの屋台があったよ、洋平君。ラムネって文字も見える」
そう言い、千弦はある方向を指さす。
千弦が指さす方向を見てみると……赤い筆文字で『ドリンク』と書かれた屋台が。屋台には『ラムネ』と書かれた吊り下げ旗が下げられている。
「あったな。あそこでラムネを買えそうだ」
「そうだね!」
俺達はドリンクの屋台に行き、列の最後尾に並ぶ。
列といっても10人ほどだし、千弦と話しながらなので、俺達の番になるまであっという間に感じられた。
屋台には大きなボックスが置かれている。氷が浮かぶ水の中にラムネやジュース、缶ビールなどといった様々な飲み物が入っている。キンキンに冷えていそうだ。
「すみません。ラムネを2本ください」
俺が屋台の中にいるおばさんにそう声を掛ける。
「あいよ! ラムネ2本ね! 400円だよ!」
おばさんはニッコリとした笑顔でそう言ってくれる。凄くいい笑顔だなぁ。こういう笑顔で接客してもらえると気分が良くなる。喫茶店で接客のバイトをしているので見習いたいとも思える。
千弦と俺はそれぞれ200円ずつおばさんに渡した。
「400円ちょうどね! ちょっと待ってね!」
おばさんはボックスの中に手を突っ込み、ラムネ2本を取り出した。ラムネはビー玉を押して開けるタイプか。おばさんはタオルでラムネのボトルを拭いた。
「はい、ラムネ2本ね!」
「ありがとうございます」
俺と千弦はおばさんからラムネ1本ずつを受け取った。氷水に入っていただけあって結構冷えている。
「デート楽しみな!」
おばさんは明るい笑顔でそう言ってくれた。俺達が手を繋いでいるから今はデート中だと思ってくれたのだろう。
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます」
俺達はドリンクの屋台を後にして、近くにある広いスペースまで移動する。
「じゃあ、ラムネを飲むか」
「うん。ラムネはビー玉を押して開けるやつだね」
「ああ。これを含めてお祭りの定番だな」
「そうだねっ。小さい頃はお母さんやお父さんに開けてもらったな」
「俺もそうだったな。少し大きくなってからは自分で開けるようになって。結菜にお願いされて、結菜のラムネを開けたこともあったよ」
「そうだったんだ。さすがはお兄ちゃんだね」
千弦は柔らかい笑顔でそう言う。
『お兄ちゃん、あたしのラムネ開けて!』
って、浴衣姿の結菜が俺のラムネのボトルを渡してきたり、ラムネを開けると、
『お兄ちゃん凄い! ありがとう!』
って、嬉しそうにお礼を言ってくれたりしたことを覚えている。毎回、お礼を言ったときの笑顔は凄く可愛かったことも。気付けば、頬が緩んでいるのが分かった。
「いい笑顔になってるね、洋平君」
「結菜のラムネを開けたときのことを思い出してさ。結菜がラムネをたくさん飲めるように、吹きこぼれないように頑張ったっけ」
「そうなんだ。……吹きこぼれないコツってある? ラムネは開けられるんだけど、たまに吹きこぼれちゃうことがあって。もし、コツがあったら教えてほしいなって」
「そうか。コツはあるよ。ビー玉を落とした後も、玉押しを手でグッと押させておくんだ。玉押しで蓋をしておくんだよ」
「なるほどね。……思い返せば、ビー玉を落としたら、玉押しから手を離しちゃってたな」
「ビー玉を落とすときに力を入れるし、落とせると離しちゃうよな。あとは、炭酸飲料だから、開けるときにボトルが揺れないようにすることかな」
「そっか」
「じゃあ、お手本を見せるよ」
俺はラムネの飲み口部分の包装を外して、玉押しのリングを外す。玉押しをラムネの栓となっているビー玉に当て、玉押しに右手を乗せる。
「開けるよ」
右手をグッと力を入れる。
――プシュッ。
すると、すぐに栓となっているビー玉がボトルの中に落ち、炭酸ガスが放出される音がした。ラムネはシュワシュワと泡立つ。
ボトルが開いたけど、俺は右手で玉押しを押さえ続ける。
「すぐに開いたね!」
「ああ。ただ、開いたけど、こうやって玉押しを押さえ続けるんだ。これがさっき言ったコツだよ」
「分かった。ちなみに、どのくらいの間押さえていればいい?」
「ビー玉が落ちたことで出る泡が落ち着くまでかな」
「落ち着くまでね」
ボトルを見ると、今もラムネはシュワシュワと泡立っている。
ただ、程なくして泡立ちが収まった。
「ここまで収まれば大丈夫だ」
俺は玉押しから右手を話して、飲み口から玉押しを外す。そのことでラムネが溢れ出てしまうことはなかった。
「溢れ出ずに開けられて凄いね」
「ありがとう。……今みたいな感じでやってみよう」
「分かった。挑戦してみるね」
「頑張れ」
千弦はラムネの飲み口部分の包装を外して、玉押しのリングを外す。玉押しをラムネの栓となっているビー玉に当て、玉押しに右手を乗せる。
「じゃあ、開けるね」
えいっ、と千弦は玉押しを押す。その際、力を込めようとしてか、ボトルが少し揺れる。
――プシュッ。
玉押しが押された力でビー玉はボトルの中に落ち、炭酸ガスが抜ける音がした。その瞬間にラムネが泡立っていく。
「そのまま玉押しを押さえるんだ」
「うんっ」
千弦は引き続き右手で玉押しを押さえる。
ビー玉が落ちる前にボトルを持つ手が少し揺れたからか、玉押しのあたりまでラムネが泡立っている。ただ、千弦が玉押しをしっかりと押さえているのもあり、ラムネが溢れ出てくることはない。
少しして、ラムネの泡立ちが収まっていった。
「収まったね」
「うん。これで大丈夫だ」
「そっか! 溢れ出ずに開けられたよ。コツを教えてくれてありがとう!」
千弦はニコッとした笑顔でお礼を言ってくれる。
「いえいえ。上手だったよ」
「ありがとう。じゃあ、ラムネいただきます!」
「いただきます」
俺はラムネを一口飲む。
口に入った瞬間、ラムネの冷たさと炭酸の刺激が口の中に広がって。その後に爽やかな甘味が感じられて。
あと、さっきまで氷水に入れていたのもあってキンキンに冷えている。だから、飲むとラムネの冷たさが全身に広がっていくのが分かった。
「あぁ、冷たくて美味い!」
「美味しいね! 冷たくていいね!」
千弦は爽やかな笑顔でそう言ってくる。ラムネを飲みたいと希望したのもあり、嬉しそうにも見える。
「個人的に、ラムネって夏の飲み物って感じがするよ」
「分かるなぁ。ラムネって今日みたいに夏のお祭りの屋台とか、海の家で買うから」
「確かに、お祭り以外だとラムネを買うのって海の家くらいだよね。共感してもらえて嬉しい」
ニコッとした笑顔でそう言うと、千弦はラムネを再び飲む。美味しいからかゴクゴクと。浴衣姿も相まって、千弦がラムネを飲む姿はとても綺麗で。思わず見惚れてしまう。
「どうしたの? 洋平君。私のことをじっと見て」
「……ラムネを飲む千弦がとても綺麗だから見入ってた」
「ふふっ、そういうこと。嬉しいです」
千弦は嬉しそうな笑顔で言う。今いる場所は近くにある屋台や提灯の灯りでぼんやりと明るい程度だけど、千弦の笑顔が頬を中心に赤みを帯びているのが分かった。
「……洋平君。キスしていい? 嬉しいし、溢れ出ないコツも教えてくれたし」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう」
お礼を言うと、千弦は俺にキスしてきた。
ラムネを飲んだばかりだから、千弦の唇からラムネの爽やかな甘い味と匂いを感じられて。あと、冷たいラムネを飲んで体が冷やされていたけど、キスしたことでドキドキして、体が段々と熱くなってきた。
少しして、千弦の方から唇を離した。千弦はキスする前と変わらず笑顔だけど、キスする前よりも顔の赤みが強くなっている。
「ラムネの甘味も感じられるいいキスでした。ありがとう、洋平君」
「いえいえ」
その後も千弦と談笑しながらラムネを飲んでいく。
恋人の千弦には不思議な力があるのだろうか。焼きそばのときと同じように、ラムネは美味しいけど、千弦とキスしたときに感じたラムネの甘さが一番美味しく感じられた。




