第3話『映画デート-前編-』
8月2日、金曜日。
映画デート当日になった。
今日は朝からよく晴れており、雨が降る心配はないという。今日のデートのメインは映画だけど、その後はお昼を食べたり、駅周辺のお店に行ったりするつもりでいるので、天候に恵まれるのは嬉しい。
午前9時15分。
俺は自宅を出発する。
この後、午前9時半に、洲中駅南口近くの交差点で待ち合わせをすることになっている。その場所は千弦と付き合い始めてから、洲中高校へ一緒に登校するときの待ち合わせ場所でもある。今日行く映画館は洲中駅の南側にあるし、千弦が、
「せっかくだから、待ち合わせ場所は学校に行くときに待ち合わせる交差点にしない? 夏休みが始まって2週間くらい経つから、あそこで待ち合わせしたいなって」
と提案したので、駅前の交差点で待ち合わせをすることになったのだ。
暑い中、数分ほど歩いて、待ち合わせ場所である交差点が見えてきた。千弦は待ち合わせの際は先に到着していることが多いけど、今日はどうだろうか。そんなことを思いながら交差点を見ると、
「あっ、洋平君!」
交差点には既に千弦がおり、とても明るい笑顔でこちらに手を振ってくる。そんな千弦に向かって、俺も手を振る。
ちなみに、千弦の服装はスラックスにノースリーブの縦ニットというシンプルなもの。よく似合っていて可愛い。パンツスタイルで縦ニットだから、千弦のスタイルの良さもよく分かるし。本当に素敵だ。また、胸元には俺とのペアネックレスがキラリと光る。あと、持っているトートバッグも可愛い。
いつもこの場所で待ち合わせするのは登校するときなので、そのときは千弦も俺も制服姿だ。お互いに私服姿で待ち合わせたことは全然ないから新鮮に感じる。そう思いながら、俺は千弦のところへ向かった。
「おはよう、千弦」
「おはよう、洋平君!」
「うん、おはよう。待った?」
「ううん、数分くらい前に着いたから」
「そうか。……その縦ニット、よく似合ってる。可愛いし素敵だよ」
「ありがとう! 洋平君もよく似合っているよ。ワイシャツ姿かっこいいね」
「ありがとう。……何だか、この場所で待ち合わせしたときに服を褒めるのって新鮮だな」
「そうだね。いつもは登校するときで、制服姿だもんね。お互いに私服姿で待ち合わせることも新鮮だなって思ったよ」
「俺もさっき思った」
「そっか」
ふふっ、と千弦は声に出して楽しそうに笑う。
千弦もこの場所で私服姿で待ち合わせることを新鮮に思ったか。千弦と共感できて嬉しいな。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「おはようのキスをしたいな。いい?」
「もちろんさ」
「ありがとう。じゃあ、するね」
千弦は可愛い笑顔でそう言うと、俺におはようのキスをしてきた。
学校へ登校する際、この場所で待ち合わせしたときにはおはようのキスをするのが恒例だ。ただ、今は夏休み中で私服姿。なので、おはようのキスをすることも新鮮に感じられた。
あと、晴天で暑い中でも、千弦の唇から柔らかさと共に伝わってくる温もりはとても心地いい。
数秒ほどして、千弦の方から唇を離す。すると、目の前には俺を見つめながら嬉しそうに笑う千弦がいて。凄く可愛い。
「私服だから、おはようのキスも新鮮に感じました。いいキスでした」
「俺もだ、千弦」
「ふふっ。……じゃあ、映画館へ行こうか!」
「そうだな!」
俺と千弦は手を繋いで、映画館に向かって歩き始める。今日の待ち合わせ場所からだとかなり近く、1、2分歩けば到着する。
「映画楽しみだよ! 洋平君とペアシートで観るのはもちろん、どんな感じでアニメ化されるのかも。流し読みだけど、昨日までに原作小説を一通り読み返したの。ここアニメ化されるかなとか、ここは重要なシーンだからどうアニメ化されるかなって感じで」
テンション高めにそう言う千弦。『王子様とのディスタンス』が好きだったり、映画を観るのがとても楽しみだったりする気持ちがひしひしと伝わってくるよ。
「そうなんだ。千弦が本当に楽しみなんだって分かるよ。俺も原作を読んだことがある楽しみな作品だと、公開前に原作を読み返すことがあるよ」
「そうなんだねっ」
「ああ。……俺も映画が楽しみだよ。千弦と2人で観るのは初めてだし。しかもペアシートで。映画がどんな感じなのかも」
「そっか! 一緒に楽しもうね、洋平君!」
「ああ、楽しもうな!」
千弦と一緒に、千弦の大好きな『王子様とのディスタンス』を楽しもう。知っているのはタイトルと恋愛ものであることくらいだけど、千弦のニコニコとした笑顔を見ていると、映画をとても楽しめそうな気がした。
それから程なくして映画館に到着する。
映画館の中は涼しくて快適だ。千弦も同じなのかまったりとした笑顔になっている。
ロビーに行くと、平日の午前中だけど、それなりにお客さんがいる。券売機の列もなかなか長い。夏休み中だし、俺達が観る『王子様とのディスタンス』を含め今日から公開の作品がいくつもあるからかな。
「結構人がいるね」
「そうだな。夏休み中だし、今日から公開の作品もあるからかな」
「きっとそうだね」
「俺達はスマホで予約しているから、発券機の方へ行こう」
「うんっ」
俺達は発券機のある方へと向かう。
発券機にも列ができているけど、並んでいるのは10人ほど。これならすぐに発券できそうだ。その予想通り、並んでから2、3分ほどで俺達の番になった。
券売機を操作して、この前のお家デートのときに予約した『王子様とのディスタンス』の午前10時からの上映回のチケットを発券した。ペアシートだから1枚だけ発券された。
「チケット、どっちが持っておく?」
「私が持っておくよ」
「了解」
俺は千弦にペアシートのチケットを渡した。
「ねえ、洋平君。売店に行ってもいいかな? パンフレットを買いたくて。いいグッズもあたら買いたい。まあ、公開初日の午前中だから、観終わった後でも買えそう気がするけど一応ね」
「買いたいと思ったらすぐに買うのがいいと思う。……俺もパンフレットを買おうかな。パンフレットは買うことが多いし」
「じゃあ、一緒に買いに行こう!」
その後、俺は千弦に手を引かれる形で売店に行く。
公開初日の午前中なのもあってか、千弦も俺も無事にパンフレットを購入できた。あと、千弦は制服姿の男女が描かれたしおりやポストカードなどを購入していた。ちなみに、千弦曰く、女の子は琴葉という名前の主人公で、男の子は晴人という名前でキーパーソンとのことだ。
「グッズも買えて良かったよ!」
嬉しそうな笑顔でそう言う千弦。そんな千弦を見ると俺も嬉しい気持ちになる。
「良かったな、千弦」
「うんっ!」
「……上映時間まで20分を切っているし、お手洗いに行ったり、ポップコーンやドリンクを買ったりするか」
「そうだねっ」
その後、俺達はお手洗いを済ませ、フード&ドリンクコーナーでポップコーンとドリンクを購入した。ちなみに、俺はポップコーンは塩味、ドリンクはアイスコーヒー。千弦はポップコーンはキャラメル味、ドリンクはアイスティーだ。
ポップコーンとドリンクを買い終わったときには、『王子様とのディスタンス』の入場が開始されていた。
それぞれのスクリーンに行ける通路の入口にいるスタッフさんに千弦がチケットを見せ、俺達は1番スクリーンへと向かう。
1番スクリーンは結構大きい。2年前に発売された小説が原作だけど、女性に人気らしいし、結構な集客を望めると考えてこのスクリーンを割り当てられたのかも。
俺達は購入した正面にスクリーンが見えるペアシートに行く。
俺達はペアシートに座り、シートの端にあるホルダーにドリンクとポップコーンが乗ったトレーをセットした。
ペアシートはソファーなので、普通のシートよりも座り心地が良くて気持ちいい。また、普通のシートとは違って、シートの真ん中にある肘掛けは上げたり下げたりできる。今は肘掛けを上げており、家で一緒にアニメを観るときのように寄り添った状態で座っている。千弦に触れられて心地がいい。
また、シートとシートの間にはスペースがあるため、千弦とのちょっとした2人きりな感覚も味わえる。ペアシートいいな。
「ペアシートいいね! 普通のシートよりも気持ちいいし、肘掛けを上げ下げできるから洋平君ともこうしてくっつけるし」
千弦はニコニコとした笑顔でそう言ってくれる。
「俺も同じような理由でペアシートいいなって思ったよ。これで2人分の通常料金でいいのは凄いよな」
「そうだねっ。これからも、ペアシートのあるスクリーンで上映されるときは、ペアシートにしようか」
「ああ、そうしよう」
座り心地が良くて、千弦と寄り添って座れるのはとても魅力的だから。
千弦は自分のキャラメル味のポップコーンを一口食べる。
「甘くて美味しいっ」
ニコッと笑いながらそう言い、千弦はポップコーンをもう一口。美味しそうにモグモグ食べる姿はとても可愛い。
俺も塩味のポップコーンを一口食べる。
「美味い」
さっぱりとした塩味で美味しいな。
そういえば、ゴールデンウィークに映画に行ったときも、予告編が始まる前のこのタイミングでポップコーンを食べたっけ。
「洋平君、ポップコーンを一口交換したいな」
「ああ、いいぞ」
千弦と一口交換することは多いし、違う味のポップコーンを買ったから交換したいと言われると思っていたよ。
お互いに自分のポップコーンを一口分つまんで、相手の口元まで持っていく。
「洋平君、あ~ん」
「千弦もあーん」
俺達はポップコーンを食べさせ合う。
千弦に食べさせてもらったキャラメル味のポップコーンは甘くてとても美味しい。あと、さっき塩味を食べさせたのもあってかなり甘く感じる。
千弦は……塩味のポップコーンが美味しいのか、笑顔でモグモグと食べている。俺が食べさせたのもあって凄く可愛い。
「塩味のポップコーンも美味しいね。さっぱりしてる」
「塩味美味しいよな。キャラメル味は甘くて美味しいな。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそありがとう」
その後も、千弦と雑談をしながら上映が開始されるのを待つ。
また、劇場内を観ると、多くの座席にお客さんが座っている。女性に人気なだけあって大半が女性だ。男性もちらほらといるけど、俺のように女性と一緒に来ていると思われる人が多い。
それから数分ほどして、劇場内が暗くなり、スクリーンには近日公開予定の作品の予告編が流れる。これから上映される作品が女性に人気なアニメ作品だからか、アニメ作品や若い男性俳優が主演の実写邦画の予告編が多い。
10分近く予告編が流れた後、いよいよ本編が始まる。
本編の時間は130分。『王子様とのディスタンス』の世界に浸っていこう。家でアニメを観るときと同じように、千弦と寄り添いながら。