第43話『千弦にマッサージ』
「よし、俺もこれで終わった」
「お疲れ様、洋平君」
英語表現Ⅱの課題が終わり、昨日の授業で出された課題は全て終わった。
英語表現Ⅱの課題プリントは特に分からない問題はなかった。ただ、英語が得意と言っていただけあって、千弦の方が少し早く終わっていた。
「ありがとう。千弦もお疲れ様」
「ありがとう。数Bでは洋平君に分からないところを訊けたし、古典では洋平君の分からないところを教えたから結構充実した時間になったよ」
「俺もだよ。分からないところを訊いたり、質問されたところを教えたりすると理解が深まるよな」
「そうだね。あと、洋平君の教え方が凄く分かりやすかったよ」
「それは良かった。3学年下だけど、普段から結菜の分からないところを教えるからかな。たまに、琢磨や吉岡さんからメッセージで質問されるし」
「なるほどね。いつでも分からないところを洋平君に訊ける結菜ちゃんが羨ましいな」
「ははっ」
こんなにも褒めてくれるなんて。嬉しい気持ちになる。俺の教え方が千弦に凄く合っていたのかもしれない。
「これで、昨日の授業の課題は全部終わったね~」
う~んっ、と千弦は両手を組んで、両腕を上げている。ノースリーブの縦ニットを着ているのもあり、綺麗な腋が見えたり、ニット越しに大きめの胸が主張してきたりしてきて。だから、千弦が艶っぽく感じられて。腕や肩を伸ばすのが気持ちいいのか、千弦は気持ち良さそうで。だから、つい見入ってしまう。しかし、
「いたたっ」
そう声を漏らすと、千弦の気持ち良さそうな笑顔が歪み、両腕を下ろす。
「どうした、千弦」
「肩がちょっと痛くて。何度か休憩を挟んだけど、課題をやったからかな。それに、昨日は体育の授業があったし、手芸部の活動では裁縫を結構やっていたのもあるかも」
「もしかしたら、疲れが溜まっているのかもな。それにこの前、勉強した後とか、部活をした後に肩が痛くなることがたまにあるって言っていたし」
「そうだね」
千弦は苦笑いでそう言う。
千弦が肩凝り事情を教えてくれたのは、先日の俺へのお見舞いで千弦が俺の肩をマッサージしてくれたときだったな。だから、今度は俺の番だ。
「千弦。もしよければ、俺が千弦の肩をマッサージしようか?」
「いいの?」
「ああ。それに、この前、俺のお見舞いに来たときに、千弦が肩のマッサージをしてくれたじゃないか。そのお礼をしたいのもある。あと、古典の課題の分からないところを教えてくれたし」
「ふふっ、なるほどね。じゃあ、マッサージをお願いします、洋平君」
千弦は柔らかい笑顔で快諾してくれた。
分かった、と言い、俺はクッションから立ち上がって、千弦のすぐ後ろまで移動した。こんなに近くから千弦を見ることは全然ないし、今は私服姿だから新鮮に感じる。
千弦の両肩に両手をそっと乗せる。ノースリーブの服を着ているから、露出している肩に手の一部が直接触れてしまって。それもあってか、手を乗せた瞬間、千弦は「んっ」と小さく声を漏らして体をピクリと震わせた。
「ご、ごめん。直接触れちゃって」
「ううん、いいんだよ。後ろから触られたから、ちょっとビックリしただけだし。それに、触っているのは洋平君だから……嫌だとは全く思わないよ」
そう言うと、千弦はこちらに顔を向けてニコッと笑いかけてくれる。その仕草がとても可愛くて、ちょっとキュンとなる。あと、肌に直接触れたことが嫌だと思われていなくて良かった。
「じゃあ、始めるぞ」
「うん。お願いします」
定期的に両親にマッサージをしているけど、千弦にするのは初めてだ。まずは両親にやるときよりも弱い力でやっていくか。そう考え、千弦の肩を揉み始める。
痛みがあると言っていただけあって、千弦の両肩は凝っているな。
千弦は「んっ」と甘い声を漏らす。
「千弦、大丈夫か? 痛いか?」
「ちょっと痛みはあるけど、それよりも気持ちいいのが勝ってる」
「それなら良かった」
「もうちょっと強く揉んでくれても大丈夫だよ」
「ちょっと強くだな。……こんな感じか?」
「うんっ。このくらいがいいな。凄く気持ちいいよ」
「じゃあ、このくらいの強さでやっていくぞ」
「うんっ」
千弦がとても気持ちいいと思える力加減が分かって良かった。今後も千弦の肩をマッサージすることがあるかもしれないから、この力加減を覚えておこう。
「あぁ、気持ちいい。洋平君、マッサージをするのが上手だね」
「ありがとう。定期的に両親にマッサージをするからかな。特に母親は肩が凝りやすくて」
「そうなんだね。じゃあ、たくさんマッサージしたことで培った技術なんだ」
「そうだろうな」
これまでに両親の肩をたくさんマッサージしてきて良かったな。
「千弦はたまにしか肩が凝らないそうだけど、これまでには誰かにマッサージしてもらってた?」
「お母さんと彩葉ちゃんにはしてもらったよ。一人でいるときに肩が凝ったときは、自分でストレッチやマッサージをするよ」
「そうなんだ」
「お母さんと彩葉ちゃんも上手だけど、洋平君もとても上手だよ。洋平君は2人よりも手が大きいから、2人とはまた違った気持ち良さがあるよ。それに、肩に直接触れているから、洋平君の手の温もりも気持ち良くて」
「そっか。嬉しいな」
親友の星野さんや母親の果穂さんと同じくらいに気持ちいいと言ってもらえるのが嬉しいな。
それからも千弦の肩のマッサージをしていく。
俺のマッサージが気持ちいいのか、千弦はたまに「あぁっ」「んっ」といった甘い声を漏らしたり、「気持ちいい」という言葉を発したりする。また、千弦のすぐ後ろにいるから、髪からシャンプーなのかコンディショナーなのか甘い匂いが香ってきて。千弦の肩からは温もりがはっきりと伝わってくるし。なので、ちょっとドキッとした。
「……千弦。凝りがほぐれたと思うけど、どうだ?」
そう言い、俺は千弦の両肩から手を離す。
どれどれ……と言いながら、千弦は両肩をゆっくりと回す。さあ、どうだろうか。
「うんっ。痛みも取れたし、肩が軽くなったよ」
「良かった。凝りが取れたんだな」
「うん。凄くスッキリしたよ!」
千弦は俺の方に振り返って、
「洋平君、ありがとう!」
明るくニッコリとした笑顔でそう言ってくれた。
素の千弦を知るようになってから、千弦の可愛い雰囲気の笑顔をたくさん見るようになったけど、今の千弦の笑顔は指折りに可愛い笑顔だと思う。肩の凝りが取れたのが本当に嬉しいんだな。
「いえいえ。千弦の肩凝りや痛みが解消できて良かったよ」
「うん。これから、洋平君がいるときに肩が痛くなったら、洋平君にお願いしようかな。彩葉ちゃんがいるときは彩葉ちゃんに頼むことがあるかもしれないけど……」
「ははっ。俺にマッサージしてほしいときにはいつでも言ってくれよ」
「分かった。ありがとう」
マッサージはもちろん、ゴキブリ退治でも、勉強を教えることでも、千弦がお願いすることにはできるだけ協力していきたい。
マッサージが終わったので、俺は自分が座っているクッションに戻る。
千弦はアイスコーヒーをゴクゴクと飲んでいる。マッサージで体が熱くなったのかな。マッサージをしているとき、千弦の肩から感じる温もりが強かったから。
「……あっ、これで全部か。新しく冷たい飲み物を作ってこようかな。洋平君はどう?」
「そうだな……」
俺が飲んでいるコーヒーが入っているマグカップを見てみると……残り少ないな。
「俺もあと少しだし、作ってもらおうかな」
そう言い、俺はマグカップに残っているアイスコーヒーを全て飲み干した。
「分かった。次もコーヒーにする? それともアイスティーや麦茶にする?」
「じゃあ、アイスティーをお願いできるかな」
「分かったよ。マッサージとかゴキブリ退治とか数Bを教えてくれたお礼に、美味しいアイスティーを淹れてくるね」
「楽しみにしてる。あと、お手洗い借りていいか」
「どうぞ。部屋を出た向かい側にあるよ」
その後、俺は千弦と一緒に部屋を出て、2階にあるお手洗いを借りる。
用を済ませて、千弦の部屋に戻る。課題は全て終わったので、ローテーブルに置いてある英語表現Ⅱの課題プリントとノート、筆記用具をトートバッグにしまった。
部屋の時計で時刻を確認すると、今は……午後4時近くか。千弦の部屋でまだまだ千弦とゆっくりできそうだ。
それから2、3分ほどして、千弦が戻ってきた。
「お待たせ。アイスティーを淹れてきたよ。あと、リビングにチョコチップクッキーがあったから、それも持ってきた」
「ありがとう」
千弦はローテーブルにアイスティーが入ったマグカップ2つと、チョコチップクッキーを乗せたお皿を置く。
「じゃあ、さっそくアイスティーをいただきます」
「どうぞ召し上がれ」
俺はアイスティーを一口飲む。茶葉の味や香りがしっかりとしていて美味しいな。作りたてだからとても冷たくて。夕方の時間帯に差し掛かってきたけど、まだまだ暖かいのでこの冷たさがいい。
「冷たくて美味しいよ。作ってくれてありがとう」
「いえいえ。美味しいって言ってもらえて嬉しいよ」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言った。
「課題は全部終わったし、何をしようか?」
「そうだな……アニメを観るのがいいかな。金曜の夜は千弦も俺も観ているアニメがあるし」
「それいいね! 録画したのを午前中に観たけど、結構面白かったからもう一度観たいし」
「俺も午前中に観たよ」
「そうだったんだ。じゃあ、一緒に観ようか。……お家デート中だし、観やすいように隣同士に座って」
「そうだな」
その後、クッションを2つくっつけて並べ、千弦と俺は隣同士に座ってアニメを観始める。お家デートらしいな。
これまでに千弦と一緒に何度もアニメを観ているけど、ここまで近くで千弦がいる中でアニメを見るのは初めてだ。だから、最初はちょっとした緊張もあって。
ただ、お互いに好きなアニメだし、既に一度観ているのもあり、キャラクターやシーンのことで話が盛り上がって。そのことで、何分か経つと、これまでと変わりない雰囲気で一緒に観ることができた。