7. ライバル
そして翌朝。
カラカラカラカラ
二人はロイドの馬車で学園に向かっていた。
「ロイド様、馬車が同じでは、私が王宮に泊まったと公言しているようなものでは・・・」
「それで良いんだよ。エリナはもう僕のものだからね」
学園の馬車留めでロイドのエスコートでエリナが登場すると、案の定大騒ぎだった。
一人の令嬢が悲鳴を上げる。
「ロイド殿下!ロイド殿下はハロルド様を思っておられるとおっしゃっておられたじゃないですか?!」
どうやら、ロイドに愛の告白をした令嬢であったようだ。
「僕は、『叶わない恋をしているけど、諦めるつもりはない』とは言ったけど、相手の名前は君には言わなかったね。僕の思い人はエリナだよ。彼女はその時婚約していたけど、僕は諦められなかったんだ」
馬車留めに現れたロイドとエリナを、タマラは驚愕しながら見つめていた。
『お父様のおっしゃった通り…』
******
昨晩のこと。
マクイーン侯爵家の晩餐にて、侯爵はタマラに尋ねた。
「エリナ・ストッケル公爵令嬢は、ロイド殿下と仲が良いのか?」
タマラはハッとして父を見る。
侯爵は世間話をするような軽さで聞いたが、その表情は抜け目がなく、タマラをつぶさに観察していた。
『お父様に嘘はつけないわ…』
タマラは朝起こったことを概ね事実通りに話した。
自分がエリナを囃し立てたというところを除いて。
「ふむ。なるほど。学園でそのようなことが。殿下は舞い上がっておられたのかな。王宮につくなり、そのままエリナ嬢の手を引いて王族の居住区域に入っていかれた」
「えっ、それは…」
「そう、それは多分そういうことだ。そのうち二人の婚約が発表されるだろう」
「…」
タマラは思わず俯いた。
「タマラ、エリナ嬢と仲良くしているだろうね?」
タマラはハッと顔をあげた。
「いえ、実はそれほど。あまり気性が合わないもので」
「なるほど。これからは仲良くするように。エリナ嬢は将来の王妃だ」
王妃…エリナ様がロイド様の妻になる…
タマラは目の前が暗くなる気がした。
タマラは昔からエリナが嫌いだった。
タマラの大好きなロイドの視線を奪った日から…
ロイドは、幼馴染の令嬢のなかでも、エリナをことの外気にかけていた。
優しく声をかけ、エリナが上手く話せなくても、優しくフォローしていた。
部屋に戻ったタマラは、ぼんやりと鏡を見つめた。
美しさで言えば、タマラの方がずっと美しいはずだった。
タマラの美貌は母譲りだった。
彼女の母は、父親世代の社交界を騒がせた美女だった。
マクイーン侯爵をはじめ、多くの高位貴族が彼女に夢中になった。
ハッキリとした人形のような顔立ちに、黄金の美しいカールした髪。
水色の瞳は澄んでいて、長くてフサフサの睫毛に囲まれていた。
タマラも母のように、幼い頃から何もしなくても美しさに魅かれた多くの男女に囲まれていた。
ロイド殿下を除いて。
ロイドだけは、タマラに無関心だった。
タマラの方は、初めて会った時から絵本の中から抜け出してきたような王子様であるロイドに心を奪われていたというのに…
タマラは、今朝ロイドがエリナを見つめていた瞳を思い出した。
「あんな表情、見たことない…」
ポロリ
タマラの瞳から涙がこぼれた。
「ロイド様がゲイだというから、諦めて伯爵家長男と婚約したのに…。エリナ様のことを好きだったなんて…」
コンコン
タマラは涙をぬぐう。
「はい、どうぞ。」
扉を開けたのは、タマラの一つ下の弟、エドモンドだった。
「姉さん、大丈夫?」
エドモンドは、一目でタマラの弟だとわかるほどよく似ていた。
二人は仲の良い姉弟だった。
「エドモンド…!私…」
タマラはボロボロと泣き出した。
「姉さん…」
「姉さん。お父様の言うことが本当なら、今日ロイド様とエリナ様は恐らく一線を越えたよね」
「うぅ…」
「二人の結婚は避けられない。姉さんはどうしたい?エリナ様を側妃に蹴落として、姉さんが王妃の座を奪う?それとも諦めてあの伯爵家長男とそのまま結婚する?」
「側妃に蹴落とすって…そもそも側妃なんてここ何十年もいないんじゃない?」
「お父様の話を聞いて、今まで調べてたんだ。王国法によると、王太子の婚約者に健康に問題が生じた場合、彼女を側妃として別に王妃を立てることができる。ただし、婚姻後に病気になっても王妃の座を降りる必要はない。つまり、今ならエリナ様を側妃にする方法はある」
「そ、そんな…エリナ様に危害を与えるの?」
タマラは信じられないものを見るようにエドモンドを見つめた。
エドモンドはフッと笑った。
「そうした方法を取ることもできるよってこと。姉さんは何だかんだ、ずっとロイド殿下のことを思ってるから」