1人に1匹聖獣の守護がある世界に転生しましたが、私の守護聖獣はコアリクイです。威嚇が怖くないから偽者令嬢だと婚約破棄されましたが貴方の目は大丈夫ですか。
おそろしく思いつきだけで書きました。
威嚇ポーズのくだりを書きたかっただけです。
私の名前はリープリッヒ・アーマイゼンベーア。
一応名門と言われる伯爵家の2男3女の末娘で、もうじき18歳。
いわゆる異世界転生というものをしたらしく、おぼろげながら違う世界で暮らしていた前世の記憶持ちではあるものの、別にこの世界はゲームや小説の世界というわけでもなさそうである。
元の世界で言うところの中世ヨーロッパに似てはいるものの、最も違うところをあげるならば、この世界の人間は生まれながらに必ず『1人に1匹守護聖獣がいる』という点だろう。
まあ、そんなことはどうでもいいのです。
今はまず、目の前の問題にしっかり向き合わなければ!
「おい!おいっ!!聞いているのか、リープリッヒ・アーマイゼンベーアっ!!!」
「も……もちろん、きちんと聞こえておりましてよ?アードバーク様」
「あからさまに聞いてなかった反応じゃないか!」
いえいえ、聞いてはいましたが、あまりに有り得ないことを言われたせいで脳味噌がフリーズしてしまっただけなのです。
そのせいで返事が遅れたのを、聞いていなかったと言われるのはまあいいのですが。
「もう一度言うぞ!僕は今日をもって君と婚約破棄する!」
そのフリーズした原因の有り得ない発言を、そんな大声で繰り返すのは止めた方が良いと思うのです。
周囲の視線、ビシバシ刺さってますがご自分に酔っていらっしゃるアードバーク様は気にしておられないようです。
私は表情だけは取り繕っていますけど、私の隣で私の守護聖獣のミナミが貴方を威嚇してるじゃないですか。
「えっと…一応伺いますけど、何故でしょうか?」
「ふんっ。とぼけても無駄だぞ。リープリッヒ。君は僕を、いや我がオリクテロプス子爵家を騙していただろうが!」
「騙していた?全く身に覚えがないんですが、私が何をしたと?」
そんなことを言われても、騙した覚えなど全くない。
そもそも、こんな公の場でこのような話をすること自体ありえない。
それでもどうせ叫んでしまったのなら、言いたいことを謎かけみたいに言うのはやめてさっさとハッキリ言ったらどうなのか。
今日は王家主催の夜会なのに、たかが子爵家と伯爵家のプライベートな話で騒ぎを起こすなど命取りだろうに。
元々政略結婚で、私個人がアードバーク様を慕う気持ちなど特になかったので婚約関係を解消すること自体は別に構わないが、公衆の面前でこのようなことをされてはこちらが傷物扱いされかねない。
「君が名門アーマイゼンベーア伯爵家の娘だと思えばこそ、我が家は嫡男たる僕と君を婚約させたというのに!まさか何処の馬の骨とも分からぬ娘を寄こすつもりだったなど、我が家と僕を格下の子爵家だと馬鹿にしていたということだろう!」
「馬の骨、とはどういう意味でしょう?聞き捨てならないですわね」
「誤魔化しても無駄だ!僕は既に真実を知ってしまったのだ。君は本当はアーマイゼンベーア家の娘ではなく、本当の娘と生まれたときに入れ替えられた偽者だということをね!」
言うに事欠いて私がお父様とお母様の娘ではないなどと、この男はどうして思い込んでいるのだろうか。
真実というからには、何か証拠があるのだろうか。
私は生まれたときから母にそっくりだと言われ続けて育ったというのに。
「一体何を根拠にそのようなことを?そもそも、婚約破棄とおっしゃいましたが、このようなこと、オリクテロプス家のご両親はご存知なのですか?」
「いや、今夜戻ってから婚約破棄したのだと話をするつもりだ。事情を話せば父上たちも納得するはずだ。そして、アーマイゼンベーア家の本当の娘である、愛しいヘアベルトを私の妻とするのだ!!」
ババーンと効果音でも出そうな勢いで、アードバーク様が人垣の方へ右手を差し出すと、ピンク色のフリルたっぷりのドレスに身を纏った女性がその手を取って前へ進み出て来た。
小柄な私とは違って、大きく豊かな胸を大胆に見せ付けるここで出会うはずのない人物の姿を、私は目玉が零れ落ちるかと思うほど目を見開いて見つめてしまった。
もしかしたら、口もパッカーンと開いていたかもしれない。
何故なら、彼女は数年前まで我が家の厨房メイドを務めていた平民女性の娘であったからだ。
「ヘアベルト…?貴女一体、ここで何を…」
「お久しぶりですわね、リープリッヒ様。申し訳ありませんが、アードバーグ様は私を選んでくださったのです」
「わはははははっ!どうだ驚いたか、リープリッヒ!」
一見申し訳無さそうに振る舞いつつも、ヘアベルトの視線は明らかに私を蔑み、勝ち誇っている。
その横には、少し申し訳なさそうに此方を見上げてくるヘアベルトの聖獣の姿がある。
久しぶりに見かけたが、ツンケンした主に似ず相変わらずの堅そうな毛並みと愛らしさに、こんな時なのに少しだけ和んでしまった。
それにしても、婚約者をエスコートもしない馬鹿男だと思ったら、まさか他の女性をエスコートして来ていたとは……会場の何処かにいる兄達が知ったら血を見る事態になるかもしれない。
「驚いたか驚かなかったかで言えば、確かに驚いていますわね。まさかとは思いますが、私と取り違えられたという娘はヘアベルトだとでもおっしゃるおつもりですか……」
「事実ではないか!証拠だってある」
「……証拠とは?」
「何を言う!我々の目の前にあるだろうが!!」
ドヤ顔のアードバーク様がビシッと指差した先には、威嚇を続ける私の可愛い聖獣のミナミ。
何故ミナミが私がアーマイゼンベーア伯爵家の娘ではない証拠になるというのだろう。
指をさされたミナミも、威嚇したまま驚きに目を丸くしている。
あぁ、うちのミナミってば可愛すぎる!!!
「私の聖獣が何故証拠に?意味が分からないのですが」
「何故だと!?その聖獣は威嚇しても全然怖くないだろう!!何故そんなに小さいのだ!どう見ても君はアーマイゼンベーア家の血筋でない!それに引き換えヘアベルトの聖獣の立派さはどうだ!正にアーマイゼンベーア家の聖獣そのものだろう!」
「……は?」
あらまあ、もしかしてアードバーク様は気付いていないのだろうか。
周囲の皆さんも、驚きのあまり目も口もパッカーンしてます。
気持ちは分かりますが、紳士淑女としていかがなものかと思いますわ。
あまりの婚約者の馬鹿さ加減に頭まで痛くなってきた時、後ろから肩をポンと叩かれた。
振り返ると、美しいのに恐ろしい殺気を纏った1番上の兄ルーウィーが立っていた。
今夜はエスコートもしない馬鹿な婚約者の代わりにこの兄がエスコート役をしてくれていたのだ。
その隣には兄の聖獣グランが同じように巨体に殺気を纏って威嚇している。
ただでさえ大きなグランは、立ち上がると大人の男性程もあり、鋭い爪は大振りのナイフのようである。
我がアーマイゼンベーア家は、国でも屈指の武闘派として名を馳せており、ルーウィーお兄様は騎士団副団長も務める程の実力者でもあった。
周囲で様子見していた人々も、その殺気に恐れをなしてジリジリと後退していく。
「私の可愛いリープリッヒ。これは一体どういう状況かな?」
「ルーウィーお兄様!実は…アードバーク様が私はアーマイゼンベーア家の娘ではない。ヘアベルトが本当の娘なので、そちらを新しい婚約者にするのだとおっしゃるのです。証拠は私たちの聖獣なのだそうですわ」
「……賢くない男だとは思っていたが、まさかここまで馬鹿だとは……。婚約破棄?いいだろう。但し、瑕疵はそちらにある、覚悟しておけ」
「な、ルーウィー殿!!だが、貴方も2人の聖獣を見れば分かるだろう!どう見てもヘアベルトの聖獣の方が貴方の聖獣に似ているのに、それを見ないふりをするのか?!本当の妹を見捨てるというのか?!」
どうやらアードバーク様は本気で私とヘアベルトが取り違えられたのだと思い込んでいるようだ。
おそらくそう言って彼に擦り寄ったのはヘアベルトなのだろうが、それを信じる彼も馬鹿以外の何者でもないだろう。
「アードバーク様、貴方がおっしゃりたいのはこういうことですか?私の聖獣は我が家の聖獣アリクイではなく、ヘアベルトの聖獣がアリクイだと?」
「どう見てもそうだろう!」
怒り狂って叫ぶアードバーク様の横で、ヘアベルトは勝ち誇った笑みを浮かべているけれど、皆の呆れた表情は見えていないのだろうか。
私の隣では前世でも大好きだった『ミナミコアリクイ』のミナミが両手を高く掲げ、自分の強さを必死にアピールしている。
ほらほら、うちのミナミはドチャクソ可愛いじゃないの!
このちっとも怖くない威嚇ポーズがミナミのチャームポイントだというのに。
小さいけどこの子も立派にアリクイなんですよ!
「アードバーク。君の目は節穴だな。リープリッヒの聖獣は数十年に一度我が家の聖獣となる『ミナミコアリクイ』だ。私や他の兄弟の聖獣は『オオアリクイ』だ。大きさが違うのは当然だろう?」
「え……こ、コアリクイ?」
「その女が何を言ったか知らないが、君の隣にいるヘアベルトは、我が家に以前いた厨房メイドの平民の娘だ。ちなみにそこにいる聖獣は『アリクイ』ではなく、『マレーバク』だろうが」
「マレ…バ、な、何?」
「マレーバクですわ、アードバーク様。まさか見分けが付かないとでも?」
「見分けも嗅ぎ分けもできないらしい。オリクテロプス子爵家は『ツチブタ』の守護聖獣を持つはずだが、彼の聖獣はどうやら鼻風邪でも患っているようだ。可哀想にな」
兄と2人であまりのくだらなさにクスクスと笑ってしまう。
見物してた人々もアードバーク様の無学ぶりに呆れたりコソコソと囁きあったりしている。
アードバーク様とヘアベルトは顔を真っ赤にしているが、怒っているのか恥ずかしがっているのか一体どちらなのだろう。
「どちらにしても、婚約関係は今日をもって終わりですわね。では、あとの手続きは家を通してくださいませ」
「その厚顔な娘と何処へでも行くがいい。さぁ行こうか、リープリッヒ」
「ええ、ルーウィーお兄様」
呆然と立ち尽くすアードバーク様と、彼に取りすがって何か必死に訴えているヘアベルトをその場に残して、私と兄は会場の上座へと歩いていく。
既に会場入りしていた王家の方々に、場を騒がせてしまったことへの謝罪と状況説明をするために。
視界の端を会場の警備をしていたであろう近衛騎士達が駆けていくのが見えて、彼らの未来が終わりを告げたことを知った。
本当に馬鹿な人たち。
彼らの聖獣はきちんと真実が見えていたのに、彼らは聖獣の声を真摯に聞こうとしなかったのだろう。
彼らももっとまともな主であったなら、立派な聖獣として存分に働けたであろうに。
せめて次に出会う主は良い人でありますようにと、私は心の中で可哀想な2匹の聖獣の為に祈った。
後方から悲しげなピギィッというアードバーク様の聖獣の声が聞こえた気がしたが、周囲も騒がしいので気のせいだったのかもしれない。
*****
翌年気晴らしに姉妹で旅行に行った先で、隣国の侯爵家の嫡男から求婚されることになったのは嬉しい誤算だった。
お相手のブラッツ様は見た目も凛々しく誠実で、なんと『キタコアリクイ』の守護聖獣持ち。
貴族令嬢に生まれたのだから政略結婚もやむなしと諦めていたのに、こんなの運命を感じるしかないでしょう!
穏やかな結婚生活を送っている私は、今日も執務休憩中のブラッツ様と花の咲き誇る中庭でティータイムを楽しんでいる。
足元には、周囲をしっかり警戒しながら威嚇のポーズをとる可愛らしい2匹の聖獣たち。
私はそのちっとも怖くない威嚇ポーズにほっこりと癒されながら、愛しいブラッツ様と微笑みあうのだった。
馬鹿話ですみません。
本当に、威嚇ポーズしてるコアリクイとドレスを着ている令嬢が並んでいるシーンを書きたかっただけなんです。
思いついたら書かずにいられませんでした(笑)
アリクイ(ドイツ名アーマイゼンベーア)の仲間のオオアリクイやコアリクイはご存知かと思います。
ツチブタ(学名オリクテロプス・アフェル、英名アードバーク)はくまのプーさんのピグレットにそっくりな鼻の長い豚のような生物です。
昔はアリクイの仲間だと思われていたそうですが、現在は別の種類だと判明していて、現生哺乳類で1目1科1属1種なのはツチブタのみなのだそうです。
マレーバクは伝説の夢を食べる方ではない、動物のバクの一種で、体色は白黒。執筆当初はバクではなく、ケナガアルマジロで書いていましたが、体格が小さすぎるんじゃないかと急に思い立ち、バクに修正しています。
ケナガアルマジロとは、その名の通り毛の生えたアルマジロです。
遠めに見ればどちらもアリクイに似ているかもしれません。
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