第14話『招待したい』
昼食を食べ終わり、果穂さんが昼食の後片付けをして、千弦がみんなの分の食後のアイスコーヒーを作る。
「はい、どうぞ、洋平君」
「ありがとう」
千弦は俺の前にアイスコーヒーの入ったマグカップを置いてくれた。
俺はさっそくアイスコーヒーを一口飲む。……苦味が強くて俺好みだ。
「美味しいよ、千弦。ありがとう」
「いえいえ。美味しく作れて良かった」
千弦はニコッと笑いながらそう言った。
その後、母さんと星野さんと詩織さんもアイスコーヒーを飲み、みんな美味しいと絶賛する。そのことに千弦はとても嬉しそうにしていた。
全員分のアイスコーヒーを作り終えた千弦は、果穂さんのお手伝い。果穂さんの指示で洗い終えた食器や箸を拭いて元の場所に戻していた。千弦は慣れた手つきでテキパキとこなしている。今のように食事の後片付けをすることがたくさんあったのかもしれない。
少しして、千弦と果穂さんは片付けを終えて、昼食のときに座っていた椅子に座る。2人はそれぞれの前に置かれているマグカップを手に取り、アイスコーヒーを飲む。
「あぁ、美味しい」
「美味しいわ。アイスコーヒーを作るの上手ね、千弦」
「ありがとう、お母さん」
千弦はニコッと笑いながらそう言った。
千弦はもう一口アイスコーヒーを飲むと、一度長めの呼吸をした。
「あのさ、洋平君、彩葉ちゃん。ちょうど1ヶ月後の7月13日って、予定は空いていたりする?」
千弦は真剣そうな様子でそんなことを訊いてきた。
千弦……いきなり1ヶ月後の予定を訊いてきてどうしたんだろう? 7月13日は千弦にとって特別な日だったり、誘いたいイベントがあったりするのだろうか?
「もちろん空いてるよ、彩葉ちゃん」
「俺も特に予定は特にないな。バイトのシフトも、決まっているのは今月いっぱいまでだし」
「そうなんだ! 良かった」
千弦は嬉しそうな笑顔で言う。
「実は……7月13日って私の誕生日なんだ。だから、その日……誕生日パーティーに2人を招待したいです」
千弦は俺と星野さんのことを交互に見ながら言った。7月13日は滅茶苦茶特別な日で、当日に滅茶苦茶特別なイベントがあるじゃないか。
「もちろん行くさ、千弦。その日はシフトを入れないようにする」
「私ももちろん参加するよ。毎年恒例だし」
「ありがとう!」
千弦、とても嬉しそうだ。そんな千弦に、果穂さんは優しい笑顔で「良かったわね」と言う。
あと、千弦の誕生日パーティーは毎年恒例なんだ。だから、7月13日は予定が空いているかって千弦が訊いたとき、星野さんは「『もちろん』空いている」と言ったんだな。
「彩葉ちゃんの言う通り、誕生日パーティーを毎年やっているの。ただ、洋平君はバイトをしているから、早めに誘った方がいいかなと思って。シフトがあるし」
「そうだな。早めに誘ってくれて良かったよ」
日によっては夜までバイトをすることもあるし。あと、店長に事前にお願いすればシフトを変えてもらうことができるとは思うけど、元々組んであるシフト通りに出勤することに越したことはない。千弦の誕生日である7月13日はシフトを入れないようにしよう。
「当日はプレゼントを用意してここに来るよ」
「そうだね、白石君」
「ありがとう! 楽しみにしてるね」
千弦はニコニコとした笑顔で言う。千弦に喜んでもらって、今のような笑顔になれるプレゼントを用意したい。
「……そういえば、誕生日をまだ教えてなかったな。俺の誕生日は9月6日だ」
「9月6日だね。分かった」
「星野さんはいつなんだ?」
「私は11月28日生まれだよ」
「11月28日か。了解。2人の誕生日をスマホのカレンダーにメモしておこう」
「私もメモしておこう。洋平君の誕生日を忘れないように」
「私も。お友達だし」
俺はスマホを手に取り、カレンダーアプリを開く。
7月13日には『千弦の誕生日&千弦の誕生日パーティー』、11月28日は『星野さんの誕生日』と記載した。
「これでOK。あと……7月13日は土曜日だから、洋平君は……お泊まりにも招待したいです。できるだけ長く一緒にいたいし」
千弦は頬を中心に顔を赤くして、俺のことを見つめながらそう言ってきた。
カレンダーアプリで7月を見てみると……確かに、千弦の誕生日である13日は土曜日だ。翌日は日曜日で学校が休みだから、俺にお泊まりしてほしいと千弦は考えたのだろう。俺がお泊まりすることになれば、パーティーの後も一緒に過ごせるし。
千弦とデートは何度もしているけど、お泊まりは未経験だ。千弦の家でお泊まり……凄く魅力的だ。
「お泊まり……凄くいいな。千弦の家でお泊まりしたいな」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
「ただ……お泊まりとなると、お互いに親から許可をもらわないと」
「そうだね。私もそう考えて、お母さんと由美さんのいるこの場でお泊まりのお誘いをしたの。今日の放課後に6人で会うことが決まったときから、このタイミングで誘おうって考えてた」
「そうだったんだ。……母さん、千弦の誕生日にお泊まりしたい。泊まってもいいか?」
「洋平君がお泊まりに来てもいいかな、お母さん」
俺と千弦はそれぞれの母親に、お泊まりの許可をお願いする。
俺の両親も千弦の御両親も、俺と千弦の交際を応援してくれている。ただ、お泊まりを許してくれるかどうか。千弦と一緒に夜を明かすわけだし。緊張する。
「うちはいいよ、千弦。付き合い始めてから初めての誕生日だから、白石君とできるだけ長く一緒にいたい気持ちはよく分かるし」
果穂さんは千弦に優しい笑顔を向けてそう言う。藤原家の方はOKか。
果穂さんの返答を受け、千弦は嬉しそうな笑顔で「お母さん……」と言う。
「ありがとう!」
「いえいえ。もちろん、白石君の親御さんが許してくれればの話よ」
と、果穂さんは付け足す。
うちの方はどうだろう? 俺はもちろん、千弦や果穂さん達も母さんの方を見る。
「うちもいいわよ、洋平。ただし、千弦ちゃんに『お泊まりに誘って良かった』って思えるような素敵な時間を過ごしなさい。千弦ちゃんの誕生日なんだから」
母さんはいつもの明るい笑顔でそう言ってくれた。
「分かったよ、母さん。許可してくれてありがとう」
母さんの目を見ながら俺はお礼を言った。
母さんは俺にニコリと笑いかけると、果穂さんの方を向いて、
「当日は洋平のことをよろしくお願いします」
果穂さんに向かってそう言い、頭を下げた。
「分かりました」
果穂さんは優しい笑顔でそう言った。
双方の家で許可が取れたので、千弦の誕生日は千弦の家でのお泊まりが決定した。
「ありがとうございます、お母さん、由美さん!」
「母さん、果穂さん、ありがとうございます」
千弦と俺は果穂さんと母さんにお礼を言った。
「いえいえ。あと、お父さんには私から言っておくわ、洋平」
「うちも伝えておくわ。お父さん喜ぶんじゃないかしら。千弦の誕生日に白石君が泊まるし」
母さんと果穂さんは優しく笑いながらそう言った。
母さんから話すし、果穂さんから許可をもらっていると伝えれば、父さんは「それなら大丈夫だね」と言ってお泊まりを許してくれると思う。
千弦のお父さんの孝史さんは……果穂さんの言う通り、俺のお泊まりを喜びそう。『お義父さん』呼びを勧めてくるほどに俺を気に入ってくれているし。
「良かったね、千弦ちゃん、白石君!」
「うんうん、良かったわ」
星野さんと詩織さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。2人から良かったって言ってもらえて嬉しいな。
「じゃあ、私の誕生日はお泊まりしようね!」
「ああ。千弦の誕生日がより楽しみになったよ」
凄く待ち遠しい。
パーティーやお泊まりを通じて、千弦に17歳の誕生日が楽しくていい日だと思ってもらえるようにしたいな。あと、千弦と恋人としての仲も深めていけたらと思う。
その後はアイスコーヒーを楽しみながら、6人で談笑していった。
そんな中、学校へ行く時間が段々と近づいてきたため、詩織さんが着替えるために一旦家に帰り、果穂さんもその少し後に着替えるために寝室へ向かった。ちなみに、千弦と星野さんは連続した順番なので、4人で一緒に学校へ行くのだそうだ。
少しして、着替え終わった詩織さんと果穂さんがキッチンに戻ってきた。詩織さんは襟付きで半袖のロングワンピース、果穂さんはスラックスに半袖のブラウスという服装。これから三者面談を受けるからか、2人とも落ち着いた雰囲気の色の服を着ている。似合っているなぁ。
「お母さんも詩織さんも似合ってます!」
「お母さんも果穂さんも素敵です!」
「お二人とも素敵ですよ」
「3人の言う通り、似合っていますね」
と、俺達が感想を言うと、詩織さんと果穂さんは嬉しそうにしていた。
千弦の三者面談が午後4時からのため、午後3時半過ぎに6人みんなで千弦の家を出発する。俺と千弦が登校するときの待ち合わせ場所である洲中駅南口の近くにある交差点まで、6人で一緒に行くことに。
今も雨が降っているので、千弦と俺は相合い傘をする。
「千弦から白石君と相合い傘するって聞いていたけど、こんな感じなのね。いいわね~」
「いいですよね~」
千弦と俺の相合い傘を初めて見るからか、果穂さんと詩織さんが楽しげな様子で言う。
「若い頃、主人と付き合っているときには千弦と白石君のようによくしました」
「私もよくやりましたね」
「お二人もしていたんですね。私もです~」
と、母親達3人は盛り上がる。そんな3人を見て、千弦と星野さんは楽しそうに笑っていて。
その後もみんなで話しながら歩いていく。
千弦と星野さんはもちろんのこと、母親達3人も美人で可愛らしいからだろうか。男性を中心に俺達を見てくる人が多い。ただ、本人達は話すのが楽しいのか全然気にしていない様子。
北口から洲中駅を通り、千弦と俺が登校するときの待ち合わせ場所である南口近くの交差点に到着した。
「じゃあ、母さんと俺はここでお別れですね」
「そうね、洋平。……今日はみなさんと会って、食事などをしながらたくさん話せて楽しかったです。冷やし中華やとアイスコーヒー、ごちそうさまでした」
「俺も凄く楽しかったです。冷やし中華とアイスコーヒー、ごちそうさまでした。千弦と星野さん、この後の三者面談頑張って」
「2人とも頑張ってね」
母さんと俺は千弦達に向かってそう挨拶する。
面談頑張ってと言ったのもあってか、千弦と星野さんは声を揃えて『ありがとうございます』とお礼を言った。
「私もこの6人で過ごせて楽しかったです。作ったのは錦糸卵だけですけど、冷やし中華を美味しく食べてもらえて嬉しかったです。ありがとうございました。この後の面談頑張ります」
「6人での時間はとても楽しかったです。ありがとうございました。千弦ちゃんの後に面談を頑張ります」
「由美さんと会えて嬉しかったですし、みなさんに冷やし中華を美味しく食べてもらえて嬉しかったです。またこういう時間を過ごしたいです。ありがとうございました」
「私も由美さんと初めて会って、みなさんと色々なお話ができて嬉しかったです。また会いましょう。ありがとうございました」
千弦、星野さん、果穂さん、詩織さんは笑顔で挨拶した。4人にとっても楽しい時間になったようで何よりだ。
あと、果穂さんと詩織さんに「会えて嬉しかった」と言われたからか、母さんは嬉しそうな笑顔になっていた。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「別れる前に……キスしたいな」
千弦は頬をほんのりと赤くしている。星野さんと母親達が近くにいるけど……するか。
「分かった。いいぞ」
「ありがとう、洋平君」
「俺からしようか。面談頑張れってエールを込めて」
「嬉しいな。じゃあ、お願いします」
千弦は傘から手を離して、俺の方を向いて目を瞑った。
俺と千弦の今のやり取りが聞こえたようで、星野さんや母さん達が俺達の方に注目している。特に俺達がキスするところをまだ見たことがない母さん達3人は。だから、ちょっと緊張する。
「面談頑張れよ」
と言って、俺は千弦にキスをした。
この場所で千弦と何回もキスしているけど、これから千弦とお別れなので何だか新鮮な感じがした。
2、3秒ほどして、俺から唇を離す。すると、目の前には幸せそうな笑顔で俺を見つめている千弦がいた。本当に可愛いな。頬が自然と緩んでいくのが分かる。
「ありがとう、洋平君。これでもっと面談を頑張れそうだよ」
「それは良かった。頑張れよ」
そう言い、千弦の頭を優しく撫でる。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、千弦は「えへへっ」と声に出して笑った。
「千弦……白石君にキスされて頭も撫でられて本当に幸せそうね。白石君も幸せそうだし。親として嬉しいわ」
「嬉しいですよね」
「いいものを見させてもらいました」
千弦と俺のキスを初めて見た母さん、果穂さん、詩織さんはニッコリとした笑顔でそんな感想を言う。星野さんは「ふふっ」と声に出して笑っている。
キスの感想を言われると何だか照れくさいな。千弦も同じような気持ちなのかはにかんでいた。
千弦は俺の傘から出て、自分の傘を差した。
その後、千弦達と軽く挨拶を交わして、俺は母さんと一緒に家に帰るのであった。




