第57話『夏の始まり』
6月3日、月曜日。
今日からまた、一週間の学校生活が始まる。
「……よし。これで大丈夫かな」
学校に行く前に、部屋にある鏡を見て服装や髪の乱れがないことを確認する。
また、6月になったので、洲中高校の制服は夏服期間になる。校則によって夏服は9月末まで着ることになっている。
夏服はネクタイやリボンタイの色が赤から青に変わるだけで、デザインは変わらない。ただ、スラックスやスカートが通気性のいい生地で作られたり、半袖のワイシャツやブラウスが解禁されたりする。暑い季節の中でも快適に過ごせる制服になるのだ。
今日は一日晴れて、最高気温が30度と暑くなる予報なので、俺は半袖のワイシャツと5月中も着ていたグレーのベストを着ている。去年の夏服期間では、雨が降って肌寒くなる日以外は基本的にこの服装をしていた。きっと、今年もこの服装で過ごすことが多くなるだろう。
夏が始まってから3日目になるけど、個人的にはこうして夏服を着ると、本格的に夏が始まったのだと実感できる。
スクールバッグの中を確認すると……うん、忘れ物はないな。
「行くか」
バッグを持って自分の部屋を出た。
1階のキッチンで弁当包みと、麦茶の入った水筒をバッグに入れる。
「母さん、いってきます」
「いってらっしゃい。あっ、制服……夏服になったのね」
「6月になったからな。9月いっぱいまでは夏服だ」
「そうなのね。……いってらっしゃい」
「ああ。いってきます」
俺は学校に向けて家を出発する。
よく晴れているから、家を出た瞬間から夏の日差しが照り付けてくる。直接当たるから暑さを感じるけど、ワイシャツは半袖だし、スラックスも通気性がいいから冬服を着ているときよりも快適だ。
数分ほど歩き、洲中駅や駅前の商業施設の前を通り過ぎると、周りを歩いている人の多くが洲中高校の生徒になる。
周りを見てみると……みんな、青いネクタイやリボンタイをしており、衣替えをちゃんとしているな。ぱっと見、8割ほどの生徒が半袖のワイシャツやブラウスを着ている。今日は晴れて暑くなるからかな。
校門が見えてきた。
ただ、いつもと違って数人の生徒と女性教師が校門の近くで立っている。夏服に衣替えしたから、ちゃんと夏服を着ているかどうかチェックしているのかな。そう思っていると、一人の男子生徒が校門近くに立っている男子生徒と女性教師に捕獲された。校門を通るときにチラッと見ると……その男子生徒のネクタイは赤色。どうやら、俺の推理は当たったみたいだ。
教室A棟に入り、昇降口で上履きに履き替えた後、いつも通りに階段を使って4階まで上がっていく。
4階に到着し、教室後方の扉から教室に入った。
教室に入った瞬間、涼しい空気が全身を包み込む。エアコンがかかっているのか。うちの高校では夏服期間にはエアコンを使うことができるのだ。クラスメイトの誰かがエアコンを点けてくれたのだろう。外は暑かったので教室の涼しさが心地いい。
「おっ、洋平来たな! おはよう!」
「本当だ。おはよう、白石君!」
「おはよう、白石」
「白石君、おはよう」
「洋平君、おはよう!」
教室後方の窓側にいる琢磨、吉岡さん、神崎さん、星野さん、千弦が俺に向かって朝の挨拶をしてくれた。俺と千弦と星野さんの席が近くにあるから、今後はみんなで話すときはあの場所が定番になりそうかな。
おはよう、と千弦達に言いながら、俺は自分の席へ向かう。その中で5人の服装を見ると……みんな半袖のワイシャツを着ている。先週までと同じように琢磨はワイシャツのみ、女子4人はベストを着ている。
自分の席にスクールバッグを置く。その際に教室内を見ると……多くの生徒は俺達のように半袖のワイシャツを着ている。ただ、一部の生徒は長袖のワイシャツを着ていたり、カーディガンを羽織ったりしている。席によってはエアコンの風が直接当たって結構寒いらしいからな。去年のクラスでも、教室ではカーディガンを着ている人がいたっけ。
「洋平は半袖のワイシャツとベストだったか」
「今日は晴れて暑くなるみたいだからな。さっそく半袖にした」
「ははっ、そうか」
「去年はその服装が多かったね」
「そういやそうだな。懐かしいぜ」
「これが気に入っているからな。琢磨と吉岡さんもその服装が懐かしいぞ」
夏服になるのは去年の9月末以来8ヶ月ぶりだし。それに、去年の夏服期間は、今と同じく琢磨は半袖のワイシャツ、吉岡さんは半袖のブラウスにブラウンのベストという服装が多かったからな。
「千弦と星野さんと神崎さんの夏服姿は新鮮だな。半袖のブラウスも青いリボンタイも似合ってるよ」
「ありがとう、洋平君。洋平君にそう言ってもらえて嬉しいよ」
「そうだね。ありがとう、白石君」
「ありがとね、白石」
千弦達は嬉しそうな笑顔でお礼を言った。千弦は特に嬉しそうで。
「洋平君も夏服姿似合ってるよ! 爽やかでかっこいいと思う!」
千弦はさっきよりもちょっと大きめの弾んだ声で俺の夏服姿の感想を言う。こういう風に褒めてくれるとは思わなかったから結構嬉しいな。
千弦と同じように思っているのか、星野さんと神崎さんはうんうんと頷いている。
「ありがとう、千弦」
「いえいえ。……涼しい教室の中でみんなの夏服姿を見ると、今年も夏が始まったんだなって実感するよ」
「そうだね、千弦ちゃん」
「……みんなに素を明かして、楽しく過ごす中で高2の夏を迎えられるなんて嬉しいな。去年の夏には想像もしなかったよ」
千弦は感慨深そうな笑顔でそう言った。
小学生の頃に星野さんと彼女の御両親に素を明かしてからは、3週間ほど前に俺に話すまでは千弦は誰にも明かしていなかったからな。去年の夏には、素の自分で学校生活を送っているのは想像しなかったのは当然だろう。
素を明かした状態で楽しく過ごせていること。そんな中で高2の夏を迎えられたのを嬉しく思っていること。それを千弦の口から聞けることが嬉しい。俺と同じような気持ちなのか、星野さん達も笑顔で千弦のことを見ていた。
「夏服になったし、みんなと一緒に写真を撮りたいな。どうかな?」
千弦はスマホを持って、俺達のことを見ながらそう提案してくる。
「いいぞ、千弦」
「もちろんだよ、千弦ちゃん」
「いいわよ。あとであたしに送ってちょうだい」
「あたしにも!」
「俺も記念に1枚持っておきてえな」
「分かった。じゃあ、みんなで撮ろう!」
その後、千弦のスマホを使って、夏服姿の俺達の写真を撮っていく。6人全員の写真はもちろんのこと、俺と琢磨の男同士のツーショットや千弦と星野さんと神崎さんと吉岡さんの女子同士のフォーショットなど色々と。それらの写真はLIMEの俺達6人のグループトークにアップしてもらった。
――キーンコーンカーンコーン。
「はーい。みんな席に着いて」
夏服姿の写真を撮っていたのもあり、朝礼のチャイムと同時に山本先生が教室にやってくるまであっという間だった。ちなみに、先生はスラックスにノースリーブの縦ニットとという涼しげな格好だ。エアコンがかかっていて涼しいからか、教室に入ってきた先生の顔に柔らかい笑みが浮かぶのが可愛くて。
高校2年生の夏の学校生活が始まった。




