第14話『海で水をかけ合って』
「……次は何をしようか? 洋平君のやりたいことをしたいな」
キスした後、千弦は依然として俺を抱きしめながらそう問いかけてくる。
「そうだな……水をかけ合いたいな。プールデートのときはプールに入ってすぐに水をかけ合ったし」
「そうだったね。じゃあ、水をかけ合おうか」
「ああ」
千弦が俺への抱擁を解いて、千弦と一緒に海の中へと入っていく。
海水はちょっと冷たくて。定期的にやってくる小さめの波がパシャッと体に当たるのが気持ち良くて。たまに、ちょっと大きめの波が当たると水しぶきが飛んで。それもまた気持ちがいい。
俺の腰、千弦のへそあたりの深さのところまで来たとき、
「このあたりでやるか」
「うんっ」
そう言うと、千弦は沖の方に少し離れて、俺と向かい合う体勢になる。
「じゃあやるぞ、千弦。……それっ」
両手で海面を掬い上げて、海水を千弦の方に向かってかける。その海水は千弦の顔を中心にクリーンヒットした!
「きゃっ! ……冷たくて気持ちいい! あと、海水だからしょっぱいし、目もちょっと痛いっ」
と言いながらも、千弦は楽しげな笑顔ではしゃいだ様子だ。可愛いな。あと、海水で濡れているので、夏の日差しに照らされてきらめいており美しさも感じられる。
「お返しだよっ! それっ!」
千弦は両手で海面を掬い上げて、海水を俺に向かってかけてきた。
お返しと言うだけあって、千弦のかけてきた海水は俺の顔にクリーンヒット!
千弦の言う通り、冷たくて気持ちいいけど、海水だからしょっぱくて目がちょっと痛い。プールで水をかけ合ったときとは少し違った感覚だ。
「気持ちいいな!」
「気持ちいいよねっ」
「ああ。あと、しょっぱくて目がちょっと痛い」
「プールのときはちょっと違うよね」
「そうだな。海水だから、目には気をつけて水をかけ合おう」
「うん、そうしよう」
それからも千弦と海水をかけ合う。
千弦にかけられる海水はとても気持ち良くて。
俺に海水をかけるときを中心に、千弦はとても楽しそうにしていて。水をかけ合う単純なことだけど、とても楽しい。これはプールデートのときと変わらないな。
「あぁ、いい光景だわぁ」
「本当に楽しそうですよね、お兄ちゃんと千弦さん」
「いい雰囲気だよね。あと、プールデートで水をかけ合ったって言っていたけど、こんな感じだったのかなって思うよ」
気付けば、俺達の近くにはフロートマットに乗った神崎さんと結菜、浮き輪に座った星野さんがいた。3人とも楽しそうな笑顔で俺達のことを見ている。
「洋平君と水をかけ合うの凄く楽しいよ! ね、洋平君」
「ああ。楽しいよな。星野さんの言う通り、プールデートのときもこういう感じだったよな」
「そうだったね」
千弦はニコッとした可愛い笑顔でそう言った。
「彩葉ちゃん達はどう?」
「浮き輪に座るの気持ちいいよ。波も基本的に小さいから、ゆらゆら揺れるのも気持ちいい」
「フロートマットも気持ちいいわ! 結菜ちゃんと一緒だから乗り心地が凄くいいわ!」
「ふふっ。大きいですから、2人で乗っても安定していて、乗り心地いいですよね。気持ちいいです」
3人とも笑顔でそう答える。浮き輪やフロートマットは気持ちいいか。あと、結菜と一緒だから乗り心地がいいと言うのが神崎さんらしい。
プールデートでは流れるプールで浮き輪に座って気持ち良かったし、あとで浮き輪やフロートマットに乗ってみようかな。そんなこと考えていたら、
「あっ、大きい波が来たぞ!」
気付けば大きな波がすぐ近くまで来ていた。俺よりも沖にいる千弦を飲み込んでしまいそうなほどの高さの波が。
――ザバーン!
『きゃあっ!』
ただ、言うのが遅かったから、千弦は後ろに振り返った直後に波に飲み込まれてしまった。
また、浮き輪に乗っている星野さんや、フロートマットに乗っている神崎さんと結菜は波に乗って砂浜の方に向かって流れていく。波が高いし勢いもあるけど、3人は海には落ちていないから大丈夫そうだ。
「千弦、どこだ!」
大きめの声で千弦を呼び、千弦が立っていた沖の方へと歩き始める。すると、
――プクプク。
歩き始めてすぐ、俺の目の前で水面から気泡が。
「ぷはっ!」
千弦は水面から顔を出した。俺と目が合うと、千弦はニコッと笑う。
「振り返ったら目の前に波が来ていたからビックリして転んじゃった」
「そうか。大丈夫か? 怪我はないか?」
「怪我はないし、痛みもないから大丈夫だよ」
「それなら良かった。……ごめんな。波に気付くのが遅くて」
「気にしないで」
快活な笑顔でそう言い、千弦はその場で立ち上がった。そのことでへそのあたりまで水面から出るが――。
「ち、千弦! 胸出てる!」
そう、千弦の水着のトップスが脱げており、胸が丸出しになっていたのだ! 俗に言うポロリである!
「えっ? ……きゃあっ!」
ポロリしてしまったことが分かった千弦は一瞬にして顔が真っ赤になり、とっさに両手で自分の胸を押さえた。
俺は千弦のことを抱きしめる。こうすれば、千弦の胸が周りの人の視線からより守られるだろうと思って。
周りを見ると……海水浴場の中心部から外れたところにいたのが幸いしてか、近くには人があまりいない。こちらをじっと見ている人もいないし、千弦の胸を見た人はいないだろう。
「ううっ、まさかポロリしちゃうなんて。こういうシーンも漫画やアニメで見たことがあるけど、このシーンは体験したくなかったな……」
「そうだよな。……やっぱり、波に飲み込まれたから脱げちゃったのかな」
「そうだと思う。あとは、洋平君と玲央ちゃんに日焼け止めを塗ってもらった後に水着の紐を結んだけど、そのときの結び方が甘かったのかもしれない」
「そうか……」
色々なことが重なって、千弦のビキニのトップスが脱げてしまったんだな。
「千弦ちゃん、白石君、大丈夫!」
背後から星野さんの声が聞こえてきた。
振り返ると、浮き輪を持った星野さんと、フロートマットを持った神崎さんと結菜がこちらにやってくるのが見えた。
「俺は大丈夫だ。千弦もケガとかはしていないんだけど……水着のトップスが脱げて」
『えええっ!』
星野さんと神崎さんと結菜は声を上げて驚く。海で水着が脱げるなんて大事件だもんな。
「ってことは、千弦はただいまポロリ中なのね」
「うん。しちゃってる。波に飲み込まれたからだと思う」
「なるほどね。じゃあ、私達3人で千弦ちゃんの水着を探そう」
「そうですね! さっきの波は大きくて流れに勢いがありましたから、砂浜に流れ着いているかもしれませんね」
「その可能性はありそうね。……千弦と白石はここで待ってて。あと、白石はそのまま千弦を抱きしめ続けなさい。彼女の胸を守るのは彼氏の役目なんだからね」
「ああ、分かった」
「みんな……よろしくお願いします」
千弦がそう言うと、星野さん達3人は「任せて」と言い、砂浜の方に向かっていった。3人とも頼んだぞ。
「水着、見つかるかな……」
「きっと見つかるさ。……3人が来るまで、俺がこうして千弦を抱きしめているよ」
「……うんっ、ありがとう」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言うと、自分の胸から両手を離して、俺の背中に回した。その流れで胸を俺の体に押し当ててくる。
直接当たっているから胸がとても柔らかくて。水をかけ合っていたり、波に飲み込まれたりしたのもあって冷たさも感じて。
千弦の胸が直接体に当たるのは一緒にお風呂に入ったり、肌を重ねたりするときくらいだから、そのときのことを思い出してしまう。それもあって、かなりドキドキして、体が熱くなってきた。
「こうして胸を洋平君の体に直接当てて抱きしめ合っていると、かなりドキドキする。今までこうしていたのは、お風呂やえっちのときくらいだからかな?」
「俺も同じことを考えてたよ。かなりドキドキしてる。お風呂やえっちのときを思い出すし」
「ふふっ、そっか。……ただ、ドキドキもするけど、安心もしてくるよ。洋平君の体の感触とか温もりを感じるし、好きだから」
千弦は頬を中心に赤くなっている顔に可愛い笑みを浮かべる。俺がこうして抱きしめていることで、千弦に安心感をもたらすことができて何よりだ。
「それは良かった」
そう言い、俺は千弦の頭をポンポンと優しく叩く。それが気持ちいいのか、千弦の笑顔は柔らかいものになる。
ドキドキしていると言うだけあって、千弦の体から心臓の鼓動がはっきりと伝わってくる。温もりが段々と強くなってきて。ただ、それが心地良くて。もし、周りに誰もいなかったら、しばらくこうしていたいほどに。
「千弦ちゃん、あったよ!」
背後から星野さんの声が聞こえてきた。
顔を背後に向けると、星野さんと神崎さんと結菜がこちらに向かってくるのが見えた。神崎さんが水色のビキニのトップスを持っている。あの色味やデザインからして千弦のビキニの可能性が高そうだ。
「これだよね、千弦ちゃん」
3人は俺達のところにやってきて、星野さんが持っているビキニのトップスを千弦に見せる。
「うん、これだよ!」
千弦はとても嬉しそうな笑顔でそう言う。その反応を受け、星野さんと神崎さんと結菜も嬉しそうな笑顔になる。
「良かった……」
「彩葉が見つけたのよ。結菜ちゃんがさっき言った推理を基に、波打ち際を探したの」
「波打ち際の近くに浮いていたんですよね、彩葉さん」
「うん」
「そうだったんだね。みんな見つけてくれてありがとう!」
千弦は依然としてとても嬉しそうな様子でお礼を言った。そんな千弦に星野さん達3人は「いえいえ」と可愛い笑顔で言った。
「じゃあ、ビキニを着よう」
千弦がそう言ったので、俺は千弦への抱擁を解く。すると、千弦も俺への抱擁を解いてすぐに俺から少し後ろに下がった。そのことで千弦の胸が露わになるけど、周りの人に見られるかもしれないと考えてかすぐに両手で隠した。
「……あの、千弦さん。お兄ちゃんに『目を瞑って』とかは言わずにお兄ちゃんからすぐに離れましたね。離れたときに胸が見えちゃっていましたし。あと、お兄ちゃんも目を瞑ったり、千弦さんから視線を逸らしたりすることもなかったし。それと、抱きしめ合っているときはお兄ちゃんの体に胸が当たっていましたよね……」
結菜は千弦と俺にそんな指摘をする。ちょっと頬を赤くして。
お風呂に入ったり、肌を重ねたりしたときに千弦の裸は見ているし、そういったことをした後に服を着るところも見ているから、千弦のことを普通に見ていた。きっと、千弦も同じような理由で、俺に「目を瞑って」などと言わなかったのだと思う。
今の俺達や、千弦が俺の体に胸を当てながら抱きしめていたのを見て、結菜は俺達が恋人としての段階が結構進んでいると考えているのかも。星野さんと神崎さんも同じように考えているかもしれない。
「って、ごめんなさい。玲央さんと彩葉さんもいる前でこんなことを言ってしまって」
「ううん、いいよ、結菜ちゃん」
「気にしないでくれ」
俺達の行動が気になったから、結菜はつい言ってしまったんだろうし。
千弦は頬を赤くしながら俺に顔を近づけて、
「結菜ちゃんに指摘されたし……お風呂に入ったこととか、最後までしたことを言う? 私は3人なら言ってもいいかなって思ってる。近くには他の人もいないし」
と耳打ちしてきた。
結菜は俺の妹だし、星野さんと神崎さんは友人だ。話してもいいと思う。それに、星野さんと神崎さんには千弦の誕生日の夜にイチャイチャしたと学校で話したから、俺達が最後までしていると感付いていると思うし。
あと、星野さんと神崎さんと一緒に聞いていた琢磨と吉岡さんも、俺達が最後までしたと感付いていそうだなぁ。山本先生はいなかったけど、千弦と俺がお泊まりしたことは知っているし、最後までしたかもって思っているかもしれない。
「千弦が良ければ話していいよ」
俺が千弦に耳打ちすると、千弦は「分かった」と返事した。
「洋平君とはお風呂に入ったり……さ、最後までしたりしたからね。そのときにお互いの体を見ているから、洋平君に『目を瞑って』とかは言わなかったの。胸を当たった状態で抱きしめ合っていたのも同じ理由だよ」
俺達にしか聞こえないような小さい声で千弦はそう言った。真っ赤になった顔ではにかみながら。
「同じ理由で、俺も目を瞑ったり、千弦から視線を逸らしたりはしなかったんだ」
千弦に倣って、千弦と同じくらいの大きさの声でそう言った。顔が結構熱くなっているから、きっと千弦のように顔が赤くなっているのだろう。
「そ、そういうことでしたかっ。そこまで進んでいたんですね」
結菜は頬を赤くしてそう言った。
「やっぱり、最後まで経験済みだったのね。千弦の誕生日のお泊まりのときにイチャイチャしていたって聞いていたからそうじゃないかって思ってた。それに、千弦が白石に胸を当たった状態で抱きしめ合っていたし」
「私も予想通りだったよ、玲央ちゃん」
神崎さんは微笑みながら、星野さんは普段通りの優しい笑顔でそう言った。予想していたのもあってか、2人は結菜ほど顔を赤くしていなかった。
「えっと、その……高校生なんだし、できちゃわないように気をつけなさいね。万が一、できちゃったらサポートするけど」
「私も2人の友達としてサポートするよ」
「あたしもサポートしますよっ。産まれてくる子の叔母として」
「ありがとう、玲央ちゃん、彩葉ちゃん、結菜ちゃん。もちろん気をつけるね」
「3人ともありがとう。気をつけるよ」
「あと……さ、最後までしたことは誰にも言わないでね」
「よろしく頼む」
千弦と俺がそう言うと、結菜と星野さんと神崎さんは「分かった」と頷いた。3人ならたぶん大丈夫だろう。
千弦がビキニのトップスを着るので、星野さん達3人は周りの人に千弦の胸が見られないように千弦を囲むようにして立った。
千弦は星野さんからビキニのトップスを受け取り、俺と向かい合った状態で着始める。まさか、千弦が水着を着るところを見るときが来るとは。しかも海で。
俺達4人がガードしていたのもあり、千弦の胸を見た人はいないようだった。
「よし、これでOK。4人とも私の周りに立ってくれてありがとう。あと、彩葉ちゃん、玲央ちゃん、結菜ちゃん、改めてビキニを見つけてくれてありがとう。洋平君も見つかるまでの間、私の胸を見られないようにして、安心させてくれてありがとう」
千弦はとても嬉しそうにお礼を言った。
「いえいえ」
「千弦さんのお役に立てて良かったです!」
「そうだね、結菜ちゃん」
「役に立てて嬉しいわ」
俺達がそう言うと、千弦はニコッと笑いかけてくれた。
また、お礼なのか、千弦は俺にキスしてきて。ただ、このキスはいつもと違ってしょっぱかった。
これで、千弦の胸がポロリしてしまったことについては一件落着だな。千弦の水着がすぐに見つかって本当に良かった。