第40話『藤原千弦-後編-』
千弦が素の自分やこれまでのことを話してくれたのもあり、コンビニで買ってきた抹茶味のマシュマロとベビーカステラをまだ食べていなかった。なので、それらのお菓子を楽しむことに。
「抹茶マシュマロ甘くて美味しい!」
「ベビーカステラも美味しいよ、彩葉ちゃん」
口に合ったのか、千弦と星野さんは可愛い笑顔になっている。千弦は素になると笑顔が星野さんに似ているなぁ。これまで、千弦と星野さんは2人きりだとこういう雰囲気で笑い合っていたのだろう。
抹茶マシュマロ、抹茶味のベビーカステラの順に一つずつ食べてみる。
「2人の言う通り、どっちも美味しいな。抹茶味だからさっぱりとした甘さで」
「美味しいよね、洋平君。抹茶味が好きだし、この時期は期間限定で抹茶味のお菓子やスイーツがいっぱい出るからよく買うよ」
「抹茶味は美味しいものが多いもんね。あと、千弦ちゃんは期間限定のものが好きだし」
「そうだね。期間限定には弱いよ」
「千弦の言うこと分かるよ。俺もお菓子やコーヒーや紅茶だと、期間限定のものを一度は試したくなるし」
「そうなんだね」
千弦は可愛い笑顔でそう言ってくれる。こういう何気ない会話の中でも、千弦が素の笑顔を向けてくれることが嬉しい。
「……そうだ、洋平君。もしよければ、素の私が写っている写真をまとめたアルバムを見てみる?」
「ああ。見てみたい」
素の千弦はとても可愛いし、これまでの素の千弦の姿を見てみたい。
千弦はニコッと笑い、
「分かった。ちょっと待っててね」
と言って、クッションから立ち上がる。
千弦は勉強机の引き出しを開けて小さな鍵を取り出し、クローゼットに向かう。クローゼットを開けて、大きな透明なケースとそれよりも小さい白いケースを取り出す。白いケースには鍵穴がある。もしかして、あのケースにアルバムが入っているのかな。
千弦は白いケースの鍵穴に、さっき取り出した鍵を挿すと、
――カチッ。
という音が聞こえた。その直後、千弦は白いケースの蓋を開けて、ピンク色のハードカバーの冊子を取り出した。その冊子は本棚にあるこの前見せてもらったアルバムと同じくらいの大きさだ。
「これが素の私が写っているアルバムだよ」
「そうか」
あのアルバムに、これまでの素の千弦が写真という形で収められているのか。
「誰かに見つからないように、この鍵付きのケースに入れてあるの」
「そうなのか」
徹底しているな。それもあって、自分から話した人以外には洲中の人に素の自分を知られていないのだろう。
千弦はアルバムを持ってローテーブルに戻ってくる。俺にアルバムを渡すと、この前と同じように千弦と星野さんは俺の横まで移動してきた。
「じゃあ、見るよ」
「うん。この前見せたアルバムと一緒で、古いものから順番に貼られているから」
「分かった」
俺はアルバムの表紙を開く。
アルバムを開くと、そこには果穂さんと孝史さんと一緒に写る千弦や、私服姿の女の子と写る千弦の写真などの写真が貼られている。写真に写る千弦は幼いし、おそらくこれは小学生の頃の写真だろう。どの写真に写っている千弦も可愛い笑顔だ。
「どの写真の千弦も可愛いな」
「可愛いよね」
「ありがとう。このページは福岡の小学校に通っていた頃の写真だよ。家族で出かけたり、旅行に行ったり。この写真に写っている子は福岡の小学校で仲良くなった友達だよ。この写真の子を含めて、何人かは年賀状くらいだけどやり取りしてる」
「そうなんだ」
今も福岡にいる友達との繋がりがあるんだ。福岡の小学校に通っていた頃は決して悪いことだけじゃないと分かって、安心感や嬉しさがある。
その後も何回かページをめくりながらアルバムを見ていく。
どのページも可愛い笑顔の千弦でいっぱいだ。御両親だけじゃなくて、福岡の小学校でできた友達との写真も何枚もあって。4年生までは楽しく過ごせていたのが本当だったのだと分かる。
「福岡の小学校でも、楽しい思い出があるんだな」
「うん。遠足とか運動会とか、イベントを中心に友達と一緒に楽しめたよ。4年生までは楽しかったな」
そういったときのことを思い出しているのか、千弦は柔らかい笑顔になる。
ページをめくると、星野さんが一緒に写っている写真が登場する。以前見せてもらったアルバムにも星野さんと写る写真が貼られているけど、こちらには素の千弦を収めているので、星野さんと一緒に写る千弦は可愛い笑顔になっている。星野さんもニッコリとした笑顔で千弦と一緒に写っている写真が多い。2人の仲の良さがよく伝わってくる。
「星野さんが写っているってことは、洲中に引っ越してきてからの写真か」
「そうだよ。彩葉ちゃんと2人で遊んだときやお泊まりしたとき、彩葉ちゃんの家族と一緒に旅行に行ったときに撮った写真だね」
「うちにもこの写真があるよ。千弦ちゃんの素がバレないように、私の方もアルバムは隠しているの」
「そうなんだ。……2人ともいい笑顔で写ってるな。星野さんに素を明かすだけあって、2人の仲の良さが凄く伝わってくる」
「ありがとう。彩葉ちゃんは私の一番の親友だし、洋平君にそう言ってもらえて嬉しいよ」
「私も嬉しいよ。ありがとう、白石君。あと、千弦ちゃんが私のことを一番の親友って言ってくれたこともね。ありがとう、千弦ちゃん」
「うんっ」
そう言い、千弦と星野さんは嬉しそうに笑い合っている。今の2人を見ていると、2人がお互いに一番の親友であることも納得だ。
一番の親友である星野さんが側にいて、素の状態で星野さんと楽しい思い出をたくさん作ってきたのも、数年もの間、中性的な雰囲気を演じ続けられている理由なのだろう。
それからもページをめくる。
時系列で貼られているので写真の2人は段々大きくなって。また、制服姿で2人一緒に写る写真もあるので、ここからが中学生、高校生なんだとも分かって。
素の千弦の写真が収められたアルバムだし、洲中に来てからの写真なので、一緒に写っている人は御両親と星野さんがほとんどだ。
ただ、何枚かは星野さんの御両親とも一緒に写っている写真がある。星野さんのお母さんは星野さんがそのまま大人になった雰囲気で、お父さんは穏やかそうな雰囲気の方だ。この方達なら、千弦も素を教えたのも納得かな。
「……これで最後か」
ページをめくると、そこには写真は貼られていなかった。高校の制服姿の千弦と星野さんの写真などが貼られたページで最後だった。
「素の千弦が写っている写真を集めたアルバムだけど、結構な枚数が貼られていたな」
「そうだね。お母さんもお父さんも写真を撮るのが好きだし。小学校のイベントで、教職員やカメラマンに写真を撮られるのも嫌だとは思わなかったから」
「千弦ちゃん、写真に写るのを結構OKするもんね」
「うん。……ねえ、洋平君、彩葉ちゃん。この3人で写真を撮ってもいい? 洋平君に素の私を話した記念に。このアルバムに貼りたいな」
「ああ、いいぞ」
「いいよ、千弦ちゃん」
「ありがとう!」
千弦はニッコリとした可愛らしい笑顔でお礼を言った。
千弦は勉強机にあるスマホ立てを持ってきて、自分のスマホを設置してローテーブルに置く。星野さんと俺が千弦を挟む形で座って、スリーショットの写真を撮った。
素の千弦のアルバムに貼りたいというだけあり、写真に写る千弦はとても可愛い笑顔になっていて。星野さんも負けないくらいに可愛い。俺は……まあ、千弦のアルバムに貼られてもいいと思える笑顔になっているかな。素の自分を知っている人しか見られないアルバムに俺の写る写真が貼られると思うと嬉しくなる。
いい写真だと思ったのか、千弦と星野さんは満足そうにしていた。
今撮った写真は、千弦と星野さんと俺がメンバーになっているLIMEのグループトークのアルバムに送ってもらった。この写真は素の千弦を知らない人に見られないように気をつけないとな。
その後はコンビニで買った飲み物を飲んだり、お菓子を食べたりしながら、午後6時頃まで3人とも好きなアニメを観た。素のモードになっているので、アニメを観て笑っている千弦の笑顔はとても可愛くて。だから、これまで以上に楽しい時間になった。
5月10日、金曜日。
今日も朝からよく晴れている。日差しに直接当たるとなかなか暑いなぁと思いながら登校する。
昨日は病み上がりだったのでエレベーターを使ったけど、今日は階段で教室のある4階まで上がった。特に疲れを感じたり、息苦しかったりもしないので、もうすっかりと健康なときと変わりないところまで回復したのだと実感する。
教室後方の扉から、教室の中に入る。
「おっ、洋平来たな! おはよう!」
いち早く気付いた琢磨が、俺に向かって元気良く挨拶してくれる。
「おはよう、白石君!」
「おはよう、洋平」
「白石君、おはよう」
「おはよう、白石」
琢磨の席の周りにいた吉岡さん、千弦、星野さん、神崎さんも俺に向かって挨拶してくれる。もちろん、ここは学校の教室なので、千弦は中性的な雰囲気を演じており、俺への呼び方も「洋平君」ではなく「洋平」になっている。
「みんなおはよう」
みんなに挨拶して、自分の座席へ向かう。
机にスクールバッグと、体育の授業のために持ってきた体操着袋を置き、俺は琢磨達の談笑の輪に入る。
千弦は素よりも低い声色で話し、時折、落ち着いた笑顔を見せている。素の千弦がとても可愛い雰囲気なのもあり、今まで以上に中性的な雰囲気の千弦がいいなと思えて。
千弦本人はこの中性的な雰囲気を演じていると言っているけど、俺にとっては今の千弦も含めて「藤原千弦」だと思っている。これからも友人として一緒に楽しく過ごして、時には千弦の支えになろう。千弦の笑顔を見ながらそう思った。




