第16話『球技大会-中編-』
男子バスケのトーナメント表を見ると、2回戦の試合開始時間までしばらく時間がある。なので、それまでは休憩がてら、吉岡さんが出場する女子バスケや藤原さんと星野さんと神崎さんが出場する女子ドッジボールを応援することに決めた。
琢磨と話しながら、藤原さん達がいるギャラリーへ向かう。
俺達の話し声が聞こえたのか、ギャラリーに到着すると、俺達が声を掛ける前に藤原さん達がこちらに振り向く。
「2人ともお疲れ様! 1回戦勝利おめでとう! 琢磨君かっこよかったよ!」
吉岡さんはニコニコとした笑顔でそう言うと、こちらに駆け寄ってきて琢磨のことをぎゅっと抱きしめた。
「おう! ありがとな、早希!」
琢磨は嬉しそうな笑顔でお礼を言い、吉岡さんのことを抱きしめる。試合が終わった直後よりも嬉しそうで。恋人の力かな。
去年も試合に勝利した後は、吉岡さんが琢磨のことをおめでとうと言っていたけど、抱きしめ合うことはなかった。この一年で2人の仲が凄く深まったのだと分かり、琢磨の親友として、2人の友人として嬉しい気持ちになる。
「みんなも応援ありがとな!」
「ありがとう」
「いえいえ。友達がチームにいるからね。2回戦進出おめでとう」
「おめでとう! シーソーゲームの熱い試合だったわね! 坂井のダンクシュートも見られたし、白石は最後にシュートを決めたから興奮したわ!」
「私も興奮したよ。いい試合だったよ。1回戦勝利おめでとう」
「おめでとう。担任として嬉しいよ」
藤原さん達も1回戦勝利を祝う言葉を言ってくれる。そのことがとても嬉しい。
「みんなありがとう。特に……藤原さんは」
「私?」
「ああ。最後にゴールを決めたシュートを打つ直前に、頑張れって言ってくれたから。あれで、緊張とか体の強張りがなくなってさ。そのおかげで決勝点を取れたと思ってる」
藤原さんのあの応援がなければ、プレッシャーでゴールを外していた確率はかなり高かったと思う。
「いえいえ。ただ、あのときは残り10秒くらいで。白石君のシュートで勝敗が決まるかもって考えたら、自然と大きな声で応援していたんだ。だから……白石君の力になれたんだって分かって凄く嬉しいよ」
藤原さんはニッコリとした笑顔でそう言った。可愛い笑顔だ。側から星野さん達が「良かったね」と言うと、藤原さんは笑顔のまま「うんっ」と頷いていて。藤原さんをこの笑顔にできたと思うと、あの最後のシュートを決められて本当に良かったと思える。
「あと、さっきも言ったけど……最後にシュートを決めてかっこよかったよ。白石君」
依然として笑顔のまま、藤原さんは俺を見つめながらそう言ってくれた。かっこいいと言われるのは何度言われてもいいものだな。あと、目の前で言ってくれたのもあって、ちょっとドキッとした。
藤原さんが顔の高さに両手を挙げてきたので、藤原さんとハイタッチする。その流れで吉岡さん達とも。琢磨もみんなとハイタッチした。
――ピーッ!
ホイッスルが鳴り響く。応援の声や「キュッキュッ」とシューズのきしむ音などが聞こえてくることから、第3試合が始まったのだろう。
「第3試合が始まったね。うちのクラス、第4試合が1回戦だからそろそろ行くよ」
吉岡さんが出場する女子バスケの1回戦は第4試合なのか。男子チームのように、チームメイトと作戦を考えるなら、すぐに行った方がいいだろう。
「おう! 頑張ってこいよ、早希!」
「うんっ! 琢磨君や白石君達の試合を見て刺激を受けたから、早く試合をしたい気分だよ!」
吉岡さんは持ち前の快活な笑顔でそう言う。男子の試合を見て、早く試合をしたいと思えるとは。さすがは女子バスケ部員なだけのことはある。
「頑張って、吉岡さん。ここから琢磨達と応援してる」
「頑張って、早希」
「早希ちゃん、頑張ってね!」
「みんなで応援するからね! 頑張りなさい、早希!」
「先生も応援しているから」
「はいっ! 男子の勢いに乗って、女子も勝てるように頑張りますね!」
快活な笑顔のまま、吉岡さんは元気良くそう言った。吉岡さんがいれば、女子も1回戦を勝てる確率はかなりあるんじゃないだろうか。
琢磨は吉岡さんの頭を優しく撫で、右手でグータッチした。そのことに、吉岡さんはとても嬉しそうにしていて。去年の球技大会では、ここまでの激励はしてなかったな。
また、吉岡さんは右手を拳にしたまま、俺達に差し出してくる。俺達ともグータッチしたいってことかな。
俺、藤原さん、星野さん、神崎さん、山本先生の順番でグータッチする。これが少しでも吉岡さんの力になったら幸いだ。
また、吉岡さんは女子中心に友達が多いので、ギャラリーにいるうちのクラスの生徒のほとんどとグータッチしていた。
吉岡さん以外の女子バスケに出場するクラスメイトの女子ともグータッチした。
「じゃあ、いってきます!」
チームを代表してか、吉岡さんがそう言って女子バスケに出場する女子達はギャラリーを後にした。
「なあ、琢磨」
「うん?」
「女子の方もバスケ部員は吉岡さんだけか?」
「ああ、早希からはそう聞いてる。きっと、早希が中心になって試合に臨むんじゃねえかな」
「そっか」
吉岡さんは快活な性格だし、琢磨のようにチームの柱として活躍できると思う。
琢磨達と一緒に、女子達が試合しているコートがよく見える場所に移動し、第3試合の様子を見た。
女子も男子と同じで試合時間は5分。ただ、自分が出場しているとき比べて、試合が終わるまで結構長く感じられた。
第3試合が終わり、コートには第4試合に臨む生徒達が登場する。うちのクラスは青色のゼッケンを身につけており、吉岡さんは4番ゼッケンを付けていた。
「早希、頑張れよー! みんなもなー!」
琢磨は大きな声でエールを送る。
琢磨の声は当然聞こえたようで、吉岡さんはニッコリとした笑顔で「ありがとー!」と両手を振っていた。吉岡さんの反応もあってか、うちのクラスの他の女子達もこちらに手を振ってきた。
俺達もうちのクラスに「頑張れ」と声援を送った。
相手チームは赤ゼッケンか。パッと見た感じでは、背の高そうな生徒はいるけど、吉岡さんよりは低いかな。相手チームに見覚えのある顔の生徒が何人かいる。
それから程なくして、センターラインに両チームの生徒達が整列する。
「これより、第4試合の2年3組対2年6組の試合を開始します」
女子バスケの審判である女性教師がそう言う。
相手は2年生か。だから、相手チームの中に見覚えのある顔があったんだな。あと、同級生なら、うちのクラスが勝つ確率は結構ありそうな気がする。
ジャンプボール。うちのクラスは吉岡さんで、相手チームはチームの中で一番背の高い黒髪の女子が出てきた。
――ピーッ!
ホイッスルが鳴り響き、うちのクラスの女子バスケの初戦が始まった。
ジャンプボールは……吉岡さんが高くジャンプしたのもあり、ボールが吉岡さんの手にしっかりと触れる。吉岡さんは近くにいるショートヘアの黒髪女子にボールを飛ばした。
うちのクラスの生徒はパスを繋いでいきながら、ゴールに近づいていく。
スリーポイントラインの近くで吉岡さんにボールが渡る。吉岡さんは素早くドリブルをして、ゴールの近くまで行き、シュートを放つ。
吉岡さんの放ったボールはバックボードに当たることなく、ネットに吸い込まれていった。
「おおおっ!」
うちのクラスの先制ゴールが決まった瞬間、琢磨は喜びの雄叫びを上げる。
「さっそく早希が決めたぜ! ナイス早希!」
喜びのあまりか、琢磨は俺の背中をバシバシと叩いてくる。結構強い力だから痛いけど、恋人の活躍が理由なので特に嫌だとは思わない。それに、吉岡さんもとても嬉しそうにこちらに手を振っているし。
「さすがだな、吉岡さん!」
俺がそう言うと、琢磨は嬉しそうに「おう!」と答える。
「さっそく決めるなんて。さすがはバスケ部員だね。凄いよ、早希!」
「凄いよね、早希ちゃん!」
「とても綺麗なシュートだったわ!」
「美しいシュートだったね! さすがだね。先制点を取れたから、これでうちのクラスに弾みがつくんじゃないかな」
藤原さん達も、さっそく決めた吉岡さんのシュートに興奮気味。吉岡さんに対して拍手を送っている。その光景に琢磨はとても嬉しそうにしていた。
コートを見ると、吉岡さんはチームメイトとハイタッチしている。先制点を決めたのもあり、うちのチームはいい空気になっているように見える。
それからも試合が進んでいく。
どうやら、ディフェンスのときはマンツーマン。オフェンスのときは唯一のバスケ部員である吉岡さんにボールを集め、吉岡さんが主にゴールを決める作戦のようだ。
先制点を決めたからなのか。それとも、バスケ部員と知っているからなのか。吉岡さんは何人もの生徒からマークされるときもある。ただ、吉岡さんは味方がパスを回している間に相手を振り切り、その直後に味方からのパスを受け取ってゴールを決めていく。
吉岡さん中心に試合を進め、うちのチームはコンスタントに点を重ねる。また、吉岡さんが、
「いいパスだったよ!」
「ナイスシュート!」
「ナイスブロック! この調子でいくよ!」
と、チームメイトがいいプレイをしたときに声を掛ける。また、ミスをしたり、相手に得点をされたりしたときも、
「ドンマイ! 次いこう!」
と明るく声を掛けていて。それもあって、うちのクラスのチームの雰囲気は常にいい。さすがは吉岡さんといったところか。
あと、うちのクラスが得点を決めたときは、
「よしっ、いいぞ!」
と、琢磨がギャラリーから大声で称賛の言葉を送るのも、チームの雰囲気がいい理由の一つかもしれないな。
常に明るい雰囲気や、吉岡さんを中心とした攻撃のスタイルが光り、俺達の試合とは違って常にリードを守る展開が続き、
――ピーッ!
「そこまで!」
うちのクラスは18対6という大差を付けて快勝した。
また、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、
「やったぜ、洋平! 女子も初戦勝ったぞ!」
琢磨はとても喜んだ様子でそう言い、俺の背中をバシバシと叩いてくる。
「そうだな! いい試合だった!」
吉岡さんを中心に安定したプレーが続いた。大半のシュートを打ったのが吉岡さんなのもあるけど、ほとんど入っていたし。理想的な試合内容だったんじゃないかと思う。
琢磨は明るい笑顔で首肯すると、両手を開いた状態で俺に差し出してくる。ハイタッチしようってことか。
――パンッ!
と、しっかり鳴るくらいに、琢磨と思いっきりハイタッチした。
後ろからは藤原さん達の「やった!」という声や、パンッという音が聞こえてくる。彼女達も喜びのハイタッチをしているのだろう。
「早希! みんな! 良かったぞ!」
「初戦突破おめでとう!」
「みんな良かったよ! 特に早希は凄かったよ!」
「良かったよ! 初戦お疲れ様!
「勝ったわね! そして早希凄いわ!」
「女子バスケも初戦突破だね。おめでとう!」
俺達はコートにいる女子バスケのクラスメイト達に、勝利を祝う言葉を送った。他のクラスメイトからも「おめでとう!」とか「早希凄い!」といった声が届けられる。
コートにいる吉岡さん達は笑顔でこちらに手を振り、吉岡さんは、
「ありがとう!」
ニッコリとした笑顔でそう言ってピースサインをした。今、コートにいる生徒達の中で一番輝いているのは吉岡さんだろう。そう思いながら、俺は拍手を送った。




