第30話『遊園地からの帰り。そして。』
「おかえりなさい! お足元にお気を付けください」
ゴンドラに乗ってから20分ほどして、俺達は地上に戻ってきた。ゴンドラからの景色をたっぷりと楽しんだし、琢磨と吉岡さんの馴れ初めとかを話していたから、もっと長い時間乗っていた感覚がある。
女性のスタッフさんの言う通り、足元に気を付けながら俺達はゴンドラから降りる。そういえば、昔……結菜がなかなか降りられなくて、母さんに抱っこされていたっけ。
観覧車乗り場を後にすると、そこには一つ前のゴンドラから降りた琢磨と吉岡さんの姿が。2人は笑顔で手を振ってくるので、俺達も手を振った。
「洋平達が戻ってきたな」
「そうだね」
「2人きりで乗って楽しかったか? まあ、様子が見えたから予想はついているけど」
「滅茶苦茶楽しかったぜ! 窓越しに洋平達に手を振れたしな!」
「楽しかったよね。それに、白石君達が見える中だったけど……2人きりだったから、気持ちが盛り上がってキスしたし」
「そうだったな」
キスしたときのことを思い出しているのか、琢磨と吉岡さんは頬を中心に笑顔を赤らめる。そんな2人を見ていると微笑ましい気持ちになる。
「みんなで見てたわよ~」
と、神崎さんはニヤニヤしながら言う。
「そうだね。あと、2人がキスしているところを見たのをきっかけに、白石君から2人の馴れ初めとかこれまでの話を聞いたよ」
「凄く素敵だったよ。白石君と3人で仲がいいことも納得した」
「そうだね、星野さん」
「そうだったのか。……洋平がいなかったら、高校に入学してからこんなに楽しい時間は過ごせなかったと思うぜ」
「あたしも同じ想いだよ。いつもありがとね、白石君」
「ありがとな、洋平!」
琢磨と吉岡さんは持ち前の明るい笑顔で俺にお礼を言ってくれる。そのことに胸がとても温かくなり、頬が緩んでいくのが分かった。
「こちらこそ、2人のおかげで高校に入学してからも楽しめてるよ。ありがとう。2人はこれからも仲良く付き合っていってくれよ」
そのために、これからも俺は友人として近くから応援するし、何かあったらサポートしていくつもりだ。
琢磨と吉岡さんは笑顔で頷き、琢磨は俺の肩をポンポンと軽く叩いた。そんな俺達のことを、藤原さん達は優しい笑顔で見ていた。
「午後6時を過ぎているし、そろそろ帰ろうか」
「飛鳥先生! 帰る前にお土産屋さんに行きたいです!」
「あたしも行きたいですっ!」
神崎さんと結菜がお土産屋さんに行くことを希望する。
そういえば、遊園地から帰る前にお土産屋さんに行くことが多いな。家族で遊園地に行ったときは、お土産屋さんでお菓子やグッズを買ってもらったっけ。
「俺は賛成です」
と、最初に賛同の意を示す。そのことに神崎さんと結菜は嬉しそうで。
藤原さん達もみんな賛同の意を示し、お土産屋さんに行くことになった。
ゲートの近くにあるお土産屋さんに立ち寄る。お菓子やグッズはもちろん、このパークランドのマスコットキャラクターなど様々なものが売られている。
俺達はお土産を買っていく。俺は、両親に昔買ってもらったイチゴ味のキャンディーを購入した。
また、今回遊びに来たのは、父さんが母さんと相談して、パークランドの招待チケットを俺と結菜にプレゼントしてくれたことがきっかけだ。なので、みんなで割り勘してうちの両親に向けてクッキーを購入した。
お土産を買い終わったので、俺達はゲートを出てパークランドを後にする。
午前中にゴンドラの往復分の乗車券を購入していたので、最寄り駅の清王パークランド駅の前まではゴンドラで。パークランドに行くときに見た晴天の下での景色も綺麗だったけど、夜の帳が下りた今の景色もなかなか綺麗だ。結菜達も「綺麗」と呟きながら見入っていた。
清王パークランド駅に到着し、行きのルートを戻っていく形で電車に乗る。パークランドでのことを語りながら。
途中、調津駅で、それぞれの自宅の最寄り駅がある清王線に乗り換え、
「今日は楽しかったわ! また明日ね!」
「今日はみんなと遊べて凄く楽しかったよ! 琢磨君と2人きりの時間も過ごせたし。また明日!」
藤田給駅では神崎さんと、武蔵原台駅は吉岡さんと別れた。2人とも、とても満足そうな笑顔で電車から降りていったな。今日は午前中からずっと一緒にいたので、2人と別れるのは少し寂しい思いを抱いた。
6人になったけど、パークランドでたくさん遊んだから、今日のことを話すととても楽しい気持ちになれた。
「洲中に着いたぜー!」
洲中駅に戻ると、琢磨は嬉しそうな笑顔でそう言った。
「一日遊んだから、久しぶりに帰ってきた感じがするぜ」
「そうだな、琢磨。洲中を出発したのは朝の9時半だったし」
「いっぱい遊んで楽しかったですもんね!」
「午前中からパークランドで遊んでいたし、坂井君の言うことも分かるかな」
「そうだね、千弦ちゃん。パークランドに出発するのが随分と前に感じるよね」
「坂井君達の言う通り、久しぶりの洲中って感じだね。時間の過ぎ方はあっという間に感じられるのにね。それほどに楽しかったってことかな」
俺だけでなく、結菜達も洲中に戻ってきたのが久しぶりに思えたようだ。
自分と同じだと分かってか、琢磨は嬉しそうだった。
ホームから離れ、改札口へ行く。午後7時過ぎという時間帯なのもあってか、洲中駅で降りて改札に向かう人は結構多い。
人の流れに乗って、俺達は洲中駅の改札口を出た。今日は朝の9時半に改札口前で待ち合わせしてパークランドに向けて出発したので、本当に久しぶりだ。
「じゃあ、私達もここで解散しようか。みんな、気をつけて帰ってね。結菜ちゃん以外はまた明日学校でね」
山本先生の言葉に、俺達5人は『はい』と返事した。何だかこうしていると、学校の遠足から帰ってきた気分だ。
藤原さんと星野さんは駅の北側に住んでいるから、ここでお別れだな。だから、2人に「また明日」って言おうとしたとき、
「ねえ、白石君。ちょっと2人きりで話したいことがあるんだけど……いいかな?」
藤原さんが俺にそう言ってきたのだ。藤原さんはちょっと真剣そうな様子で。
「ああ、いいぞ」
「ありがとう。彩葉……ちょっと待っててもらっていい?」
「うん、いいよ」
「結菜もちょっと待っててくれるか?」
「分かった。じゃあ、2人の話が終わるまではここで待っていましょう」
結菜がそう言うと、琢磨と星野さんと山本先生は笑顔で頷いた。
俺は藤原さんと2人で南口の方へ移動する。藤原さん……俺と2人きりで話したいことっていったい何だろう?
「このあたりでいいかな」
南口の近くまで来たとき、藤原さんはそう言って歩みを止める。
ここから結菜達の姿が見えるけど、人の往来も多いので俺達の話が結菜達に聞こえてしまうこともないか。
「それで、藤原さん。俺と2人で話したいことって何なんだ?」
俺は小さめの声で藤原さんに問いかける。
藤原さんは俺の目をしっかりと見て、
「……白石君と下の名前で呼び合いたいんだ」
と言ってきた。
「そうか。下の名前で」
「うん。ナンパから助けてもらってから、白石君とは友達になったし、何度も遊んで仲良くなったし。男の子は基本的には名字で呼ぶようにしているんだけど、白石君とは下の名前で呼び合いたいなって。こんなに関わって、遊ぶ男の子は初めてだし。あと、坂井君とは下の名前で呼び合っているのを見ていいなとも思ったのも一つの理由だよ」
「そっか。俺は基本的に男女問わず名字呼びだし、妹の結菜とか同年代の親戚以外だと、下の名前で呼ぶのは琢磨ぐらいだからな」
きっと、それもあって、名前呼びしている俺と琢磨が、藤原さんには仲が特にいいように思えるのだろう。
俺は呼び方をあまり気にしないけど、下の名前で呼び合うと、関係がそれまでよりも近くなる感じはしそうだ。
振り返ると、ナンパの一件から、藤原さんと一緒にいることが増えて、たくさん遊んできた。その中で、楽しいと思える時間をたくさん過ごしてきた。
俺の知っている範囲だし、女子だけだけど、藤原さんは星野さんや神崎さんをはじめとした仲のいい友達と下の名前で呼び合っている。ただ、これまでの日々を過ごしてきたのもあり、俺と名字で呼び合うのは彼女達よりも距離があるように思えてしまうのかもしれない。
「こういうことなら、電話やメッセージでお願いしてみてもいいかなって思ったけど、せっかく一緒にいるから直接言った方がいいと思って。ただ、みんなの前でお願いするのは気恥ずかしいから、2人きりで話したいって言ったんだ。理由も話したし」
「そういうことだったんだな」
「まあ、もし名前呼びをしたら、彩葉達にすぐにバレると思うけどね」
と、藤原さんは苦笑い。
名前呼びしてほしいと自分の気持ちを話すんだ。しかも、そうしてほしい理由の一つは琢磨への羨ましさ。それを琢磨達に聞かれるのは恥ずかしかったり、照れくさかったりするのだろう。
「白石君と下の名前で呼び合いたいです」
藤原さんは真剣な様子でそう言ってくる。いつになく敬語で言うことからも、藤原さんが名前呼びしたいという気持ちの強さが窺えて。
このお願いに対する俺の答えは、
「もちろんいいよ。……千弦」
千弦の目を見つめながら俺はそう答えた。
いいよと返事をしてもらえて、さっそく下の名前で言ってもらえたからだろうか。藤原さんはとても嬉しそうな笑顔になり、
「ありがとう! ……洋平!」
とお礼を言ってきた。今の笑顔はナンパから助けたときの、幼さも感じられる可愛らしい笑顔で。俺に名前呼びされて凄く嬉しいのだろう。名前を呼ばれたことや、今の千弦の笑顔を見ていると胸が温かくなっていく。
「……名前呼び、いいな。これまでよりも距離が近くなった気がした」
「そうだね」
「あと……今の千弦の笑顔も可愛くていいな。ナンパから助けたときも同じ笑顔をしてた。あと、クレーンゲームで猫のぬいぐるみを取ったときにも」
「そ、そう?」
「ああ。いつも見せている落ち着いた綺麗な笑顔もいいけど、俺は今みたいな可愛い笑顔もいいなって思うぞ」
「……あ、ありがとう」
千弦は頬をほんのりと赤らめながらお礼を言った。それもまた可愛いと思えて。こういう千弦を見たことはあまりないので新鮮だ。
「じゃあ、これからは下の名前で呼び合うってことで。よろしく」
「ああ。了解だ、千弦」
「ありがとう、洋平。……2人きりで話したいことは以上だよ」
「分かった」
「じゃあ、みんなのところに戻ろうか」
「ああ」
それから、俺と千弦は結菜達のところに戻る。2人きりで話したいと千弦が言ったのもあってか、結菜達は俺達が何を話したのかは訊いてこなかった。
また明日、と言って、俺は千弦と星野さんと改札前で別れる。その後、南口を出て少ししたところで琢磨と山本先生とも。
「今日は凄く楽しかったね、お兄ちゃん!」
「そうだな。久しぶりの遊園地だったし。それに、結菜と琢磨以外とは初めて行ったから」
「そうだね。明日からの学校も頑張れそうだよ!」
「俺もだ」
先週末から始まった今年のゴールデンウィークは色々なことがあった。千弦の家に遊びに行ったり、千弦達がうちに遊びに来たり。この4連休では結菜達と一緒に映画や遊園地に行って。連休の間の学校では球技大会もあって楽しかったから。千弦達との仲を深めて、千弦とは名前呼びをするようになったし。明日からの学校生活を頑張れそうだ。
結菜と一緒に帰宅し、両親にみんなで買ったお土産のクッキーを渡した。チケットを俺達に譲ってくれた感謝の気持ちを添えて。両親はとても嬉しがり、夕食のデザートにさっそく美味しそうに食べていた。それがとても嬉しくて。
楽しいことがいっぱいあった今年のゴールデンウィークは、嬉しい気持ちの中で幕を下ろした。




