5. 王子様の計画-2
ロイドは、この侯爵家次男がエリナの婚約を受けなければ、その話はどこか別の家に行くだけであることがわかっていた。
このときロイドは14、エリナは13歳であったから、エリナを自分のモノにするという強硬手段は、エリナには負担が大きすぎるため使うことができない。
そうであるならば、この侯爵家次男を取り込んでエリナと婚約させ、時期がきて破棄させた方がいい。
そして婚約破棄されたエリナに、すかさず婚約を申し込む。
ストッケル公爵は、自分が整えた婚約でエリナを傷つけたことを後悔するだろう。
そして、エリナを一途に変わらず思っていたロイドを、今ストッケル公爵は有り難く受け入れるはずだ。
こうしてロイドと侯爵家次男は協力者となった。
侯爵家次男はエリナが他の男と交流するのを防ぎ、同時にエリナとは恋愛感情を一切見せず事務的に、且つ、公爵の目を欺くためにも感じ良く接した。
一方ロイドは侯爵家次男が婚約破棄したあと、平民の恋人と隣国へ逃れることができるよう手配した。
また、公爵家への賠償金が支払えるよう、侯爵家次男の事業の立ち上げもサポートし、侯爵家次男は婚約破棄するまでに賠償金を貯め、さらに隣国である程度裕福な生活をできるまで資金を得た。
ロイドは自分の計画を国王だけには話しておいた。
無理やり誰かと婚約させられるのを避けるためと、実際にエリナを自分のものにするときにサポートを得るためだ。
「王令を出すのは構わん。そんな回りくどいことをしなくても、今エリナ嬢と婚約すれば良いのではないか?」
国王はロイドの腹黒さにうんざりしたような顔で言った。
「それではダメです。ストッケル公爵を納得させる形で婚約しないと、あの娘バカの父親は僕と婚約破棄できるように何らかの策を練るはずです。」
「そうか、好きにしなさい・・・」
しかし、母親である王妃には計画を伝えなかったため、幾多もの令嬢とのお茶会をセッティングされることになった。
令嬢たちの愛の告白を断っていくうちに、なぜかロイドがゲイであるとの噂がたちはじめた。
噂の原因を調べてみると、「叶わない恋をしている」と言ったときにたまたま護衛騎士であるハワードの方向を見ていたことで、勘違いした者がいたらしい。
令嬢の想像力のたくましさに目眩がしたが、王妃がお茶会のセッティングを止めたので、これ幸いとその噂に乗っかっておくことにした。
ハワードはそれ以来モテなくなったらしく、不満タラタラだったが。
そして先日、侯爵家次男はついに恋人と駆け落ちした。
ロイドは17、エリナは16歳になっていた。
ロイドは、ストッケル公爵家を訪れた。
エリナは領地に籠っており、会えなかった。
「久しぶりだね、ストッケル公爵」
「ロイド殿下、ご訪問をありがとうございます。本日のご用件は・・・」
「エリナへの僕の気持ちは変わらないんだ。結婚させてほしい」
「殿下・・・。それほどまでにエリナを・・・。エリナがうんと言えば、もう私が邪魔をすることはありません。しかし、エリナはやはり気弱なところがあります。王妃と言えばあの子は頷かないかもしれません・・・」
『なんと。最後の障害はエリナ自身だというのか。』
目眩がしたロイドは、ふとデスクの上の今日の郵便物に目を止めた。
「ストッケル公爵家の郵便物はずいぶんと多いね」
「そちらは恐らく全てエリナへの縁談の申し込みです。」
「何だって?!少し見せてくれないか。」
公爵は渋ったが、ロイドの熱意に負けた。
「エンゼル伯爵家長男・・・ハンサムな男だ。キャンベル侯爵家三男・・・先日の剣術大会で優勝したあいつか。イーデン伯爵家次男・・・ふむ、あの爽やかな美丈夫か。成績もなかなか良かったな。何てことだ。」
ストッケル公爵は申し訳なさそうにロイドを見ていた。
ロイドはパッと顔をあげた。翡翠色の目が妖しげに光っていた。
「ストッケル公爵、エリナが僕を好きだと言えば、エリナとの婚約は許してくれるんだね?」
「許すなどと恐れ多いですが、私からはもう異論はございません。」
「わかった。しばらくの間、他の求婚は断ってくれないか?僕にエリナを口説く時間をくれ」
「承知いたしました・・・」
ロイドは休暇を申請し、ストッケル公爵領へ向かった。
エリナに会いにいくためだ。
「やぁエリナ。久しぶりだね。視察で近くまで来たんだ。君が領地に来ていると聞いて、少し会いに来たんだ。」
久しぶりに会うエリナは、とても美しくなっていた。
シルバーブロンドは相変わらずサラサラで、大きなロイヤルブルーの瞳は輝きを増していた。
ぷっくりとした唇はサクランボのように艶々と熟れている。
そして、12-3歳のときには小さかった二つのふくらみは、ロイドの手にあまりそうなくらい成長していた。
『はぁ、かわいい・・・このまま連れて帰りたい・・・』
「まぁロイド様。お会いできて嬉しいです。」
「少し落ち込んでるんだって?」
「はい。お聞き及びかと思いますが、先日、婚約者だった方が恋人と駆け落ちなさったんです。」
「彼のことが好きだったの?」
ロイドは思わず真顔で聞いた。
エリナとは事務的に接するように、と侯爵家次男には釘を刺しておいたはずだが・・・
「いえ、恋心は抱いたことはないのですが、あの方と一緒に生きていくと思って私なりに真摯に向き合っておりましたので。」
ロイドは少し良心が痛んだ。
『すまない、君を傷つけてしまって・・・。でも僕は君を諦めることはできなかったんだ。』
ロイドはエリナの手を取った。
エリナは驚いたようにロイドを見上げた。
「エリナ、僕にできることはない?」
「ロイド様・・・。ありがとうございます。多分時間が解決してくれると思うのです。」
『僕にできることはないということか・・・』
「気晴らしに、遠乗りでも行かないか?」
「ええ、楽しそう。」
結局この日、ロイドは気持ちを伝えることができなかったが、やんわりとエリナが王妃に興味があるかは確認した。
「私のような気弱な性質では、人の上に立つことは難しいと思いますの。」
『やはりか・・・。こうなったら、エリナがある程度僕に気持ちが向いたときに、素早くエリナを僕のものにするしかない。そこから、王妃になることをゆっくり受け入れてもらうか・・・』
こうした背景から、エリナがロイドに「告白」した日、エリナはさっくりとロイドにいただかれたわけである。