2. 公爵令嬢は失敗する
『あれは、ロイド殿下!』
エリナはピンと閃いた。
非常に優秀で、絵に描いたような王子様の容姿を持つロイド王太子殿下は、婚約者がいない。
それはロイド殿下がゲイだからだということは、貴族社会の暗黙の了解である。
それでも近づいていく女子達は後を立たないが、「すまないが、僕は叶わない恋をしているんだ。それを諦めたいとも思っていない。」と皆追い返されて来た。
その時ロイド殿下が護衛騎士をチラリと見ることから、お相手はこの騎士であると噂されている。
婚約後は会わなくなったが、1歳年上のロイドはエリナの幼馴染である。
13歳で婚約するまでは月に一度ほど交流していた仲だ。
婚約破棄後も、たまたま視察で近くに来ていたロイドが領地にいたエリナに会いに来ており、今でも交流もあるとも言えるかもしれない。
エリナが彼に密かに思いを寄せていても不自然ではないはずだ。
実際、婚約前はロイドに憧れていたので、全くの嘘というわけでもない。
『脅された私が皆の前でロイド様に告白し、玉砕するのを見たら、さすがにタマラ様もこれ以上私を責めるわけにはいかないわよね。』
「タマラ様、それでは私はその方に思いを告げに参ります。」
エリナはそう言うと、中庭に向かった。
タマラとその取り巻き、男子達はどよめきながらエリナの後を追う。
「ロイド様」
エリナは声をかけてカーテシーをする。
ロイドは、エリナとその他大勢の生徒たちを見て、すこし驚いた顔をした。
「エリナ。先日ぶりだね。」
「はい、突然のお声かけを申し訳ございません。30秒お時間をいただけますでしょうか。」
「もちろんだよ。30秒と言わず。」
「大変ご親切にありがとうございます。私はロイド様のことをお慕いしております。本日はその気持ちをお伝えしたく、失礼ながらお声かけした次第です。」
ロイドの顔は豆鉄砲を食らったかのように驚愕した。
シーンとした静寂が訪れる。
『え、ちょっと想像と違うわ…。早く断ってもらって一刻も早くこの場から立ち去りたいのに…』
「ロイド様、好きです」
エリナは再度確認するかのように言った。
するとロイドの顔がほころんだ。
彼はエリナの手を取った。
「僕も君が好きだ、エリナ。」
中庭には男女の悲鳴が響いた。
『えーーーー!どういうこと!ロイド様はゲイなんじゃないの?!』
エリナはロイドに手を握られたままクラクラしていた。
「エリナ、行こうか。」
「はい。え?どこへ?」
ロイドは何も答えず、微笑みを深くしてエリナの手を引いて歩き出した。
一部始終を見ていた生徒達は、呆気に取られて二人を見送った。
「さぁ、乗って」
着いたのは馬車留めだった。
「あ、あの、ロイド様。授業が始まってしまいますが…」
「先生方にはこちらから話しておこう。」
ロイドにそう言われてしまえば、エリナは乗るしかなかった。