19. 侯爵の目的
誤字報告をありがとうございました^ ^
「デヴィッド様の奥様、私は確かに悪いことはしていないわ。でも、デヴィッド様は家族や国を捨てるほど私が嫌だったのでしょう?」
エリナの声は冷え切っていた。
だが、それは怒りではなく恐怖からだった。
エリナは気がついていた。
エリナが王妃教育に熱心になれない理由は、戸惑っているからではなかった。
また裏切られるかもしれないと心の底で思っているからだった。
ロイドは今は自分のことが好きそうだが、魅力のない自分にいつか飽きるだろう。
デヴィッドのように。
裏切られるかもしれない自分が、「国に貢献する」準備をする必要があるのか?
もっと魅力のある令嬢がこの役割を果たした方がいいのではないのか?
デヴィッドは、地位も金も国をも捨ててまで恋人と一緒になった。
それほど恋人を愛していたとも言えるが、それほどエリナに魅力がなかったとも解釈できる。
ロイドに王宮に連れられてもその気持ちは変わらなかった。
しかし、エリナもいい加減そんな自分に嫌気がさした。
どんな理由でもいい、デヴィッドが自分を裏切った理由を知り、それを受け止め、乗り越えなければいけないと考えられるようになった頃。
ロイドが、デヴィッドの父親がエリナに毒物を盛るかもしれないと言い出した。
エリナは真っ直ぐにデヴィッドを見た。
「あなたは私を裏切り、今度はあなたのお父様が私を害しようとしている。私の何があなた方をそうさせるのでしょうか」
「エリナ様、その件は…!」
ハロルドが慌ててエリナを止めた。
デヴィッドは目を見開いた。
「父があなたを害しようとしているだって?」
「ご存知ないんですか?」
「いや…知らないが、理由は想像がつく…」
ハロルドが食いついた。
「何ですって?全て洗いざらい話していただきますよ」
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エリナたちは奥に案内され、デヴィッドはポツリポツリと語り出した。
「俺はずっとあの家が嫌だった。あの狂信的な両親と、両親の言うことを盲目的に信じる兄、打算的で野心家の妹との暮らしは、地獄だった」
「ストッケル公爵家に婿入りすれば、ご家族と問題なく離れられたのでは?」
エリナは訝しげに眉を寄せた。
「それは一時的なものだ。父は王家の転覆を目論んでおり、俺の目から見るとそれは成功しそうに見えた」
デヴィッドは優秀さを見込まれてストッケル次期公爵になるはずであった。
優秀なデヴィッドがそういうのなら、チェンバレン侯爵の目論みはある程度成功しつつあるのだろう。
ハロルドは顔を青くした。
「チェンバレン侯爵がそれほどとは…」
「なぜチェンバレン侯爵は王家の転覆を?」
エリナが聞く。
「それは、俺があの家が嫌だった理由に帰結する。両親は狂信的なビーディー教徒で、ビーディー教にもとづく国家体制の形成を目論んでいる」
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チェンバレン侯爵家の夜会控室
絵画を眺めていたロイドは、絵の内容が、ビーディー教の救世主の降臨であることに気がついた。
「チェンバレン侯爵はビーディー教徒なのか…?」
ロイドの国であるミラン王国では、政教分離を推進し、国民の信教の自由を保障している。
したがって、チェンバレン侯爵がビーディー教徒であることに法的な問題はない。
しかしビーディー教の一部の宗派は、政教分離の考えとは対極にある。
これらの宗派の信者たちは、政治はビーディー教の教えに基づいて行わなければならないと考える。
ビーディー教に厳しい戒律があるためだ。
こうした戒律を人々が守り、生活にビーディー教経典の教えを反映させるには、政治からコントロールしていかなければならない、と信者は考えるらしい。
実際、ビーディー教徒は日に何度も特殊な方法で神に祈りを捧げる必要があり、その度に仕事や勉強を中断しようとすると、一般的な生活を送ることは非常に困難である。
ロイドは他の絵画にも目を向けた。
「先ほどのものが、救世主の降臨。これは…」
その絵には、仰々しい男が、娼婦のような服装の乱れた女性や、酒を飲む男、その他だらしない顔つきをした人々を杖から放たれる光線によって殲滅させようとしている構図が描かれていた。
「救世主が異教徒を制裁している?」
ロイドは顎に手をあてながら考えた。
「そしてこちらは…」
3枚目の絵では、救世主が空に召されつつあり、ビーディー教徒と思われる人々が歓喜に溢れて救世主を見送っていた。
「まさかこれがチェンバレン侯爵の狙いなのか?ビーディー教徒がこの国を支配することが…?」
読んで下さった皆さま、おやすみなさい。明日は1話のみの更新になりそうです。
23から24話で終わる予定です…