第4話『映画デート-後編-』
「あぁ、面白かった! いいアニメ化だったよ……!」
「面白かったな」
『王子様とのディスタンス』の上映が終わり、劇場内が明るくなった直後、千弦と俺はそんな感想を口にした。千弦はとても満足そうな様子だ。
この作品は主人公である女子高生の琴葉が、父親の再婚によって、王子様とも呼ばれるほどに人気なクラスメイトの晴人と義理の姉弟になり、一緒に生活することになることから始まる恋愛ものだ。
琴葉と晴人は元々教室で挨拶を交わす程度の関係だったけど、親が再婚して同居生活をする中で距離が縮まり、様々なことを通じてお互いに男女として意識して、最終的には恋人として結ばれるハッピーエンドな作品だった。抱きしめ合ったり、キスしたりするシーンはドキッとしたな。あと、終盤で両親や友人達に付き合い始めたことを打ち明け、そのことを受け入れてもらうシーンには感動した。なので、今もちょっと目頭が熱い。
同居系の恋愛ものとしてはもちろん、友人達とみんなで海へ遊びに行ったり、学校で文化祭があったりと青春ものや学園ものとしても楽しめた。この作品は映画で初めて触れたけど、あっという間に130分が経った感じがする。
「主人公は女性で、相手が男性っていう形の恋愛ものはこれまであまり触れてこなかったけど、これはとても面白かった。帰りに原作の小説を買うよ」
「映画デートに誘った身として凄く嬉しい感想だよ! 原作小説を読んだファンとしてもね。原作は琴葉ちゃん目線で書かれていて面白いよ!」
千弦はニコニコとした笑顔でそう言った。映画が面白かったから、原作の小説を読むのが楽しみだ。
あと、130分があっという間だったのは、映画そのものが面白かったのはもちろんだけど、家でアニメと観るときと同じように千弦と寄り添った体勢で観たのもあると思う。この体勢でアニメを観るのは好きだから。今も隣に座っている千弦を見ながらそう思った。
「千弦。この映画を一緒に観たいって誘ってくれてありがとう。あと、ペアシートがいいって言ってくれたこともありがとう。千弦のおかげで凄くいい時間を過ごせたよ」
千弦のことを見つめながら俺はお礼を言った。
千弦が誘ってくれなければ、『王子様とのディスタンス』を観ることはなかったかもしれないし、とてもいい130分を過ごせなかったかもしれない。だから、千弦にはとても感謝している。
「いえいえ! 洋平君がこの映画をとても楽しんでくれて嬉しかったよ! それに、私も映画をとても楽しめたし、洋平君と一緒にこのペアシートで観られたから凄く素敵な時間を過ごせたよ。こちらこそありがとう!」
千弦は満面の笑顔でお礼を言ってくれた。そのことにとても嬉しい気持ちになり、胸が温かくなっていく。
嬉しい気持ちと映画デートに誘ってくれたお礼をしたいのもあり、俺は千弦にキスをした。
千弦はアイスティーを飲んでいたから、千弦の唇はいつもよりも冷たくて。アイスティーの香りが感じられて。あと、キャラメル味のポップコーンを食べていたから、キャラメルの甘い匂いも感じられて。だから、特別感のあるキスで。
数秒ほどして、俺から唇を離す。すると、目の前にはキスをする前と変わらず満面の笑顔の千弦がいて。
「千弦の言葉が嬉しくて。あと、デートに誘ってくれたお礼でキスしました」
「ふふっ、なるほどね。素敵なお礼を受け取りました。……これからも観たい作品とか気になる作品があったら一緒に観ようね」
「ああ、そうしよう」
今後、映画デートは俺達のデートの定番の一つになりそうだ。
感想やお礼を言ったり、キスをしたりしたのもあって、気付けば、劇場の中には俺達を含めて10人くらいしか残っていなかった。
「俺達も出ようか」
「そうだね」
俺達はペアシートから立ち上がり、空になったドリンクとポップコーンの容器が乗ったトレーを持って劇場を後にする。
劇場を出たところにいる男性のスタッフさんにトレーを渡して、俺達はロビーへと戻った。
「千弦。俺、お手洗いに行ってくるよ」
2時間半くらいお手洗いに行っていないし、上映中はアイスコーヒーを飲んだのもありもよおしている。映画を観ている間は映画に集中していてお手洗いに行きたいとは思わなかったけど、さっき劇場を出てロビーに戻ってくる間にもよおしてきたのだ。
「分かった。……私も行こうかな」
「了解。じゃあ、お手洗いの前で会おう」
「うんっ」
千弦と一旦別れて、俺は男性用のお手洗いへ。
幸いにも空いている小便器があったので、待つことなく用を足すことができた。
用を済ませて男性用のお手洗いを出ると……千弦の姿はまだない。気長に待とう。
上映中はスマホの電源を切っていたので、スマホの電源を入れる。……今、午後12時半か。ちょうどお昼時だ。お腹が空いてきているし、千弦もお腹が空いていたらお昼を食べに行くのがいいかな。
「お待たせ、洋平君」
千弦が女性用のお手洗いから出てきた。
「おかえり、千弦。……千弦はお腹空いてる? 12時半過ぎでお昼時だし、千弦はお腹空いているかなって思って」
「うん、空いてるよ。ポップコーンを食べたけど結構空いてる」
右手でお腹をさすりながらそう言う千弦。千弦もお腹が空いているか。
「そうか。じゃあ、これからお昼を食べに行こうか」
「そうだね!」
「千弦は何が食べたい?」
「う~ん……うどんとかそばがいいかな。晴れて暑いから、冷たいものをツルッと食べたい気分で。あとは、洋平君も私も麺類は好きだし」
「そうだな。それに、これまで冷やし中華とかそうめんとかを一緒に美味しく食べたし。うどんやそばも好きだから俺も食べたいな」
「ふふっ。じゃあ、うどんやそばにしようか。私、映画館の近くにお手頃な値段で美味しいうどんやそばを食べられるお店を知ってるよ。洋平君も知っているかもしれないけど」
「いくつか心当たりはあるな」
「そうなんだね。さすがは地元民。じゃあ、行こうか!」
「ああ」
千弦と手を繋ぎ、映画館を後にして、千弦がオススメするお店に向かって歩き始める。
お昼時になったのもあり、午前中に千弦と待ち合わせて映画館に行くときよりも暑くなっている。
「結構暑いなぁ」
「そうだねぇ。ただ、ここまで暑いと、冷たいうどんやそばが凄く美味しく食べられそう」
「それは言えてるな。……千弦のおかげでこの暑さも良く思えてきた」
「それは良かった」
ニコッと笑って千弦はそう言った。
それからは、映画のことについて話しながら歩いていく。映画が楽しかったのもあってか、千弦はニコニコとした笑顔で話す。それがとても可愛い。
そして、映画館を出てから2、3分ほど歩いたとき、
「ここだよ」
と千弦が言って、俺達は立ち止まった。
目の前にあったのは和風な雰囲気の店構えのうどん屋さんだ。このお店にはこれまでに何度も来たことがあるので馴染みがある。
「このお店か。琢磨とか友達や家族と何度も来たことがあるよ。お手頃な値段で美味しいよな。うどんはもちろん、そばも」
「美味しいよねっ。私も彩葉ちゃんとか友達や家族で来たことあるよ。あと、やっぱり、洋平君の心当たりのお店だったんだね」
「ああ」
「じゃあ、入ろうか」
俺達はうどん屋さんの中に入る。
お昼時なのもあって、店内には多くのお客さんがいる。また、夏休み中だけど平日でもあるので、お客さんの中にはスーツ姿の人やフォーマルな雰囲気の服装の人もそこそこいる。
お客さんは結構いるけど、運良く2人用のテーブル席が空いていたので、俺達は待つことなく席に座ることができた。
俺は天ざるうどん、千弦は白だしの冷やしぶっかけうどんを注文した。また、千弦はトッピングで海老の天ぷらも注文した。
注文が終わると、千弦はバッグから青いヘアゴムを取り出した。
「冷やしぶっかけうどんを注文したから、麺汁に髪が入らないように結ぶよ。洋平君が注文したざるうどんなら結ばないけど」
「そっか。……そういえば、ゴールデンウィークに結菜や星野さん達と映画を観に行った後にラーメンを食べたときも、千弦は髪を結んでいたな」
「そうだったね」
穏やかに笑いながらそう言うと、千弦は青いヘアゴムを咥えて両手で髪をまとめていく。ヘアゴムを咥えていたり、ノースリーブの縦ニットを着ているから千弦の綺麗な腋がもろに見えていたりするのもあり、いつも以上に千弦が大人っぽくて、艶っぽさも感じられる。そんな千弦をじっと見てしまう。
慣れた手つきで髪をポニーテールの形にまとめると、千弦は青いヘアゴムで留める。
「はい、ポニーテール完成」
「ポニーテールも可愛いな」
「ありがとう。あと、髪をまとめる間、私のことをじっと見ていたね」
「髪をまとめる姿がとても大人っぽかったし、それに……」
俺は千弦に顔を近づけて、
「……き、綺麗な腋がはっきりと見えていたから」
千弦にしか聞こえないような小さい声でそう言った。さすがに腋については他の人に聞かれるのはちょっと恥ずかしいものがあるからな。
腋についても言ったからか、千弦はクスッと声に出して笑う。
「洋平君、腋が好きだもんね。嬉しいよ。綺麗って言ってくれたのを含めて」
千弦は嬉しそうな笑顔になり、俺にしか聞こえないような小さな声でそう言った。俺が千弦の腋が好きなのを知っているので腋のことも正直に言ったけど、どうやらそれが良かったようだ。
「ポニーテール可愛いし、写真を撮ってもいいか?」
「もちろんだよっ」
「ありがとう」
俺はスマホでポニーテール姿の千弦を撮影した。笑顔でピースサインをしてくれたのでとても可愛い。また、腋について言及したのもあって、ピースサインをしたときには腋が見えるようにしてくれたし。おかげで、素晴らしい写真を撮れたと思う。
「とてもいい写真を撮れたよ。ありがとう」
「いえいえ」
間違って消してしまわないように気をつけないとな。
千弦がポニーテールに髪をまとめたり、そんな千弦を写真に撮ったりしたのもあり、店員さんが俺達の注文したメニューを運んできてくれるまですぐだった。
俺が注文した天ざるうどんは、せいろにうどんが乗っており、その横にあるお皿には海老、なす、さつまいも、ししとう、大葉といった定番の天ぷらが乗っている。美味しそうだ。俺は天ざるうどんをスマホで撮影した。
また、千弦は、
「美味しそう」
と呟きながら、自分が注文した白だしの冷やしぶっかけうどんと海老の天ぷらをスマホで撮影していた。千弦が注文したものも美味しそうだ。
「じゃあ、食べようか!」
「そうだな。いただきます」
「いただきますっ」
俺はつけ汁にわさびやネギといった薬味を入れて、うどんを一口食べる。
冷たくてとても美味しいなぁ。こう思えるのは、千弦がさっき言ったように、暑い中歩いたからだろう。
うどんはコシがあってとても美味しい。わさびとネギの風味も良く、とてもさっぱりとした味わいだ。
「ざるうどん美味しいなぁ」
「良かったね。ぶっかけうどんも美味しいよ」
「良かったな。あと、千弦がさっき言ったように、暑い中歩いたから冷たくて美味しいって思えるよ」
「ふふっ、そっか。私も冷たくて美味しいって思ってるよ」
そう言い、千弦はぶっかけうどんをもう一口。笑顔でモグモグと食べる姿は本当に可愛らしい。
天ぷらも食べよう。5種類あるけど、この中で一番好きなのは海老なので、海老の天ぷらをつけ汁につけて一口食べる。衣を噛んだときの「サクッ」という音がたまらない。
「海老天美味っ」
衣がサクッとしているし、海老もプリッとしているし、つけ汁とも合っていてとても美味しい。
「私も海老天食べよっと」
千弦はトッピングで注文した海老天を白だしの汁につけ、一口食べる。その際、衣を噛む「サクッ」という音が聞こえてきて。自分で食べたときの音もいいけど、他の人が食べるときに聞こえる音もいいな。
「うんっ! 海老天美味しいねっ!」
千弦はニッコリとした笑顔でそう言った。
「美味いよな、海老天」
「うんっ。洋平君が天ざるうどんにするって言って、私も天ぷらを食べたいなって思って好きな海老天を注文したけど、注文して良かった」
依然としてニコニコ顔で千弦は言った。千弦が海老天を注文したのは俺の天ざるうどんがきっかけだったのか。それを知って、千弦の笑顔がより可愛く思えた。
その後は映画の話をしながらお昼ご飯を楽しんでいく。
また、途中で千弦とうどんを一口交換した。白だしのぶっかけうどんも美味しかった。
千弦もざるうどんを美味しそうに食べていた。また、俺が一口食べさせたさつまいもの天ぷらも美味しそうに。
5種類の天ぷらもあったけど、難なく完食できた。ごちそうさまでした。