第55話『玲央の気持ち』
5月31日、金曜日。
今日も学校生活を送っていく。
ただ、昼休みに神崎さんと話すのもあって、神崎さんのことを意識して何度も神崎さんを見てしまう。向こうも同じなのか、神崎さんはこちらをチラッと見てくることがあって。その中で、神崎さんと目が合うことが何度もあった。
――キーンコーンカーンコーン。
4時間目の授業が終わるのを知らせるチャイムが鳴り、昼休みになった。今日は時間の進みが遅く感じて、ようやく昼休みになった感じがする。
「じゃあ、行ってくる」
千弦と星野さんに向かってそう言うと、2人は真剣な様子で頷いた。ちなみに、2人も神崎さんの話を聞きたいそうで、この後、こっそりとついてくる予定だ。
席を立ち、神崎さんの方を見ると、神崎さんは真剣な様子でこちらを向きながら立っていた。
俺は神崎さんのところへ向かう。その中で、
「琢磨、吉岡さん。俺、ちょっと神崎さんと話があるから、先に食べててくれ」
「おう、分かったぜ」
「分かったよ」
2人は快活な笑顔でそう言った。
俺は神崎さんのところに行き、
「神崎さん。行こうか」
「ええ」
「ついてきてくれ」
俺は神崎さんと一緒に教室を後にする。
周りに人があまりいない場所で話したいので、校舎の外で話そうと考えている。それを神崎さんに伝えると、神崎さんは了承してくれた。
階段で1階まで下り、昇降口でローファーに履き替えて、教室A棟を出る。体育の授業から戻ってきたのか、体操着姿やジャージ姿の生徒達から視線を浴びながら。
教室A棟の横まで行くと……ここには全然人がいない。ここなら神崎さんと落ち着いて話せるだろう。ちなみに、ここは1年前に琢磨が吉岡さんに告白した場所でもある。
「ここで話そうか」
「ええ」
俺と神崎さんは向かい合う形で立つ。2人きりで話したいと俺が言った理由に見当がついているのか、神崎さんは真面目な様子で俺のことを見ている。
少し遠くの方に千弦と星野さんの姿が見えた。近くにある大きな木の陰に隠れて、顔だけ出してこちらを見ている。……よし、神崎さんと話すか。
「今日は時間を取ってくれてありがとう、神崎さん」
「いえいえ。それで……あたしと2人で話したいことってなに?」
「千弦のことだ」
「……千弦のことか。やっぱりね……」
神崎さんはしんみりとした様子になる。俺の顔に向いていた視線が少し下がる。
「……最近、千弦と距離を取ってるよな。もっと言えば……王子様って言われていたあの雰囲気は演技だったって千弦が話したときから」
「……ええ。それまでは中性的でかっこよくて、まさに王子様みたいで。ただ、それが演技で。素の千弦は彩葉みたいに凄く可愛くて、大人しい雰囲気で。真逆な感じだから、その違いに正直戸惑ってるわ」
「そっか。まあ……千弦が素を明かしたときから、神崎さんは戸惑ってる様子は見せていたよな」
やっぱり、千弦が演技で見せていた雰囲気と素の雰囲気の違いに戸惑っていたのが、千弦と距離を取っていた理由か。千弦と友人になって、一緒にいることが多かったから、その衝撃は大きかったのだと思われる。
「あと……白石だから話すけどね。あたし、王子様な雰囲気の千弦のことを恋愛的な意味で好きで。1年の頃、彩葉達と話している姿を見て一目惚れしたの」
千弦への思いを話したからか、神崎さんは頬を中心に赤くなっている。
神崎さん……千弦に対して好意を抱いているのか。
思い返せば、千弦と一緒にいるときの神崎さんはとても楽しそうだし、千弦の特製玉子焼きを食べたり、ラム酒を使ったケーキを食べたときに千弦から頭を撫でられたりしたときは幸せそうにしていたっけ。雷雨が降ったときに千弦のベッドに潜ったときも興奮していた感じだったし。あれは千弦への好意があるからなんだな。
あと、俺だから話すと言っていたけど、千弦本人が近くにいるんだよな……。何だか申し訳ない気持ちに。千弦の方をチラッと見ると、千弦は星野さんと真剣な様子でこちらを見ている。まあ、このまま話を続けよう。
「そうか。千弦のことが……好きか」
「うん。ただ、千弦は告白を全部断っていたから、告白する勇気が出なかったの」
「そうだったのか」
「……千弦のことが好きだから、2年生になって千弦と同じクラスだって分かったときは嬉しかった。千弦と友達になれて、一緒に楽しい時間を過ごせて。本当に幸せだった」
そういったときのことを思い出しているのか、神崎さんの赤い顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。千弦のことが本当に好きなのだと分かる。
「千弦はいつも落ち着いていて。凛々しいときもあって。笑顔も素敵で。彩葉と喋っているときは柔らかい雰囲気になることもあったけど、彩葉は小学生の頃からの親友だから、彩葉と一緒にいればそんな雰囲気にもなるだろうって納得できた。ただ、今思えば、その笑顔は素に近いものだったんだと思う」
「そうだろうな」
「ただ、あたしは千弦の演じていたあの落ち着いた凛々しい雰囲気が好きで。だから、素の千弦がなかなか受け入れられなくて。可愛くて素敵だとは思っているのに。早希とか坂井とか、さっそく受け入れる人はいっぱいいるのに。そのことに罪悪感を抱いて。千弦とどう接すればいいのか分からなくなってきて。だから、距離を取るようになって、昨日のお昼は部活の友達と食べるって嘘をついて教室を出て行ったの。生徒が全然いない場所で一人で食べたわ」
「そういうことだったのか……」
落ち着いて凛々しい雰囲気の千弦に恋愛感情を抱いているから、可愛い雰囲気の素の千弦をなかなか受け入れられないのか。理解はできる。
なかなか受け入れられない気持ちと、その罪悪感があったから、結果的に千弦と距離を取ってしまうことになったのか。きっと、罪悪感の影響で千弦と一緒にいるのが辛くなって、昨日のお昼は嘘をついてまで教室を出て行ったんだな。
「これまでが楽しかったから、千弦と仲良くしたい気持ちもある。でも、こんな態度を取っているからきっと千弦を傷つけていると思うし、千弦と仲良くなる資格なんてないのかもしれない」
「そんなことないだろ。神崎さんの話を聞いたら、神崎さんが素の千弦をなかなか受け入れられない気持ちも理解できるし。それに、こうして神崎さんを呼び出したのは……昨日の夜に千弦から神崎さんのことで星野さんと一緒に相談されたからだよ。神崎さんと距離があるって。これまでのように、神崎さんとまた仲良くするにはどうすればいいかって」
「そうだったの。千弦が……」
「ああ。千弦も神崎さんと仲良くしたい気持ちがあるんだ。神崎さんのことがとても大切な友達だと思っているから、俺と星野さんに相談したんだと思ってるよ」
前のように、また一緒に楽しい時間を過ごしたい。その気持ちが重なっているのだから、きっと元通りになれると思う。
「千弦に距離を取ったこととかを謝らないと」
「……もし、一人で緊張するなら、俺が側にいるよ」
「ありがとう」
神崎さんは俺に微笑みかけながらお礼を言ってくれた。まだまだ、いつもの明るさにはほど遠いけど、神崎さんはまたすぐに明るい笑顔を見せられるようになるだろう。
「呼び出されたのがきっかけだけど、ここで千弦のことを白石に話して良かった」
「それなら良かったよ」
「……あと。気になることがあって。千弦があんなにガラリと雰囲気を変える演技をしようって考えるなんて。素を徹底的に隠していたみたいだし。福岡の小学校に通っていたときに嫌なことがあったって話していたけど、いったい何があったのかしら」
神崎さんは真面目な様子でそう言った。恋愛感情を抱くほどに千弦が好きだし、友人として仲良くしてきた。だからこそ、福岡の小学校に通っていた頃に何があったのか気になるのだろう。
「千弦から聞いているし、神崎さんなら話してもいいって言われているから話すよ。福岡の小学校に通っているときは、今みたいな可愛い雰囲気で、友達もできていたそうだ。告白も何度かされていたらしい」
「とても可愛いものね。それも納得だわ」
「そうだな。ただ、小5になって、そのときにできた友達の好きな男子に告白されて。その告白を断ったら、その友達を中心に嫌がらせを受けるようになったんだ。嫌なことを言われたり、物を隠されたり、無視されたり。可愛いからって調子に乗るなとも言われたそうだ」
「それじゃあ……自分の素を隠すのも無理ないわね」
「ああ」
千弦のことだけど、千弦が福岡の小学校で遭った嫌なことを話すと胸が締め付けられる思いだ。
神崎さんも同じような思いなのか、複雑そうな表情になっている。
「その直後に、孝史さんの転勤で洲中に引っ越してきて。ただ、素を出したらまた嫌な目に遭うかもしれない。だから、素とは真逆の中性的な雰囲気を演じるようになったんだ。幸いにも、その雰囲気が受け入れられて、王子様って呼ばれるほどに人気も出たから、外では王子様を演じていたんだ」
「そういうことだったのね……」
神崎さんは力のない声でそう言った。
「……あたしが千弦にしたこと、福岡の小学校で千弦をいじめていた子達と変わらないじゃない。千弦はありのままで行動して。あたしはそれを受け入れられなくて。そのことで取った行動で千弦を……傷つけて……」
途中から神崎さんは声を震わせながら話す。そんな神崎さんの目には大粒の涙が浮かんでおり、その涙はポトポトとこぼれ落ちる。
俺はスラックスのポケットからハンカチを取り出し、神崎さんに渡した。
神崎さんは俺のハンカチで涙を丁寧に拭い、「ありがとう」と言って俺に返した。
「……確かに、神崎さんとの距離ができたことで、千弦は悩んでいたよ。ただ、福岡の小学校で千弦を嫌な目に遭わせた人達と神崎さんは全然違うと思ってる。福岡の人達は千弦が東京に引っ越すことを知ったとき、『逃げられて良かったね』って言った。でも、神崎さんは千弦に罪悪感を抱き、千弦に謝ろうって考えることができる。だから、神崎さんは全然違うよ」
神崎さんのことを見つめながら俺はそう言った。千弦を苦しませてしまったことは同じだけど、千弦への想いの温かさは全く違うと俺は思っている。
「あたし、また千弦と仲良くなれるかな」
「すぐになれるさ。お互いにまた仲良くなりたいって思っているんだから。それに……神崎さんが話してくれたことは千弦に届いているからな」
「えっ?」
どういうこと? と言いたげな様子で神崎さんは俺のことを見てくる。
出てこいよ、と言うと、木の陰から千弦と星野さんが姿を現す。そのことに、神崎さんは驚いた様子で「えっ!」と大きな声を上げた。
「千弦。それに彩葉も……」
「昨日の夜に、昼休みに洋平君が玲央ちゃんと話すって聞いていて。玲央ちゃんの言葉を直接聞きたくて」
「それで千弦ちゃんと一緒に、そこの木に隠れて聞いていたの」
「そうだったのね。……ということは、千弦のことを恋愛的な意味で好きだってことも聞かれてたんだ……」
そう言うと、神崎さんの顔が見る見るうちに赤くなっていく。その様子が可愛いと思うと同時に、何だか申し訳ない気分にもなる。
「……うん。聞こえてた」
「……だよね」
そっか……と、神崎さんは視線をチラつかせながら呟く。好きな気持ちを知られたのもあって、千弦を直視できないのかもしれない。
ただ、神崎さんは何度か深呼吸をした後、それまで散漫としていた視線を千弦の方に定める。
「……千弦。千弦の素を知って、それがなかなか受け入れられなくて。そのせいで、千弦に距離を取って。そのことで千弦を傷つけて、悩ませて。本当にごめんなさい」
真剣な様子で神崎さんは謝り、千弦に向かって深く頭を下げた。
千弦は優しい笑顔になって、
「顔を上げて、玲央ちゃん」
と、優しい声色でそう言った。
神崎さんは千弦の言う通りに顔を上げ、千弦のことを再び見つめる。
「さっきの洋平君との話を聞いていたら、玲央ちゃんが私の素をなかなか受け入れられなくて、罪悪感を持って、距離を取っちゃったのも理解できる。だから、玲央ちゃんを許すよ。あと、洋平君が言っていた通り、私はまた玲央ちゃんと一緒に楽しい時間を過ごしたいなって思ってる」
「あたしも……千弦とまた楽しい時間を過ごしたいわ。友達として仲良くしてくれますか?」
「もちろんだよっ」
千弦はニッコリとした笑顔でそう言う。素の千弦らしい可愛い笑顔だ。
「ありがとう、千弦」
神崎さんはいつもの明るい笑顔でお礼を言った。素の千弦に慣れていないかもしれないけど、この笑顔を千弦に見せられるのだから、千弦との距離感もすぐに元通りになることだろう。
「……ちなみに、あたしが千弦を好きだって知って、千弦はどう思った? 凛々しい雰囲気の千弦に一目惚れして。素の千弦も可愛くて素敵だと思っているけど……」
俺との会話の中で言った千弦への好意について本人に聞こえていたので、千弦がどう思っているのか気になったのだろう。好意について問いかけているので、神崎さんの笑顔が赤みを帯びている。
「嬉しかったよ。ただ、その……恋人として付き合うことはできないかな。ごめん」
千弦は笑顔のままだけど、申し訳なさそうな様子でそう言った。
「……そっか。分かった。返事をしてくれてありがとう。友達として仲良くしてね」
神崎さんは笑みこそ絶やさなかったものの、フラれてしまったのもあり、ちょっと悲しげなものに。神崎さんの目には再び涙が浮かび、こぼれ落ちる。
千弦はスカートのポケットからハンカチを出して、神崎さんに渡す。
ありがとう、と神崎さんは涙を丁寧に拭って、千弦にハンカチを返した。その直後、千弦は神崎さんのことを抱きしめた。
「ち、千弦?」
いきなり千弦に抱きしめられたからか、神崎さんはビックリした様子に。
「……素を明かして、玲央ちゃんと距離ができて。今まで一緒に楽しい時間を過ごしていたから辛くて。寂しくて。だから、玲央ちゃんと仲良くできるのが嬉しいんだ。それで抱きしめたの」
「そういうことね。あたしも嬉しいわ」
神崎さんはニコッと笑い、両手を千弦の背中へと回した。そのことで、千弦と神崎さんは至近距離で笑い合っている。心が温まるいい光景だ。
「良かったね! 千弦ちゃん、玲央ちゃん!」
星野さんはとても嬉しそうな様子でそう言う。星野さんは2人の友人だし、千弦からは昨日の夜に俺と一緒に相談を受けた。だから、千弦と神崎さんがこうして笑い合えているのがとても嬉しいのだろう。
星野さんの言葉を受け、千弦と神崎さんは抱きしめたまま星野さんの方を向いて「うんっ」と首肯する。
「玲央ちゃんとまた笑い合えて嬉しいよ」
「あたしも。千弦に好きな気持ちが知られて、フラれちゃったけど……ただ、それも含めて千弦への気持ちが伝わったから、開いた千弦との距離がまた縮まったと思うわ。そのきっかけを作ったのは白石よ。ここで白石と話すまで、千弦のことは話さなかったし。白石……ありがとう」
「ありがとう、洋平君。洋平君に支えられたよ。もちろん彩葉も。ありがとう」
「いえいえ。……私からもお礼を言わせて。ありがとう、白石君」
神崎さんと千弦と星野さんは俺に向かって可愛い笑顔でお礼を言ってくれる。そのことでとても温かい気持ちになって、頬が自然と緩んでいくのが分かった。千弦の笑顔を見ると特に。
「いえいえ。千弦の力になりたかったし。千弦と神崎さんがまた笑い合えるように友達として何かしたいと思ったから。だから、実際に2人が友達として仲良くなって笑い合う姿を見ることができて嬉しいよ。昨日の夜に相談を受けたから、千弦の笑顔を見られると特にな」
千弦を中心に3人のことを見ながら俺はそう言った。
千弦が素を明かしてから、神崎さんはいつも通りの明るさや笑顔はなくなっていた。それを受けて千弦も元気がなさそうで。だから、2人がこうして笑い合えている状況になったことがたまらなく嬉しいのだ。そうなるために俺が協力できたことも。千弦の支えになれたことも凄く嬉しい。
俺が素直な気持ちを言ったからだろうか。3人の笑顔は嬉しそうなものになる。千弦の頬はほんのりと赤みを帯びているように見えて。
「さあ、教室にいる琢磨と吉岡さんのところに戻って、6人一緒にお昼を食べよう」
「うんっ。洋平君」
「そうだね、白石君」
「あの場所でみんなと食べるのが楽しみだわ」
それから、俺達は教室A棟に戻って、4階にある2年3組の教室に戻る。
教室に戻ると、琢磨と吉岡さんは俺と千弦と星野さんの席を中心に6人分の座席をくっつけて食べており、
「みんな帰ってきたね。おかえり!」
「おかえり! 6人分用意してるぜ!」
と、琢磨と吉岡さんは明るい笑顔でそう言ってくれた。
俺達4人は琢磨と吉岡さんが用意してくれた席に座って、6人一緒にお昼ご飯を食べ始める。やっぱり、この6人でお昼を食べるのが一番いいな。みんなの楽しそうな笑顔を見てそう思った。




