第17話『恋人と一緒に乗るフロートマット』
「ねえ、洋平君。私、洋平君と一緒に2人用のフロートマットに乗ってみたいな。洋平君、どうかな?」
レジャーシートで少し休憩したとき、千弦がそんなことを言ってきた。
2人用のフロートマット……神崎さんが持ってきたものか。千弦と俺が水をかけ合ったとき、神崎さんと結菜が一緒に乗っていたな。2人とも気持ち良さそうにしていたっけ。千弦と一緒に乗ってみたらどんな感じか興味がある。
「ああ、いいぞ」
「ありがとう!」
千弦は嬉しそうにお礼を言った。
ちなみに、2人用のフロートマットはレジャーシートの側に置かれている。
「じゃあ、みんなに2人用のフロートマットを使っていいかどうか訊いてみるか」
「そうだね。……みんな、洋平君と私で2人用のフロートマットに乗りたいだけどいいかな?」
「千弦と一緒に乗ってみたくてさ。いいかな?」
千弦と俺はレジャーシートの中にいる6人にそう訊いてみる。
すると、6人全員が二つ返事で「使っていい」と快諾してくれた。特に持ってきた神崎さんは、
「千弦と白石は一緒に乗りたいって言うと思っていたわ」
と、ニコニコとした笑顔で。みんな優しいな。
「みんなありがとう! じゃあ、洋平君と一緒に乗らせてもらうね」
「ありがとう、みんな」
千弦と俺は6人にお礼を言った。
俺が2人用のフロートマットを持って、千弦と一緒に海へ向かう。
お昼過ぎになったから、この海水浴場に来たときよりも暑くなっている。だからこそ、ちょっと冷たさを感じられる海水が心地いい。時々やってくる小さな波も気持ち良くて。このくらいの高さの波であれば、快適にフロートマットに乗れるだろう。
また、千弦も「海気持ちいい」と気持ち良さそうにしている。
「このあたりで乗るか」
俺の腰あたりの深さまで来たとき、俺は千弦にそう言う。
「うん、そうだね」
「じゃあ、千弦からどうぞ。俺が押さえているから」
「分かった。ありがとう」
俺が押さえているからか、千弦は難なくフロートマットに乗った。枕部分に頭を乗せて横になる。
「乗れた。結構気持ちいい」
「おぉ、そうか。じゃあ、俺も乗るか」
「うんっ。おいで」
千弦は俺の方に体を向け、右手でポンポンとフロートマットを叩く。その姿がとても艶っぽく感じられた。
千弦が落ちてしまわないように気をつけながら、俺はフロートマットに乗る。2人用なので、俺が乗っても特に狭さは感じない。
俺は千弦に体を向ける形で横になる。こうして横になると、水上の独特の浮遊感が感じられて気持ちがいい。
「おぉ、フロートマット気持ちいいな」
「気持ちいいよねっ」
千弦はニコッと笑いながらそう言う。とても可愛いし、至近距離なのもあって結構ドキッとする。
「プールデートでの流れるプールで1人で浮き輪に座ったのも気持ち良かったけど、こうして洋平君と2人で一緒にフロートマットに乗るのも気持ちいいな」
「そうか。そう言ってもらえて嬉しいなぁ。俺も千弦と一緒に乗るのが気持ちいいよ。これを持ってきてくれた神崎さんに感謝だな」
「そうだねっ。あとは……一緒に乗りたいっていう私の希望を叶えてくれた洋平君のおかげでもあるよ。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそありがとう」
そうお礼を言って、千弦の頭をポンポンと優しく叩く。そのことで、千弦の笑顔は柔らかいものに変わって。
「ねえ、洋平君。……キスしたい。お礼の意味も込めて」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう!」
千弦はニッコリとした笑顔でお礼を言うと、俺にキスをしてきた。
これまでに千弦とたくさんキスしてきたけど、海に浮くフロートマットで横になりながらキスをしているから新鮮な感じがして。こういう状況の中でキスできて幸せだ。
少しして、千弦の方から唇を離した。すると、目の前には頬を中心に赤らんだ千弦の笑顔があって。目が合うとニコッと笑いかけて。そのことに胸が温かくなった。
「海の上で横になりながらだから、新鮮なキスでした」
「そうだな。俺も新鮮に感じたよ」
「そっか」
ふふっ、と千弦は声に出して楽しそうに笑う。本当に可愛いな。
「ねえ、洋平君。腕を抱きしめていい? ベッドで一緒に横になるとき、洋平君の腕を抱きしめるから。気持ちいいし」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう」
千弦に腕を抱きしめてもらいやすいように、俺は仰向けの状態になる。
仰向けになった直後、千弦は俺の左腕をそっと抱きしめてきた。水着姿なので、千弦の肌が直接当たって。柔らかい胸も当たっているのでとても気持ちがいい。
また、千弦は俺の肩に頭を乗せ、脚も軽く絡ませてきて。それもまた気持ちいい。
「腕を抱きしめるの気持ちいい」
えへへっ、と千弦はご満悦の様子。
「俺も千弦に抱かれるのが気持ちいいよ」
「それは良かった。……この体勢が好きだから、ここでもできるのが嬉しいよ」
「そうか。千弦とこうやってくっつけるのは好きだから、俺もフロートマットの上でできるのは嬉しいなって思うよ」
「そっか。嬉しい」
千弦は言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言うと、肩に頭をスリスリとしてくる。それがとても気持ちがいい。
――バシャバシャ。
「……ぷはっ。……千弦、白石、フロートマットの乗り心地はどうかしら?」
すぐ近くから神崎さんの声が聞こえてきた。
神崎さんの声がした方に視線を向けると、フロートマットの側に神崎さんが立っていた。このフロートマットを持ってきた身として、乗り心地がいいかどうか気になったのかな。あと、顔や髪が濡れているし、額にゴーグルをかけているから泳いできたのだろう。バシャバシャと泳ぐ音も聞こえたし。
「とてもいい乗り心地だし気持ちいいよ、玲央ちゃん!」
「凄くいい乗り心地で気持ちいいよな。このフロートマットを持ってきてくれてありがとう、神崎さん」
「ありがとう、玲央ちゃん!」
千弦と俺は神崎さんにフロートマットの乗り心地とお礼を伝える。
「それは良かった。持ってきた人間として嬉しいわ」
神崎さんは持ち前の明るい笑顔でそう言った。この場で神崎さんにお礼を言えて良かった。
「あと、白石の腕を抱きしめる千弦可愛い」
「ふふっ。凄く気持ちいいの。お泊まりのときはこうやって腕を抱きしめながら寝たんだよ。ぐっすり眠れたの」
「そうだったのね」
神崎さんがそう言うと、千弦は可愛い笑顔で「うんっ」と首肯する。こうして第三者に俺の腕を抱きしめると気持ちいいって言ってくれるのは嬉しいな。
「……ところで、顔や髪が濡れているし、ゴーグルもかけているからここまで泳いできたの?」
「ええ。海に来ると泳ぐことが多いの。波も基本小さくて穏やかだから泳ぎやすくて気持ちいいわ」
爽やかな笑顔でそう言う神崎さん。海に来ると泳ぐことが多いのか。女子テニス部で普段から運動をしている神崎さんらしい。あと、女子テニス部は屋外で活動をしているから、海では体を動かしたくなるのかも。
「フロートマットの乗り心地が気になったから、ここを目指して泳いできたのよ」
「そういうことだったんだね」
「なるほどな」
「うんっ。……さてと。飛鳥先生があたし持参の浮き輪に座ってゆっくりしているから、次はそこを目指して泳ぎますか。じゃあ、2人はごゆっくり」
神崎さんはそう言うと、ゴーグルを両目に装着して、山本先生がいると思われる方向に向かって泳ぎ始めた。
あと、山本先生は浮き輪に座ってゆっくりしているのか。星野さんのように、そうするのが好きなのかな。
「泳いでここまで来たのは玲央ちゃんらしいかも」
「そうだな。普段から部活で体を動かしているもんな。あと、神崎さんにちゃんとお礼を言えて良かったよ」
「そうだね。千弦ちゃんも嬉しそうにしていたし」
「ああ。……この後もゆっくり乗っていようか」
「うんっ。この姿勢が気持ちいいから、このまま腕を抱きしめていてもいい?」
「もちろん」
「ありがとう」
お礼を言い、千弦は「ちゅっ」とキスしてきた。唇が一瞬触れる程度のキスだけど、千弦の唇の柔らかさははっきりと分かった。
それからしばらくの間、俺と千弦は今日の海水浴のことなどで話しながらフロートマットでゆっくりした。フロートマットの乗り心地もいいし、千弦とくっついているのも気持ちいいので、とても幸せな気持ちになれた。
明日公開のエピローグで特別編が完結する予定です。
最後までよろしくお願いします。