第10話『三者面談-洋平編-』
6月11日、火曜日。
昨日梅雨入りしたのもあり、今日も朝から雨がシトシトと降り続いている。
今日は午後3時40分から三者面談が行なわれる予定だ。ちなみに、俺の一つ前が琢磨だ。
お昼に授業が終わり、今週が掃除当番である千弦と星野さんの掃除が終わってから、千弦、星野さん、琢磨、吉岡さん、神崎さんと一緒にお昼を食べた。最初の面談が始まる10分前くらいまでは教室にいていいと山本先生が言っていたので、俺と千弦と星野さんは購買部買ったおにぎりやパンやサンドウィッチを、琢磨と神崎さんと吉岡さんはお弁当を教室で食べた。俺が買ったおにぎりも、千弦と一口交換で食べさせてもらったサンドウィッチも美味しかったな。
今日は火曜日なので、平日は毎日部活がある琢磨と吉岡さんと神崎さんはもちろん、手芸部に所属する千弦と星野さんも部活動がある。なので、お昼を食べた後はみんなと別れた。その際に、
「三者面談頑張ってね、洋平君」
と千弦がキスしてくれて。キスのおかげで面談を頑張れそうだ。
千弦達と別れた後は、図書室へ向かい、今日の授業で出た課題を片付ける。
どの教科の課題も今日の授業でやった範囲の復習といえる内容だったので、特につまずくことなく終わらせることができた。
全ての課題終えても、三者面談までまだ時間がある。なので、面談の時間の近くになるまで、昇降口にある自販機でボトル缶の缶コーヒーを買って飲んだり、持ってきていたラノベを読んだりした。
琢磨の面談が始まる時間になった頃、俺は図書室を後にして2年3組の教室の前まで行くことに。ちなみに、今日の面談は母さんが来てくれることになっており、母さんとは教室前で待ち合わせをすることになっている。
2年3組の教室がある4階に行くと……三者面談中だからかとても静かだ。各教室の前には椅子が数個ほど置かれていて。別のクラスの前には、男子生徒と父親と思われる男性が座っている姿も見受けられる。三者面談の時期らしい光景だ。
そして、うちのクラスの前の椅子には……誰も座っていない。まだ母さんは来ていないか。俺の面談の時間まで10分以上あるし、母さんは時間をしっかりと守る方だから大丈夫だろう。遅れそうだというメッセージも来ていないし。
俺は教室前方の扉の一番近くに置かれている椅子に座る。
教室の中からは何やら話し声が聞こえてくる。予定通りであれば、今は琢磨と親御さんと山本先生で面談が行なわれている。
琢磨の面談はどんな感じになっているだろうか。中間試験では平均点以下の科目はあったけど、赤点科目はなかった。昨日面談があった神崎さんは、平均点以下だった科目については山本先生から「期末では点数を伸ばせるように頑張ってね」と言われたけど、怒られることはなかったそうだ。琢磨も怒られることがないことを祈る。
「洋平。お待たせ」
スラックスに半袖のブラウス姿の母さんがやってきた。俺と目が合うと、母さんは微笑みながら小さく手を振ってくる。そんな母さんに、俺は「おう」と小声で返事をして右手を顔のあたりまで挙げる。
母さんは俺の隣の椅子に腰を下ろした。
「あぁ、雨の中歩いたから、座ると楽だわ」
「ははっ、そっか。お疲れ」
「ええ。……今は確か琢磨君が面談中だっけ」
「そうだよ。今年も琢磨の出席番号は俺の前だし」
「そうなのね。じゃあ、今回も琢磨君が出てきたら挨拶しないとね」
「ああ」
これまで、琢磨と同じクラスのときは、俺の三者面談の前は琢磨で、俺の面談前にいつも琢磨と親御さんに挨拶していたっけ。
「担任の先生が去年から続いて山本先生で良かったわ。とてもいい先生だから」
「そうだな」
「担任は山本先生だし、この前の中間試験は成績上位者に入るほどに良かったから、平和な面談になりそうね」
「そうなるといいな」
「……あと、クラスメイトの千弦ちゃんと付き合い始めたから、そのことで話が盛り上がったりしてね」
ふふっ、と母さんは楽しそうに笑う。
「それは……どうだろうなぁ」
山本先生は落ち着いた性格の人だ。ただ、俺も千弦も先生とはプライベートでの付き合いもあるし、千弦から俺に関する恋愛相談をされたほどだ。俺達が付き合い始めたことを祝ってくれたし。千弦との交際について話す可能性は高いと思う。盛り上がるかどうかは分からないけど。
それからも、小声で母さんと雑談していると、
――ガラガラッ。
「ありがとうございました」
「今後も息子のことをよろしくお願いします」
教室前方の扉が開き、男性2人による挨拶の声が聞こえた。
教室から、体操着姿の琢磨と、ジャケット姿の恰幅のいい男性が出てきた。ちなみに、この男性は琢磨の父親の明義さんである。大柄な琢磨よりもさらに大柄な体格であり、明るく気さくな方だ。まさに琢磨の父親と言うべき方だ。
「琢磨、面談お疲れ。明義さん、こんにちは」
「お疲れ様、琢磨君。坂井さん、こんにちは」
「どうもっす。こんにちは、由美さん」
「こんにちは、洋平君、白石さん。息子の琢磨がお世話になっております」
「こちらこそ、息子の洋平がいつもお世話になっております」
と、母さんと明義さんは頭を下げる。教室の前でこうした光景を見るのは恒例であり、個人的には「もうすぐ面談だなぁ」と思える。
「洋平君、先日の中間試験もありがとう。洋平君のおかげもあって、琢磨は赤点を取らずに済んだそうだから」
「いえいえ。分からないところを教えるのは、俺にとってもいい勉強になっていますから」
「そうかい。そう言ってくれて嬉しいよ。……あと、琢磨から聞いたよ。彼女ができたそうだね」
明義さんは持ち前の明るい笑顔で俺にそう言ってくる。
「はい。藤原千弦さんというクラスメイトの女子です」
「そうか。彼女ができて良かったね。おめでとう」
「ありがとうございます」
親友の父親から交際を祝ってもらえるとは。嬉しいな。
「では、我々はこれで」
「失礼します。洋平、面談頑張れよ。また明日な」
「ありがとう。また明日。あと、部活頑張れよ」
「おう!」
琢磨と明義さんは俺達に軽く頭を下げて、階段の方へと向かっていった。
それから程なくして、教室前方の扉が開き、中から黒いスーツ姿の山本先生が出てきた。
「白石君……親御さんもいますね。中へどうぞ」
「はい」
「失礼します」
俺と母さんは教室に入る。
教室の中は普段と違って、教卓の近くにある4組の机と椅子が、向かい合った形でくっつけられている。こういう並べ方は三者面談特有と言えよう。
山本先生の指示で、俺と母さんは隣同士に座った。そして、先生は俺と正面で向かい合う形で座る。
「本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます。今年度も白石君の担任を務めます山本飛鳥と申します」
「白石洋平の母の白石由美と申します。今年もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
母さんと山本先生はそう挨拶して、お互いに軽く頭を下げる。
「それでは、2年生最初の三者面談を始めましょう。今回の面談では中間試験の結果について、先日提出してもらった進路希望調査票を基に進路について、あとは日常生活について話します。まずは中間試験について話しましょう」
そう言うと、山本先生は隣の椅子に置いてあるトートバッグからプリントがたくさん入ったクリアファイルを取り出した。そのファイルからプリントを1枚取り出して、俺と母さんが見やすい場所に置いた。
プリントを見ると……先日実施された中間試験の各科目の得点と平均点が書かれている。あとは、クラス順位と学年順位も。
「先月実施した中間試験ですが、白石君はとてもいい結果でした。どの教科も高水準で、複数の教科で満点を取っています。クラス1位、学年7位で素晴らしいですね」
山本先生は落ち着いた笑顔でそう言ってくれる。
「満点もあって凄いわね、洋平。1年の頃よりも順位が上がっているんじゃない?」
「そうだな。クラスでトップを取ったことも、学年で一桁になったのも初めてだし」
「1年生の頃から白石君の成績は良かったですが、2年生になって成績を伸ばしたのは凄いことです。それに、今回の三者面談で複数の生徒から、『白石君が教えてくれたおかげもあって、赤点を取らずに済んだ』と聞いています」
「そうですか」
おそらく、面談の順番的に、言ったのは神崎さんと琢磨だろう。琢磨については、面談前に父親の明義さんから中間試験についてお礼を言われたし。神崎さんも琢磨ほど多くはなかったけど、試験対策の勉強会では俺に質問していたから。
「この前の中間試験では、千弦や琢磨など数人と一緒に試験勉強をしました。そのときにみんなの分からないところを教えました。俺も分からないところを千弦や星野さんに訊いて。そういったことで理解も深まって。みんなのおかげで、これまでで一番いい点数を取れたのだと思います」
「なるほどね。これからも、この調子で勉強を頑張ってね」
「はい。頑張ります」
中間試験の結果も良かったし、中間以降の勉強もついていけている。期末試験では中間試験のような点数を取れるように頑張りたい。
「勉強についてはこれで終わりにしましょう。結果シートは持ち帰ってください。次は進路について話しましょう。進路希望調査票を出しますね」
そう言い、山本先生はトートバッグからクリアファイルを取り出す。そのファイルから俺が書いた進路希望調査票を出し、机に置く。
ちなみに、中間試験の結果シートは母さんが持って帰ることに。今日の夜に父さんに見せるとのこと。
「これが白石君に提出してもらった進路希望調査票ですね。卒業後の進路の第1希望は二橋大学の文学部、第2希望は二橋大学の商学部、第3希望は東都科学大学の情報科学部。3年進級時の文理選択は文系クラス希望ですね」
「はい。文学や小説が結構好きなので文学部を第1希望にしました。ゾソールの接客のバイトをしているのがきっかけで商学に興味を持って商学部を第2希望にしました。あとはIT系の技術にも興味があるので、第3希望は情報科学部にしました。大学は国公立で文系で有名な二橋大学と、理系で有名な東都科学大学にしました。目標を高く持つのはいいかなと思いまして。第1希望と第2希望は文系学部なので、今のところは3年生では文系クラスに進みたい気持ちが強いです」
と、進路希望調査票に書いた内容について説明した。
今の俺の説明を聞いて、母さんと山本先生はどう思っているだろうか。2人は俺の説明中、時折頷いていたけれど。また、山本先生はメモ帳と思われるものにメモを取っている。
「しっかりと考えているわね、白石君」
「好きなことや興味のあることをベースにして考えました。そうしたら、文系も理系も進路希望に書いてしましたが」
「幅広く興味を持っているのはいいことよ。夏休みにはオープンキャンパスが開催される大学も多いから、オープンキャンパスに参加してみるといいと思う。先生も高校生のときはオープンキャンパスに行って、模擬授業や大学の説明会を受けたのをきっかけに、文理選択を決められたり、行きたい学部について具体的に考えられたりするようになったから」
「そうだったんですね。夏休み中に行ってみたいと思います」
実際に大学に足を運び、模擬授業とか学校の説明を聞くのはいい刺激になるかもしれない。あと、二橋大学は千弦も進路希望調査票に書いたと言っていたから、千弦と一緒にオープンキャンパスに行きたいな。
「あと、白石君の言う通り、二橋大学も東都科学大学もレベルの高い国公立大学ね。ただ、今回の定期試験の点数を維持できれば、どちらの大学も合格できる可能性は十分にあるわ」
「そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです」
目標を高く持ったり、有名だったり、家から通いやすそうだったりするといった理由で書いたけど、山本先生から「合格できる可能性がある」と言ってもらえて嬉しい。
「お母様はどのようにお考えですか?」
「親としては、洋平の勉強したいことを一番学べるところに行ってほしいと思っております。洋平はしっかりと勉強しますので、どんな分野でも勉強したい学部学科であれば大丈夫だと思っています」
「分かりました」
山本先生は落ち着いた笑顔でそう返事しながら、メモを取っていった。
母さんが今のように言ってくれたのは、以前から定期試験や成績でいい結果を取り続けることができているからだろう。
「進路についてはこのくらいにしておきましょう。最後に日常生活について話しましょう。白石君は1年の頃からゾソールでバイトしているわね。たまにお店に行くと、あなたはいい接客をしてくれて。最近はバイトの方はどう?」
「バイトを始めてから1年以上経っているので、ホールでの仕事は一通りできるようになりました。時間帯によっては忙しいときもありますが、楽しくやれています」
「そうなのね。良かったわ。あと……藤原さんとの交際は順調かしら?」
山本先生は柔らかい笑顔でそう問いかけてくる。予想通り、千弦との交際が話題になったか。
「順調ですよ。付き合い始めてから毎日が幸せです。大好きな千弦と隣同士の席ですから、学校生活を頑張ろうと思えますし。千弦と一緒に登校するのもデートするのも楽しいです。あと、千弦はたくさん笑顔を見せてくれて。それを嬉しく思っています」
山本先生に千弦の交際について話す。千弦のことを話しているし、千弦の笑顔がたくさん思い浮かぶので気持ちが温かくなっていく。頬が緩んでいくのが分かった。
「食事のときに、洋平は千弦ちゃんのことを今みたいに楽しく話してくれますよ」
母さんは楽しげな様子でそう言う。それもあってか、山本先生は「ふふっ」と楽しそうに笑う。
「そうなんですね。……藤原さんとの交際が順調で良かったです。受け持っている生徒同士が付き合い始めましたし、藤原さんからは恋愛相談もされましたから、交際が順調かどうか訊きたかったんです。まあ、教室での2人を見ていたら順調そうだとは思っていましたが」
山本先生はニコッとした笑顔でそう言った。
俺が千弦との交際について話したけど、もしかしたら、千弦の三者面談のときにも、俺との交際について訊くかもしれないな。
「これからも藤原さんと仲良く付き合っていってね」
「はい」
「あと、白石君なら大丈夫だと思うけど……恋愛にかまけて勉強を疎かにしないようにね。白石君はバイトもしているし」
「はい。気をつけます」
学生の本分は勉強だからな。山本先生の言う通り疎かにしてはいけないな。
「勉強もバイトも藤原さんとの交際も頑張ってね。……今回の三者面談で話したいことは以上です。白石君やお母様は何かこの場で話したいことはありますか?」
「俺は特にありません。母さんは?」
「私も特にありません」
「分かりました。では、少し早めですが、これで三者面談を終わります」
「はい。ありがとうございました」
「ありがとうございました。本年度も洋平をよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
3人で挨拶をして、軽く頭を下げた。
俺と母さんはゆっくりと席から立ち上がって、教室を後にした。2年生最初の三者面談は無事に終わったか。
廊下に置いてある椅子には、俺の次の出席番号の女子生徒と母親と思われる女性が座っていた。母さんと俺は2人に軽く挨拶して、階段へと向かい始める。
「平和な三者面談だったわね」
「そうだな」
「あと、千弦ちゃんの話題が出たわねっ」
「……そうだな」
「山本先生が言ったように、勉強もバイトも千弦ちゃんとの交際も頑張りなさいね」
母さんは穏やかな笑顔でそう言うと、俺の背中を「ポンッ」と優しく叩いた。
「ああ、頑張るよ」
俺は母さんと目を合わせてそう言った。
勉強はもちろんのこと、ゾソールでのバイトも、千弦との交際も大切だ。どれも頑張っていこう。
母さんと帰宅してすぐに、千弦に三者面談が終わったとメッセージを送った。すると、すぐに千弦から『お疲れ様!』と返事をくれて。メッセージでも、千弦から労いの言葉をもらえることにとても嬉しい気持ちになった。




