第53話『席替え』
5月29日、水曜日。
千弦の中性的で王子様のような振る舞いが演技だったことは学校中に知れ渡っていった。ただ、小学生の頃に嫌なことがあったから素を隠していたという理由もあり、演技だったことについて表立って非難する生徒はほとんどいない。
千弦の人気は続いており、さっそく男女問わず告白されたとか。俺も、
「あたし、可愛い藤原さんも好きですっ!」
「藤原の可愛い姿を見たら好きになった! 僕と付き合ってくれ!」
と、男女それぞれから告白されるところを見た。ちなみに、千弦はどの告白も断ったとのこと。
素の千弦が素敵だったり、笑顔が可愛かったりするのもあってか、友達の多くは変わらず千弦と仲良く話している。
生徒だけではなく、教師陣にも素の千弦は知れ渡り、山本先生は、
「素の藤原さんってこんなに可愛いのね。そんな藤原さんも素敵よ」
と笑顔で千弦に言っていた。
また、千弦はビデオ通話で結菜にも素を明かしており、結菜は、
「凄く可愛いですね! ギャップにキュンときちゃいました!」
と大好評だった。
あと、神崎さんについては、千弦と普通に話してはいるけど、以前のような快活さはあまりなく、どこか硬そうな様子で。とても仲が良く、距離が近かったために、千弦の雰囲気の激変ぶりにまだ戸惑いがあるのかもしれない。千弦もそう考えているのか、神崎さんに優しい笑顔で接している。少しずつでもいいから、素の千弦に慣れていってくれると嬉しいな。
また、今週に入ってから、先週実施された中間試験の答案が続々と返却され、今日までに全科目が返却された。どの科目も手応えがあったけど、その通りの結果になり、100点満点の科目もいくつかあった。
千弦と星野さんは文系科目や英語科目中心に満点や満点に近い科目がいくつかあり、不安に思っていた科目も平均点以上を取ることができた。
また、勉強会前は赤点を取るかもしれないと不安に思う科目があった琢磨と吉岡さんと神崎さんは、赤点科目が一つもなく乗り越えられた。そのことについて3人はとても喜んでいた。
みんな、いい形で中間試験を乗り越えられることができて良かった。
「なあ、洋平。今日のロングホームルームでは何をするんだろうな?」
5時間目が終わった後の10分休み。
琢磨が俺の方に振り向いてそう問いかけてきた。
毎週水曜日の6時間目はロングホームルームが実施される。ロングホームルームではクラスで何かの決め事や、話し合いなどをする。文化祭などのイベントの前だと、その準備の時間に充てられることもある。また、全学年の全クラスがロングホームルームなので、学年や学校単位で集会が実施されることもある。ちなみに、前回のロングホームル―ムは中間試験前だったので、各々が試験勉強をする自習時間になった。
「何だろうなぁ。試験も終わったし、何か集会があるわけでもないし」
特に何か決めるのが必要な行事が近いわけでもないし。
去年も担任は山本先生だった。なので、定期試験明けの頃にあるロングホームルームでやったことを思い出してみると――。
「席替えとかやるかなぁ。去年は試験が終わったら席替えをやった覚えがある」
「席替えか。……あぁ、思い返すと試験明けにやってたな。あとは夏休みとか冬休みが明けたときとか」
「やってたやってた」
年度が変わって、山本先生の方針が転換しなければ、今日のロングホームルームでは席替えをする可能性が高そうだ。
席替えをするかもしれないからか、琢磨はワクワクとした様子になっていて。琢磨は中学の頃から、席替えだって言われると楽しそうにしていたな。
それからも琢磨と談笑していると、6時間目の授業が始まるのを知らせるチャイムが鳴る。それと同時に、
「みんな、自分の席に着いてね」
ベージュ色のトートバッグを持った山本先生が教室の中に入ってきた。立っていた生徒は自分の席に座ったり、他クラスなのか教室を出て行ったりした。
「では、ロングホームルームを始めます。今日は席替えを行ないます」
クラス全員が自分の席に座ると、山本先生はそう言った。
席替え、という言葉が出たからか、何人かの生徒は『おおっ』と声を上げた。そのうちの3人は琢磨と吉岡さんと神崎さんだ。
「予想通りだったな、洋平!」
琢磨はこちらに振り返り、明るい笑顔でそう言った。俺が「そうだな」と言うと、琢磨はニコッと笑って再び前を向いた。
予想通り、そして去年通り定期試験が明けて席替えを実施することになったか。席替えした後はどこの席になり、誰と近くに座ることになるのだろうか。高校生になっても、席替えというのは心惹かれるものがある。
山本先生は黒板に6×6の格子状の正方形の図を書いていく。おそらく、あれは新しい座席表だろう。うちのクラスは36人いるし。
「せんせー、席はどうやって決めるんですかー?」
女子生徒が山本先生にそう問いかける。
「新しい席はくじ引きで決めるよ」
そういえば、くじ引きで決めてたな。小学校の頃からくじ引きで新しい席を決めるクラスが多かったけど、これが一番公平に決められる方法なのだろう。
「ただ、くじ引きをする前に、視力が悪かったり、背が低かったりするなどの理由で最前列の席がいい人は遠慮なく言ってね。希望する人は最前列の席にするから」
と、山本先生は優しい笑顔で言った。
去年も山本先生は視力が悪かったり、背の低かったりする生徒には最前列の席にする便宜を図っていたな。黒板が見えづらかったら授業を受けるのに支障が出るだろうし、これはとてもいい配慮だと思う。
メガネを掛けた男子生徒と女子生徒、小柄な女子生徒が手を挙げ、3人の新しい席は最前列の席になった。山本先生が黒板の座席表に3人の名前を書いた。最前列の席が3つ埋まったからか、ちょっと喜んでいる生徒も何人かいた。
3人以外の生徒は最前列を希望する生徒がいなかったので、先生は黒板の座席表に番号を書いていく。
一番後ろの今の席はとても良かったから、次も一番後ろがいいな。席の番号は6、12、17、22、27、33か。あとは廊下側か窓側の列も良さそうかな。窓側は1から6、廊下側は28から33か。これらの番号が俺にとっての当たりだな。
山本先生はトートバッグから、黒いレジ袋と白いレジ袋を取り出した。
「じゃあ、これから席替えのくじ引きを始めます。この黒いレジ袋からくじを1枚取って、くじに書かれた番号を確認したら黒板の座席表に自分の名前を書いてね。引いたくじは白いレジ袋に入れてね。3人最前列の席に決まっているから、34から36のくじを引いたらもう1枚引いてね。出席番号順で引いてください」
そして、このクラスになって初めての席替えのくじ引きが始まった。
希望する席だからか喜ぶ生徒、前の方でがっかりする生徒など様々だ。そして、
「次、神崎さん」
「はい」
神崎さんの番になった。
神崎さんは席から立ち上がり、黒いレジ袋を持っている山本先生のところに向かう。レジ袋からくじを引くと、
「24番です」
24番……廊下から2列目の前から3番目の席か。微笑んでいる神崎さんが見える。今は一番前の席だし、前から3番目の席で嬉しいのかもしれない。
神崎さんは座席表に自分の名前を書いて自分の席に座った。
その後もくじ引きは続き、
「はい。次は坂井君」
「うっす!」
琢磨の番か。
琢磨は元気良く返事をして、くじを引きに行く。さて、琢磨の新しい席はどこになるだろうか。
「32番っす!」
と、琢磨は元気良く言った。
32番……おおっ。廊下側の列の後ろから2番目の席か。個人的に結構引きたい番号の一つだ。ただ、引いたのが琢磨だから素直に良かったと思える。
琢磨は座席表に自分の名前を書いて、席に戻ってきた。
「結構いい席引けたぜ。廊下側だし、結構後ろだからな」
「良かったな。俺もいい席を引きたいよ」
「頑張れ!」
「ああ」
「次、白石君」
「はい」
俺は席から立ち上がって、教卓にいる山本先生のところに向かう。その際、琢磨からは背中をポンと叩かれ、神崎さんからは「いい席引けるといいわね」と言われた。
座席表を見ると……俺が当たりだと思っている席はまだまだ残っている。そういった席の番号を引けるといいな。
山本先生のところに行き、黒いレジ袋からくじを引いた。2つ折りになっているくじを引くと、
『6』
と書かれていた。座席表で確認すると……おおっ、窓側の最後尾の席か。琢磨と神崎さんからは遠い席だけど、とてもいい席を引くことができたな。
「6番です」
「6番ね。じゃあ、名前を書いて席に戻ってね」
「はい」
俺は座席表の6番のところに『白石』と書き、席に戻り始める。
「いい席引けたじゃない」
「ああ。ありがとう」
神崎さんにお礼を言い、自分の席に戻る。
「窓側最後尾なんてめっちゃいい席じゃねえか!」
「良かったよ。まあ、琢磨とは離れちゃうけどな」
「ははっ、そうだな。洋平もいいと思える席を引けて良かったぜ」
「ああ。ありがとう」
琢磨とは離れたけど、当たりの席を引けたので、新しい席でも気持ち良く学校生活を送れそうだ。
その後もくじ引きは続いていく。
俺の新しい席の近所は、前の席が女子生徒になったと決まっただけで、右隣や右斜め前の席は決まっていない。千弦や星野さん、吉岡さんが来てくれると嬉しいんだけどな。
右隣と右斜め前の席が決まらないまま、
「次、藤原さん」
「はい」
素の可愛い声で返事をして、千弦はくじを引きに行く。
千弦は素を明かしたけど、千弦の人気はあまり衰えていない。それもあって、多くの生徒が千弦を注目している。
千弦は黒いレジ袋からくじを引くと、
「35番でした」
「じゃあ、もう一枚だね」
一枚目は余っている番号のくじを引いたか。こういうくじを引くところも千弦らしいなと思う。
千弦はもう1枚くじを引く。
「12番です」
「12番ね」
12番……おっ、俺の右隣の席か。新しい席は千弦と隣同士の席になるのか。これはかなり嬉しいな。
千弦も同じ気持ちなのだろうか。座席表に自分の名前を書くと、俺の方を向いてニッコリと笑いかけてきた。千弦のその反応がとても嬉しい。
「おおっ、藤原が隣に来たか。良かったじゃないか」
「ああ」
最近は特に親しい女子だから、隣に来てくれるのは嬉しいものだ。
千弦は席に戻ると、星野さんから「良かったね」と言われていた。そのことに千弦は嬉しそうな笑顔で「うん」と首肯していて。その様子を見て、嬉しい気持ちが膨らんだ。
「次、星野さん」
「はい」
星野さんはくじを引きに行く。
千弦の近所の席になる番号はまだいくつか空いている。まあ、俺としては11番を引いてくれると、俺の近所にもなるから嬉しいんだけどな。
星野さんはくじを引き、
「11番です」
と言った。その瞬間、千弦が「やった!」と声を上げた。11番は千弦の前の席だからだ。新しい席でも親友と席が前後でいられるのが嬉しいのだろう。
星野さんは11番になったか。俺にとっては右斜め前の席だ。千弦と星野さんが近所になったのもあって、俺はとてもいいくじを引けたなぁと思う。
星野さんは座席表に自分の名前を書き、席に戻った。その際、
「新しい席でもよろしくね、千弦ちゃん」
「うん! 彩葉ちゃん!」
と、千弦と嬉しそうに語り合っていた。いい光景だ。新しい席になっても席が前後だから、2人が楽しそうに話す光景をいっぱい見られそうだ。
その後もくじ引きが進んでいき、
「次、吉岡さん」
「はい」
最後から2番目である吉岡さんの番になった。
残っている番号は2番と31番。31番は琢磨の前の席であり、神崎さんの右斜め後ろの席である。だからか、
「31番来い。31番、31番……」
と、琢磨はまるで念仏を唱えるかのように31番を連呼していた。2番だと窓側の列だから、新しい琢磨の席からはかなり遠い。だから、琢磨が連呼するのも納得だ。
「ふふっ。31番だといいわね」
神崎さんもそう言っている。
吉岡さんは神崎さんに向かってニコッと笑いかけながら頷き、黒いレジ袋からくじを1枚引いた。さあ、吉岡さんは2番と31番のどちらを引き当てたのか。
「31番ですっ!」
「よっしゃあっ!」
琢磨は雄叫びを上げて席から立ち上がった。吉岡さんと琢磨がラブラブカップルなのはみんな知っているので、教室の中は笑いに包まれたり、「良かったね」と言った祝福の声が聞こえたりした。
当の本人の吉岡さんも喜んでおり、
「やったよ、琢磨君!」
と、満面の笑みを浮かべて琢磨に向かってサムズアップした。また、近くに座っている神崎さんとは右手でハイタッチしていた。
吉岡さんは座席表に自分の名前を書き、引いたくじを白いレジ袋に入れて自分の席に戻っていく。そんな中、千弦と星野さんに「おめでとう」と言われていた。
その後、出席番号最後の男子生徒がくじを引いて、全員のくじ引きを引き終わった。
山本先生は黒板に書かれた新しい座席表をスマホで撮影して、
「はい。じゃあ、机と椅子ごと新しい席に移動してください」
と言った。なので、みんな新しい場所へ席を移動する。
俺は左側に一つ移動するだけなので、元々いた男子生徒が移動するとすぐに終了した。
横に一つ移動しただけなので、席に座ったときに見える教室の景色はこれまでとさほど変わらない。ただ、左側を向けば4階からの広めの景色を拝むことができる。授業中に気分転換したいときやちょっと疲れたときにはこの景色を眺めよう。
「どうも、白石君」
「洋平君。お隣さんだね」
星野さんと千弦にそう言われたので、声がした方に顔を向けると……俺の隣に千弦、右斜め前の席に星野さんが座っていた。2人とも俺に向かって可愛い笑顔を向けてくれている。
「どうも。千弦とはお隣さんだし、星野さんともご近所さんになったな。2人ともこれからよろしくな」
「うんっ!」
「よろしくね、白石君。千弦ちゃんの前の席だし、白石君とも近いから嬉しいよ」
「私もだよ。彩葉ちゃんが前にいるし、隣には洋平君がいるし。いい席を引けたよ」
「俺もだ」
俺がそう言うと、千弦と星野さんはニコッとした笑顔を見せてくれる。
教室を見渡すと……琢磨と吉岡さんと神崎さんが楽しそうに喋っている。琢磨と吉岡さんは前後の席だし、神崎さんも吉岡さんの斜め前の席だからな。3人もご近所さんになって良かった。
「移動が終わったかな。少なくとも、期末試験が終わるまではこの席になります」
期末試験が終わるまでってことは、1ヶ月半くらいはこの席で学校生活を送れるのか。これは嬉しいな。
千弦がお隣さん、星野さんがご近所さんになったので、今まで以上に楽しい学校生活を送れそうだ。




