8. 気弱は遺伝
エリナは衆目にさらされながら、何とか一日を終えた。
教室まで迎えに来たロイドにエスコートされて、またロイドの馬車に乗せられた。
「ロ、ロイド様、一度家に帰って父と話したいのですが…」
「うん、そうだね。僕も行こう」
「そんな、ロイド様は昨日もお仕事できていませんし、お忙しいのでは?」
エリナはやんわりと、昨日も一日中一緒にいたことを匂わせた。
「僕は学園の勉強はほぼ終えている。テスト前だけは確認のために勉強するけど、授業時間は執務をしているんだ」
「そうなんですか…」
「だから、今日の執務はある程度終わっている。大丈夫だよ。エリナと一緒にいたいんだ」
キラキラスマイルで返されれば、エリナは何も言えなかった。
カラカラカラカラ、キキーッ
ロイドの馬車が公爵家に着くと、窓からのぞいていたストッケル公爵が慌てて出てきた。
「エリナ!」
「お父様!」
娘をしっかりと抱きとめながら、ストッケル公爵は半泣きの目をロイドに向けた。
「ロイド殿下。私は求婚の許可は出しましたが、まさか泊りなんて…!」
ロイドは両手を上げて降参のポーズをした。
「すまない。エリナが思いを告げてくれたことがあまりにも嬉しくて」
「思いを告げる…?殿下ではなく、エリナが…?」
ストッケル公爵は訝しげにエリナを見た。
『言えない…絶対に言えない…ロイド殿下がゲイだと思ってたから、告白して振られようとしたなんて』
エリナは俯いた。
「エリナ?」
「ええ、お父様。恐れながら、私から殿下にお慕いしていることをお伝えした次第です」
「何だって?!エリナはずっと殿下を思っていたのか?」
エリナは嘘をついていることが気まずくて目を逸らした。
ロイドと公爵には、エリナが恥ずかしがっているようにしか見えなかった。
「はい…」
「何ということだ…それなのに私は…」
その後、ロイドから公爵に婚約が申し込まれ、次は国王夫妻と会談し、書類を交わすという段取りが決まり、エリナはロイドに連れられてまた王宮へ帰って行った。
執務室に戻ったストッケル公爵は、力が抜けたようにドサリと座り込んだ。
「エリナが殿下を思っていたなんて…それでは私が整えたあの婚約は何だったんだ。エリナの幸せを邪魔していただけだったのか…」
ストッケル公爵は、エリナと同様に気弱な気質だった。
学園時代は、今はマクイーン侯爵夫人となっている大人気の美女に憧れていたが、声をかけることもできなかった。
自分の身分があれば、彼女は振り向いてくれたかもしれないのに…
結局、政略でエリナの母と結婚した。
自分とは違い、気の強い人だった。
エリナにそっくりの、シルバーブロンドにブルーの瞳だが、エリナとは違い、キツイ顔立ちで冷たい印象を与える人だった。
尻に敷かれてると言ってもよかったかもしれないが、何でもテキパキと決めてくれる彼女とは、そこそこウマが合った。
エリナが幼いときに亡くなってしまったのは、本当に悲しいことだった。
公爵となってからは、彼女の態度を思い出して、気弱な気質を何とか隠して、一生懸命仕事をしてきた。
時には、人を傷つける決断もしなければならなかった。
何とか感情を出さないように、淡々とこなした。
穏やかな見た目と話し振り、それにも関わらず淡々とした仕事ぶりから、人々は彼を「狸親父」と呼ぶようになった。
しかし、ストッケル公爵は変わらずずっと気弱だった。
エリナが成長するにつれ、公爵はエリナに自分と同じ気質を見出すようになった。
つまり、気弱な気質だ。
エリナは人前で話すのが苦手そうだったし、反対意見のあるときに自分の主張を押し通すことができなかった。
そんなエリナが、王妃になどなれるわけがないと決めつけてしまった。
エリナに確認することもせず…
「エリナ、すまない…」
ストッケル公爵は、今度こそはエリナとロイドを支えようと決めた。
公爵の思い違いで、エリナはロイドのことずっと好きだったわけじゃないんだけどね・・・