プロローグ『しあわせ』
続編
6月5日、水曜日。
俺・白石洋平には、藤原千弦という恋人がいる。
千弦とは高校2年生になった今年の4月に初めて同じクラスになった。1年の頃から俺のバイト先の喫茶店で接客して関わりはあったけど、クラスメイトになったことで教室で挨拶したり、軽く話したりする関係になった。
ただ、4月の下旬に、最寄り駅の前で千弦が男達にナンパされているところを見つけて。千弦を助けたことをきっかけに交流が深まり、友達になった。
学校で一緒にお昼を食べたり、放課後や休日に遊んだり、一緒に試験勉強をしたりするなどして、千弦との仲を深めていった。
千弦は美人で背が高く、性格も温厚なことなどを理由に学校でとても人気だ。
また、つい最近まで千弦は女子中心に「王子様」と呼ばれていた。これは千弦が福岡の小学校に通っていた頃に受けた嫌なことが原因で、自分を守るために中性的な雰囲気を演じていたからだった。福岡から、現在住んでいる東京の洲中市に引っ越してきたタイミングで演じ始めた。
素の千弦は女の子らしいとても可愛い子だ。
ただ、素については長らく千弦の御両親と親友の星野彩葉さん、星野さんの御両親しか知らなかった。ただ、友人として仲を深めるうちに千弦が俺に教えてくれた。
俺に素を明かしたことをきっかけに、千弦は学校のみんなにも素を明かす決意をした。千弦は勇気を出して学校で素を明かした。
千弦の可愛い素の部分は多くの生徒に受け入れられて。
ただ、友人の神崎玲央さんは千弦への好意もあって、演じていた中性的な雰囲気と素の雰囲気のギャップにとまどい、距離ができてしまった。ただ、神崎さんの想いを知り、神崎さんも千弦も友達として仲良くなりたい気持ちが重なったので2人の距離が縮まった。
そして、今日。
「洋平君のことが好きです」
千弦から好きだと告白された。ナンパから助けてもらったのを機に一緒にいる時間が増えたり、素を明かしたりする中で俺の存在が大きくなり、神崎さんとの一件が解決した際に俺が「神崎さんとまた笑い合えて嬉しい。千弦の笑顔を見られて特に嬉しい」という旨の言葉を千弦に言ったのをきっかけに好意を自覚したのだそうだ。
千弦の告白に胸が温かくなって。
俺の好きなところを言ってくれたのが嬉しくて。
それをきっかけに、俺は千弦のことが好きだと自覚して。
「はい。これから……恋人としてよろしくお願いします」
千弦からの告白を受け入れ、千弦と俺は恋人同士になった。
俺の家でお家デートをすることになって、千弦とお互いにとってのファーストキスを交わして。本当に幸せだ。
「ここ面白いね」
「そうだな」
今は千弦も俺も好きな現在放送中のアニメを観ている。千弦と隣同士でクッションに座り、帰ってくる途中で立ち寄ったコンビニで買った飲み物やお菓子を楽しみつつ、たまにキャラやストーリーのことで喋りながら。
今観ているアニメは面白い。千弦と喋っているのもあって楽しい時間だ。こういう時間は今までに何度も過ごしてきたけど、千弦と付き合い始めたのもあり、今まで以上に楽しくて。幸せも感じて。
ただ、喋るとき以外にも千弦のことを何度も見てしまう。アニメを観ている千弦はとても可愛くて。また、千弦と目が合うことも何回かあって。その際に俺にニコッと笑いかける千弦も可愛いなって思う。
「今週も面白かったね、洋平君」
「面白かったな」
アニメを観終わり、千弦と俺はそんな感想を言った。面白かったと言うだけあって、千弦は満足そうな笑みを浮かべていて。今の千弦の笑顔も可愛い。
「洋平君とお喋りしながら一緒に観たし……付き合い始めたのもあって、いつも以上にアニメを観るのが楽しかったよ」
千弦は柔らかい笑顔でそう言ってくれた。そのことに胸がとても温かくなる。
「嬉しいなぁ。俺もいつも以上に楽しかったよ」
「洋平君も同じで嬉しいよ。……とはいっても、洋平君と付き合い始めたのが嬉しいし、洋平君のことを意識して。だから、何度も洋平君のことを見てた」
「何回か目が合ったもんな。俺も千弦と同じで、アニメを観ている間に千弦のことを何度も見てたよ」
「そうだったんだ。こういうところでも同じなのは嬉しいな」
「俺もだよ。アニメを観る千弦も、俺と目が合ったときに笑う千弦も可愛いなって思った」
「ふふっ、そう言ってくれて嬉しい。……アニメを観る洋平君の横顔も、目が合ったときの笑顔が素敵だなって思ったよ。横顔は特にかっこいいなって」
「そう言ってもらえて嬉しいなぁ」
俺も男なので、大好きな千弦からかっこいいと言われるのはとても嬉しいものだ。胸に抱いている温かさがもっと膨らんでいくよ。
「あと……大好きな洋平君と一緒にアニメを観られて幸せだとも思ったよ」
千弦は俺の目を見つめ、言葉通りの幸せな笑顔でそう言ってくれる。ますます胸が温かくなっていくよ。
「そうか。俺も幸せに思ったよ。こういうところも気持ちが重なって凄く嬉しい」
「私も凄く嬉しいよ、洋平君」
甘い声でそう言うと、千弦はゆっくりと俺に顔を近づけ……キスしてきた。
千弦の唇の柔らかさと温もりがとても心地良くて。また、帰る途中にコンビニで買ったミルクティーやお菓子の甘い匂いがほんのりと感じられて。それもまたいいな。ドキドキするけど、幸せな気持ちにさせてくれる。
少しして、千弦の方から唇を離す。すると、目の前には、うっとりとした笑顔で俺を見つめている千弦がいて。俺と目が合うと千弦はニコッと笑って。可愛いな。
「凄く嬉しいからキスしました」
「そっか。可愛いな」
「ふふっ。あと、キスしたらもっと幸せな気持ちになりました」
「俺もだよ。……キスっていいな」
「そうだねっ」
「……今度は俺からしてもいい?」
「うんっ、いいよ」
弾んだ声でそう言うと、千弦はそっと目を閉じる。
キス待ちの顔も本当に可愛いな。そう思いながら、千弦にキスをする。
さっきと同じく、千弦の唇の柔らかさや温もりなどが心地良くて。キスは何度してもいいなって思う。
少しの間キスした後、俺から唇を離した。目の前には幸せそうな笑顔で俺を見つめている千弦がいて。
「洋平君がキスしてくれたから、もっともっと幸せな気持ちになりました」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
俺がそう言うと、千弦はニコッと笑った。
――プルルッ。
ローテーブルの上に置いてあるスマホが鳴る。俺のスマホも千弦のスマホも置いてあるし、マナーモードなので、どちらのスマホが鳴ったのだろうか。そう思い、俺はテーブルに置いてある自分のスマホを手に取った。
スマホを確認すると……LIMEというSNSアプリで父さんからメッセージが届いたと通知が。通知をタップすると、
『母さんから聞いたよ。藤原さんと付き合い始めたんだね。おめでとう』
というメッセージが表示された。千弦と家に帰ってきたとき、母さんに千弦と付き合い始めたことを報告したからな。きっと、そのことをメッセージで送ったんだと思う。父さんには家に帰ってきたときに伝えようと思っていたんだけどな。ただ、両親らしさを感じる。
「父さんから、俺達が付き合い始めたことを祝うメッセージが来てた。おめでとうって」
「そうなんだ。おめでとうって言われると嬉しいね」
「そうだな」
メッセージでも、俺達の関係を祝ってもらえるのは嬉しいものだ。
『ありがとう、父さん。千弦も嬉しがってる』
という返信を父さんに送った。お礼を言うととてもいい気分になれるな。
「父さんに『ありがとう』って返信しておいた。……この後、何をしようか。アニメ観るか?」
「うん! アニメ観よう! 洋平君と一緒に観るのは楽しいし」
「分かった。じゃあ、アニメ観るか」
その後、千弦と一緒に何のアニメを観るか選び、去年放送のラブコメのアニメを第1話から観ることに。
このアニメは俺の大好きな作品で、千弦も大好きなのだという。
漫画が原作で千弦も俺も持っているのもあり、キャラクターやストーリーのことを中心に話がよく弾んで。このアニメは今までに何度も観たことがあるけど、今回が一番面白く感じられた。
「あっ、もう6時過ぎているんだね」
「……本当だ」
部屋の壁にかかっている時計を観ると、時計の針は午後6時10分を指していた。
「区切りのいい4話まで観たからな」
「そうだね。洋平君と一緒に観るのがとても楽しかったから、いつの間にか4話まで観たね」
「あっという間だったよな。本当に楽しかったな」
「うんっ」
千弦はニコッと笑いながらそう言い、首肯してくれる。それがとても嬉しかった。
アニメの感想を話していると、部屋の外から、誰かが階段を上がっている音が聞こえてくる。この音からして、1人だけじゃなくて複数人だろう。今の時間帯からして、部活を終えた中2の妹の結菜が学校から帰ってきたと思うけど。母さんも一緒なのか?
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。
はい、と返事して、俺は部屋の扉を開ける。すると、そこには結菜……だけでなく、母さんと父さんの姿もあった。
「おかえり、結菜、父さん」
「ただいま、お兄ちゃん!」
「ただいま、洋平」
「こんばんは、結菜ちゃん、和彦さん」
気付けば、千弦が俺の隣まで来ており、結菜と父さんに挨拶する。部屋に来たのが俺の家族だと分かったからだろう。
結菜はとても元気良く、父さんは穏やかな様子で千弦に「こんばんは」と挨拶した。
「どうしたんだ? みんなで俺の部屋に来て」
「お兄ちゃんと千弦さんが付き合い始めたからね。お兄ちゃんをよろしくお願いしますって言いたくて」
「父さんも同じだよ。藤原さんが家にいるから挨拶したかったんだ。仕事が早く終わって、この時間に帰ってこられたのは運が良かった」
「そうか」
結菜はもちろん、父さんも千弦と面識はある。ただ、俺と恋人として付き合い始めたから、俺をよろしくと直接言いたかったのだろう。
「千弦さん! お兄ちゃんと付き合うことになって良かったですね!」
「ありがとう、結菜ちゃん! 相談にも乗ってくれたし。本当にありがとう」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言った。そんな千弦を見て、結菜も嬉しそうになって。
結菜は千弦から俺のことで恋愛相談を受けていた。だから、結菜は千弦の恋が成就したことが嬉しいのだろう。
千弦は真剣な様子になり、
「結菜ちゃん、和彦さん。今日の放課後に告白して、洋平君と恋人としてお付き合いをすることになりました。これからもよろしくお願いします」
結菜と父さんのことを見ながら、俺と付き合い始めたことについて挨拶し、頭も軽く下げた。
「お兄ちゃんをよろしくお願いします、千弦さん!」
「藤原さん、洋平をよろしくお願いします」
結菜はニコニコとした笑顔で、父さんは優しい笑顔でそう言った。そのことで千弦の顔に笑みが戻り、
「はいっ!」
と、ハキハキとした声で返事をした。
千弦の恋人として付き合い始めたから、俺も近いうちに千弦の御両親に挨拶したいな。今の様子を見てそう思った。
「洋平。藤原さんのことを大切にするんだよ」
「お父さんの言う通りだね」
「分かった。あと、今日、家に帰ってきて、千弦と付き合い始めたことを母さんに言ったときにも大切しなさいって言われたよ」
「言ったわね」
「千弦のことを大切にするよ。俺の大好きな恋人だし」
千弦のことを大切にしながら、恋人としての日々を一緒に楽しく過ごしていきたい。
千弦を大切にするとか、俺の大好きな恋人と言ったからだろうか。千弦は嬉しそうな笑顔で俺を見つめながら「洋平君……」と俺の名前を口にしていて。とても可愛い。
「嬉しいよ、洋平君。私も洋平君のことを大切にするからね」
「うん。ありがとう、千弦」
俺がお礼を言うと、千弦はニコッとした笑顔を見せてくれて。そんな千弦もまた可愛らしかった。千弦が笑顔でいられるように、恋人として頑張っていこう。




