第29話『観覧車』
観覧車は定期的にゴンドラの乗り降りがあるので、一定の間隔で列が前に進んでいく。それもあって、俺達の番になるまでそこまで時間がかかった感じはしなかった。
「じゃあ、お先に乗るね」
「また後で!」
先に、琢磨と吉岡さんがゴンドラに乗った。これまでみんなと一緒にいたから、2人きりの時間を楽しんでほしいな。
その次に来たゴンドラに、俺達6人で一緒に乗る。
俺、結菜、山本先生が同じシートに座り、向かい側のシートに藤原さん、星野さん、神崎さんが座った。ちなみに、俺の正面にいるのは藤原さんだ。俺以外は全員女性だからか、甘くていい匂いがしてくる。
俺達6人が乗っているゴンドラはゆっくりと上がり始める。
この観覧車はかなり大きいし、15分くらいは乗っていた記憶がある。観覧車での時間をゆっくりと楽しもう。
「ゆっくりと動くものに乗るのもいいね」
「そうだね、千弦ちゃん。今日は絶叫系マシンに乗ることが多かったもんね」
「メリーゴーランドとかコーヒーカップもなかなかのスピードがあったもんな」
「そうだったね、お兄ちゃん。そういうアトラクションがいっぱいあるからなのか、観覧車って最後とか終盤で乗りたくなるよね」
「結菜ちゃんの言うこと分かるわ。観覧車って終盤とか最後に乗るイメージがあるわね」
「思い返すと……先生も観覧車は最後か終盤に乗ることが多いね」
確かに、記憶の限りでは俺も観覧車に乗るのはラストとか終盤が多いな。アトラクションでたくさん遊んだから最後は観覧車でゆっくりして締めようとか、夕陽に照らされた景色が綺麗だからとかだろうか。
「あっ、早希と坂井君がこっちに手を振ってる」
藤原さんは落ち着いた笑顔でそう言い、大きく手を振る。
俺の座っているシートと今のゴンドラの位置では、琢磨と吉岡さんが乗っているゴンドラは背後にある。なので、後ろに振り返ると……2人はこちらに向かって笑顔で手を振っていた。なので、俺も手を振る。
「全員一緒には乗れなかったけど、こういうのも楽しいね」
「そうね、彩葉」
「きっと、坂井さんと早希さんもそう思っていますよ」
「そうだろうな。2人も笑顔になっているし」
これはこれでいい思い出になりそうだ。
それから少しの間、俺達は琢磨と吉岡さんと手を振り合ったり、お互いに相手が乗っているゴンドラの写真をスマホで写真を撮ってLIMEで送り合ったりした。これも、2つのゴンドラに分かれて乗っているからこそできることだよな。
ゴンドラの位置が高くなってきたので、眼下に見えるパークランドや遠くの方に見える景色もスマホで撮影する。景色をバッグにしたみんなの写真も。
「結構高いところまで来たから、景色が広くていいわね!」
「そうだね、玲央。夕陽に照らされているのもいいよね」
「綺麗だよね、千弦ちゃん」
「……あっ。早希さんと坂井さんがキスしてる……」
結菜は小さな声でそう言う。キスシーンを目撃したからか、夕陽に照らされていても頬が赤くなっているのが分かった。
現在のゴンドラの位置では、俺の座っているシートの正面に琢磨と吉岡さんが乗っているゴンドラが見える。そちらの方をよーく見ると……2人はキスしているな。その様子を見ると心が温まる。
「本当だ。早希と坂井君がキスしてるね」
「そうだね。頬にキスしているのは学校で見たことあるけど、口と口のキスは初めて見たからドキドキするよ……」
「何だか青春の1ページって感じね……」
「あたし達から見える場所だけど2人きりだし、頂上付近だからキスしたくなったのかしら。白石達と初めて一緒にお昼を食べたとき、『2人きりでお弁当を食べようとしたらドキドキしてあまり喉を通らなかった』って話を聞いたけど、その話が何だか信じられないわ」
「そうか。神崎さんがそう言うのも分かるかな。……俺はそのときのことを覚えているし、琢磨が吉岡さんに好意を抱いてから吉岡さんと付き合うことになるまでのことも覚えているから、2人がキスしているところを見ると嬉しい気持ちになるよ」
付き合い始めたときは2人とも緊張していたからな。付き合い始めた直後は俺がいなければまともに会話もできなかったくらいだ。
「そういえば、2人の馴れ初めって聞いたことがなかったわね。聞きたいわ」
神崎さんがそう言うと、藤原さんと星野さんも俺を見ながら「聞きたい」と言ってきた。山本先生も「興味があるね」と言って。結菜だけは何も言わなかったけど、結菜は前に話したことがあって知っているからだろう。
結菜が知っていることだし、俺が藤原さん達に馴れ初めを話しても大丈夫だろう。
「分かりました。話しましょう。……1年の頃は俺と琢磨は同じクラスで、吉岡さんは別のクラスだったんです。なので、琢磨が吉岡さんを知ったのは、入学直後の時期にあった部活の仮入部期間で。男子バスケと女子バスケは体育館を2分割して活動しているんですけど、練習のときに楽しそうにバスケをしている吉岡さんに琢磨が一目惚れして」
「なるほどね。球技大会のとき、早希はいい笑顔でバスケをしていたもんね」
藤原さんは納得した様子でそう言う。球技大会で応援していたのもあり、星野さん達もうんうんと頷いている。
「仮入部期間が始まってから少し経ったとき、琢磨は俺に『あの子が大好きだ。好きだって告白したい。でも、告白しようと思うと滅茶苦茶緊張する』って相談してきて」
『おおっ』
結菜以外の4人が声を揃えて反応する。神崎さんはワクワクもしていて。神崎さん、こういう恋愛系の話が大好きなんだな。馴れ初めを聞きたいとも言ったのも神崎さんだし。可愛いな。
「琢磨は中学時代からの親友ですし、物凄くいいやつで。あいつのおかげで中学時代を楽しく過ごせて。ですから、琢磨の力になりたくて。なので、『じゃあ、俺が吉岡さんを呼び出すから、俺のいる場で告白するか?』って提案して。それなら大丈夫そうだと琢磨が了承したんです」
あのとき「よし、告白頑張るぞ!」と琢磨が意気込んでいたっけ。
「それで、予定通り、翌日の昼休みに俺が吉岡さんを呼び出して、琢磨が待っている校舎裏の人気のないところまで連れて行ったんです。それで、俺が司会進行する形で、琢磨は吉岡さんに好きだって告白したんです」
あのとき、俺がいる中で、琢磨が勇気を出して、
『吉岡早希さんっ! 俺はあなたが好きだあっ! 俺と……付き合ってくださいっ!』
と言ったときの声は、今までで一番大きかったことをよく覚えている。真っ赤な顔をして吉岡さんを真剣に見つめる姿と一緒に。
「それで、そのときの早希はどう返事したのかしら? 今は付き合っているから、答えは想像つくけど……」
「ああ。告白を受け入れたよ。吉岡さんも実は、仮入部の練習で楽しそうにバスケをしている琢磨の姿を見て気になっていたらしい。練習で琢磨を見る度に頭から離れなくなって、好きになっていたんだ」
「へえ、早希の方も!」
「同じタイミングで気になっていたんだね!」
「バスケが生んだ運命って感じで、キュンとくるね」
「先生もだよ。漫画や小説を読んでいるみたいだね」
馴れ初めを聞きたいと言った4人は盛り上がる。そんな4人のことを結菜が「ふふっ」と笑いながら見ていて。
俺も吉岡さんから琢磨の想いを聞いたときは、バスケ繋がりの運命だと思ったよ、藤原さん。
「それで、琢磨の告白は成功して、2人は付き合うようになったんです」
「なるほどね。ただ……最初は2人ともドキドキしていたのよね」
「ああ。付き合い始めてすぐの頃に、琢磨が吉岡さんと2人でお弁当を食べるって教室を出ていったんです。でも、15分くらいしたら、2人が俺のところにやってきて『ドキドキしすぎてまともに食べられない。一緒に食べてほしい』って言われて。そのときは凄く驚きました。琢磨は食べることが大好きですから。『まじかよ!』って凄く大きな声で言ったのを覚えてます」
あのときは物凄く驚いた。今後の人生でも、あのこと以上に驚く出来事はそうそうないだろう。
「それまでも琢磨と一緒にお昼を食べていたんですけど、その日からは吉岡さんと3人でお昼を食べるようになって。最初は俺がいても緊張している様子でしたけど、段々と楽しそうに2人が会話できるようになって。いつしか、2人で部活に行ったり、一緒に帰るようになったり、デートするようになったりして。お泊まりした話も聞きましたね」
「それで、今のような2人になったんだね」
「そうだよ、藤原さん。琢磨は親友ですし、緊張していた2人を知っているから、2人から惚気話を聞いたり、今みたいにイチャつく姿を見たりしても嬉しくなるんです。付き合い始めて1年以上経ちますけど、昔と変わらず俺とも一緒にお昼を食べたり、休み時間には話したりしますし。そういう時間は俺も楽しいですから。今でも、2人のためになることをしたくて」
「じゃあ、ゴンドラに6人までしか乗れないって坂井が教えてくれたとき、早希と坂井で乗るのがいいって提案したのも、それが理由だったのね。2人きりの時間を過ごしてほしいって言っていたし」
「ああ、そうだ。2人の性格なら、俺達と一緒に観覧車に乗っても楽しめると思いますけどね。だから、キスしているところを見ると、凄く嬉しい気持ちになるんです」
俺達から見える場所だけど、琢磨と吉岡さんは2人での時間を楽しめているのだと分かって。
琢磨と吉岡さんの方を見ると……キスはしていないけど、2人は楽しそうな笑顔で話している様子が見える。付き合い始めてから1年ほど経ち、2人はとてもラブラブなカップルになったのだと実感する。
「以上、琢磨と吉岡さんの馴れ初めから今までのお話でした」
俺がそう締めくくると、馴れ初めを聞きたいと言った神崎さん達4人と結菜が拍手した。
「話してくれてありがとう。とてもいい話だったわ。キュンとなったわ」
「私もキュンとなったよ、玲央ちゃん。あと、白石君が友達想いなのも分かったよ」
「そうだね。3人の友情が素敵だと思ったよ。特に白石君と坂井君の友情は。早希と坂井君は白石君が側にいて良かったって思っているだろうね」
「坂井君の告白の場を設けたり、坂井君と吉岡さんの緊張を解いたりしたもんね。2人は白石君に感謝していると思うよ」
「……ですね。告白の直後や初めて3人でお昼を食べたときに『ありがとう』って言われましたし。もちろん、それ以外のときにもたくさん」
これまで、2人から何回お礼を言われただろうか。いっぱいあって正確な回数は覚えていない。ただ、告白した直後と3人で初めてお昼を食べたときにお礼を言ってくれた2人の笑顔はよく覚えている。
「今の話を聞くと、早希と坂井君がよりいいカップルに見えるよ」
藤原さんの言葉に、星野さんと神崎さん、山本先生は頷く。馴れ初めから今までの話をして良かったな。
これからも友人として、琢磨と吉岡さんのことを近くで見守っていければと思う。
それからも、俺達は観覧車から見える景色を楽しんでいく。
茜色に染まる景色はとても美しい。ただ、俺にとって一番美しく思えたのは、隣のゴンドラで仲良くしている友人カップルだった。




