第33話『お見舞いに来てくれ、汗を拭いてもらった。』
「ふああっ……」
目を覚ますと……部屋の中は薄暗い。カーテンの隙間から光が漏れているので、まだ夜にはなっていないようだ。
部屋の時計を見ると……今は午後3時半過ぎか。学校が終わる時間帯だし、もう少しで千弦と星野さんがお見舞いに来るだろう。午前中に薬を飲んで寝てから一度も起きなかったけど、運良くいい時間に目を覚ますことができたな。
首元までふとんがかかっているので全身が温もりに包まれているけど、今朝のような妙な熱っぽさはない。
「……お手洗いに行くか」
上体を起こすと……おっ、今朝みたいなだるさはほとんどない。あと、声を出したけど、喉の痛みや違和感も和らいできている。
上半身がふとんから出ているけど、体の熱は普段よりもちょっと熱く感じる程度だ。病院で処方してもらった薬が効いたんだろうな。
ベッドから下り、自分の部屋を出て、同じ階にあるお手洗いで用を足す。体のだるさや重さがほとんどないから、普通に用を足せる。普段は何にも考えずにしていることだけど、体調を崩すと普通にできることって幸せなんだなぁと思う。
用を済ませて自室に戻る。
そういえば、さっきは見なかったけど、ローテーブルにはスポーツドリンクやバスタオル、体温計が置かれている。午前中に寝たときにはなかったので、きっと、俺が寝ている間に母さんが置いてくれたのだろう。有り難い。スポーツドリンクを一口飲むと……常温でほんのり冷たい程度だけど美味しい。
ベッドに入ると……温かくて気持ちがいい。今日は晴れているし、夕方前なので寒くはないけど、ベッドの温もりがたまらない。
「……何だか眠くなってきたな」
お粥を食べて寝たのは朝の10時過ぎだから、5時間は寝ていたのに。病院に行く前は暑苦しくてあまり眠れなかったから、これは体調が良くなってきた証拠なのだと思っておこう。
ちょっとスマホでも見るか。
ベッドライトを点けて、スマホのスリープを解除すると……LIMEの通知が来ている。通知をタップすると、クラスの友達とか、去年まで同じクラスだった友達からメッセージが来ている。それらのメッセージを見ると、『お大事に』といった俺の体調を気遣う内容で。きっと、千弦や琢磨、山本先生達から、俺が体調不良で欠席したことを知り、こういったメッセージを送ってきたのだろう。彼らにお礼のメッセージを送った。
――ピンポーン。
おっ、インターホンが鳴った。この時間だと……千弦と星野さんだろうか。今は家に母さんがいるし、母さんに応対してもらおう。
耳を澄ますと……複数人の女性の声が聞こえてくる。
それから程なくして、階段を上がる音が聞こえ、
――コンコン。
「千弦です。お見舞いに来たよ、洋平」
「星野です。起きているかな、白石君」
部屋の外から千弦と星野さんの声が聞こえてきた。来客は2人だったか。
「起きてるよ、どうぞ」
体を起こして俺はそう言った。
部屋の扉が開き、制服姿の千弦と星野さんが部屋の中に入ってきた。千弦はコンビニのレジ袋も持っていて。2人は俺と目が合うと、優しい笑顔で手を振ってくる。今日は学校を休んだから、2人に会えて嬉しい気持ちになる。
「こんにちは、千弦、星野さん。お見舞いに来てくれてありがとう」
「いえいえ。洋平に会いたかったからね」
「友達が教室にいないのは寂しいからね」
「……そうか。ありがとう。すまないけど、部屋の明かりを点けてくれるか?」
「うん」
と、千弦が返事をして、部屋の明かりを点けてくれる。明るい中で制服姿の千弦と星野さんを見ると、ほんの少し日常を取り戻せた感じがした。
「洋平。具合はどうだい? 結菜ちゃんや由美さんの話だと、今朝は熱が結構あったみたいだけど」
「結構良くなったよ。午前中に行った病院で処方された薬が効いたんだと思う」
「そっか。それなら良かった」
「良かったよ。顔色も良さそうだもんね」
千弦と星野さんはほっと胸を撫で下ろす。2年生になってから欠席するのは初めてだし、結菜や母さんから俺の症状を聞いたのもあって心配していたのだろう。きっと、琢磨達も。
「2人とも、荷物は適当な場所に置いて。あと、熱はまだ測ってないから、ローテーブルにある体温計を取ってくれるかな」
「分かった」
千弦と星野さんはスクールバッグをローテーブルの側に置く。千弦は持っているレジ袋をローテーブルに置いた。また、ローテーブルにある体温計を渡してくれた。
ありがとう、とお礼を言って、俺は体温計を使って体温を測り始める。
「千弦はコンビニのレジ袋を持っていたけど、もしかして何か買ってきてくれたのか?」
「そうだよ。途中にあるコンビニで桃のゼリーとプリンを」
「学校にいるときに、白石君に何か買っていこうって決めて。白石君の好きなものがいいだろうから、結菜ちゃんに好きなものを聞いたの」
「果実系のゼリーとプリンが好きで、特に桃のゼリーとプリンが好きだって教えてくれたんだ」
「そうだったのか。その2つが凄く好きだから嬉しいよ。ありがとう」
俺がお礼を言うと、2人は穏やかな笑顔で「いえいえ」と言った。
俺の好きなものを買っていこうと考えてくれた千弦と星野さんも、桃のゼリーとプリンが特に好きだと2人に教えた結菜も優しいな。胸が温かくなる。
「そういえば、寝間着姿の洋平は初めて見るけど、新鮮でいいね。似合ってるよ」
「紺色の寝間着が似合ってるよ、白石君」
「ありがとう」
そういえば、寝間着姿で千弦と星野さんと会うのはこれが初めてか。寝間着姿は私服姿以上にプライベートな姿って感じがするけど、似合っていると言ってもらえて良かった。
――ピピッ。
おっ、体温計が鳴ったな。どのくらいまで熱が下がっただろうか。
腋に挟んでいた体温計を手に取り、液晶画面を見ると、
「……36度9分だ」
「おっ、結構下がったね」
「下がったよね。確か、38度6分あったって結菜ちゃんが言っていたし」
「ああ。これなら、明日からまた学校に行けそうだ」
「良かったよ、洋平」
「そうだね」
俺が体温計の液晶画面を見せると、千弦と星野さんは再び安堵の笑顔になる。今の体温がどのくらいなのか分かって安心したのだろう。2人の笑顔には柔らかさも感じられる。
「由美さんから聞いたけど、洋平は病院で過労だって診断されたんだよね」
「ああ。4連休の間は遊びに出かけたり、バイトしたりしていたからな。外にいる時間が多かったから、家にいるときは課題をやったり、夜遅くまでラノベを読んだりしていたし。それで疲れが溜まり続けて、昨日の学校とバイトで限界が来たんだって思ってる」
「なるほどね。まあ、今の洋平の話を聞いていると……体調を崩すのも無理ないかな」
「毎日外出していたし、連休中は2日連続で日中ずっとバイトしていたんだよね。疲れが溜まり続けちゃうよね」
「2人の言う通りだな。連休中、家にいるときはもっとゆっくりすべきだったって反省しているよ」
今回のことを教訓に、一日バイトをしたり、遊びに行ったりしたときには、しっかりと休息を取ったり、たっぷり睡眠を取ったりするように心がけないとな。
「……そうだ。学校で手紙や課題のプリントをもらってきたから、洋平の分を持ってきたんだ」
「ありがとう。勉強机に置いておいてくれるかな」
「分かった」
千弦はスクールバッグから手紙や課題のプリントを取り出し、勉強机に置いてくれた。今日は体調不良で欠席したから、課題の提出期限が延びるかもしれないけど、早めにやっておこう。
「今日の学校はどうだった?」
「概ねいつも通りだったよ。早希と坂井君は『寂しいな』とは言ってたけど、いつもと変わりなかったよ」
「そうだったね。帰りに白石君のお見舞いに行くのを楽しみに授業と部活を頑張るってはりきってた」
「ははっ、2人らしいな。中学のときから、年に何日かは体調不良で休んでるからな」
「そっか。最近は一緒にいることが多いからか、玲央はちょっと寂しそうだった。あと……私も寂しかったよ。心配もした」
「私も。だから、体調が良くなってきた白石君を見られて良かったよ」
「そうだね、彩葉。安心したよ」
「……そうか。……心配掛けてごめんな」
みんなに心配を掛けて、寂しい思いをさせて申し訳ない気持ちだ。
「気にしないで、白石君」
「そうだよ。……洋平。私と彩葉にしてほしいことがあったら遠慮なく言って」
「千弦ちゃんの言う通りだよ。私達はそのつもりでお見舞いに来たから」
「ありがとう。ただ、何をしてもらおうかな……」
急に言われると、何をしてもらおうか迷ってしまう。だいぶ治ってきたとはいえ、今は病人だし、大抵のことはやってくれそうだけど。異性の友人だし、節度あるお願いをしないと。
「何でもいいんだよ」
「彩葉の言う通りだよ。ただ、何でもいいと迷っちゃうかな」
「ああ。絶賛迷い中だ」
「あははっ。……ちなみに、洋平はこれまで坂井君とか友達にお見舞いに来てもらったときにはどんなことをしてもらっていたの? もしくは、結菜ちゃんとかご家族には……」
「汗を拭いてもらったり、買ってきてくれたゼリーやプリンを食べさせてもらったりしたかな」
「汗拭きや、ゼリーとかプリンを食べさせるか。……首筋や胸元が汗ばんでいるし、汗拭きをしてあげるよ。どうだろう、洋平」
千弦は穏やかな笑顔で俺を見つめながらそう言ってくれる。
「私も風邪を引いたときに千弦ちゃんに体を拭いてもらったことがあるけど、凄く気持ちいいよ」
後押しなのか、星野さんは優しい笑顔でそう言ってくる。
汗拭きか。まあ、高熱が出る中で数時間寝ていたから汗ばんでいる。だから、汗を拭いたり、着替えたりしてスッキリとしたい気持ちはある。
ただ、異性でも家族や恋人ならともかく、友人に汗拭きをしてもらっていいのだろうか。まあ、千弦から申し出たことだし、上半身だけなら大丈夫かな。
「……分かった。汗は掻いているし、スッキリしたいから……汗を拭いてもらおうかな。千弦は女性だから、上半身だけお願いしてもいい?」
「うん! 分かった!」
俺にお願いされたからか、千弦は嬉しそうに快諾してくれた。星野さんは千弦の横で穏やかな笑顔で「良かったね」と言っている。
「……星野さん。千弦に汗を拭いてもらうから、寝間着の上着とインナーシャツを脱ぐけど……ここにいるか?」
上半身だけだけど裸になる。星野さんが恥ずかしがるかもしれないので、そう問いかけたのだ。
「上半身だけなら大丈夫だよ。千弦ちゃん達とプールや海に遊びに行くときに見るし」
「そうか。まあ、上半身ならプールとか海で見るよな。分かった」
星野さんが大丈夫だから、さっそく脱ぐか。
ベッドの側から千弦と星野さんに見られる中で、寝間着の上着とその下に着ている半袖のインナーシャツを脱いでいく。こういうことは全然ないので、ちょっと緊張する。
上着とインナーシャツを脱ぐと結構涼しいな。汗を掻いているからだろうか。
「おおっ、素敵な体だね」
「そうだね、千弦ちゃん」
千弦と星野さんは俺の体を見つめながらそう言う。千弦はまだしも、星野さんもじっと裸を見つめてくるとは。ちょっと意外だ。あと、女子2人に見つめられるとちょっとドキドキする。
「ガッチリとした体格の坂井君と一緒にいるから白石君は細く見えているけど、それなりに筋肉が付いているんだね」
「私も同じことを思った」
「琢磨は立派な筋肉の持ち主だからなぁ。運動する習慣はないけど、1年前からゾソールのバイトをしているからかな。立ち仕事だし、仕入れた材料を運んだり、ゴミを捨てたりすることもたまにあるから」
「なるほどね」
「……じゃあ、千弦。ローテーブルに置いてあるバスタオルで拭いてくれるかな」
「分かった」
千弦はローテーブルに置いてあるバスタオルを手に取り、俺のすぐ近くまで来る。
「じゃあ、まずは前面を拭いていくね」
「ああ。お願いします」
千弦はバスタオルで俺の体の前面を拭き始める。
バスタオルが柔らかいし、千弦の拭き方が優しいからとても気持ちがいい。
あと、俺の体を拭きやすくするためか、千弦の手が肩に直接触れている。だから、千弦の温もりが直に伝わってきて。その優しい温もりも気持ちいい。
「拭き方はどうかな?」
「凄く気持ちいいよ。こんな感じでお願いします」
「了解」
俺に気持ちいいと言ってもらえたからか、千弦は嬉しそうだ。
「星野さんはこの気持ち良さを体験していたんだな」
「そうだよ。だから、風邪を引くと、千弦ちゃんがお見舞いに来るのが楽しみだったんだよね」
「ははっ、そっか。こんなに気持ちいいと、星野さんがそう思うのも納得かな」
「ふふっ。千弦ちゃんがお見舞いに行くと、千弦ちゃんに汗を拭いてって頼む友達が何人もいたよ」
「いたね」
そういったときのことを懐かしんでいるのだろうか。千弦と星野さんは優しい笑顔になっている。
汗を拭いてもらうのが気持ちいいし、体がスッキリするから気分が良くなる。きっと、千弦に汗を拭いてもらったことで、体調が良くなった友達は何人もいたんじゃないだろうか。
その後も星野さんに見つめられながら、千弦に上半身を拭いてもらった。




