第37話『誕生日のお家デート』
千弦の誕生日である今日は午前10時に千弦の家にお邪魔して、午前中はお家デート。お昼をいただいて、午後は藤原家のみなさんと星野さんと一緒に誕生日パーティーの準備。午後6時半からは千弦の誕生日パーティー。その後、俺は千弦の家でお泊まりと盛りだくさんだ。
ちなみに、お泊まりする俺は明日の午後6時頃まで千弦の家にいる予定だ。普段、週末は土日のどちらかにシフトに入る。ただ、今週末は月曜日が海の日で祝日なのもあり、月曜日にシフトに入ることになっている。それもあり、明日の午後6時頃まで千弦の家にいることになった。
千弦の誕生日である今日はもちろんのこと、千弦の家にいる明日の午後6時頃まで千弦と一緒に楽しい時間を過ごしたい。
午前9時55分。
雨がシトシトと降り、蒸し暑さを感じられる中歩いて、俺は千弦の家の前まで辿り着いた。
約束の時間まであと5分だし、もうインターホンを鳴らして大丈夫そうかな。
俺は傘立てに自分の傘を入れて、千弦の家のインターホンを鳴らした。
――ピンポー。
『はい。あっ、洋平君!』
インターホンが鳴り終わる前に、スピーカーから千弦の声が聞こえてきた。約束の時間が近づいているから、モニターの前で待っていたのだろうか。その様子を想像すると……可愛いな。
「洋平です。来たよ」
『うんっ! すぐに行くね!』
「分かった」
それから程なくして、家の中から足音のようなものが聞こえ、
「お待たせ、洋平君」
玄関が開き、中からはロングスカートにノースリーブのブラウス姿の千弦が出迎えてくれた。首元に付けているシルバーのネックレスも相まって落ち着いた雰囲気だ。ただ、千弦がニコッとした笑顔を見せているので可愛らしさもあって。
「おはよう、千弦。17歳の誕生日おめでとう!」
「ありがとう! メッセージや電話も嬉しかったけど、直接言われるのが一番嬉しいね! あと、おめでとうって何度言われても嬉しいよ!」
千弦は言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言ってくれる。そのことに胸がとても温かくなる。
「そっか。俺も千弦に誕生日おめでとうって言って、千弦にありがとうって言われると嬉しい気持ちになるよ」
俺は千弦の頭を優しく撫でる。
頭を撫でられてすぐに、千弦の笑顔は柔らかいものに変わる。付き合い始めた頃に頭を撫でられるのが好きだと言っていただけあって、頭を撫でると今のような笑顔になることが多い。
「これから明日の夕方まで、私の家で一緒に楽しい時間を過ごそうね!」
「ああ。一緒に楽しく過ごそうな!」
「うんっ!」
千弦はニコッとした笑顔で返事をして、しっかりと首肯した。
「それにしても、今日の服装もよく似合ってるよ、千弦。素敵だよ」
「ありがとう。洋平君もワイシャツがよく似合ってるよ!」
「ありがとう」
「さあ、上がって」
「お邪魔します。……千弦の部屋に行く前に、果穂さんと孝史さんに挨拶していいかな?」
「もちろんだよ。じゃあ、リビングに行こうか。荷物は玄関に置いておいて」
「了解」
俺は千弦の家にお邪魔する。
千弦の指示通り、ボストンバッグを一旦玄関に置いて、千弦と一緒にリビングに向かう。
「お母さん、お父さん、洋平君が来たよ」
「お邪魔します」
リビングに入ると、中には隣同士でソファーにくつろいでいる果穂さんと孝史さんがいた。果穂さんはフレアスカートに半袖のニット、孝史さんはスラックスに半袖のワイシャツで涼しげな装いだ。
エアコンがかかっているのでリビングは涼しい。雨が降って蒸し暑い中歩いてきたから、この涼しさがとても心地良く感じられる。
果穂さんと孝史さんはソファーから立ち上がり、俺のところにやってくる。
「白石君、おはよう~」
「おはよう、白石君」
「おはようございます、果穂さん、孝史さん。明日の夕方頃までお世話になります」
そう挨拶して、俺は軽く頭を下げる。
「ゆっくりしていきなさい、白石君。白石君が千弦の誕生日パーティーに参加してくれて、泊まりに来てくれて嬉しく思うよ」
「そうね、お父さん。ゆっくりしていってね。そして、楽しんでいってね、白石君」
孝史さんと果穂さんはニッコリとした笑顔でそう言ってくれた。2人の横で千弦は可愛い笑顔になっていて。藤原家のみなさんに歓迎されているのだと実感する。頬が緩んでいくのが分かった。
「ありがとうございます」
藤原家のみなさんの顔を見ながらお礼を言った。
挨拶が無事に済んだので、俺と千弦はリビングを後にする。玄関にあるボストンバッグを持って、2階にある千弦の部屋に向かう。
千弦の部屋に入ると、エアコンがかかっていてリビングと同じくらいに涼しい。
「洋平君。冷たいものを持ってくるよ。何がいい?」
「ブラックコーヒーをお願いできるかな」
「ブラックコーヒーだね。分かった。洋平君はゆっくりしていてね。荷物は適当なところに置いていいから」
「分かった。いってくるね」
「いってらっしゃい」
俺がそう言うと、千弦はニコッと笑って部屋を出ていった。
まずはこのボストンバッグを置こう。バッグは大きめだし、部屋の端の方がいいだろう。そう考え、部屋の壁際にボストンバッグを置いた。
ベッドの側にはクッションが2つ並べて置かれている。そのうちの1つに腰を下ろして、ベッドを背もたれにする形に。
部屋は涼しいし、背中に感じるベッドのマットレスが柔らかいし、千弦の甘い匂いがほのかに感じられるのでとても快適だ。
これから明日の夕方に帰るまでのうち、多くの時間はここで過ごせるのか。しかも、千弦と一緒に。幸せなことだなぁ。
「ただいま~」
「おかえり」
千弦が戻ってきた。千弦はマグカップやラタン製のボウルが乗ったトレーを持っている。
「アイスコーヒーを作ってきたよ」
「ありがとう」
「あと、チョコマシュマロがあったから持ってきた。コーヒーに合うし」
「マシュマロ合うよな。好きだよ」
「良かった」
千弦はローテーブルにマグカップ2つと、個別包装されたチョコマシュマロが入ったボウルを置いた。マグカップの1つは俺の前に置いてくれた。
俺はさっそくアイスコーヒーを飲むことに。
「アイスコーヒーいただきます」
「どうぞ~」
俺はアイスコーヒーを一口飲む。
苦味が強くて俺好みの味だ。あと、外は蒸し暑かったから、コーヒーがよく冷えているのもいい。コーヒーの冷たさが体に染み渡っていく感覚がたまらない。
「冷たくて美味しいよ。ありがとう、千弦」
「いえいえ。美味しくできていて良かった。洋平君はコーヒーが大好きだから、コーヒーを美味しいって言ってもらえて嬉しいよ」
とても嬉しそうに言うと、千弦は俺の隣にあるクッションに腰を下ろして、アイスコーヒーを一口飲んだ。美味しくできているのか、千弦は笑顔で、
「あぁ、美味しい」
と言っていた。
「チョコマシュマロいただきます」
俺はボウルからチョコマシュマロを一つ手に取る。個別包装されている袋を開けて、マシュマロを口の中に入れた。
マシュマロの甘さと、ちょっと苦味も感じられるチョコの甘さがいいなぁ。千弦の言う通り、コーヒーとよく合っていて美味しい。
「チョコマシュマロも美味しいな。コーヒーとよく合ってる」
「合うよねっ。私も一つ」
そう言い、千弦はボウルからチョコマシュマロを一つ取り、個別包装を開けて食べていた。甘くて美味しいからか、千弦は「う~ん!」と可愛らしい声を漏らし、笑顔でモグモグと食べていた。可愛いなぁ。
「美味しい」
「美味しいよな」
「うんっ」
そう言うと、千弦は俺にそっと寄りかかる。俺のことを上目遣いで見つめてくる。
「幸せだなぁ。17歳の誕生日の午前中から、洋平君と一緒にいられて」
千弦は幸せそうな笑顔でそう言ってくれる。そのことで胸が温かくなっていって。
「そうか。千弦を幸せにできて嬉しいよ」
「えへへっ。……去年、16歳の誕生日を迎えたときは、1年後に17歳になるときは洋平君っていう素敵な恋人がいて、普段から素の自分で生活できるとは想像できなかったな」
千弦は柔らかい笑顔で言う。
1年前は……1年生の頃は俺と千弦は同じクラスではなかったので、バイト先で何度か接客したことがある程度だ。千弦が当時から、俺のことを「変人」とか「シスコン」って呼ばれていたのを知っていたかもしれないけど。
また、千弦が俺に素を明かしたのは今年のゴールデンウィーク明けで、学校でみんなに素を明かしたのは今年の5月の終わり頃だ。だから、16歳の誕生日の頃はもちろん外では王子様のように振る舞っていた。王子様を演じるきっかけは、福岡の小学校に通っていた頃に嫌な想いをしたことだった。
だから、「16歳になったとき、1年後に俺という恋人がいて、普段から素の自分で生活しているなんて想像もしていない」と言うのは納得かな。
「そっか。まあ、1年前の千弦は王子様を演じていたし、俺とはバイト先で何度か接客されたことくらいだもんな」
「そうだね。……今の話をしたら、来年、18歳の誕生日はどうしているかなって考えちゃった」
「来年の千弦の誕生日か。受験生になってるな」
「そうだね。受験勉強が大変になってきているかもしれないけど、来年も洋平君は恋人として私に『誕生日おめでとう!』って祝ってくれていると思う」
千弦はニッコリとした笑顔でそう言ってくれる。そのことにキュンとなって。
「来年も恋人として千弦の誕生日を祝いたい。そうできるように頑張るよ」
「うんっ」
千弦は可愛い笑顔で返事をし、首肯してくれた。
来年も恋人として千弦の誕生日を祝えるように、千弦の交際はもちろん、勉強やバイトも頑張っていきたい。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「……キスしたい。17歳最初のキスをしたいな」
千弦は俺を見つめながらそんなお願いをしてくる。キスしたいというお願いだからか、頬を中心に顔がほんのりと赤くなっていて。
「もちろんいいよ、千弦」
「ありがとう、洋平君!」
千弦はニッコリとした笑顔でお礼を言った。
「キスしやすいように、抱きしめ合いたいな」
「分かった」
俺達は互いに向かい合う体勢になり、そっと抱きしめ合う。
涼しい部屋の中にいるので、千弦の体の柔らかさと共に感じられる温もりがとても心地いい。
「じゃあ……キスするね」
「ああ」
千弦は俺にキスしてきた。
アイスコーヒーを飲んだり、チョコマシュマロを食べたりしたから、キスした瞬間にそれらの香りがほんのりと感じられる。
恋人になってから、千弦とたくさんキスしてきた。ただ、千弦が17歳になってから初めてのキスだから特別感がある。
「んっ……」
千弦は甘い声を漏らすと、俺の口の中に舌を入れ込ませてきた。そして、ゆっくりと舌を絡ませてくる。17歳最初のキスだから、唇を重ねるだけじゃなくて舌を絡ませたくなったのかな。
千弦の舌の絡ませ方が上手だから気持ちがいい。千弦の舌からはアイスコーヒーの苦味や、チョコマシュマロの甘味を感じられて。どちらも好きな味だから、気持ち良さに繋がっていく。
千弦だけでなく、俺からも舌を絡ませよう。そう決めて、俺も舌を動かしていく。
「んんっ」
舌を絡ませてすぐ、千弦は甘い声を漏らして、体をピクッと震わせる。俺の舌の絡ませ方が気持ちいいのだろうか。そんな可愛い反応をされると、もっと舌を絡ませたくなる。
俺の舌の絡ませ方を激しくして。それに応えるように、千弦も激しくして。そのことでもっと気持ち良くなって。ぐちゅ、ぐちゅと厭らしい音も立つので興奮して。
千弦とキスをして、千弦をこんなにも感じられて。嬉しいし、幸せだ。千弦も同じような気持ちになってくれていたら嬉しい。
少しの間キスした後、千弦の方から唇を離した。
目の前には、千弦が恍惚とした笑顔で俺を見つめていた。「はあっ、はあっ」と息が乱れていたり、お互いの唾液で唇が湿っていたりして物凄く艶やかだ。今も抱きしめているのもあって、物凄くドキッとする。
「17歳最初のキス……凄く良かった。気持ち良かった。ありがとう、洋平君。本当に幸せです」
「いえいえ。俺も17歳になった千弦との初めてのキス……凄く良かった。千弦が幸せだって言ってくれて俺も幸せだよ」
「ふふっ。17歳最初のキスだから、舌を絡ませたくなっちゃって。だから、洋平君の口の中に舌を入れました。洋平君も舌を絡ませてくれたから凄く嬉しかった」
「舌を絡ませてくるのが気持ち良かったから、俺からも絡ませよう思って」
「そうだったんだ。コーヒーとマシュマロをいただいた後だから、美味しいキスでもあったよ」
「そうだな」
「17歳の1年間で、洋平君といっぱいキスしたいな」
「俺もだ。いっぱいキスしよう」
「うんっ」
嬉しそうに返事をする千弦が可愛くて、今度は俺からキスをした。
舌を絡ませ合う濃厚なキスをした直後だけど、千弦とキスをするのは気持ち良くて。
少しして、俺の方から唇を離した。目の前にはニコニコして俺を見つめている千弦がいる。
「17歳最初に洋平君からされたキス……良かったです」
「良かった」
そう言い、俺は右手で千弦の頭を優しく撫でる。気持ちいいのか、千弦は「えへへっ」と可愛く笑った。
「洋平君。アニメを一緒に観たいな。金曜の夜は洋平君も私も観ているアニメがあるから」
「うん、そうしよう。……今日は千弦の誕生日だし、千弦のやりたいことをしたい。もちろん、普段から千弦のやりたいことをしたいなって思っているけど」
「ふふっ、分かってるよ。ありがとう」
その後、俺と千弦は隣同士に座り直して、昨日の深夜に放送された日常系アニメを観ていく。
このアニメは漫画が原作で、お互いに持っている。それもあり、キャラクターのことやストーリーのことを中心に話して。アニメはもちろん、千弦が楽しそうに話すのもあってとても面白い。
面白いから、エンディングを迎えるまであっという間だった。
「面白かったね!」
「ああ。漫画でも面白かったけど、アニメになっても面白いな」
「そうだね! それに、洋平君と話しながら観たから本当に面白かった」
千弦はニコッとした笑顔で言ってくれる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺も千弦と一緒に観たから凄く面白かった」
「嬉しい。洋平君と一緒にアニメを観るのは好きだし、17歳の1年間でいっぱい観ていきたいな」
「嬉しいな。アニメを観ることもいっぱいしていこう」
「うんっ!」
その後は、千弦の希望で、俺達の中学時代に放送された千弦の大好きなラブコメアニメを一緒に観たり、アイスコーヒーやマシュマロをいただきながら談笑したりして、千弦が17歳になってから初めてのお家デートを楽しんだ。