第43話『恋人とのお風呂-前編-』
千弦はお風呂のお湯張りのスイッチを入れに行った。15分くらいでお湯張りが完了するとのこと。
ちなみに、果穂さんと孝史さんは起きていないとのこと。千弦曰く、休日なので午前6時半過ぎだと2人ともまだ寝ているのだそうだ。
お湯張りが終わるまではお手洗いを済ませたり、歯を磨いたり、キッチンで冷たい麦茶を飲んだりした。
千弦の言う通り、15分ほどしてお湯張りが終わったので、俺達は浴室に繋がる洗面所へ行く。
お互いの姿が見える中で、俺達は衣服を脱いでいく。
昨日の夜は千弦と裸を見せ合って、たくさん肌を重ねたし、起きてからも部屋を出る直前まで裸だったのに、千弦が寝間着と下着を脱いで肌を露出していくことにドキッとする。
あと、千弦の体を見ると……キスマークのようなものは特についていない。良かった。
ちなみに、俺の体も、見える範囲ではキスマークと思われるものはついてなかった。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「髪と背中を洗いっこしたいな。彩葉ちゃんとかお友達と一緒にお泊まりして、一緒にお風呂に入るときは、髪と背中を洗いっこすることが多くて。修学旅行のときとかも」
「そうなんだ。いいぞ、洗いっこするか」
「ありがとう!」
千弦は嬉しそうにお礼を言った。
お互いに衣服を全て脱ぎ終わったので、俺達は浴室に入る。千弦の家の浴室に入るのは昨日に続いて2度目だけど、昨日とは違って千弦と一緒なので新鮮だ。
「千弦と俺、どっちから洗う?」
「まずは洋平君からがいいな。洋平君はお客さんだし」
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて」
「さあ、バスチェアにどうぞ」
「ああ」
俺はバスチェアに座って、シャンプーやボディータオルなど必要なものを蛇口の横に置いた。
正面にある鏡を見ると、鏡越しに千弦と目が合って。その瞬間に千弦はニコッと笑いかけてくれた。そして、
――ぎゅっ。
俺のことを後ろから抱きしめてきた。抱きしめられるとは思わなかったので、ビックリして体がピクッと震えた。
背中から千弦の体の温もりや柔らかさが感じられて。一部は特に柔らかく感じるけど、きっとそこは胸が当たっているんだろうな。気持ちいいから、段々とドキドキしてくる。
「ち、千弦?」
「……洋平君の後ろ姿が素敵だし、後ろから抱きしめたことはなかったなって。だから、抱きしめてみました」
「そういうことか。確かに、千弦に後ろから抱きしめられたことはなかったな。いきなりだったからビックリしたよ」
「ピクッと震えたもんね。……後ろから抱きしめるのもいいね」
千弦はそう言うと、鏡越しに笑いかけてくる。
「洋平君は後ろから抱きしめられてどう?」
「背中から千弦の温もりや柔らかさを感じられるのがいいなって思う。互いに裸だから胸が直接当たっているし」
「ふふっ、良かった。ありがとう、洋平君」
千弦がお礼を言った直後、
――ちゅっ。
という音が聞こえたと同時に、背中に柔らかいものが一瞬触れた。この感触からして唇だろうか。
「抱きしめられるのがいいって言ってくれたのが嬉しかったし、洋平君の広い背中が素敵だから……キスしました」
千弦は笑顔で鏡越しで俺を見ながらそう言った。その笑顔は頬を中心にほんのりと赤くなっていて。凄く可愛いな。
それから程なくして、千弦は俺への抱擁を解いた。
「それじゃ、洗い始めようか。髪と背中、どっちから洗ってほしい?」
「髪からお願いします。この水色のボトルに入っているリンスインシャンプーで洗って」
「分かった。じゃあ、まずはシャワーで髪を濡らすね。目を瞑ってね」
「はーい」
千弦の言う通りに目を瞑る。
程なくして、髪にシャワーのお湯がかかっていく。お湯の温度がちょうど良くて気持ちがいい。
「洋平君の髪ってとても綺麗な金色だよね。好きだよ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。生まれ持った髪だし」
「いえいえ」
いつまでも綺麗な金髪でいられるように、髪のケアはしっかりとやろう。
シャワーで髪を濡らした後、俺は千弦に髪を洗ってもらい始める。
優しい手つきで洗ってくれるので、凄く気持ちがいい。あと、誰かに髪を洗ってもらうのが久しぶりだから、贅沢で非日常な感じがする。
ゆっくりと目を開けると、鏡には俺の髪を楽しそうに洗う千弦が映っていて。
「洋平君。気持ちいいですか?」
「凄く気持ちいいよ。今の洗い方でお願いします」
「はーい」
依然として、千弦は楽しそうな笑顔で返事をする。
それからも千弦に髪を洗ってもらう。
「本当に気持ちいいなぁ。誰かに洗ってもらうのは久しぶりだから、贅沢な時間を過ごしている感じがするよ」
「そっか。久しぶりって言ったけど、最後に髪を洗ってもらったのはいつ頃?」
「小学校の6年生くらいかな。その頃までは結菜と一緒にお風呂に入ってて。結菜と髪や背中を洗いっこしたときも結構あったんだ。それ以降も琢磨とか友達とお泊まりしたことはあるけど、一緒に風呂は入らなかったな。修学旅行ではクラスの友達と一緒に大浴場に入ったけど、洗い場で隣同士に座って喋りながら自分の髪や体を洗ったよ」
「そうだったんだね。男の子は友達同士で洗いっこするのは珍しいのかな」
「かもしれないなぁ。俺の覚えている限りだけど、修学旅行とかで洗いっこしているやつはいなかったな」
「そうだったんだ。……最後に洗ってもらったのは結菜ちゃんか。ちなみに、他に女性に髪を洗ってもらったことってあるの?」
「母さんと、父方母方双方のばあちゃんくらいだな。それも、俺が幼稚園とか小学校の低学年くらいのときだった。家族や親戚以外では千弦が初めてだよ。背中を洗ってもらうのも家族や親戚以外は経験なしだ。そもそも、一緒にお風呂に入るのもな」
「そうなんだ! こういうことでも洋平君の初めてになれて嬉しいな」
千弦はニコニコとした笑顔でそう言ってくる。可愛いな。
「ちなみに、私も……男の人と一緒にお風呂に入ったのは、幼稚園の頃にお父さんやおじいちゃんと入っただけだよ。家族や親戚以外の男の人と一緒に入るのは洋平君が初めてです」
鏡越しで俺のことを見つめながら、千弦はそう言ってきた。
そっか。家族や親戚以外の男の人と一緒に入るのは俺が初めてなんだ。それが分かって嬉しい気持ちになる。さっき、千弦はこういう気持ちだったんだな。
「そうなのか。嬉しいよ。俺もお風呂のことで千弦の初めてになれて」
「うんっ。……そろそろ泡を洗い流すから、しっかり目を瞑ってね」
「はーい」
千弦の言う通り、しっかりと目を瞑る。
その後、シャワーでシャンプーの泡を洗い流してもらい、俺が持ってきたタオルで髪を拭いてもらった。髪を拭くことまでしてもらえるとは。有り難い限りだ。
「はいっ。髪を洗うの終わり!」
「ありがとう、千弦。気持ち良かったよ」
「いえいえ。洋平君の髪を洗えて楽しかったよ。次は背中だね」
「ああ。持ってきたボディータオルでボディーソープを泡立てるから待ってて」
「うんっ」
俺は持参したボディータオルで、この浴室にあるピーチの香りがするボディーソープを泡立てていく。昨晩、千弦と肌を重ねたときに、千弦の体から感じた香りなのもあってちょっとドキッとした。
「はい、千弦。背中をよろしくお願いします」
「分かった」
千弦にボディータオルを渡す。
前を向いてすぐに、千弦に背中を洗い始めてもらう。
髪を洗ったときと同じく、背中を洗うのも優しい手つきだ。いつものボディータオルを使っているのに、自分で洗うときよりも気持ちが良くて。
「どうかな、洋平君。痛くない?」
「全然痛くないぞ。とても気持ちがいいよ。この強さでお願いします」
「うん、分かった」
その後も千弦に背中を洗ってもらう。
千弦に洗ってもらうのが気持ち良くて。鏡を見れば楽しそうに洗っている千弦が映っていて。とても幸せな気持ちになる。
「このボディーソープの甘いピーチの香りもいいな」
「いいよね。この香り好きなんだ。だから、昨日……洋平君からこの甘い香りがしたのが嬉しかった。もちろん、いつもの洋平君の匂いも好きだけどね!」
「ははっ、そうか。俺もいつもの千弦の匂いが好きだよ」
「嬉しい」
千弦は鏡越しに俺に向けてニコッと笑いかけてくれた。可愛いな。
「さっきも言ったけど、洋平君の背中は広いね。私が洗った背中の中では一番広いよ。お父さんとおじいちゃんの背中は小さい頃に洗ったからとても広く感じたけど、洋平君よりは小柄だし。お母さんや彩葉ちゃんとか友達ももちろんね」
「そうなんだ。こういうことでも千弦の一番になれて嬉しいよ」
「ふふっ」
今後も、千弦が洗う背中の広さのナンバーワンをキープし続けたいものである。
「背中を洗い終わったよ、洋平君」
「ありがとう。あとは自分で洗うよ」
「分かった」
千弦からボディータオルを受け取り、背中以外の部分を洗い始める。
自分で洗うので、気持ちのいい力加減は分かっている。だから、気持ち良くはある。だけど、千弦に洗ってもらったときの方が断然に気持ち良かった。