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千両役者
とある劇団にて
大貫が劇場内を見渡しても、目当ての団員は一向に見当たらなかった。
「おい、芝塚。どこにいる」
何度、呼びかけても返事がない。芝塚がいないと非常にまずい。彼はうちの看板だ。
カメレオン俳優ならぬ、カメレオン団員だった。どんな役をやらせても見事に熟なし、観客を魅了する。いわゆる、千両役者である。
オンボロなこの劇場をなんとか運営出来るのも芝塚のお陰だ。彼一人でこの劇団がもっているといっても過言ではない。
「芝塚、どこだ」
「芝塚さんなら、ほかの劇団に行きましたよ」
若手の女団員がいった。
「は、引き抜きか」
「いえ、トレードみたいです」
「トレードだぁ? 誰と」
「船橋さんです」
「船橋っ?!」
大貫は驚きを隠せなかった。憎き船橋の顔が浮かぶ。
船橋は芝塚と真逆で、芝居がてんで駄目な男だ。本来の意味で役立たずなだんいんである。
「何であんな大根役者と……」
「今は、どこも野菜が高騰してますから」
女団員が笑って答えた。




